154.
あたし達は、出発地点である池の湖畔に戻って来た。
目を凝らして見回したが、船はまだ戻って来てはいないようだった。
「アウラ?アド達の作戦は成功したのよね?なんで船が戻って来ないの?」
「そうですねぇ、どうしたのでしょうか?当初の計画では作戦実施後ここに戻って来る予定だったのですが…」
「うまくいかへんかったんか?いや、それにしても蛮族どもは奴らのアジトの山にに大挙しとるみたいに見えとるんやけど?」
ポーリンも納得がいかない顔をしている。
そりゃあそうだ。見るからに臭いに釣られた蛮族は雪崩をうって山に殺到している。間違いなく作戦は成功しているはずなのだ。
そんな事を考えていた時だ、不意にポーリンが剣を構えながら姿勢を低く山の方に向かって身構えた。
「しっ、誰かくるで?」
みんなもポーリンに倣い戦闘態勢になった。
すると、前方の草むらの中から若い男性の声が聞こえて来た。
「おーい、敵じゃあねぇだよお、おらだ、シゾーら。攻撃しねーでくれらよぉ」
すると、前方の草むらを訝し気に見ていたお頭が構えを解き数歩前方に歩み出た。
「おめー、シゾーか?韋駄天のシゾーなんか?」
声の感じからすると、お頭の手下のシゾーさんのようだ。確か、妙に足が速かったような覚えがあった。
草むらを掻き分けてよろよろと出て来たその姿は、確かに見覚えのある人物だった。
「お頭ぁ~」
勢いよく走り出て来たシゾーさんは、あたし達の前まで来るとへたり込んでしまった。
「シゾー、おめー船に乗って居たんじゃねーのか?まさか、船に何かあったんか?」
シゾーさんの目の前に腰を落としたお頭の声は、普段の物言いからは信じられない位に優しかった。
「アドの姉さんに頼まれた手紙さ持って来ただよ。急いで動いて欲しいらよ」
「手紙だと?」
「これでさあ」
シゾーさんが懐から出して来た手紙は汗でくたくたになっていた。
それを受け取ったお頭は「ほい」とあたしにそのくたくたでホッカホカの手紙を差し出して来た。
一瞬「うえっ」と思ったが、大変な思いをして届けてくれた手紙だ。心してしっかりと受け取り直ぐに開いて読んだ。
「・・・・・・・」
「どうした?」
手紙を開いたまま固まっているあたしの肩がふいにお頭の物凄い力で掴まれた。
「あたし・・・忘れてた。話は聞いてたはずなのに・・・」
「なんのこった?何を言っているんだか意味が分からんぞ?わかるように説明しろや」
心底訳が分からんと言った顔でお頭が聞いて来る。
「連中、新国家に対して恒常的に人さらい的な事をしていた・・・」
「「「あ・・・」」」
あたしだけでなく、みんなもその事を忘れていたみたいで、ハッとしたようだった。
「そう言ったら、若い女性ばかりさらっとるって聞いてたやんな」
ポーリンは以前『新パレス・ブラン』で聞いた話しを思い出したようだった。
「なるほどな。さらわれた人々があいつらのアジトに大勢いるって事か。そいつはうっかりしていたな」
お頭はうんうん、と納得したように頷いた。
「もしかして、そのさらわれた人たちを?」
聡いアウラは、手紙の意図している内容を理解しているようだった。
「うん、船で奴らの注意を引くので、その間に救出して欲しいそうよ」
ほんと、なんでそんなにこまかい事にまで気が回るんだろう?
なんて感心していたんだけど・・・。
「お前は、なんでそんなに周りに気が回らねーんだ?ぼやぼやしてねーで、行くんならさっさと行くぜぇ」
お頭にどやされてしまった。
悔しいがお頭の言う通りで時間が無いのは事実だったので、取り敢えずあたしも奴らのアジトである前方にそびえている山に向かって走り出した。
走り出してすぐにジェームズさん達に抜かれてしまった。
ジェームズさんは抜きざまに声を掛けて行ってくれた。
「ここから先は危険なので、我々が先に行きますので後を付いて来てください」
「はやっ」
一瞬で駆け抜けて前方の茂みに消えて行ったジェームズさん達には、ただただ驚くばかりだった。
「おでも先さ行ってくるだよ」
そう言ってジェームズさん達の後を追って走って行ったのは、韋駄天のシゾーさんだった。
今走って帰って来たばかりなのに、疲れていないのだろうか?物凄い体力だ。
「さ、私達も急ぎましょう。夜が明けてしまっては少人数の私達は不利ですからね」
などと走りながら平然と話せるアウラも、たいした体力を持っているもんだ。
小さな山とはいっても、山には違いない。山賊と化した伯爵の残党が何千人も潜めるんだから、そこそこの規模はあるはずだ。
少人数で何とかなるのか?と、思わなくもなかったが、あの怪物のようなお頭が居るんだからきっと大丈夫なんだろうと思う事にした。
近づくにつれ、それまでなだらかだった地形がごつごつした岩が増えて来たせいで、走りづらくなってきた。
生えている草の生態系も徐々に変化していった。最初こそそれまでと同じ草原だったが、そこそこの大きさの木がぽつりぽつりと増えて来たなと思っていると、すぐに森に変わっていった。
森に突入したあたりから、ごろごろとした石がまじりはじめ、石の頻度が多くなってきて走りづらいなと感じる頃には地面は急激に傾斜を強め、気が付いたら巨大な岩がゴロゴロとした地形に変化していて、山登りなんて可愛いものではなく、岩登り状態になっていた。
「あ、姐さん、見てみいや、みんな立ち止まっとるで」
ポーリンが言う通り、前方でみんなが立ち止まってなにやら話をしていた。
はあはあ言いながら、みんなに追い付くと、なにやら険悪な雰囲気だった。
「どうしたの、こんな所に立ち止まって」
さっと振り向いたお頭の目が怖い。
「どうもこうもねーぜよ。こいつ、肝心な事を今頃言い出しよってよお」
なんか怒ってるし・・・。
みんなの視線の先には、韋駄天のシゾーさんがばつの悪い顔をして縮こまっていた。
「シゾーさん、何があったの?」
あたしは恐る恐る聞いて見たのだが、シゾーさんは萎縮してしまっていて話す事が出来ずにいた。
代わりに話し出したのは、ジェームズさんだった。
「どうもね、むやみに山に登っても時間ばかりかかるから、ポイントを見極めて登れとアドさんに言われていたそうなんですよ」
「むやみに?」
「ええ、必ず山を登り降りする為の道があるはずだから、そこを探して侵入しろだそうです」
「おかしいと思ったんだぜ。連中がいちいちこんな険しい岩山を昇り降りする訳ねーってな」
お頭が、吐き捨てる様に言った。
おかしいと思ったんなら、一言言えばいいんじゃない?
「だってそうだろうよ。こんな岩山をよ、さらった女抱えて登れるんかって考えれば分るってもんだろうよ」
わからずに走っていたの、お頭だよね。
「そうですね、さすがお頭です。人さらいもそうですが、食料の調達をする為にも川に降りなけれななりませんしね、どこかに歩きやすい道があるはずです。まずは手分してその道をさがしませんか?」
長年一緒にいてお頭の事は知り尽くしているアウラさんだ。うまくなだめられたみたいで、お頭も黙って従っている。
取り敢えず三兄弟とお頭、そしてシゾーさんで手分けして下山ルートを探しに出て、ここに戻って来る事で話がまとまって、みんなはそれぞれに走り出して行った。
山の向こう側の方からは、まだなにやら叫び声のようなものが聞こえてきている。蛮族も頑張っているのだろう。
「さすがアドちゃんですね、歩きやすい道とは気が付きませんでしたよ。たしかに歩きやすさは大事です。人質を救出した後は、彼女達を連れださねばなりませんから、なるべく歩きやすい道を確保する事は大事ですね。その後の逃走の仕方も考えないといけませんね」
もうアウラの頭の中は、救出後の事を考えているらしい。あたしは・・・目の前の事で手一杯だわ。
「そうやね、足が遅く疲れやすいであろう女達を連れて逃げるんやから、追撃される事も考えなあかんな」
「そこなんですよ。問題は人質の女性達を守りながらどこに逃げ込むのかってことなんです」
「そら、元々住んで居た新生王国やろ?」
「ええ、そうなんですけどね、そこまで何百キロあるかご存じで?」
「そんなん、知らんわな。ごっつあるんでないか?」
「そうですね。一般の女性がそんなに歩けると思います?」
「そら無理やな」
「彼女達の水は?食料は?」
「ううううううううう・・・・」
そこまで言われて、あたしにはやっとこの救出劇の大変さが実感できた気がした。そんな呑気な事でいいのかとも思うが、もう動き出してしまったんだから仕方が無い。ここはなんとしても逃走経路を考えないとだめだ。
すると、ふいに目の前にワイバーンの干し肉が差し出された。
「え?」
顔を上げるとアウラだった。
「え?」
「お嬢が急に唸り出したので、お腹がすいたのかと」
そう言って、にこにこと微笑んでいた。
「ちがう!ちがう!ちがう!逃走経路どうしようかと考えていただけよぉ」
うーん、そんな風にみえていたのかぁ。
「あ、姐さん、お頭や」
ポーリンの見ている方を見ると、大きな岩の陰からお頭が顔を出した。
「おう、見つけたぜ。細い小道を見付けた、間違いねーぜ。さっさと行くぞ」
暗くてお頭の表情はわからないが、おそらく鼻の穴を膨らましてドヤ顔をしているのだろう。
「さすがお頭ね。でも、みんなの帰りを待たないと」
「そんな暇なんかねー、さっさと行くぞ」
お頭はそう言うと、もう踵を返して、今来た方に歩き出している。
「もうっ、せっかちなんだから」
焦るあたしとは正反対でアウラは落ち着いていた。
「大丈夫、ウェイドさんから教わった方法で地面に伝言を残したので、みなさん後から来れます。さ、行きましょ」
あんた、いつの間にそんな事を・・・。
お頭の後を追う事数分、あたし達は道とおぼしきものに出た。確かに草を何回も踏みつけたような跡が山の方に向かって続いていた。
「さあ、行くぞ。奴らに出くわすかもしれん、気を抜くなよ」
そう言うと、お頭はぐんぐんと進んで行く。
確かにこれは道だ。とっても歩きやすい。
歩いて行くと、周囲に生えていた木は次第に数を減らし、視界が良くなってきた。
森だった周囲も背の低い灌木に変わり、巨岩の姿が周囲を占め始める頃、灌木もすっかりなくなりただの岩山の様相を呈して来た。
ふと先頭を歩いていたお頭が腰をかがめた。そして、あたし達にもしゃがめと合図をしてきた。
あたし達はしゃがんだまま、お頭ににじり寄って行く。
「さあて、ここからが問題だ。遮蔽物が無くなったから上からは丸見えなんだろうな。もし、見張りがいたら厄介だが、どうする?」
「どうするって・・・」
「見つかるのを覚悟で、突き進んで行くか、見張りがみーんな向こうの騒ぎに気を取られている事を信じて突っ込んで行くか だ」
「そんなの・・・どっちも同じじゃない!」
「声がでかい!同じじゃあねえ、気持ちの持ちようが違う。なぁ、そうだろう?」
そう言うと、お頭はあたし達の後ろに視線を向けた。
そこには、いつのまにかジェームズさん達が来ていた。
みんな笑顔でサムズアップしている事から、もう話し合う必要はないのだろう。
「いいわ、行きましょう」
あたしも笑顔でサムズアップして応えた。
ここに無謀で命知らずな八人の突撃が開始された。