150.
奴はあたし達と激闘?を繰り広げている最中に寝てしまっていた。
戦っている最中にだよ?自分の脚が何本か切断されているのにだよ?おかしくなあい?
痛みや出血の為に失神したのならまだしも、寝るってある?
今現在、あたし達は沼の岸辺の草むらの中で大いびきをかいて寝ている奴をみんなで取り囲んで、この後どうしようかと思案中だった。
このなんとも得体の知れない怪物は、アドの言うには、あたし達の知っている亀の亜種だそうだ。
亜種ったって、こんなにかけ離れた亜種があるの?って、みんな思って居ても言えないで居た。アドの意見に反論出来る者など居るはずもなかったのだ。
確かに、硬い甲羅で覆われていて、頭も脚もその中に収納されているので、亀と言えない事もなかったのだが、その甲羅が問題だった。
なんで甲羅に一メートルにも達する毛?がびっしり生えてるの?それも、人族の手の指ほどの太さのしなやかな真っ赤な毛がびっしりと。
物凄くしなやかで、柔らかく風になびいている癖に、異常に硬くお頭の力でもってしても、折る事は出来なかった。
まあ、その事は奴の自由だろうし、好きでそう産まれて来たのではないのだろうから文句は言うまい。だけど、だけど、脚が八本もあるのは納得出来ない。亀なら四本だろうに。
アドが言うには、体重が重くなり過ぎて、支える事が出来なくなってので、段々と増えていったのだろうとの事だったが、突っ込み所満載だった。面と向かって反論はしないけど。
重くなって脚が増えるのなら、お頭だって既に足が四本位あってもいいだろうに。
左側だけ真ん中の二本が無くなって居て、血が滴って居るのであたしに斬られた所なのだろう事がわかった。ん?滴っている?普通、斬られたら滴るどころか吹き出しているだろうに、なぜこんなに出血が少ないの?もう固まってきているって事?
傷口をしげしげと見ていると、アドが説明をしてくれた。
「おそらくですが、血液中の凝固因子の活性が異常に活発なのでしょう。手傷を負っても戦いを続行できるように空気に触れると即効で凝固するのかもしれませんね」
「はぁ・・・」それしか言えなかった。
アドが言うのならそうなんだろう。納得はいかなかったが、納得しよう。どうせ、口では勝てないんだから。
そうこうしている間に、お頭が奴の頭が収納されている場所に肩まで手を突っ込んでロープを引っ掛けようと悪戦苦闘していた。
おかしいやら、気色悪いやら、不思議な感情でその様子を見ていたが、やがて大きな息を吐いてお頭がずぼっと手を引き抜いた。
「ロープはかけたぞ、後はおめーらで引っ張り出せや。俺はぬるぬるで気色悪いし臭いから沼で洗って来るぜ」
そう言うとお頭は両手を前にだらーんと下げた状態で、沼の方によろよろと歩き始め、途中から走り出した。
よほど臭かったのか、気色悪かったのだろう。
そんなお頭を見送った後、奴の方に向き直ると、みんながロープに取り付いて首を引っ張り出そうと騒いでいるところだった。
結果から言うと、首が出て来たのはそれからゆうに四時間後だった。辺りは既に薄明るくなり始めていた。
みんなは力尽きて地面にへたり込んでいたが、そんな中異形の物が朝日を浴びて光り輝いていた。
そう、奴の頭部だった。
だが、それを見たみんなはアドを除いて例外なく、口をぽかーんとあけたままだった。かく言うあたしもだ。
だって、どこから突っ込んでいいのか、まず目が四個もあった。その上、頭頂部には真っ青な鶏冠が。
それだけじゃない。奴の口・・・・口って言っていいのか?なんと鳥みたいなくちばしが付いて居た。
くちばしに鶏冠?こいつ亀でなくて鳥だったのか?
唖然と見入っていたが、驚きはそれだけでは無かった。首にロープを掛けられて引っ張り出されたっていうのに、こいつときたらまだぐーすかぴーと寝ている。
根本的に危機感が無いのか?今まで身の危険を感じるような敵って居なかったとか?
奴の周囲で念入りに調査をしていたアドが戻って来た。
その顔は何故か満足しているようだった。
「どうやらこいつはまだまだ起きそうにないですね。いまの内に首を落としてしまいましょう」
軽く言ってくれた。こいつがどんだけ硬いか知らないのか?と言いたかったが、どうせ切れるのはあたしの剣だけなのだろう事はあきらかだった。
もたもたしていて、こいつが起き出したら面倒だ。あたしは渋々剣を握りしめ、奴の頭部へと向かった。
悪戦苦闘の末、奴の頭部を落とせたのはそれから更に三時間後だった。
まるで巨大な岩をハンマーでたたき続けた後みたいに、両手はじんじんと痺れてしまいもう感覚がおかしかった。
おかしかったのはそれだけじゃあない。とうとう首が落とされるまで奴は起きなかった。なんなんだろう?あたしの理解値を遥かに越えていた現象にあたしは尻餅をついてへたり込んでしまっていた。
みんなもかなり疲弊して座り込んでしまっていて、そこここから乾いた笑い声が聞こえていた。
やっとあたしの役目は終わったから、少し眠ろうと思っていたのだが、世の中そう甘くはなかった。
「さあ、ここからが大仕事ですよ」
「はぁぁ?」
参謀であるアドの言うには「この非常識に硬い皮膚と甲羅は使わない手はありません」だそうだ。
そして、解体出来るのはあたしだけだそうだ。そりゃあそうか、並の刃物じゃあ奴には歯が立たないもんなぁ。
寝る事もかなわないのかぁ。と、あたしはがっくしと肩を落としたが、アドは容赦が無かった。と言うか、あたしの疲労なんかは眼中にないのだろう。
苦労して甲羅の毛を刈り取ってから甲羅の解体を始めた頃には、既に陽が傾きつつあった。
頼むから少しは寝かせてくれぇ~、なんてあたしの心の悲鳴は聞こえるはずもなく、あたしは延々と解体作業に勤しんで一日が終わってしまった。
膝が痛ーい、腰が痛ーい、肩が痛ーい、手が痛ーい、もう満身創痍だよぉ。おまけに眠ーい。
もう、ご飯は後でいい。とにかく今は眠い。考えるのは起きてからにするー。
あたしは解体場所から離れた所に移動して地面に横たわ・・・ろうとしたのだが、見逃しては貰えなかった。
「丁度良いので、解体した皮と骨、それと背中の毛の様な物は船の船体補強に使おうと思います。肉は臭そうなので焼却処分にする予定です」
「うん、そうして。あたしは・・・」
「それにしても、生物学上あの様な生き物が一体だけって言うのが少々腑に落ちませんね。普通は一体だけで存在なんていうのは有り得ません。絶滅しかかっているのであれば別でしょうが」
「じゃあ、最後の一頭だったんじゃあないの?あたしは・・・」
「ですが、普通ですとあの様な形態に変化していく途中の形態と言うのが居るはずなんですよ」
「そうなの?その事は後で考えようね。あたしは・・・」
「突然変異の可能性も否定出来ませんが、それにしても常識の範囲を大きく逸脱し過ぎています。亀があの様な変化をするには何十万年どころか何億年スパンの時間が必要になります。その様な長期間の進化の過程を経たのなら、なぜ途中の形態が一切見付かっていないのでしょう?」
「そんな事聞かれたってわからないわよお。それよりは、あたしはねぇ・・・」
「考えられるのは、人工的に造られたのか、何らかの原因で竜脈の影響を大きく受けてしまったのか」
「はああぁ、それ今考えないといけない?あたしは、今直ぐに・・・」
「亀は、冬になると冬眠の為に地面に穴を掘って潜るんです。その際に竜脈の真上に潜ってしまいその影響を受けてしまった可能性も否定出来ないのですが、それですと他にも何例かの事例が報告されてもいいはずなのですが、その様な報告は一切ありません」
助けてくれえぇぇぇぇぇ
「ですので、あいつの仲間がこのあたりに居る心配は無いと考えてもよろしいかもしれませんね」
・・・・・そうですか。
「消去法になりますが、残るのは人工的に造られたアーチファクトではないかと言う可能性ですね」
ポーリン、助けてぇぇぇぇぇ
「しかし、魔法が健在であった過去ならいざ知らず、現在にこんな事が出来る技術が残っているなど聞いた事がありません。
・・・・・・・・。
あたしの記憶はそこで途絶えてしまっていて、目が醒めた時あたしの目の前には木の天井が広がっていた。
どうやら薄暗いそこは船の中にいくつかある船室のひとつのようだった。
完全防水って事もあって、外の光は半開きの窓からわずかに入って来る以外は全く入って来ていないので、全体的に薄暗かった。
まだ眠っていたかったけど、状況が気になったのでよろよろと立ち上がり、窓を全開にして外を見てビックリしてしまった。
夕方寝たはずなのに、外はまだ薄暗かったのだ。
「え?まだ夕方なの?あんまり寝てなかったって事?だからまだ眠いの?」
だが、後ろから掛けられた言葉に更に驚いてしまった。
「それは、間違いなく寝過ぎのせいですよ。まる一日寝ていましたからね」
「え?え?」
たしかに・・・奴の身体の焼却も終わってるみたいだし、解体した甲羅も無くなっている?もしかして・・・?
「姐さんに解体して貰った素材は、もうほぼ装着終わっております。明朝には生まれ変わった形で飛びたてると思いますよ」
「ええーっ、そうなの?いつの間に・・・」
「姐さんがいびきかいて寝ている間に、みんなが総出で作業しております」
うげっ
確かに、外からは何やらわいわいと作業をしている声が聞こえて来ている。
そんな中あたしだけがのんびり寝ていたってことなのか。なんだかなぁ。
驚愕しているあたしに、アドの淡々とした船の補修の説明が始まった。
あまりにも淡々と長い報告だったので、起きたてのあたしには半分失神しそうなくらいの地獄だった。
「ええっと、要約するに、奴の骨で船の骨組みを補修、奴の皮で船体を補強したって事ね。それで甲羅の毛はロープに使うと」
「ええ、その通りです。では」
そう言い残すと、アドは去って行った。
なんなんだ。なんだって、一言で済む報告を延々と語っていたんだ?あたしゃあ疲れたよ。
その夜はそのまま朝まで死んだように寝てしまった。昼間も寝てたっていうのにね。
飛び立ってまず驚いたのは、見違える様な加速だった。離水したとたんみんな立って居られず、後ろにひっくり返ってしまったもんだ。
次に飛行速度だ。明らかに見違えるほど早くなった。飛ぶように後方に消えて行く地上の景色に、みんな甲板上で手摺りにもたれて歓声をあげていた。
この速度なら、きっと老人少女隊にも早い内に追い付けるのではないのだろうか?
などと思っていると、アンジェラさんが声を掛けて来た。
「シャルロッテ様~」
なんともうきうきと軽やかな声だった。
「なんか、とっても軽いんですけどぉ~。やっぱり改修のおかげなんですかねぇ」
あたしは、急加速の影響で甲板上で四つん這いになったままでアンジェラさんの方を振り返ったが、彼女は舵輪を握りしめたまま満面の笑みだった。
確かに、奴の骨はミスリルに匹敵するくらいに非常識な硬さを持っていると言ってた気がする。
なので、背骨や船梁と呼ばれる骨組みに使われていた巨木を奴の骨と交換したらしかった。
奴の骨は強度が異常なまであったので、あたしが必死こいて細く削った奴の骨を従来の木の骨組みと換装したので重量は半分以下になるって言ってたっけか。
それで、こんなに加速が物凄い事になっているのか。納得だ。
骨組みを奴の骨に換装した事で、軽くなっただけでなく、骨組みが細くなった事によって室内が広くなったのは思いもよらない副産物だった。
思いも寄らなかった事はもう一つあった。思いも寄らないと言うか、忘れていたと言った方が良かったのかも知れない。
速度が速くなった事で気が付いた事だった。船体が軽くなったって事は積んであるある荷物が減ったという事でもある。
積んである荷物・・・その大半は・・・食料だった。ワイバーンの干し肉だ。
マイヤー兄様の元まで、あとどのくらいの日数がかかるのか分らない現状では、食料の早期調達は最重要課題だった。
「どうしよう。食料って言ったって、この大陸には動物がほとんど居ないし・・・」
「居るじゃないですか。下を流れている塩の川でしたら海の魚が捕獲出来ます。採取している間に周囲にある食べられそうな植物も採取させましょう」
食糧の事は、あたしとは違っていつも冷静なアドに任せておけば安心だ。どうやって魚取りをするのかはしらないけど、全部任せた!
後の事はアドに任せて、あたしは船内ツアーをして改修か所の見回りをする事にした。