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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
155/187

155.

 夜空のてっぺんには、満月が煌々と輝いている。

 そこそこの明るさがあり、歩るくぶんにはまったく不便はなかった。

 すなわち、見張りが居れば発見されてもおかしくはない状況だったのだ。

 だが、何故かいまだに発見された気配はなかった。


 先頭を進むお頭が、前方を睨みながら呟いた。

「奴ら、相当混乱してるみてーだな。全然警戒してねーのか、人の気配がねーぞ」

 後ろから押し殺したようなアウラの声がした。

「誰か一人捕まえたいですね。さらわれた人達がどこに居るのか、居場所が知りたいです」


「へっ、カモが来たぜ」

 そう言うと、お頭は大きな岩の陰で立ち止まり姿勢を低くした。

 それに呼応して、みんなも姿勢を低くして身構えた。


 しばらくそのままじっとしていると、やがて草を踏み分ける音が聞こえて来た。そして、人の声も・・・。

「なんだって今夜は蛮族のヤロー共、あんなにやって来たんだ?最近大挙して来る事なんてなかったじゃねーかよ」

「だなぁ、あっちの夜勤の見張り当番でなくて良かったぜ。こっちは平和だからなぁ」

 どうやら二人のようだった。

「なんでも、日勤者まで駆り出されて、凄い事になってるらしいぜ」

「らしいな、俺らも狩りだされねーか心配だぜ。あんなのの相手するのなんかごめんだからな」

 蛮族もいい仕事をしているらしい。さらに声がはっきりと聞こえて来る事から連中が近寄って来ている事がわかる。

 お頭が振り向き、目で合図をするとジェームズさんがするするとお頭の脇に寄って行った。

 いよいよやるか?


 それは、ほんの一瞬だった。

 隠れていた岩の陰から連中の影が姿を見せたその瞬間、お頭とジェームズさんが音も無く物凄い速度で飛び出して行った。

 ほんの一瞬の後、奴らの口を手で押さえたままお頭達は転がり込んで来た。

 飛び出した瞬間、奴らの腹に一撃を加え引きずり込んだとみえて、連中は失神していた。恐るべき早業だった。

「狩って来たぜ。さあ、どうやって吐かせる?」

 お頭は得意げだった。

 そこで前に出て来たのはアウラだった。

「お頭、考えがあります。こいつらを後ろ手に縛って頂けます?」

「おう、任せろ」


 大きな岩を背に、後ろ手に縛られた二人は気絶したままちょこんと座らせられている。

 彼らの前に進み出たアウラは、捕虜の一人の頬を思い切り叩いた。便宜上捕虜Aとしよう。

「うっ」と一声漏らした捕虜Aは、目をぱちくりとして周囲を見回し、やっと自分の置かれている状況が理解したようだった。

 彼の喉元にナイフを突きつけたまま、アウラは不気味な笑みを浮かべて一言発した。

「騒いだら・・・わかりますね?」

 こ 怖い。アウラのこの微笑み・・・怖い。

 彼も相当怖かったのだろう。ひたすら、そうひたすら首がもげるのではないかと思うほど頭を上下に振っている。目が回らないのだろうかと心配になるほどだった。

「よろしい。命が欲しければ、素直にいう事を聞く事ですね」

 再び、首がもげるのではないかと思うほど頭を上下に振り始めた。

 さて、どうやって聞き出すのか楽しみだわと思っていたのだったが、次の瞬間あたしは口をあんぐりしてしまう事態になった。


「ここにおわすお方が、どなたなのだかご存じかしら?」

 そう言うと、アウラはあたしの方に視線を送って来た。

 当然、捕虜Aはあたしの事など知る由も無かったので、しきりに首を横に振る。そうだろう、そうだろう。

 あたしの事なんか聞いてどうするつもりなんだ?と思っていると、驚愕な紹介をされてしまった。

「このお方はね、何を隠そう・・・」

 何を隠すつもりなんだ?隠すつもりなら最初から隠したままにしておいてくれよ。

「このお方はね、何を隠そう・・・魔女の化身とも、歩く天災とも言われているお方なのよ。その実態は伝説の魔王の娘なんですけどね」

「んが・・・」

 な なにを言いだすかと思えば、言うに事欠いて・・・。

 おまけに、調子に乗ったお頭迄変な事を言いだす始末・・・。

「おい、この間なんかな、こいつに失礼な事を言った奴がな、身体の中から無限に蟲を沸かされて、発狂して死んだなんて事もあったんだぜ。言葉には気を付けなよ」

 な なんちゅう事を・・・

「ああっ、こいつ漏らしよったでぇ」

 あーあ、目を見開いたまま全身がたがた震えながら漏らしちゃってるよ、かわいそうに。って言うか、なんでそんなに恐れる対象になっちゃってるんだ?あたし。


 すると、捕虜Aの斜め前、漏らしたおしっこを避けた位置におもむろにしゃがんだお頭が、ニヤニヤと顔を覗き込んだ。

「こいつの話しはいろいろ聞いて居るんだろ?噂の通りものすごーく気が短いんだ。おまけにな気に入らねー事が有ると山なんか簡単に吹き飛ばしちまうくらいな暴れん坊なんだよな」

 捕虜Aの顔は真っ青を通り越して真っ白になってしまっている。気の毒にも思えてくる。本当は優しい女の子なんだよと言ってやりたい。

「わかるよな、嘘なんかついたらどうなるか」

 すでに首が半分もげてるのではないかと思うほど、頭を上下に振りだした。

 なんでそんなに怯えるのかなぁ。絶対アウラとお頭の顔が怖いせいだ。あたしのせいじゃあない。

「よしよし、なら素直に吐いてもらおうか。さらって来た女達はどこに居る?」

「〇✖。□▼〇〇、、$%##✖・・・」

「ああっ?何言ってるかわかんねーぞ。ちゃんと喋れねーんだったら、お前を始末してもう一人に聞くぞおっ、いいのかあ?」

 あーあ、更に追い込んじゃって、おしっこに加えて、涙に涎に、もう大変な事になっちゃってるよ。

「こ こ こ・・・」

「てめーはにわとりかああぁぁ!」

 出力を押さえてお頭が怒鳴った。


「あ、こいつ、目を見開いたまま失神しとるでぇww」

 だめだ、こりゃあ。捕虜Aは恐怖に耐え切れずに再び失神してしまったよ。

「だめだよお頭。そんなに恐怖を与えたら、使い物にならなくなっちゃうよ」

 だが、お頭はそんな事は意にも介さないようだった。

「寝たんだったら起こせばいいんだよ」

 言うが早く、捕虜Aの胸倉を掴むと張り手を見舞った。あーあ、あの手で叩かれたら即死だよお。

 盛大な音をたてて捕虜Aの頭は横に吹き飛んだのだが、不思議な事に命に別状はなく、普通に目が醒めたみたいに見える。

 更に不思議な事に、その表情からは恐怖が払しょくされたのか一切の感情なくなったみたいで、目を覚ましても騒ぐでも怯えるでもなかった。

 どうしたんだ?感情すら吹き飛んでしまったとか?


 呆然と見つめるあたし達を尻目にニヤッとしたお頭が尋問を始めた。

「で?さらって来た女達は・・・どこだ?」

 本当に感情をどこかに置き忘れて来たのか?すらすらと話し始めた。

「この道を真っ直ぐ上がった所に監視楼と地下通路の入り口がある。そこから中に入って地下通路を真っ直ぐ行った先の部屋にいる」

「全員いるのか?」

「全員まとめて監視している。必要な時だけ連れ出す」

「見張りは何人だ?」

「監視楼には俺達二人だけ。後は女達の部屋の前に二人」

「他の連中は寝ているのか?」

「騒ぎが起きているので、みんな狩りだされている」

 ひょいとアウラが捕虜Aの前に出た。

「飲み水なんかはどうしているの?」

「雨水を溜めている。足りない時には下界に汲みに降りる」

「そう。ところで、あなた達のリーダーはカーン伯爵なの?」

 みんなの視線が集まる。まあ当然だ。

 だが、捕虜Aは焦点の合わない目で前方を見つめたまま黙ったままだ。

「おいっ」

 たまりかねてお頭がどやすが反応がなかった。

 そっと下から覗き込んだアウラが、大きく溜息を吐き頭を横に振りながらあたしの方に向き直った。

「こと切れてますね。精神が耐えきれなかったのでしょう。どうします?もう一人を起こしますか」


 みんなはあたしに注目している。あたしの決断をまっているのだ。

「いいえ、最低必要な事は聞けたわ。今は時間が惜しいから、このまま突っ込みましょう。よいかしら?」

 みんな、黙って頷いた。

 さっと立ち上ったお頭の顔は、なぜか嬉しそうに見えた。

「そうと決まれば、さっさと終わらせるぞ。俺が先頭を行く。三兄弟は俺の後ろを固めろ。ポーリンは最後尾だ。いくぞっ!」

 そう叫ぶと、お頭はその巨体をひるがえして駆け出した。巨体に似合わぬ敏捷さだった。

 そのすぐ後にジェームズさん達三兄弟が続く。あたしとアウラがその後に続き、あたしの直ぐ後ろにシゾーさんが続き、ポーリンが最後尾を固めているはずだった。


 連中は相当混乱しているのだろう。突然の蛮族の襲撃に全兵力を回して居るのか、有り難い事にこちら側はまるで無人のようだった。

 時々、単発的に敵兵に出くわしたが、こちらの正体に気づかれる前に、片っ端から薙ぎ倒しつつ真っ直ぐに駆け抜けて行った。

 しばらく行くと、そそり立った巨大な岩の壁にぶつかった。

 その岩肌には監視楼と思われる人工物があり、その下には地下のアジト入り口とおぼしきトンネルがぽっかりと口を開いていた。恐らくこの奥にさらって来た女性達が閉じ込められて部屋があるはずだ。

 姿勢を低くして監視楼に近寄ったが、捕虜Aが言った通り人の気配はなかった。トンネルの中は薄暗く状況が良くわからなかったが、お頭は構わず突入して行った。あたし達もすぐにその後を追った。

 前方からは時折何やら物音がするのだが、おそらく側道から出て来た敵を薙ぎ払った時の音なのだろう。確認をしている余裕はないのでそのまま走り過ぎて行った。

 不思議な事に倒した敵兵につまづく事はなかった。なぜかご丁寧に倒された敵兵は通路の脇に寄せられていたからだった。

 ま、お頭にはそんな事に気が回るなんてことは有り得ないから、恐らくあの三人なんだろうな。


 しかし、こんな地下通路五十年もかけてよく掘ったもんだと感心しながら走っていると、あたしの前を走っていたボッシュさんの背中に思いっ切り激突してしまった。

 今まで走っていたのに、いきなり停止するんだからあたしのせいじゃあない。

「うわあぁっ、あたたたたた」

 彼の発達した筋肉で覆われた背中に弾き飛ばされたあたしは、悲鳴をあげつつ通路の床に転がってしまい、危うく後ろから来たシゾーさんに踏まれそうになった。

 だが、シゾーさんはこの事態が分って居たかのようにあたしの目の前でピタッと止まってくれたのだ。おかげで踏まれなくて済んだのだが。


「なにぃ?なにが起きたのよお」

 情けない声をあげたあたしに、振り返ったボッシュさんは一言。

「扉です」

 通路には所々に松明が設置されていたので、前方に出現した扉がおぼろげに見えていた。

「振り返ったお頭が扉のノブに手をかけながら低く呟いた。

「開けるぞ」

 その瞬間、ジェームズさん達はさっと扉から一歩下がり中に敵が居た時に備え短剣を構えた。

 こういう狭い場所では剣よりも短剣の方が使い勝手がいいと言う事は、以前に教わって知っていた。

「それっ!」

 お頭が扉を開け・・・じゃない、扉のノブを握ったまま勢いよく引きはがした?とたん三人は室内に雪崩れ込んで行った。

 と思ったのだが、入った瞬間立ち止まっている。何故か室内からは女性の悲鳴どころか、なんの音も聞こえてこないため、状況が良くわからない。

 わからないので、よっこらしょと立ち上がったあたしは、そっと室内を覗き込んだ。


「!!!!!!!!!」


 あたしも、一言も発せなかった。

 あたしを出迎えたのは、、、、、無数の目だった。

 正確に表現するならば、広場ほどもある室内にぎゅうぎゅうに詰め込まれた女性たちの驚愕に彩られた視線が一斉にあたしに向かって注がれていたのだった。

 驚いたのはなにもあんた達だけじゃあないよ、あたしだって心臓が飛び上るほど驚いたさ。ほんとだよ。

「おい、時間がねーんだぞ!」

 情け容赦のないお頭の声が後ろからあたしをせっつく。

 そうだった。驚くのは後でもいいわよね、今は最善を尽くさなきゃね。

 気を取り直してあたしはみんなを驚かさないように、声を落として話し掛ける。

「驚かないで。あたし達はみんなを助けに来たの。急いでここから逃げるわよ。さ、歩ける人から立ち上がって頂戴。逃げるわよ」


 だが、なんだろうか、誰も誰一人として立ち上がらないし叫び声すらあげないのだ。ただ、驚愕の表情でこちらを見上げるだけだった。

「こ これは・・・いったい・・・」

 あたしは、どうしたもんだろうかと考え込んでしまった。

 するとアウラがやって来て彼女達を一通り見て、驚愕の一言を発した。

「彼女達、感情を無くしていますね、よっぽど恐ろしい目にあっていたのでしょう。ショック療法が必要かもしれませんね、このままじゃ歩けませんよ」

 そんなぁ、ここまで来てそんな事言う?どうしたら・・・。

 あたしが考え込んでいると、もう我慢が出来なかったのだろう、お頭が動いた。

 まぁ、これが結果的には “吉” とでるのだが、あたしの小鳥のような心臓は一回死んだ。うん、間違いなく止まったよ。

 それは、突然広い室内に轟いた。


「何やってんだ、てめーら死にてーのかあぁっ!!死にてーのなら、俺らは帰るぞおっ!!どおおすんだあああぁぁっ!!!」


 それはそれは、耳をつんざくような大声だったのだが、さらに室内で反響して、天上の岩がぱらぱらと降って来ていた。

 この物凄い声に、呪いが解けたようにみんなが反射的に立ち上がっていたのには驚いた。


「ちゃんと立てるじゃあねーか。ほれ、立ったんならさっさとここから出ろや」

 ニヤッとしたお頭の顔、こうなる事がわかっていたんだな、確信犯じゃないの。

 だったら叫ぶ前に言ってよね、もう心臓が止まったわよ。

「へっ、ミスリルの心臓のくせになにかわいこぶってんだ」

「!」

 なんなんだ、いつもいつも・・・。


「ほれ、さっさとずらかるぞ。急げよ。そろそろ気が付かれる頃だからな」

 なによ、気が付かれるとしたらお頭の大声がいけないんじゃないのさ。ぷんぷん。

「アウラ!先導して頂戴。行き先は新生王国・・・の方ね」

「了解。さあ、みんな私に付いて来てねぇ」


 アウラを先頭にのろのろとした行軍が始まった。

 お頭は、この部屋に残って最後を見届けると言う。ここは任せても安心なので、あたし達はそれぞれ分散して横からの通路と交差する場所に陣取って敵の出現に備えた。

 それにしても、随分な人数が居た気がした。あんなにさらわれて来ていたんだ。一刻も家族の元に帰してあげたいものだ。

 カーン伯爵の事は後でいい。いまはまず目の前の事に専念しよう。


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