151.
船内ツアーをしていると、船が降下し始める感触があった。
「ん?降り始めてる?」
斜めに傾斜してきた床を横滑りしながら窓際までにじり寄り、窓の外を覗くと斜めになった大地が迫りつつあった。
やがて眼下に流れていた塩の川に物凄い振動とともに無事着水した。
以前より飛行速度が速くなったせいで、着水速度も以前よりも速くなってしまい、操作を誤ってしまったもか何度もジャンプを繰り返し凄まじい振動の末に岸に乗り上げるようにして停止したのだった。
しかし、あれからだいぶ下って来たので川幅はかなり広くなっているはずなんだから、もそっと川の真ん中に着水して欲しかったのだが、そこまで求めるのは酷ってものなのだろうか?
全身を船室のそこかしこにしこたま打ち付けてしまい床に這いつくばったままそんな事を考えていた。
幸いな事に、船体を強化しておいたおかげで、激しい着水にも関わらずなんの損傷も認められなかった。
船には損傷はなかったものの、乗り組んだあたし達は強化されていないので、船の中で転がりまくり全身を強打してしまった。
「ふぅ~、酷い目にあったぜ」
甲板上で手摺りを片手で掴み、仁王立ちで立って居るお頭が緊張感の無い声でそう呟いた。
あたし達はみんな甲板上に這いつくばっているっていうのに、なんで立っていられるの?同じ人族とは思えないわ。
「いええぇぇいっ、着水成功っっ!!」
アンジェラさんだけは上機嫌だった。ほんとうに嬉しそうにはしゃいでる。そんなキャラだったの?知らなかったわ。
その後、山菜取り班と魚取り班に分かれて採取作業が始まった。
あたし達は、魚取りの方に参加する事になった。又、この間の様に物騒な『ほおじろ』みたいな奴が出て来るかもしれないからだ。
「おいしいお魚さん、獲れるといいねぇ」
ミリーだけがルンルンなのはいつもの通りだった。
あたし達は各々身の丈ほどの槍を持って岸から獲物を狙い、メイとミリーが船の上から水中を見下ろして獲物の位置をあたし達に教える手はずになっていた。
お頭は「俺の力が必要になったら呼べ」と言って、岸に突っ込んだ船の舳先の近くの岸で寝転がっている。まあ、これもいつもの事と言ってもいいのだろう。
岸に居るあたし達からは水面がキラキラ光ってしまっていて、水中の様子が全く分からなかった。船上から見下ろしているメイとミリーの目が頼りだった。
漁を始めてすぐだった。ミリーが叫んだ。
「川下の方からぁ、中くらいのがいっぱい来るよぉー!」
「距離は?岸に寄って来とるん?ようけってどの位よぉ!」
曖昧な報告に、ポーリンがたまらず聞き返す。
「うーんとねぇ、すぐ来るよぉ、岸から随分近くでぇ、数はぁ、いっぱあぁい」
なんじゃ、そりゃあ。
「ミリー!もっと具体的に言いなさーい!ほなら、なんとのう分らへんっしょ!」
うんうん、その通りだ。だが、彼女にそれ以上望んでもねぇ。
「今、姐さんの目の前を十匹くらい通りまーす。岸から三メートル位の所で水面近くで~す!」
「サンキュー、メイ!」
さすがメイだ。あたしは直ぐに右手に握っていた槍を目の前の水面に向かって撃ち込んだ。隣ではポーリンも撃ち込んでいた。
だが、相手もそうそう食べられたくないみたいで、簡単には刺さってはくれなかった。そりゃあそうだ。
槍に付けておいたロープを引っ張り槍を回収していると、再びメイが叫んだ。
「又登って来る~っ!!次々登ってくるよ~っ!!」
「いっぱあぁい来る~~!!」
「なに?どうなってるの?」
「姐さーん、なんか知らないけど、みんな上流に向かって競うように一目散に泳いでいるわぁ~」
川に目をやると、そこかしこで水面から飛び跳ねながら逃げる魚で溢れていた。
そこではっと気が付いて川下を見やった。まさか?
「なんやろな?なにか危ない奴が追って来とるんやろか」
ポーリンも緊張した面持ちだった。
「お嬢っ!何か大きいのが来てますぅ。危険なので川から離れてくださあぁい」
船の甲板上からアウラの切羽詰まった声が聞こえて来た。
あたし達は、声が聞こえると同時に船に向かって戦力で走り出していた。
もう少しで船からぶら下がっている縄梯子に手が届くというタイミングで、後方で物凄い水しぶきが上がる音がしたので、思わず振り返ってしまったのだが・・・
その視界一面に広がったのは、巨大な水柱だった。
そして、収まりつつある水柱に代わって、青黒い何かが姿を現わした。
姿を現わしたと言うか、水柱を掻き分けて空中に飛び出したそいつは・・・・・
鳥?いやいや、魚だ!
魚?いやいや、あんな魚なんて存在するのか?
そもそも、なんで頭に二メートルもある槍のように尖がった角が生えている?おまけに額にも一メートルもある角が・・・
背中には真っ赤な帆?いや、巨大な帆みたいな背びれがそびえ立っているし、なによりもその巨大な身体だった。
「なんなの?あのデカイ奴は!?」
「あの角のようなんで刺されたら、ごっつう痛そうやね」
「いやいや、そう言う問題じゃあないから」
実際には、そんな事言っている暇もなかった。
水面に落下したそいつが次に水中から姿を現わした時には、もう我々の船の目の前で、もう成り行きを見ている事しか出来なかった。
その後どうなったのかと言うと、水中から姿を現わしたその巨大な角を持った魚?が、その勢いのままに我々の船に突っ込んで来て・・・
跳ね返された奴をどう処理してやろうかと思考を巡らせようとしていたんだけど・・・
あたし達は岸辺で呆然と立ち尽くす事になった。
なぜなら、あの巨大魚?は、我々の船の横っ腹に・・・突き刺さってじたばたしていたんだ。
そりゃあ呆然とするわな。装甲の無い部分を貫いたのならいざ知らず、あのミスリルに匹敵する強靭さを持つとも思われたあの亀?の甲羅で覆われた船腹を、いともたやすく貫通したのだからね。
驚く箇所は盛りだくさんだった。五メートルにも及ぶ巨体しかり、船に突き刺さった角しかり、背中の真紅の巨大な帆みたいな背びれしかり。
あのいつでもどんな時でも沈着冷静なアドですら、船上で腰を抜かしたまま、一言も発せず固まっているのだから我々の受けた衝撃は計り知れなかった。
「こ こほん。腰なんか抜かしてはおりません。あまりの衝撃で甲板上に倒れただけですわ」
あたしの心の声が聞こえたのか?アドが船の甲板上で叫んでいる。声に動揺が滲んでいる事は言わないであげよう。ぷぷぷっ
「と とにかく!あいつを何とかして下さいな。このままでは、船が壊されます!」
ふむ、確かにそだわね。笑っている暇はなかったね。
取り敢えず、あの深々と突き刺さったあの鋭い角には刃が立たないだろうから、斬り落とすのは後回しにして、まずは奴の息の根を止めるのが最優先だなと思い奴の頭部に向かおうとしたのだが、どたんばたんと暴れているので近づく事ができない。
さて困ったなと周りを見回すが、誰も近寄る事が出来ずに遠巻きに見守ることしか出来ないようだった。
そりゃあそうだよね。そもそも奴に対抗できる武器を持たなかったら、怖くて近寄る事も出来ないってもんだ。
となると、近寄れるのは・・・あたしだけ?
でもさあ、あんなに暴れている奴にどうやって近寄るんだって話しじゃない?ねえ?って隣にいるポーリンに視線を向けたが、さっと横を向かれてしまった。なんなんだ。
「ふっふっふっ、お困りのようだね、お嬢ちゃん」
その悪魔のように気持ちの悪い声は・・・聴くまでもなく、お頭だった。
「そなたのお悩みを解決してしんぜようじゃあないか」
なんなんだ?あんたが代わりに行ってくれるとでも言うんかい?あたしは、心の中で毒づいた。
「安心しろ、奴の懐まで安全に届けてやる」
安心しろって言うあんたの言葉が世界一不安なんですけどお。
きっと、そんなあたしの感情が顔に出ていたのだろう。
「大丈夫だ」
何が?
「任せろ」
何を?
「さあ、心の準備はいいか?」
よくない。
「さあ、行くぞ」
どこへ行くんだ。
唐突にお頭が背後に回って来た。
あたしの後ろに立つなぁぁぁ
そのままあたしは担ぎ上げられてしまった。
「ちょっ、ちょっ、何やってんのよお!」
「大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないって!!」
「安心して任せろ」
「だからぁ、不安しかないんだってばぁ」
「口を開いていると舌を噛むぞ」
「だからあぁぁぁ」
次の瞬間、あたしは何故か空を飛んでいた。
みるみる大きくなっていく巨大な怪しい魚?
そう、あたしはお頭に投げ飛ばされていた。魚?に向かって。
空を飛んでいたのはほんの一瞬で、あたしは直ぐに巨大魚?の頭部に叩きつけられた。
そりゃあそうだ、いきなり投げつけられて、無事着地なんて出来る訳がない。
奴の頭部に叩きつけられて、そのままバウンドして奴の頭部に着地した。危なく頭部にあるやや短いが細く鋭い角に危うく接触する所だった。
奴は絶賛暴れている真っ最中だ。
あれ?暴れてはいるんだけど、ここって比較的動きが少ない?
ああ、そうか。頭を船で固定されているから、尻尾の方に比べると動きが少ないんだ。
これなら、やれるかも?
うん、やれる。やらなきゃ!
あたしは奴の頭の上で四つん這いになりながら反撃のチャンスを窺った。
その時、ふとお頭の姿が視界に入った。
腕を組んでドヤ顔をしている。なんかむかつく!
確かにお頭のおかげで奴の頭に取り付けたんだけど、それでもあの顔、チョーむかつく。
後でたっぷり文句言ってやろう。絶対に言ってやるんだから。
今はお頭の事は後回しにして、あたしはこいつと向かい合う事にした。
したんだが・・・思った通りこいつも全身が硬かった。
硬いなんて可愛いものではなかった。いったい何を食ったらこんなに硬くなるんだか。
やっぱりあたしでないと駄目な案件だったって訳ね。なんでこんなのばっかりなんだか、ため息が出てしまうわ。
だけど、そんな事も言ってられないので、こいつを静かにさせたいんだけど・・・いかんせん硬い。
あたしの剣ですら軽くはじかれてしまい、無事に頭蓋骨を貫通した頃には、陽が暮れかけていた。
じんじん痺れた両手を見つめながらやっと終わったと思っていたのだったが、どうやらまだまだ終わらせては貰えない感じだった。
その元凶はお頭とポーリンだった。二人で張り合いだしたのだ。
何を張り合っているのか?それは、謎の怪魚?の二本の角だった。
二メートルの方の所有権をお頭が、一メートルの方の所有権をポーリンが主張しだしたのだった。
最初は、何でそんな物を?と思ったものだったが、話しを聞いてみてなるほどなあと理解出来た。
あの、ミスリルにも匹敵すると思われていたあの亀?の魔物の甲羅をいともたやすく貫通したのだ、そりゃあ剣の素材に欲しいだろう事は理解出来た。
理解出来たのだが、その削り出しをあたしがやらねばならないと言うのは理解と言うか、納得がいかなかった。あたしだって休みたい。
もう、十分働いたんだ。少しはのんびりしたいよ。
でも、現実問題として、あたしの剣でしか削れないのも事実だった。
強力な剣が出来れば、おまえも楽が出来るだろうと言われれば、頑強に抵抗もしづらいと言うものだった。
仕方が無いなと、角の削り出しに同意したのだったが、すぐにその判断が間違っていたと後悔する事になった。
削り出しをしているあたしの脇にべったりと張り付いてあーだこーだとうるさい事を言いまくっているのはお頭だった。
もっと丁寧に扱え、から始まって、握りには手の指の形に合わせて握り易い形状にしろとか、太さはもっと太くだとか、刀身はもっと長くだとか、刃の身は厚くそれでいてシャープに、だとかきりが無かった。
うるさいったらありゃしなかった。結局、夜通し作業をするはめになってしまったよ。
日が昇る頃にようやく形になったのだが、お頭の奴、礼も言わず剣をひったくる様に掴むと飛び出して行ってしまった。試し切りをするんだそうだ。もう、勝手にしてくれ。
さあ、やっと寝れると思ったのだが、そんなあたしの前には期待に目を潤ませているポーリンが居た。
本当に、目からうるうると音が聞こえてきそうな位うるうるした目でじっとこちらを窺って、と言うか角を抱えてあたしの前に仁王立ちになって梃子でも動かないぞと言う顔であたしを睨みつけている。
はああああぁぁぁぁ、寝るのはお預けかあぁ。
あたしはなんて不幸なんだろう。
寝不足で意識を朦朧とさせながらも、あたしは黙々とポーリンの剣製造作業を進める事になった。
船の脇では、巨大魚?の解体とその肉の燻製作業でわいわいと賑わっている。
又、アドの指示で横っ腹に開けられた穴の補修も並行して行われているようだったが、あたしには関係の無い話だった。
ああ、関係なくも無かった。補修材料の予備として巨大魚の骨を小さく切ってくれと言われたのだった。
当然、阿修羅の形相で断った。この剣が出来たらポーリンにやってもらえと追い返したのだった。
アタシハ、イソガシイノダ。