157.
倒れて居る少女に駆け寄った時、最初あたしは「若いのになんて体力がないんだ」などと思っていたのだったけど、実際に彼女の脇に立った時、あたしの中にはそんな考えは一切無くなっていた。
あたしだけでなく、みんなも同じ気持だったのだろう。その証拠に、その少女を見下ろすみんなは言葉を発する事も出来ず、ただ驚愕の表情で見つめるだけだった。やがてその表情は溢れて来る怒りの為、鬼の様な形相になっていった。
なんで被害者であるはずの少女を見て、あたし達が怒りを覚えたのか・・・じつは、彼女は・・・お腹が大きかったのだ。
だからと言って決して肥満だったって訳ではない。そう、彼女は妊娠していたのだった。
理由は・・・みんなの怒りに満ちた顔を見れば想像に難くないだろう。どう見ても、望まれた妊娠ではなかったのだ。
「外道や・・・ケモノや」
振り絞る様にポーリンは唸った。
「人質は奪還できたんだし、もし降伏してきた者がいたらその命までは取るまい・・・と、思っていたんだけど・・・いいよね、あいつら皆殺しでも。あたし、どんな悪評が立ってもいい。悪魔の再来って言われてもいい。あいつら・・・許せない」
あたしも、絞り出すようにそれだけを呟いた。
ポーリンも頷いて居る。「うちも、悪魔の仲間って言われてもええで」
すると、それまで真っ赤になって魔王のような顔で仁王立ちしていたお頭が突如身を翻し、山に向かって土埃をあげて疾風のように走り出した。
お頭が何を考えているのかは、手に取る様にわかった。走り出したお頭に対して何も言わなかった事から、みんなもわかっていたのだろう。
お頭は、あたしたちの思いを一身に受け止め、みんなの代わりに人質になっていた少女達の無念や恨みを晴らしに行ったのだろう。そう思う事にした。
おそらく半分以上は、たんに暴れたかっただけなのだろうが、今はそれでいいと思った。
森に視線を戻すと、点々と道沿いに少女達が落ちている?のが見える。
むこうはお頭に任せて、今は自分達で出来る事、彼女達を森の外まで誘導するのが最優先事項だった。
急いで森を抜けてやつらから離れないと、万が一敵が追っ手を出して来たら、この人数では到底守り切れないのは自明の理だった。
だけど、とにかく人手が足りなかった。自力で歩く事の出来る少女達にも手伝って貰い、果てしない救出逃亡劇が始まった。
まずは、歩ける人を森の出口に居るアウラの所まで送り届ける。休む間もなく取って返して、次の少女達を連れて行く。その繰り返しだった。
人質の中でも比較的元気だった少女に留守居を任せて、アウラも参加して七人で救出作業を始めたのだった。だが、いかんせん助けなくてはならない人数が多すぎて、気が遠くなりそうだった。
そんな時だった。思いもよらない救世主が現れたのは・・・。
「困っているようじゃな。手伝ってしんぜようではないか」
不意に森の奥から聞こえた声は、どこか聞き覚えのある声だった。
声と同時に複数人の人影が目の前に現れた。
少女のような老婆のようなその姿は、紛れもないあの方々だった。
「マユハ様ぁ、それにアヤハ様」
そう、あの老人少女隊の面々だった。
「な なんでここに?」
「今はそんな事を悠長に話している時ではあるまいに。そこらにへたり込んでいる娘っ子を連れて行かねばならんのだろう。さっさとやるぞ」
マユハ様がさっと右手を上げると、背後に居た老人少女隊のメンバーが森の中に散って行った。あれ?十人くらいしかいない?
「マユハ様?他の皆さんは?」
はっ、いけない事聞いちゃった?今、一瞬だけどマユハ様の目が物凄く怖かった。
「ふっ、わしらも今はこれで全部じゃよ」
「えっ?」
「なんて顔をしておるんじゃ。わしらは後悔なんぞしとらんぞ、さあさっさと終わらせてしまおうじゃないか」
そう言うと、清々しい顔をしたマユハ様は、さっさと歩いて行ってしまった。
気が付くと夜の帳がすっかりおりており周囲は真っ暗になっていた。
森の中を貫通している小路の至る所に落ちていた少女達の回収はマユハ様達の協力の元に無事に終了した。
救出した疲労困憊の少女達はいったん森の出口近くの広場に集められ、わずかばかりではあるが、水分の補給と簡単なスープの提供を受けていた。
出発は明日の陽が昇ってからだな。食料と水も確保しなくちゃなと思っていると、アウラがやって来た。
「お嬢、みた感じわかるだけでも妊婦さんが七人もいますねぇ」
「そうなの?七人も?」
「うん、でね。その中の一人が・・・始まっちゃった」
「えっ?なにが?」
「そのぉ、破水しちゃってる。もう産まれるわ」
「産まれる・・・って、なにが?」
「何がって!赤ちゃんに決まってるでしょうっ!!どうするの?どうする?」
「うーん、そーねぇ、うん、アウラ宜しくね。任せたわ、あたし無理だし」
「あ あたたたたた あたしだって分娩なんて無理ですからね!」
「ぜーったーいー むりっ!!!!」
全力で胸の前でばってんを作って拒否してるし・・・。
「あらぁ、アウラならしっかりしているから、だいじょーぶかなああって思ったんだけど、やっぱ無理かぁww」
「んな訳なああぁい!!!私だってまだ子供なんよ。無理なものは ム リ !!!」
想定外の事ばかりで、もうあたしゃあパニックだよぉ。
だけど、捨てる神あれば拾う神ありで、拾う神が降臨したのだった。
「大至急お湯を用意なさい。それと清潔な布。急いでっ!!」
声の主は、マユハ様だった。
「マユハ様ぁ~!!」
「赤子は今までにも何人も取り出して来た事があるから任せなさい。ただし、普段でも無事産まれて来るのはせいぜい二人か三人に一人なのだから、覚悟はしておきなさいよ。母体を優先に処置をするからね」
「えっ!?全員産まれてくるんじゃないんですか?」
「当たり前でしょう。こんな不衛生な場所で出産するんだ、四人に一人だって御の字なんだよ。母体にだって危険が及ぶくらい大変な事なんだよ、出産はね。みんな命懸けなんだ」
「・・・・・はい」
あたしはそれ以上なにも言えなかった。後はマユハ様達にお任せするしかなかった。
あたし達は、それからは大急ぎでお湯を沸かす事に忙殺される事になった。
暗くなってからの湯沸かしは、危険な事この上なかったが、赤ちゃんとお母さんの命には代えられなかった。
あたし達は、ぼうぼうと燃え盛る火元を背に、全員で周辺に睨みを利かせていた。
幸いな事に、人の気配を察知できるようになったポーリンがいるので、少し安心は出来た。
剣を握りしめて、周囲の闇を睨みつけながらも、頭では後ろで出産をしているであろう妊婦さんの事に集中していた。
そりゃあ気になるってもんでしょう。無理ないわよと自分を正当化している自分が居た事は内緒である。
そんな事を考えていると、空気が変わった気配がした。
どういう事かと言うと、一瞬歓声が沸いたのだ。だが、直ぐに歓声は静寂に変わったのだった。
え?え?何が起こったの?産まれたの?産まれたんじゃあないの?でも、泣き声がしない・・・。
だめだったの?あたしは、今直ぐにでも駆け寄りたい衝動に襲われたが、振り向くよりも先に、何か柔らかい物を引っ叩く音が二回、三回と聞こえた。
ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。
それと同時に、赤ちゃんの泣き声が辺りに響き渡り、周囲は歓声に包まれた。
やった。よかったぁ、無事産まれたんだ。あたしは知らず知らずに涙が溢れるているのに気が付いた。
だが、安心もしていられなかった。周囲で湧いて居る歓声をウェイドさんの叫び声が切り裂いたのだった。
「マユハさまぁ、こっちらの方も産気づいたみたいです。こちらもお願いします!」
出産って・・・感染するものなの?
そんな事を言っても、出て来るものは拒めない。そこからマユハ様の奮闘が始まり、あたし達の周囲警戒も第二ラウンドに突入していった。
あたしらだって疲れているんだよ。でも、そんな事言ってられない。これも不幸体質なのかと諦めるしかないのだろうか?
いや、諦められるはずもないだろう、現実に赤ちゃんも妊婦さんも存在しているんだから、その事から目をそむける事なんて出来るはずもない。
無い知恵を絞って考えなくちゃ。この際、不幸体質なんてどうでもいい。浮かばなくても、無理やりにでも最良の方策を考えなくちゃ。
それが、今のあたしに出来る唯一の事なのだから。
ああ、アドがこっちに居てくれたらなぁ、船がこっちにあったらなぁ。
でも、だめかぁ。こっちに船が来たら敵も来ちゃうかぁ。うまくいかないもんだなぁ。
そんな事を考えていたのだったが、あたし達の周りにはすでに次の魔の手と言うか、不幸の元と言うか、平穏とはほど遠い物が接近してきているみたいだった。
急にポーリンが暗闇に向かってするどい視線を飛ばしたのだ。
「ん?ポーリン、どうしたの?敵?」あたしも剣を構えて前方を凝視したのだが、何も見える訳でも無く、ポーリンの次の言葉を待った。
ポーリンは前方の闇を睨んだまま視線を離さないで、静かに呟いた。
「なんやろう?多分ヒト。五・・・十・・・二十 ううん、もっとおるでぇ。囲まれつつあるわ。不意に気配を現したんよ」
いつの間に って、あれだけ盛大に赤ちゃんが泣いて居れば、近寄って来るわな。無理も無い。
でも、どうしよう。こんな状態で戦いだなんて・・・。たぶん、敵・・・の別動隊?なんだろうな。
こちらは出産中。逃げるのは・・・・無理。迎え撃つしかない。
この人数でどこまでやれるか・・・なんて、考えても仕方が無い。やるか、やられるか だ。
「やれないか、やられるか・・・やねぇ」
ポーリンがぼそりと呟いたのだが、突っ込んでもいいのだろうか、それじゃあ、ただ単にやられるだけじゃんって。
そんな事を考えられているって、まだまだ余裕があるって事なのかな?それとも、修羅場に慣れちゃったのかな?
「やってやろうじゃないのよ。あたしを舐めるんじゃないわよ。そんな少数で攻めて来た事、後悔させてやるんだから」
鼻息を荒く剣を構えたあたしの言葉に応える訳ではないのだろうが、周囲の草むらの中からそれぞれに剣を構えたいかつい男達が次々と姿を現した。
あーあ、お頭は間に合いそうにないかぁ。自分達で対処しないと駄目ねぇ。ああ、毎度毎度なんてついてないんだろう。とほほほ。
そんなあたしの後ろでは再び産声が響き渡り、新たな生命の誕生を主張していた。
その鳴き声に背中を押されたかのように、あたしは剣を振りかざし姿を現した敵兵に向かって飛び出して行った。