146.
すみません。土曜は外出してしまいますので、今週の投稿は少々早い時間となりました。
長い首にとがったくちばし。巨大な翼に長いしっぽ。なめし革のような皮膚。
満月を背景に映し出されたそのシルエットは、つい最近見た記憶があった。
「ギャアアアァァァァァッ!!」
耳障りな叫び声、間違いない、こいつは・・・。
間違いない。
「ワイバーンだ!」
「姐さーんっ、ワイバーンや!ワイバーンが来たでぇ!」
ポーリンが船上で手を振りながら叫んでいる。そんなに大きな声で叫ばなくてもわかってるよー。
「お肉~、お肉が飛んできたぁ~ww」
場違いな声も聞こえて来た。誰の声かは敢えて言わなくてもいいだろう。
船上は大混乱のようだ。
あたしの周りの老人少女隊の連中も、あたしに対する攻撃をやめて、上空を見上げながらざわざわとしだしている。
そりゃああたしに構っている暇なんかないわよね。
なんて、そんな悠長に考えている暇はなさそうだった。 もうワイバーンの群れの先頭は上空に差し掛かって来ているからだ。
そう、夜空に響き渡っている耳障りな叫び声からは複数の、それもそれなりの数の群れだとわかる。
さて、どうやってあの数のワイバーンを退けたらいいのかもたもた思案していると、老人少女隊の動きは素早かった。
「ゆあっ!対空防御陣形を取るよっ!」
早速仲間に指示を出すまゆは様だった。実に手慣れている感は否めなかったのだが、、、返事は返って来なかった。
「ゆあっ!返事はどうしたっ!対空防御だっ!」
だが、返って来た返事は期待していたものではなかった。
「ゆあ様、こと切れまして御座います!」
返事を聞いたまゆは様の表情は一瞬にして凍り付いた。だがすかさず頭を切り替えて次の指示をだすあたり、流石だった。
「ひなっ!ゆあの後を引き継ぎ対空防御だよ、急ぎなっ!」
しかし、この命令も本人には届かなかった。
「ひな様、心の臓を押さえたまま動けませんっ!えま様も戦闘不能でええすっ!」
これには、さすがのまゆは様も表情が曇った様子だった。
まずい。こうなる事は予想はしてはいたけど、本当に目の前で戦う前に次々と倒れてしまうのを目の当たりにすると、こちらも焦ってしまう。
「おかしらぁ!そっちでワイバーンの気を引けないっ?」
このまま次々に倒れて行く彼女達を黙って見ている訳にはいかなかった。なんとかして、こっちに注意を集めないと・・・。
だけど、返って来た答えは・・・・ある意味想定内だった。
「馬鹿言えーっ!!おめーの邪悪な気が呼び込んだんだろうがっ!注意を集めるんだったら、おめーがやるのが一番だろうがっ!!」
「あ・・・・・」
なんて思いやりのある暖かい言葉だろうか・・・。
そうよね、お頭だったらそう言うわよね。わかっていたわよ、うん、わかっていた。でもね、少しは期待してもいいじゃないの。
いいわよ、いいわよ、みーんなあたしが悪いんですよぉだ。やってやるんだから、あたしだってやる時はやるんだからね。
「まゆは様っ!ワイバーンはあたしが引き付けるから、みんなを避難させてちょーだい。頼んだわよ」
そう叫ぶと、あたしはまゆは様の居る方向とは反対の方向に走り出した。
そして、あたしはみんなの言う所の、この世の物とは思えない程の邪悪な気を放出しながら走った。
効果があるかはわかんないけど、出来る事はやる。念を込めながら全力疾走を続けた。
草に足を取られて走りづらかったが、そんな事を言っている暇はなかった。あたしだって必至なんだ。
気のせいか、ワイバーンの耳障りな叫び声が大きくなってきている気がして、あたしは走りながら後ろを振り返ってみた。
「・・・・・・・・!!!!」
ワイバーンを引き付けるのが目的な訳だったんだけど、実際みごとに引き付けられて集まって来たその様子にあたしは、足がすくんで立ち止まってしまった。
視界を埋め尽くすほどの巨大なワイバーンの群れが真っ直ぐにあたしを追ってやって来るその光景に、身体が拒否反応を起こしたのかもしれない。振り返った瞬間、あたしは指一本動かす事が出来なくなっていた。
みるみる迫って来る巨大かつ凶悪なワイバーンの姿を棒立ちのまま見ている事しか出来なかった。
急速に視界一杯に広がってくるワイバーンの大きな鋭いくちばしを見た時、ああ、あたしもここまでか。と不思議に納得している自分が居て驚いたのだが、もっと驚いたのは、ワイバーンのくちばしがあたしの頭を咥えようとしたその瞬間、視界一面に広がったワイバーンの口の中が、不意に横に流れたのだった。
えっ?と思う間もなく、あたしは地面に投げ出されていたのだった。
その時、あたしの居た場所をワイバーンが飛び去って行くのを、草の中に横たわりながら見上げていた。
何が起こったのか、直ぐには理解出来なかったのだが、頭上から降って来た怒声にハッと我に返った。
「あんた、何バカな事やってるんだい。死にたいのか?」
それは、目を吊り上げたまゆは様だった。どうやら、身を挺して棒立ちになったあたしをワイバーンの攻撃から救ってくれたのだったらしかった。
「あんた、バカなのか?一人であんな数のワイバーンに叶う訳ないってわからんのか?」
まゆは様は、ハアハアと息を切らしながらあたしを睨んでいる。
「それが、こいつなんだよ、ば~さん」
そこに現れたのはお頭だった。
仁王立ちになって次々と襲って来るワイバーンを平然と剣一本で捌いている。やはりお頭は化け物だわ。
「後は ふんっ。俺達に任せて、北に向かいな。ここは、俺達で十分だ。足手纏いは よっと いらん」
「あんたら・・・」
そう一言だけ呟くと、まゆは様は瞬間的に状況を察したのだろう、身を翻して草むらの中に消えて行った。
あたしは、呆然とその様子を見ているだけだった。周囲に居た老人少女隊の面々もいつの間にか姿を消していた。
「おい、いい加減に立たねーか。ふんっ いつまで俺にやらせてるんだ?その剣はお飾りか?」
その間にも、お頭の剣がワイバーンの襲って来る脚を次々と正確に弾き返している金属音が続いていた。そう、切り落としているのでなく、お頭でも弾き返すのが精一杯のようだったようだ。
いけない、あたしもやらないと。
地面に叩きつけられた時に腰をしたたかに打ち付けたらしくかなり痛んだが、今はそんな事はどうでも良かった。
歯を食いしばって、よろよろと立ち上がったあたしに、お頭はワイバーンの脚と戦いながら平然と聞いて来た。。
「おい、あの光の剣って、もう使えないんか?あの便利なやつをよう そりゃっ!」
「えっ!?あれ?」
「おう、あれを空に向けて乱発すりゃあ、とりゃぁ!さしものワイ公だって逃げ出すだろうぜ。さあ、やるんならさっさとやっちゃってくれよ」
うーん、どうしようかなぁ。本当の事を言った方がいいかなぁ?
次々と襲い掛かって来るワイバーンを、剣でいなしながらお頭に話し掛けた。
「あのね・・・」
「なんだあ、さっさとやってくれよ。おっと!こいつらしつこいんだぜえ、いい加減に面倒になってきたぞー」
「うん、だからね、なぜだかあれってもう出来ないのよ。最近急に出来なくなっちゃってさあ・・・えへへへ」
ぴくってお頭の肩が一瞬震えたように見えた。
「なんだってええええ? どういう事だぁ? とりゃあぁ」
「どういう事か知りたいのは おっと、あたしの方よ ていっ!」
「あれが むんっ! 使えないんじゃ、本格的な役立たずじゃあねーかよ! きりがねーぞ、こいつら」
文句を言いながらも、両手で持った大剣で次々と襲い来るワイバーンに対処出来ているお頭はさすがだが、それをあたしに求めないで貰いたい。
「何か言ったかぁ? そりゃあ!」
「何にも ていっ 言ってないわ よお!」
確かに、飛来してくるワイバーンに対してこちらの剣では決定打を与えられないのは事実だった。
このままじゃあ、段々疲労していくジリ貧の未来しか見えなかった。お頭のぼやきももっともだった。
そんな時だ、ふいに足元から声が聞こえてきて、あたしは飛び上りそうになった。
「光の剣が使えなくなったのは、そもそもがあの技は竜脈の力をお借りして発動していたのですから、おそらく竜王様が竜脈の力を制御してしまわれているのが原因なのでしょう」
いつでも冷静なのは、アドだった のだが、なんでそんな所でしゃがんでいる?
あたしは、お頭と違ってワイバーンの攻撃を凌ぎながらおしゃべりをしている余裕はなかった。
アドを気にしながらも、ワイバーンに対処していると、ぬーっと目の前に見慣れない剣の柄が伸びて来て、あたしはぎょっとなった。
「この剣、使って見て下さい。なにか良い事があるかもしれませんよ」
目の前に伸びて来たのは見た事のない剣だった。
躊躇していると「危機が迫ったら、お嬢に渡せと竜のおじ様からクレアが預かって来た剣だそうですよ」
謎の剣をあたしに渡すと、アドは草むらに消えて行った。
あたしには、悩んで居る暇はなかったし、柄を握ると何故かしっくりきたせいもあって、思いっ切り剣を抜いた。
なんだろう、この剣・・・刀身が小刻みに震えている?
じっくり剣を観察している暇も無く、背後に感じたワイバーンの気配に反射的に振り向きざま剣を振るった。
どさり と言うかどーん と大きな音を立ててワイバーンの太く巨大な脚が目の前の草むらに降って来た。一瞬遅れてワイバーンの絶叫が頭上から降って来た。
「え?」
「え?なにがどうしたの?」
思わず、目の前に転がったワイバーンの巨大なもも肉(脚の爪付き)に目が釘付けになった。
この剣の威力・・・なの?」
すぱっと切れた綺麗な切り口と、血が一滴も付いて居ないやいばに、しばし呆然としてしまった。
すかさずお頭の怒声が飛んで来る。
「なにぼけーっとしとるんじゃあ!新しい得物が手に入ったんなら、ちゃっちゃと働かんかいっ!!」
そりゃあそうだ、考えるのは後だ。今は目の前の敵を駆逐すべし!
あたしは、新たな剣をしっかりと握り直しワイバーンに向かって行った はずだった。
気が付くと、あたしは草むらに仰向けに寝ていて。みんながあたしを取り囲み、見下ろしていた。
目を覚まし、ぱちくりしていると
「なーんだ、死んだんじゃあねーのかよ。人騒がせな」
そう言うと、お頭は踵を返して船の方に行ってしまった。
あたしの周りには、アウラとポーリン達だけが残った。
周りが静かなところをみると、どうやらあのワイバーンの群れは撃退出来たみたいだった。
やはりお頭は大したもんなんだなぁ。あたしなんか、何の役にも立たなかったなぁ。
「はぁぁ」
大きく溜息を吐くと、アウラが意外な事を言って来た。
「なあに溜息なんかついちゃってるんですか?ワイバーン退治の英雄なんだから、もっと堂々としていて下さいよ」
「えっ!?どういう事?誰が英雄だって?」
いったい何がどうしたって言うのよ。あたしが気を失っている間に何があったっていうのよ。意味がわかりません。
恐る恐る何があったのか事の次第をアウラに聞いてみたのだが、聞かなきゃ良かった。その内容はあたしの想像の遥か斜め上を行っていたからだった。