149.
新年明けましておめでとうございます。
本年も、勉強しながら執筆を進めて行きたいと思いますので、どうかお付き合い下さいね。
なんなんだ?何が突っ込んで来たんだ?おまけにあの異常な速度はなんだ?
驚くあたしを尻目に、突然暗闇から飛び出して来た謎の塊は、疾風と共にあたしの後方の草むらに頭から突っ込んでいった。
さっと振り返ったが、辺りは暗くて相手が見えない。きっと奴は目の前の草むらの中でこちらに振り返って再突入のチャンスを窺っているのに違いはないと思うのだが、あたしには打つ手がなかった。
草むらにしゃがんで様子を窺っていたあたしの右手がふと硬い物にふれたのはそんな時だった。
すぐに手触りからこぶし大の石だとわかった。
これ、使えるかも。そう思ったあたしは剣を構えつつ静かにその石をそっと掴むと、あたしから二メートル位離れた所に放り投げてみた。
ボトッと音がして、その石が地面を転がったその瞬間。本当に石が転がるのと同時だった。
不意に正面の暗闇に不快で強烈な圧が沸き上がったと思った瞬間、何かが突っ込んで来る気配がした。
真っ暗で視界がないので、本当に気配しかわからなかった。
あたしは、向かって来るその気配に向け目をつむったまま剣を横に、地面に平行に薙ぎ払った。
これで、突っ込んで来る正体不明の奴の二本だか四本の脚を薙ぎ払えたはずだった。
足を薙ぎ払える確信はあった。だが、実際には奴と接触した瞬間、あたしはなにやら硬い物に弾き飛ばされて、剣もろとも宙を舞って居た。
宙をくるくると回転しながら、舞って居る最中、あたしは状況が理解出来ないでいた。
地面に叩きつけられて、一瞬息が出来なくなったが、じっとしているといい的になってしまうので、地面を転がりながら次の手を考えた。
幸い剣は手放していなかったので、敵の再攻撃に即応出来るのは幸いではあったが、両手ともじんじんしびれてしまっていたので、多少時間がほしい所だった。
しかし、あたしは何を斬ろうとしたのだろうか?あの手ごたえは確実にワイバーンの脚よりも硬い物だった。それは間違いない。
そんな硬い物が物凄い速度で走って来た?いやいやいや、そんなバカな。そんな生き物が居るなんて聞いた事がないわ。有り得ない。
そう自問自答を繰り返していたあたしは、周囲への注意が疎かになっていたのだろうか、ポーリンの接近に気が付かなかった。
「有り得ぇへんなんて事は、有り得ぇへんのですわ。自分が知っとる事が全てやと思うたらいけないって、昔誰ぞに言われよったよ」
不意に声を掛けられて心臓が縮み上がってしまった。
「あんた・・・」
「以前遭遇したアーマーガエルやって、半端なく硬かったやん」
そうだった。確かにあいつも半端なく硬かったわね。あれの親戚だと思えば、有り得なくもない・・・・か。
「そうね、あんたの言う通りだったわ。常識にとらわれないで、自分の目で見た事象を信じないといけないわね」
「そやで。で?どないしまっか?」
「それなんだけど、これ見て?」
あたしは、持っていた剣の刃の部分をポーリンの前に差し出した。
月明りに映ったその刃には何か濃い液体みたいなものが付いて滴っていた。
「何ぞついてまんなぁ。それって、奴の血でっか?」
「だと思うんだけどね、感覚的な話で申し訳ないんだけど、確かに奴の脚を斬り落した感触はあったんよ」
「そうでんな、この出血の量を考えると、斬り落としたと考えてもええのかも知れへんなぁ」
「でしょ?でも、奴は平気で駆け抜けて行った・・・」
「脚が一本のうなったんなら、もう突っ込んで来ぇへんのとちゃいます?」
「どうやって確かめる?奴の正面にでも立ってみる?ww」
「そやね、二人で立ってみるのもええかもしれへんね」
「じゃあ、どっちが先に立つ?」
「同時でええんでない?」
などと話していたが、そんな事は余計な心配だった。
考えるまでもなく、奴が突っ込んできたからだった。
脚が早いだけでなく、地獄耳なのかぁ?ホントかよぉ。
仕方が無くあたしは剣を両手で正眼に構え・・・る間もなく、奴はあたしの脇を物凄い速度で走り抜けて行った。
あたしとポーリンは、とっさに左右に飛びすさって難を逃れたのだが、ポーリンは足を少し痛めてしまったようだった。
「あいつ、確かに脚を一本斬り落としたはずなのに、たいしてこたえていない?」
あたしは、地面に転がりながら奴が駆け抜けて行った方向を見ながら、思わずつぶやいていた。
「せやけど、若干速度遅ぅなってまへんでした?」
ポーリンも僅かな異変に気が付いてきた。
「あ!」
「あ!」
あたしとポーリンは、同時に声を上げた。おそらく同じ事に気が付いたのだろう。
「まわり・・・びしょびしょだ!なに、これ・・・奴の血?」
「ほんまや、やはり手負いやったんやね。なのに、なぜまだあんな速度で走れるんや?」
「まだまだ元気だって事なんでしょ。又くるわよ、迎え撃つ用意を・・・」
だが、その続きは言うまでもなかった。
こちらが態勢を整える間もなく、奴は再び何も考えずに突っ込んで来た。
痛くないんかなぁ?それとも学習しないんか?
しないんだろうなぁ。
あたしとポーリンは姿勢を低くして奴に対峙、と言うか、振り返った瞬間目の前に奴が飛び出して来たのだった。
突っ込んで来る奴の速度は凄まじいものの、先ほどと同じくただ一直線に突っ込んでくるだけの単調な攻撃だったので、奴に集中さえしていれば比較的避けるのは容易にも思えた。
思えたのだが、奴の非常識な速度を考えると実際にはそう簡単な問題ではなかった。
あたしは恐怖に必死に耐えて剣を構え、非常識な速度で突っ込んでくる奴に向かって念を込めた剣を横に振り払った。
「ガツンッ!!」
さっきと同じで、硬い音と激しい衝撃と共にあたしは再び宙を舞っていた。
今回も確かにスパッと切り落とした感触があったのに、また宙に投げ出されてしまっている。何故だ?
ふたたび地面に投げ出されたあたしは、全身の痛みにうめいていた。実際何度も放り投げられていたので、いい加減全身打撲だ。
ポーリンは大丈夫だっただろうか?あたりは真っ暗なので様子がわからない。
奴は?奴はどうなった?もういい加減にして欲しいんだけど。
だが、前方の草むらからはごうごうと奴の呼吸音とおぼしい音が聞こえてくる。まだ健在なのか。きっと今頃、次に飛び掛かって来るタイミングを計っているのだろうか。
なんでぇ?脚を何本か斬ったんだよおぉ、まだ来るのぉ?どういう事~?
「あたしは、全身が痛くてもう動けないぞぉ」思わず本音が漏れてしまった。
「・・・」
「・・・・・ん?」
相変わらず鼻息だかうめき声だかわからない荒々しい呼吸音が続いているのだが、いっこうに向かって来る気配がない?
どゆこと?
すると、ポーリンが這いながら寄って来た。
「ポーリン、駄目よ、一緒に居たら一緒にやられちゃうわ」
あたしは焦ってそう言ったのだが、彼女は焦っている様子がなかった。
「大丈夫とちゃうかな?あいつ、全然殺気がないわよ?動けへんんとちゃう?」
「た 確かに。あの、強力な圧が感じなくなってるわね。やっとダメージを与えられたのかしら?」
「チャンスなんとちゃいます?」
「そうね、このまま睨み合って居てもしょうがないわね。思い切って仕掛けてみるか」
あたしは痛む全身に、手の平でバシバシと叩いて喝を入れた。
「あたしが立ち上がった気配はわかっているだろうに、反応がないわ。やっぱり動けないのかしら」
「姐さん、今や!」
あたしは、悲鳴をあげる身体を無視して、剣を目の前に構えたまま駆け出した。
おそらく、見ている人が居たらなにもたもた歩いて居るんだって思っただろうが、あたしはこれでも精一杯の力で走っているのだ。
後少し、後少し、一歩近づくたびに恐怖で嫌な汗が染みだして来る。だって、いつ飛び出して来るのか分らないのだからしょうがない。
自分でも、足元がふらついているのがわかって情けなかったが、今はそんな事を言っている余裕はなかった。
とにかく前に進まなければ。ただ、その一念が身体を動かしていた。
奴の巨大な小山の様なシルエットが月明りに浮かんで見える距離に迄接近した。
なんだろう、全く反応がない。死んではいないのはあの地響きの様な息でわかる。じゃあ、何をしているんだ?あたしが仕掛けるのを待っている?罠か?
そんな知能があるようには見えないんだが。
そんな事を考えながら奴に向かって走っていたが、もうここまで来たら立ち止まる事は出来なかった。一気に行くしかなかった。
ええいっ、ままよ!
あたしは、両手で剣を上段に構え、勢いのままに草むらの中に突入し、奴のシルエットに向けて斬りかかろうとした。
だが、斬りかかる寸前、あたしの手は止まってしまった。
手だけでなく、足も止まってしまって、更に言うならば、呼吸迄一瞬止まっていたと思う。
だって、こっちは死ぬ思いで突っ込んだのに。もう死んだな、あたしの人生はここまでだなと覚悟をして飛び込んだのに、それなのに、それなのに、奴ときたら、あろうことか・・・。
いびきをかいて、、、、、、寝ていた。
「な なんなの、こいつ。寝ている?それとも気絶しているの?」
呆然としているあたしの前で、奴はごうごうと・・・いびき?をかいている?どういう事?
あたしが困惑していると、よろよろとポーリンもやって来た。
「なんなん、こいつ?普通自分の脚斬られて寝てられへん?それとも失神しとる?よう理解できへんわ」
ポーリンも困惑しているようだった。
「失神だろうが何だろうがいいチャンスじゃねーかよ。さっさと首落としちめーよ」
いつの間にか現れたお頭だった。
あたし達がピンチだった時は近寄りもしなかったくせに、安全となったらやって来るんかい!
睨みつけてやったが、お頭は何にも感じていないようだった。
「ほれ、さっさとやっちめーよ。どうせ、俺達の剣じゃあ刃が立たねーんだからよ」
むう・・・・・・
腹が立ったんだが、お頭の言う事は間違ってはいない。万が一にも奴が目を覚ましたら大変な事になる事は明らかだ。
あたしは、よろよろとしながら、寝ていると思われる奴の頭の脇に立ったんだけど・・・・無い?えっ、無い?
動揺したあたしは、どうしていいか分らずゆっくりと振り返った。
「何やってんだよ、さっさとやれよ!」
他人事のお頭は無視して、目に入ったアドに声を掛けた。
「アドぉ、無い、こいつ頭が無いわよお」
アドは冷静にとちらを見ている。
「頭はおろか、手も足も無いわよおおおお」
「あ、ほんまや。なんやこいつ、でっかい岩みたいな胴体しかあらへんわ」
ポーリンもこの状況に驚いている。
だが、ひとりアドだけは落ち着き払って傍にやって来た。いつもみたいに何かの書物で読んだ事でもあるのかな?
やって来て、しばらく奴の身体を観察していたアドは振り返って言い放った。
「これは、恐らくアーケロンと呼ばれる古代生物の一種、派生型ではないかと思われます。以前・・・まあ、今はいいでしょう。とにかく起きる前にとどめを刺してしまいましょう」
やはり知っていたんだ。
「でも、こいつ頭無いんよ、どうやってとどめを刺すのよ?」
「大丈夫です。この手の生物は頭や手足を引っ込めて自己防衛するのが特徴なんです。ですから、頭を引っ張り出せば斬る事が出来るはずです」
これって、頭を引っ込めてるんだ。驚きの生物だわね。確かに脚があると思われる所から血が流れ出ているわね。
「だったら、わざわざ引っ張り出さなくても、この頭の引っ込んでいる所を外から刺してやればいいんじゃあない?」
「そうお思いでしたらやってごらんなさいな。この手の生き物は頭部が異常に硬いはずですから、恐らく刃が通らないと思いますよ」
「うっ・・・そんな事言われたら・・・・」
「起き出してきたら危ないので、私達は避難しますね」
をいをいをいをい、そんな無責任なぁ。
「わかったわよ。で、どうやって頭を引っ張り出すの?」
「そうですね、中に手を突っ込んで、頭にロープをかけてみんなで引っ張るしか方法はないかと」
そうね、それしかないわね。問題は誰が手を突っ込んで頭にロープを掛けるのかだけど。
その時、アドは見逃さなかった。
「そこで逃げ出そうとしているお頭さん?当然、やってくれますわよね?まさか、怖いとか言いませんわよね」
アドに声を掛けられて、お頭はビクっと身体を震わせたお頭だったが、逃げられないと観念したのか、そっとこちらに向き直った。
「こ 怖がってなんかいねーぞ。変な事言わねーでくれよな」
うまいなぁ、アドの人心掌握術って、恐ろしいわぁ。お頭が単純だって事もあるんだけどね。
そうして、奴の頭を引っ張り出す作業が始まったのだったが、これがまた大変な事になってしまった。
敢えて言うけど、これはあたしの不幸体質のせいじゃあないからね。