152.
昨日は散々な一日だった。
今日も引き続き絶賛散々中だ。なぜならお頭の剣の為に夜通し角を削らされて、へろへろになっているのに寝かせてもらえず、引き続きポーリンの為に角を削る作業をさせられてしまい、何だかんだで日没まで地道な作業が続いたのだった。
お頭の剣に比べたら長さが短いので、それなりに楽だったと言えば楽だったはずなのだが、如何せん丸一日以上寝ていないので寝不足と過労で、腕が石の様に重かった。
頭も回って居なかったと思う。ただひたすら角を削り続けたあたし。誰か褒めてくれても罰は当たらないと思う。
気が付いた時には、地面に横たわって寝ていた。寝てたと言うより、意識を失っていたのかもしれない。
周りの薄暗さから、どうやら時刻は夕方なのだろう。
あたしは目の前でゆらゆら揺れている焚火の火をぼんやりと見ながら、再び意識を手放し、深い眠りについたのだった。
再び目が醒めた時、周りには誰も居なかった。削っていた剣も無くなっていた。
まだ頭がぼーっとするので、しばらく既に消えている焚火の跡を眺めていると、ふいに声を掛けられた。
「お目覚めですか?」
いつも冷静なアドだった。
だが、さすがにあたしも虫の居所が悪かったのだろう。普段は言わない嫌味を言ってしまった。
「アドともあろう者が、見てあたしが起きているか起きていないか区別が付かないのかしら?」
だが、アドはそんなあたしの嫌味など意に介してはいなかった。
「あの後、巨大魚の身を捌く際、血や内臓を川で洗ったせいか、臭いに釣られた角持ち巨大魚がもう一匹現れました」
「・・・!!」
あたしは反射的に立ち上がったのだが、急に眩暈がしてへたり込んでしまった。
へたり込んで両手で頭を押さえていると、アドの報告が続いた。
「ですが、二頭目の奴はお頭とポーリンがいとも簡単に退治してしまいましたよ。あの新しい剣の威力は大したものですね」
「二人で倒した・・・と?」
「ええ、お陰様で追加で大量の肉の確保が出来ました。重要なパートだけしか出来ていなかった船の装甲強化も、船全体に施す事が出来ましたし、修理用の予備素材も確保出来ました」
「そ そうなのね」
「はい。まもなくここを引き払い出発する事が出来ます。偵察に出ていた者も戻って来ておりますので、姐さんもお早く船にお戻り下さい」
「偵察?」
「はい、ジュディ様からお借りしたあの三兄弟ですよ」
「ああ・・・・わかったわ、すぐに戻ります」
今度はゆっくりと立ち上がり、船の方を見ると、なるほど誰も船体の修理はしていない。既に終わっているのだろう。食料の積み込みも終わっているようだった。
「おらー!もたもたしとると置いて行くぞっ!!」
船上からお頭が叫んでいる。誰のせいで遅れたと思っているのよ!
船上に上がると、例の三兄弟が待っていた。
三人はすかさずあたしの足元に跪き、物凄く喰い気味に長男のジェームズさんが報告して来た。
「報告します。ここから先は、三大勢力が小競り合いを繰り広げている危険地域になります」
「三大?」
「はい、一つは北部中央の山岳地帯を根城にする例のカーン伯爵の残党集団。一つは北部東側で多くの人民を抱え守りに徹しておられる兄上様でいらっしゃられるマイヤー様率いる集団。それと、平地に広く分布しているよく分らない集団の三つの勢力でございます」
「な なんなの?それ。良く分らない集団ってどういう事?どこぞからはみ出した集団なの?」
「はい、統率がとれていそうでとれていない、獣みたいな集団と言ってもよろしいかと。我々を見つけるといきなり襲ってまいりました。一旦戦いが始まるといつの間にか四方八方から取り囲まれて酷い目に遭いました。個々の能力は大した事はないのですが、なにせ凄い数でして」
「そうです。持っている武器は槍と弓が主で、剣を持っている者も少数居る事は居ましたが、持っていた剣はどこかで拾って来たかの様なボロボロの奴でして、体格も子供程度しかなく、かといって子供では無く確実に大人のような顔つきをしていました。着ている物も統一されておらず、毛皮を纏っただけの者が多く、裸の者も多く見受けられました」
興奮気味に次男のウェイドさんがまくし立てた。
「その者達とは会話ができましたか?」
真剣な顔のアドが話に加わって来た。
ジェームズさんは静かに首を横に振ってから話し出した。
「何人かを捕縛出来たので、話しを聞こうとしたのですが・・・あれは我々と同じ人族なのでしょうか?全く会話が。。。と言うか、言語が理解出来ない?いや、会話をする態勢にすらなりませんでした。落ち着かせようとしましたが、言葉は発せずにただわめいて暴れるだけで、全く会話が出来ませんでした」
あ、うんうんと頷いている?
「アド?何か分かったの?」
「ええ、だいたいは予想していた通りですね。あいつらですよ、あの南方に居た・・・」
「「「蛮族っ!!!」」」
あたしとお頭とポーリンは同時に叫んでしまい、思わずお互いに顔を見合わせてしまった。
「う そ。あいつら生き延びていたんだ・・・」
「聞いた感じでは、間違いはないでしょう」
「なんてこった!!」
お頭が誰に言うでもなく吐き捨てた。
アドの言葉を聞いてジェームズさん達は不思議そうな顔をしていたが、ふとウェイドさんが呟いた。
「まさか、あいつらがあの大陸と共に沈んだと言われていた蛮族の生き残りだったと言うのでしょうか?」
三人共心底驚いたと言う顔をしている。
「そうだと思いますね。それで、三者の勢力図はどうなっていますか?」
ただただ驚いて居るあたし達とは違い、アドの頭の中は既に次の事を考えているようだ。
「我々もあまり深くは探れなかったのですが、どうやら、兄上様の集団と、伯爵の残党は基本守りに徹しているようです、両者の間に広がった平地に陣取った蛮族?が好き勝手に両陣営にちょっかいを出している感じでした」
何かを思い出すように、ジェームズさんが慎重に答えた。
「お姉さま方は、どうなっているのかその後の足取りは掴めましたか?」
そうそう、それが心配なのよ。
だが、ジェームズさん達はお互いに顔を見合わせ首を小さく横に振っている。
え?まさか?
「あの方達の消息は、今の所一切不明です。全く動いた気配が掴めないのです。どこに行ってもあの蛮族だらけで、奴らと戦ったような形跡すら見出す事が出来ませんでした。ただ、どこを見ても蛮族共は落ち着いていましたので、大きな戦いをしたようには見受けられませんでした。私個人の感想では、無事に逃げ延びているのではないでしょうか?」
「そうですか」
「普通ですと、人の動きとか流れを見ていれば、おおよそなにかあったか見当がつきますが、彼らは、只々絶えずわしゃわしゃしているだけで、行動に一貫性が見受けられず・・・」
「しかたがありませんね。さて、お嬢、今後の行動指針ですがどのようになさりますか?」
「どのように?」
「ええ、私達が加わっても大した戦力にはなりませんが、ひたすらこのまま兄上様の元に向かうか、この戦力を使ってもっと効率よく兄上様達を支援するか」
アドは時々、と言うか、良く訳の分からない事を言うんだけど、今度は何を考えているの?
みんなも何と言っていいか分らず、黙って様子見態勢だ。
「それって、どう言う事かしら?」
「簡単な話しです、伯爵の残党と蛮族を戦わせるのですよ。簡単でしょ?」
「・・・!!!」
当然ながら、みんなぽかーんとした顔で、アドの事を見つめて居る。
「まてまてまて、言わんとしている事はわかる。わかるが、それのどこが簡単なんだ?ちゃんと説明してくれよ」
慌てた様にお頭が話に割って入って来た。おそらく、みんなの総意といっていい質問だろう。
「彼ら蛮族の本質は野獣と変わらないと言う所がポイントですね。野獣が一番興味を示す事、それは食欲です」
「「「うんうん」」」
みんな神妙な顔でアドの説明を聞いて居る。
「この大陸には食料になる獲物が絶望的に不足しています。唯一手に入るモノは塩の川にいる魚系だけです」
「そこまでは理解した。それが奴らのつぶし合いにどう関係してくるんだ?」
じれったくなったお頭が、イライラした様子で話の先を促して来た。
食料を渡すのと引き換えに残党狩りでも頼むのだろうか?そんな事は絶対に無理な気がするんだけど・・・。
「なあに簡単な事ですよ。良い匂いをさせれば、奴らは寄ってきます」
「良い匂いだと?」
まだお頭は怪訝な表情だ。言葉の端々にトゲが感じられる。
「そうですよ。みなさんが腰にあの巨大魚の干し肉をぶら下げて歩き回れば、奴らは自然に集まって来ますので、ご心配なく」
「へっ??干し肉・・・を?」
「はい」
「俺達が?」
「はい」
「腰に付けて歩き回る・・・と?」
「はい」
「正気か?」
「はい」
「これが、簡単で、かつ心配ない作戦・・・なのか?」
「はい」
「馬鹿か!どこが心配ないんだ!心配しかないだろうがっ!」
真っ赤になって怒鳴っているお頭に対してアドはいつも通り平然と対応していた。
で、その後どうなったのかと言うと、今現在あたしはポーリンを伴って夜の草原を歩いて居る。腰に例の巨大な怪魚の燻製をぶら下げて。
そう、誰もアドの唱えた作戦に異を唱える事が出来なかったのだ。いや、出来なかったと言うより、反対意見を片っ端から論破されてしまったのだった。
わかっていたさ、誰もアドに口では勝てないって事。
その結果、あたしはポーリンと、お頭はボッシュさんと、ジェームズさんはウェイドさんと組んで夜の草原に繰り出す事になったのだった。腰にに巨大魚の肉の燻製をぶらさげて。
「こないな事で、ほんまに奴らが誘われてのこのこ出て来るんかいな?」
ポーリンは文句を言いつつも、どこかしら楽しそうだ。きっと、新しい剣で暴れたいのだろう。
闇夜ではあるが、今夜は満月が出ているので、歩くのには不自由しなかった。
伯爵の残党は夜間は決してアジトにしている山からは降りて来ないとの報告があったので、奴らの接近にだけ注意すれば良かった。
「大丈夫よ、アドが言っていたでしょ?奴らの嗅覚は我々人族の数倍はあるって。きっと臭いに誘われてやってくるわよ」
あたしも疑心暗鬼ではあったが、いままでアドの言う事に間違いはなかったのだから、ここは信じるしかなかった。
「でもさ、アドって昔からあんなに大人顔負けに頭が良かったと言うか、口が達者だったの?時々、本当に子供なのって思うわよ」
黙ったまま歩いていても、気が滅入って来るので何気に普段思っていた事を聞いて見た。
まあ、聞かれたとてポーリンも答えに困るだろうとは思ったが、黙って歩いて居るよりは気が紛れるだろう。
「そやな、昔はそないな事なかったんよ。無口で大人しくてな、意見も言わず黙ってみんなの後を付いて来る感じやったわ。場を仕切るタイプちゃうなぁ」
「確かに出会った頃はもっとおとなしかったわねなんで変わっちゃったんだろう?」
「変わったのは、間違いなく姐さんと出会ってからやね。うん、間違いあらへんな」
「なっ、なんで?あたし?あたしのせいなの?あたしが何かしたって事?」
思いがけない事をいわれたので、つい声が大きくなってしまった。
「しー、声がおおきいわ」
「あ、ごめん。でも・・・」
「うちもはっきりと分っとるんとちゃうでぇ。なんとなくや。なんとなくそないな感じがしただけやで」
「あたしが何か影響を与えた…そんな事ってある?でも、確かに急速に大人化しているような感じはしていたわね。話す内容は子供らしからぬ理路整然とした感じだったし、妙な知識が物凄いし」
「そやろ?良いか悪いかは分からへんけど、むっちゃたすかっとるのは事実やん」
「だね、子供らしくても、らしくなくても、アドはアドでそれ以外の何ものでもないんだから、あんまり気にする事もないかもしれないね」
そこ迄言った所で、ポーリンがさっと草むらに身を隠した。あたしもしゃがみ込んで周囲に集中した。
「奴らの声が聞こえるで。この先や」
「あたしには聞こえないけど、気配はわかるわ。結構居るわね」
「仲間を呼びに行かせる為に、あいつらを何体か残して、残りは退治すればええんやろ?ほな、ちょっと行ってきますわ」
「あっ!ちょっと・・・・」
あたしの声は、ポーリンには届かず、彼女は暗闇に消えて行ってしまった。