156.
避難民達の列があたしの前をのろのろと歩いて、囚われていた部屋から列を作って出て来ている。次々と監禁部屋から吐き出された避難民の女性達は、もう既に五十人は超えているだろうか、それなのにまだまだ次々と出て来ているんだけど、いったい何人詰め込まれていたのだろう?
部屋の中はあまりしっかりとは見ていなかったんだけど、中にこんなに詰め込まれて居たってことなの?なんか多すぎない?
この謎は、後程わかったのだけど、どうやらあの部屋の奥には更に大きな部屋が存在していたらしい。
道理で大所帯なわけだ。
しかし、大所帯なのはいいのだが、こうものろのろと歩かれると、だんだんと不安になってくるのよ。
お頭の大声で今にも敵が大挙してくるかもっていう時にのろのろと歩かれると、不安を通り越してイライラしてきてしまう。
彼女達が歩いて行った通路の先からは、時々叫び声とおぼしき声と金属音が断続的に聞こえて来る。早くも敵と遭遇してしまい、遭遇戦となっているのだろう。
その戦って居るであろう音を聞くにつれて、さらに焦りと怒りがこみ上げてくるが、そうも言っては居られなかった。
あたしの持ち場にも、それほど多くはないのだが、メインの通路に繋がる横道から敵がバラバラと現れだしたからだ。
ただ、接敵した奴らは侵入者に気が付いてやって来た感じではなく、たまたま出くわした感じだったのが不幸中の幸いと言っても良かったのではないだろうか?
あたしも短剣を両手に構え敵に突っ込んで行った。それからは避難の為の時間稼ぎに忙殺されることになったので、余計な事を考えてイライラせずに済んで助かってはいた。
だけど、敵の出現で新たな問題も浮き彫りとなった。
敵が出現するたびに、あたし達護衛役は飛び出していって戦うのだが、戦っているその間避難民達の歩みが止まってしまうのだ。
敵を退けて振り返ると、毎回避難民達は恐怖に怯えた表情のまま立ち尽くしているのだった。さっさと行けよ!と怒鳴りたくなる。
いったい誰の為に戦っているんだよと訴えたくなるってもんだ。なんで戦って居る間にさっさと歩かないんだと。
怖いのはとってもわかる。だから一緒に戦ってくれなんて思わないし言わない。せめて足を引っ張る事は辞めて欲しいと思うのは無理な注文なのだろうか。
永遠とも思える時間が過ぎて行った。
その時、さらわれた女性達が囚われていた部屋を背に前方の通路を警戒をしていたのだが、不意にお頭から声を掛けられた。
「よおし、これで人質は最後だ。おめーももう行っていいぜ。後は俺に任せろや」
そう言いながら、お頭が部屋から出て来た。その両手には、なにやら一抱えもある壺を抱えていた。
「なにを持っているの?」
たしかさっきまでは何も持ってはいなかったはずだ。
「へへへ、中で見つけたんだよ。中身は油だな、松明用の」
どうやら部屋の中を探って来たのだろう。
「ど どうするの?それ」
驚くあたしを見てお頭はニヤリと笑った。
「へっ、決まってるだろうがよ。燃やすんだよ。部屋の中でな」
「な なにを・・・」
「ほれ、早く逃げねーと煙に巻かれるぜ」
ふと、お頭の後ろを見ると、女性達が囚われていた部屋から黒い煙が流れ出てきている。
「えっ!?もう火を点けちゃったのお?」
「だから言っているだろうがよ。さっさと逃げないと煙に巻かれるってよおww」
そう言いつつ、手に持っていた壺をあたしが護っていなかった方の通路に放り投げた。
さらに、あたしの後ろの通路にもひとつ放り投げる。
当然投げられた壺は中身を撒き散らしながら飛んで行き、派手な音を立てて割れて飛び散った。
あたしはあまりの事に呆然として、通路に撒き散らされた油に放火しているお頭を眺めていた。
当然と言ったら当然なのだが、そうしている間にも、煙はどんどんと濃さを増していった。
濃さを増した煙は、次第にみんなが逃げている通路の方に漂い始めていた。
「ほれ、早く追い立てねーとみんな煙に巻かれるぞ」
ったく、誰のせいだと・・・。
だが、ここで言い合って居てもしょうがないので、避難民の後を追う事にしたのだけど、すでに避難民の列の間にパニックが広がりつつあった。
まあ、もうもうとした煙が後ろから迫って来ているのだから、誰でもまずい状況なのは理解出来るのだろう。
最後尾から始まったパニックは徐々に先頭に向かって伝わっていった為、自然と我先にと逃げ惑う人の集団は前方へ前方へと圧をかけていく事になり、いつしか避難民全体の逃げる速度が上がっていった事は、結果的には良かったと言っていいのだろう・・・か?
癪だけど、お頭のやった事は結果的には正解だったと認めない訳にはいかなかった。
大事な事だからもう一度言うが、ドヤ顔のお頭の顔が目の前に浮かんで本当に癪だった。
長い時間を使って、あたし達と避難民の女性達は、奴らのアジトである地下通路を抜け出る事に成功した。
地下通路を出て一安心・・・とはいかなかった。
通路を出た先には大きな岩がごろごろしている斜面が待ち構えていて、そこを降りて行って、その先の森を越えてやっと歩きやすい草原に出られるのだった。
だけどきっとその頃には、女性達の脱走に気が付いた敵が大挙して追って来るにちがいないのだ、どこまで行っても安心は出来ないと思っていいだろう。
平地に出たら、少数のあたし達だけじゃ彼女達を守り切るのは不可能に近かった。と言うか、不可能だろう。開けた場所では数こそが正義なのだから。
数の劣勢を補うには、奇襲しかないだろう。岩場に潜んで、敵に不意の一撃を加えながら撤退する、それが一番有効だろう。
そんな事を考えながら歩いて居ると・・・そう、彼女達の速度に合わせていると歩く速度になってしまうのだった。地下通路内では一時速度があがったのだが、体力の無い彼女達だ、外に出たとたん又速度が落ちてしまっていたのだ。
前方から三兄弟とポーリン、シゾーさんが戻って来た。
「姐さーん、あかんで。こんな速度やったらあっちゅうまに敵に追い付かれまっせえ」
「嬢ちゃんの言う通りだ。このままじゃあ逃げ切るのは無理ですよ、どうします?」
みんなも同じことを感じて居たみたいで、なんかホッとした。
「うん、それそれ、あたしも考えていたのよ。彼女達にこれ以上早く移動させるのは無理だと思うのよ、そこでね・・・」
そこまで言ったところで、後ろからお頭が会話に入って来た。
「どうせおめーの事だ、岩の影に潜んで奇襲をかけながら逃げようとか考えているんじゃあねーか?」
いつの間に・・・。
「そ そうよ、いけない?」
「それだけか?」
「えっ?それだけって?」
「おめーの考えはそれだけかって聞いてるんだよ」
「そ そうよ。他に何があるのよ」
なんか、あたしの作戦を貶されたみたいな気がして、口を尖がらせてしまった。
だが、そんなあたしを見下ろすお頭の顔にニヤニヤ感が滲み出ているのが気になった。
「だから、おめーは中途半端、知恵が足りねーって言うんだよ。もう少し広い視野で全体を見ろや」
「・・・うっ」
「待ち伏せは当然の考えだ。それよりもせっかくシゾーが居るんだぜ、もっと有効に使えよ」
「え?シゾーさんを?え?」
そんな事を急に言われても、思いつかないよー。
思わず助けを求めようとポーリンをみたが、彼女も思案気だった。
だよねー、いきなり言われたってねぇ。
ダガ、シゾーさんには理解出来たみたいで、ポンっと手を打って笑顔を上げた。
「わかっただ、呼んでくりゃあええんだな」
珍しい事に、あまり驚かないお頭が驚いた顔をした。
「ほう、わかったか」
ニコニコと上機嫌な顔になっている。あたしにはそんな顔なんてしないのに。
「んだ。王国に行くのが難しいんだら、呼びに行って迎えに来てもりゃーばいいんだらな」
「正解だ。このままじゃ草原に出られたとしても、追っ手に追い付かれるのは必死。なにも、俺達がはるばる王国迄護衛する事もあるまい。迎えが来れば引き渡して任務収量だ。違うか?」
あたしには、一切反論が出来なかった。お頭の言う事が尤もだと思ってしまったからだ。あたしにはまったく思いつかなかった事だった。
「いいえ、お頭の言う通りです。シゾーさん、お手数ですがお願いします」
あたしには、頭を下げてお願いする事しか出来なかった。
「そげな、おらなんかに頭なんかさげねーでくんさい。走るのは好きやからひとっ走り行って来るらよ」
そう言うと、シゾーさんは身を翻し山を下って行った。
その後、あたし達六人は敵の追っ手を迎え撃つ準備に入った。
「追っ手はあの洞窟から出て来るんだから、この辺りに潜めば奇襲するにはいいかしらね」
あたしがそう言うとさっそくお頭が異議を挟んで来た。
「おめー敵からそう約束を取り付けたのか?あそこからしか出てこないと」
「え?」
「地下通路の地図でも拾ったんか?」
「え?」
「どうして地上への出口が一か所だと断定してんだ?」
「え?」
「他に出口があったらどうするんだ?」
「あ!」
「どこから敵が出て来ても、対応できる場所に陣取らなければ、逆に奇襲されんぞ」
「・・・はい。そのとーりです」
徹底的に言い負かされてしまった。
でも、お頭の言った事が正しいと思うのでしょうがなかった。
と言う事で、あたし達はどこから敵が出て来ても大丈夫な配置で待ち受ける事になった・・・のだが。
来ない?
来ない?
どうしたのかな?
すぐにでも追手がかかると思っていたのだが、いつになっても追手が現れず、肩透かしをくらってしまった。
「おい、どうするよ?」
そうお頭から声を掛けられた時には、もう空は明るくなってきていた。
「姐さん、もうここを引き払ってもええんとちゃいます?」
「シャルロッテ殿、もう追手は来ないのでは?」
みんな考えている事は同じみたいだった。
確かに、追っ手と言えるのは一度五人くらいがやって来ただけだったのだ。
「そうねぇ、もうみんなも安全な所にまで到達しているだろうから、そろそろ引き上げてもいい頃合いかもね」
そう思うのも無理は無かった。
きっと蛮族が頑張ってくれているのだろう。それと、アド達の空からの牽制が功を奏しているとも思えた。
山の方では、まだまだなにやら叫び声がひっきりなしに聞こえてきている。戦っている最中なのだろう。
「だがなぁ、このまま戦いが続いてくれていればいいんだが、もし今からでも追手がかかったらどうするよ?たちまち人質を取り返されてしまうぞ?」
「そ それはそうなんだけど・・・」
あたしには、どうしていいか判断が出来なかった。お頭も判断が出来ないからあたしに振って来ているのだろう。おあいこじゃあない?
「人質だった女達が王国内に逃げ込むか、迎えに引き渡すまでは、用心の為に残る方がいいんじゃないか?」
お頭にしては珍しく任務に積極的だった。何かあるのだろうか?
「とにかく、今現在彼女達がどこまで進めているのかを把握する必要があるのでは?」
ジェームズさんらしい冷静な意見だった。
「ふむ、それももっともな意見だ。問題は誰が把握しに行くかだな。違うか?」
あくまでもお頭は偉そうだ。
誰が行くかで揉めるかと思ったのだったが、ポーリンの一言であっさりと解決してしまった。
「なんや、そなら聞いたらええやん。知っとる人に」
みんなの視線がポーリンに集中したのは言うまでもなかった。
「知っとる人だと?」
怪訝な表情のお頭だったが、ポーリンの次の一言で納得する事になった。
「ほら、あん人や」
彼女の指差す方向、それは今あたし達の居る岩場から下って行った先にある森の入り口の方だった。
よく見ると、誰だか分らないが、誰かが登って来るのが見えた。
目を凝らして見ると、次第にその姿がハッキリと見えて来た。
「あ!シゾーさん?シゾーさんだぁ!」
そう、登って来たのは救援を頼みに行ったはずのシゾーさんだった。
「どうしたんだ?あいつは王国に救援を求めに行ったのではなかったのか?」
お頭の発した一言はみんなの疑問を代表しているようだった。
やがて軽い足取りでシゾーさんはあたし達の前に現れた。
「ただいま戻りましたで」
「戻りましたって、おめー王国には行かなかったんか?」
お頭の大きな声にも動じない飄々としたシゾーさんには今更ながら感心した。意外と強心臓なのかもしれない。
「それどころじゃなかったんらよ。脱落者だらけで、森の出口にまで辿り着いたんは、半分もいなかったら」
「なんだと!?半分も居なかっただと?なんでだ!」
「お嬢達、体力ないだよ。みんなへたり込んで森ん中に散らばっているらよ。アウラの姐さんも困ってしまってるで、おら伝えに来ただ」
「なんてこった・・・」
お頭のこの一言にあたし達の気持ちが濃縮されている気がした。
ここで嘆いていても何も解決しないので、あたし達は森中に散らばって落ちているという脱落者達?を拾いつつ先頭のアウラと合流すべく岩山を下り始めた。
降り始めるとすぐに地面にへたり込んでハアハアとあえいでいる女性を発見した。
歳の程はまだ十代後半だろうか、まだ若いのになんて体力がないんだと思いながら、へたっている女性に近寄ったのだがあたしは驚愕の事実に立ち尽くしてしまった。
「あ あなた・・・まさか・・・」