147.
その時、あたし達は空一面に飛び交うワイバーンの群れに囲まれて絶体絶命のピンチだった。
迎え撃つのは、お頭の大剣とあたしとポーリン、アウラの剣によるささやかな反撃だけだった。
当然というか、四方から降下して来るワイバーンに対して有効打を与えられる訳も無く、一方的に押し込められる一方だった。
さすがのお頭ですら泣き言と言うか、あたしに例の光の剣の使用を懇願してきた。本人は懇願などとは決して認めないが・・・。
だけど、あたしのその能力は気が付いたら無くなって居たので、望まれてもどうしようもなかった。
不意にアドが現れ、見た事も無い剣を差し出して来たのはそんな時だった。
クレアが竜さんから預かっていたらしいが、あたしはそんな話は一切聞いて居ない。寝耳にみみず じゃ無くて みずだった。
まあ、状況が状況なので、その辺の事を問い質している暇もなかった訳で、切れ味もわからずいきなり実戦投入となったのだった。
あの竜さんが渡して来たくらいなのだから、ただの剣ではないとは思っていたんだけど、あんな非常識なモノだとは思わなかったよ。
ただの一撃でワイバーンの脚が切り落とせるなんて、お頭の大剣より威力があるってことじゃないのよ。有り得ないわよね。
あたしの記憶があったのはその辺りまでだった。
気が付いたらあたしは地面に寝ていたんだから、何があったのかなんて知る由も無かった。
なぜ知る由も無いのかは、知る由も無かった。
ここからの事は後から聞いた話しなので、あたしは全く納得していない。きっとあたしを驚かす為に盛に盛って適当に言っているに違いない。
そうに違いないんだぁ~。
最初の一振りで、襲って来たワイバーンの脚をスパッと切り落とし、その巨大な脚が血しぶきをあげながら目の前に降って来た所であたしの記憶は途切れていた。
ここからはアウラ達の話しを元に、記憶を無くした後の事を自分なりにまとめてみた。何度も言うようだが、あたしは全く納得はしていないが・・・。
彼女達が言うには、どうやら一匹目の脚を切り落としたとたん、何かに憑りつかれたように叫びながら剣を振り上げワイバーンに向かって走って行ったんだとか。
あたしがそんな事をするか?にわかには信じられないんだが。
「ほんまやで。ほんまに姐さん、あの剣一本でワイバーンに向かって行ったんや」
「そんな訳・・・・」
「本当ですよ。お嬢、剣に憑りつかれたのですかねぇ、目が逝ってました。見ていて怖いくらいでしたよ」
アウラ迄・・・。
「そ そんなばかな・・・剣に憑りつかれるだって?有り得ないわよ」
あ・・・でも、あの剣の切れ味は、常識を遥かに凌駕している。もしかして、本当に憑りつかれていたのかも・・・。
あたしは、頭の中で自問自答していたが、ここで又いつも冷静なアドが話に入って来た。
「どうやら、魔法やあのひかりの剣は、竜脈からその力の一部を貰って発動していたようですね。今は竜王様がお休みになっておられるので発動出来なくなったものと思われます」
「はぁ。それじゃあ・・・」
「なんでその剣が威力を発揮したか?」
「はい」
「私が思うに、今回竜脈の力は使われていないのではないかと」
「でも、それじゃあ・・・」
「ええ、今回七匹ものワイバーンの脚を切り落としたのは、竜脈の力でなくて全て姐さんの力だったのではないかって事ですよ」
「そんなぁ、そもそもあたしにそんな力なんて・・・・って、今何て言った?七匹?七匹ですって?何を七匹?まさか・・・ワイバーンを七匹だなんて言わないわよね」
「他に何が居ると?現実逃避もほどほどにしてくださいね。何と言おうと、姐さんがその剣で獅子奮迅· 疾風怒濤 ・縦横無尽・八面六臂・獅子奮迅・大車輪の・あるいは鬼神のような活躍でワイバーンを撃退した事は変えようも無い事実なんですから」
「ううううううう・・・」
「悔しいがよぉ、俺のこの自慢の大剣でも切り落とせなかったワイ公の脚を一刀両断にしたんだ、認めるしかねえだろがよ」
「でも・・・」
「おい、ちょっとその剣貸して見ろよ。俺が扱えばもっと威力が発揮されるはずだぜ」
「あ・・・」
言うが早く、お頭はあたしの手から話題の謎の剣をひったくると、鞘から乱暴に剣を抜き、切り落としたまま放置されているワイバーンの脚と向かい合った。
「見てろよっ!とりゃあああああぁぁぁぁ!!!」
掛け声と共にワイバーンの脚に力一杯切りつけた。
カーーンっ!!
甲高い金属のぶつかり合う様な音を立てて、剣はくるくると空高く回転しながら舞い上がり、一直線にあたしの方に落下を続け、ざくっとあたしの足先三十センチ先の地面に突き刺さった。
「ひいいいいいいいいいいっ!危ないじゃないのよおおおおっ!!」
少しの間を置いて、全身から汗が噴き出して来た。怖かった。本当に怖かったんだからね。
お頭は、自分の両手をガン見しながら固まっている。
みんなも、声も出せずに成り行きを見守っていた。
「ほ ほら、見てみなさいよ。お頭の力ですらこうなんだよ?ワイバーンの脚を切り落とすなんて、出来る訳がないのよお。みんな、夢を見ているんだわ。そうよ、そうに違いないわ」
あたしは、勝ち誇った様にそう言い放った。
あたしは間違っていない。そう主張をしようとしたのだが、またしてもアドに邪魔をされてしまった。
「私の考えでは、その剣は持ち主を選ぶのではないかと思うんですよ。ですので、もう一度姐さんにその剣を振ってもらえばどうだかわかると思いますよ」
げっ、又あの剣振るの?
「何を言っているんですか。正体がわからなければ、今後使っていけないでしょう?」
え?何を言ってって、まだ何も言ってはいないんだけど。また、心を読んだ?
「そんな事は今はどうでもいいんです。今後の為にもあの剣の正体を確かめておかねばならないのですよ。さ、時間もありません、さっさとやってしまいましょう」
ああ、アドに口で勝てる訳ないんだよね、しょうがない。
よっこらしょと立ち上がって、足元に深々と刺さっている剣の柄を握りしめ、えいっと一気に抜いた。
みんなの視線を一身に浴びて、あたしは再び正体不明の魔剣?を握りしめた。
不思議なのは、地面に深々と刺さっていたはずなのに、その刀身には一片の土くれも付いてはいなかった。
それどころか、一切の曇りすらなかった。やはり魔剣なんじゃないだろうか。
あたしは剣を上段に構え、切り落とした巨大なワイバーンの脚と対峙した。
はあぁぁとため息が出たが、やるべき事を済ましてしまわない事には、この状況は変わらないだろう。だったらさっさと終わらすに限る。
大きな叫び声と共にあたしは、ワイバーンの脚に全体重を乗せ、力一杯剣を振り下ろした。
「きええええええぇぇぇぇいっ!!!」
ドシュっと派手な音はしたのだが、刀身はワイバーンの脚に半分ほど食い込んだ所で止まってしまっていた。
ほらね、やっぱりあたしじゃあ一刀両断に出来る訳がなかったんだよ。これで実証されたって事でしょう。
周りがザワザワしている。みんなは納得がいかないのだろうか。
あたしは、どやっとアドを振り返って、アドの言葉を待った・
「姐さん、なにも考えずにただ剣を降り下ろしました?」
「えっ? ああ、うん、そう、そうだよ、特に何も考えずに真っ二つにしてやろうと降り下ろしただけだよ」
「だからですよ」
何が、だから なの?それじゃあ駄目だったって事?
「あの剣は姐さんの持っている能力を増幅して初めてその力を発揮する剣かも知れないと申し上げました。でしたら、姐さんも持てる気の力を精一杯に籠めなければ剣も力を発揮できませんよ」
「はぁ・・・」
「さあ、もう一度。今度は気を集中して そうそう 剣の切っ先に集中して溜めた気を斬りつける瞬間に一気に放出する感じで・・・」
なんかごちゃごちゃ言ってるけど、そんな難しい事言われたってあたしの単純な頭じゃあ無理なんだからねぇ!
「ええいっ、これでどうだああぁっ!!」
あたしは思い切って溜まったものを一気に吐き出す感じで地面に転がって居るワイバーンの脚に切りつけた。
だが、どうしたことだろうか、今度はさっきとは違い全く手ごたえが無かったのだ。
ワイバーンの脚を無抵抗で通り抜けたみたいな感じですり抜け、その勢いのまま一気にあたしの足元の地面に突き刺さった。
更に、それで留まる事なく、地面を切り裂いたその刃はあたしの足に向かって一直線に進んで来て、辛うじて履いていた革製の靴の表面に切れ目を入れた所で止まったのだった。
あたしは、あまりの事に腰を抜かして尻餅をついてしまった。
「やはり・・・思った通りその剣は、持ち主の力を増幅するタイプのようですね。これで今後の目途がつきました。姐さん?その剣は絶えず身体から離さず、決して失くさないようにお願いしますね」
またまた無理な事をいとも簡単に言って来るわ。
「こんな大きなもの、絶えず離さずっていったってねぇ・・・」
あたしはアドに文句を言い掛けたのだったが、今度はクレアが満面の笑みであたしの前に出て来た。
「大丈夫ですよ、あたしだって出来たんですから姐さんにだって出来ますよ。ちょっとその剣を貸してみて下さい」
狐につままれたとは、まさにこの状況をいうのだろう。あたしは言われるままに剣をクレアに渡した。
みんなも、何が起こるのかと興味津々の顔であたし達を取り囲んで見ている。
「いいですか、よーく見ていて下さいね」
そう言うと、クレアは剣を鞘の方から自分の服の袖に差し込み始めた。
をいをい、そんな所に入れたって、袖よりも剣の方が遥かに長いんだぞぉ。入り切る訳が・・・
だが、剣はするするとクレアの服の袖の中に入って行ってしまい。その姿がすっかり見えなくなった頃には、見ていたみんなの両の目は落ちそうになっていたのは言うまでもない。
「消えた・・・」
「おい、どうなってるんだ?」
「魔法かぁ?」
みんなクレアの袖口から目が離せなくなっていた。
「ク クレアさん?あのぉ、あたしの剣はいったいどこに?何が起こっているの?あたしの目には消えてしまったように見えるんだけど・・・」
「えへへ、消えたのではないですよ。あたしと一体になったんです」
「一体って、いったい・・・」
「竜のおじ様に教わったんですよ。この剣は持ち主と一体になれる剣なんだって。無くさない様に、邪魔にならないように普段はこうやって一体になって持ち運びなさいって」
「あ あたしの雑な頭じゃ理解が追い付かないわ。熱がでそう・・・」
その後、クレアの指導の元、夜が明けるまで謎の剣の収納方法の実技訓練に取り掛かった。
だが当然、そんなに簡単に行く訳も無く、散々苦労をしたあげく、周りが明るくなって来た頃、スムーズとはほど遠い出来栄えではあるが、辛うじて、なんとか、やっとこさ出し入れが出来るようになった。