145.
結局、その日はなぜか老人少女隊に追い付くことは出来なかった。こちらの方が早いはずなのに。
眼下には果てしない草原が続いているだけで、飛んでも、飛んでも、その景色は夕方まで変わる事はなかった。
あたし達は夜間は飛行出来ないので、夜が明ける迄、なにもする事ができず、森に囲まれたそこそこ大きな湖で悶々とした夜を過ごす事になった。
「お嬢、どうするおつもりで?」
心配そうな顔をしたアウラが、舷側の手摺りにもたれて暮れゆく湖をぼーっと眺めているあたしの所にやって来た。
「ん?どおって?」
「わかっているのでしょ?彼女達のことですよ。今のままだとこの先手当たり次第に周りに喧嘩を売ってまわって、じきに消耗してしまいますよ」
「わかっているわよ」
「それでよろしいので?自然消滅していくのを黙って見ているのがお嬢のお考えなので?」
「そうは言っていないわよ。でもね、今のあたし達には彼女達に追い付く手段がないの。どうする事も出来ないの。その位あんたでもわかるでしょうに」
「はたして、そうでしょうか?」
アウラは真っ直ぐにこちらを見ている。その眼差しから真剣に意見をしているのだろう事は見て取れる。だが、だからと言ってどうしろっていうんだ。
「それは、どういう事かしら?あたしの言っている事が間違っていると?」
「いえ、そうは言っておりません。が、発想を転換してみません?」
「発想を・・・?」
「ええ、追い付けないのなら、来て貰えばいいんですよ」
「えっ?どういう事?」
気のせいだろうか、アウラがドヤってる・・・気がする。
「姐さん、今日の彼女達が戦ってた場所って北に向かうコースからだいぶ離れて居ましたよね。どうして、彼女達はあそこに敵が居るってわかったんでしたっけ?」
「え?えーと・・・」
突然なんだって言うんだ?敵の場所がわかった理由だって?
「気配を察知できる能力者がいた・・・んだっけ?」
「はい、そこですよ」
「そこ?そこって、どこ?」
「そこですよ。彼女達は邪な気配を探知出来るんですよね。でしたら、お嬢が邪な気を発っせれば、彼女達はきっと探知して戻って来てくれるはず」
「そうなの?もう、かなり離れてしまっていて、探知出来ないんじゃない?」
「大丈夫です!お嬢のよこしまな気は天下無双です。絶対探知されますよ。もし、探知されなくても損はないんですからやって見る価値はありますよ」
なんなん?あたしのよこしまな気って。天下無双だってぇ?意味わからんわ。
「いいじゃあねーか、やってみろよ。俺は賛成だぜ」
そう無責任に言い放ったのは、勿論お頭だった。
「ええんやないの?うちも賛成やで」
ノリノリで同調してきたのはポーリンだ。
「ほらほら、やるなら少しでも早い方が成功の確率が高いんじゃあないですか?やるならさっさとやってしまいましょう」
いつも冷静なのはあたしの懐刀、アドだった。
なんだかんだで、いつもあたしの意志とは関係なしに話が進められていくのは、既定路線と言ってもいいのだろうか?あたしは、そんな事は納得いってないんだが・・・。
そもそも、よこしまな気って、どんな気を送ればいいんだよ。見本を見せて欲しいわ。
そう思いながらアドを見ると、「何ぐずぐずしてるんですか?」的な顔で見返された。
あああぁぁっ、もうどうとでもなれ!
あたしは、とにかく全身の力を込めて力んでみた。だって、どうやったらいいのかなんて、分からないんだもん。
しばらく力んでいたら、立ち眩みがしてきたので、一旦やめて全身の力を抜いて大きく息を吐いた。
「はあああぁぁぁ、目が回って来たわ。こんなので彼女らに届くの?」
「さあ、わかりません。あくまでも可能性の問題ですから。今は、出来る事をするだけですよ。さあ、もう一回やってみましょう」
おいおい、他人事の様に言うけど、これって結構大変なのわかってる?
ここの連中はあたしの事、なんだと思ってるのかしら・・・。
「とても頼りになる存在だと思って居ますので、もう一回やって見て下さいよ」
アドさんよ。今更なんだけど、何でそうあたしの考えが読めるのよ。竜さんならいざ知らず、あんたも異能者なの?
「姐さん、こんどはうちも一緒にやってみるから、はよやろ」
ポーリン迄何故かノリノリなんですけどお。
「はあぁ、わかったわよ。いくわよお」
あたしは今は真っ暗で何も見えないが、前方に広がっているであろう森の彼方に向かって精神統一をした。
そして、全身の力を込めて彼女達に想いが届けとばかりに全力の気を投げてみた。
気が付いたら、あたしはアウラに膝枕をされて甲板上で寝ていた。
「あれ?あたし、なんで寝ていたの?あれ?あたし何してたんだっけ?」
なんか、頭がぼーっとしていて、何も思い出せない。
「姐さん、大丈夫でっか?姐さんはうちと一緒に気ぃ飛ばしとったんよ。そんなら急に失神してはって、びっくりしたわあ」
ポーリンの言葉に、何となく思い出して来た。周りを見回すと、みんなが心配そうに、と言うか面白そうにあたしを見下ろして居る。
なんだか恥ずかしくなってきたので、あたしは慌てて飛び起きた。
「お嬢、大丈夫ですか?あまり無理はしないほうが・・・」
アウラだけが心配そうにあたしを見ていた。
「大丈夫そうで安心しましたよ」
アウラぁ、あんただけだよお、あたしの事本気で心配してくれるのわ。
「お嬢が倒れたままでしたら、次は私達が気を飛ばすのをやらされる羽目になる所でしたから、気が付かれて本当に良かったです。さぁ、もう一回やりましょうね」
ニコニコと、よくもまぁそんな笑顔で鬼の様な事を言えるもんだよ。あんただけは信じていたのに・・・。あんたの事見直したのは、取り消すわ。
どっと疲れた体を引きずるようによろよろと立ち上がったあたしは、今日何回目なんだろうという様な大きなため息を吐いた。
どうせ、どうせ、あたしなんか、みんなにいいようにこき使われて、ぼろ雑巾の様になって死んでいくんだわ。なんて寂しい人生なんだろう。
「それでも、くしゃみで死んだりはしないはずですよ。おっと、ただの独り言が過ぎましたかね。さあ、時間はありませんよ、次やりましょう」
はいはい、死ぬまでやればいいんでしょ?やれば。やりますよ、やりますよ。すぐやりますって。
その時、天使が降臨した。と、あたしは感じた。
「姐さん、もうやらんでもええよ。疲れたやろ、ゆっくり休んでや」
天使の正体はポーリンだった。なんて優しいんだろう。あたしの事、気にかけてくれるのはあんただけだよ。
あたしはすぐさま飛びついて頬ずりをしたい感情に捕らわれたのだったが、それが勘違いだと気付かされるのに時間は掛からなかった。
なぜなら・・・・。
「姐さん、彼女達気が付いて引き返して来よるんで、もうやらんでもええで」
あたしは一気に疲れが倍増して、その場にへたり込んでしまった。
なんだよ、あたしを気遣って言ってくれたんじゃないのかよおおおおお。
まぁ、あたしがそんなに大事にされる訳も無いって事だよね。わかっていたさ、わかっていた。でも、、、、、、
その時だった、不意に背後から声を掛けられた。
「どういう事かね?」
反射的に、ハッと振り返ると、老人少女隊のリーダーである ええっと・・・。
「ま ゆ は 様?」
「様はいらんぞ、主殿。まゆはで良い。で?どういう事なのかな」
「どういう・・・とは?」
「突然後方から、この世の物とは思えない程の邪悪な念が飛んで来てな、こりゃあ一大事と思い取って返して来たら、お主らがおるではないか。邪悪な存在はどうなった?もう退治したのか?」
一瞬の静寂の後、甲板上は大爆笑の渦と化した。
この世のものでないって・・・どんだけよぉ。
みんな腹を抱え、甲板上に突っ伏し、甲板を拳でばんばん叩きながら大爆笑している。ひーひー声も無く引きつって転がって居る者も居た。
笑っていないのは、あたしとアドとまゆは様だけだった。
「これは、どういう事なのじゃ。邪悪の存在はどこに行ったのだ?」
すると、みんなはお腹を押さえながら、一斉にあたしを指差すじゃあないか。なんであたしなんだ?
「なんと・・・おぬしが邪悪の源であったのか。すっかり騙されたわ。この私を完璧に騙すとは、なかなかやりよるわい」
「ち ちょっとぉ、勘違いしないで下さいよお」
「この私を完璧に騙したその腕に敬意を表し、私が念入りに成仏させてしんぜよう」
あ、このヒト、目がいっちゃってる。だめだ、何を言っても聞き入れないパターンだ。ヤバイ、どうしよう。
みんなぁ、助けてよおぉぉ・・・・って、何でみんな腕組みして面白そうに見ているの?あたしが退治されてもいいの?ねえ、ねえ、どうなってるのよお~。
「それでは、参る」
そう言うと。その右手には、どこに隠していたのか自分の身長よりも長い細身の剣がしっかりと握られているではないか。
まてまてまてまて、なんでみんな助けに入ってくれないのよお!なんで、そうやって傍観しているのよおお。
ああああああ、剣を振りかぶってきたああああぁぁぁぁ、かと言って倒す訳にはいかないし、どうするのよおおぉぉ。ひたすら向こうがばてるまで?納得するまで?防御に徹するしか無い訳ええええぇぇぇぇぇぇ
あたしは、防御結界らしきものを張ってひたすら耐えるしかなかった。
怖い!結界があるとはいえ、剣で斬りつけられるのって、ひたすら怖いのよおおおおぉ。
「お嬢っ!」
お、やっと助っ人に入ってくれるのかあ?アウラさん。
早く、早く何とかしてええぇぇぇ、こうしている間も間断なく斬りつけて来ているのよおおお、怖いよおおおおぉぉぉ。
「お嬢、これ以上やられますと、船に被害が及びます。船を降りて地上でお願いできますか?」
のおおおおおおおおおおおっ・・・・・!!!!
あたしは天涯孤独だったんか~い!!
しかたがなく、あたしは甲板上から飛び出し、岸辺に降り立った。
すかさず、周囲を老人少女隊の面々に取り囲まれてしまった。だよね、見逃してなんかくれないわよね。
さて、どうする?って言ったって、ひたすら耐えるしかない訳で、、、でも、攻撃をさせるのはいいんだけど、疲れて心臓が止まらないか心配なんだよねぇ、あまり長引かせる訳にもいかないって事かぁ、面倒だなぁ。
あたしの正面の人垣がさーっと別れると、そこにはまゆは様がいた。
「さあ、もののけめ、覚悟は出来たか。もう逃げられはせんぞ」
聞く耳は、まったく持たんって所か・・・。
あたしは、防御結界を張りつつ、頭を空っぽにして冷静に考えられるようにしなくてはと思っていた。
そもそも、あたしはなんで結界なんて張れるんだ?とっさの事態だったとは言え、都合がいい事この上ない。
四方から代わる代わる斬りつけられているこの状態で、よくもまあ呑気にそんな事を考えているなぁと思わないでもないのだが、今はそんな事はどうでもいい、とにかく四方から斬りつけられているこの状況はひたすら怖い。恐怖だ。
とにかくこの恐怖から逃れるには、今は目をつぶるしかなかった。目さえつぶってしまえば、迫って来る無数の刃の衝撃もただの振動に過ぎなかった。
あたしは、しゃがんで目をつぶるという、完全アルマジロ態勢で次の手を考えていた。
「次の手、次の手、次の手、何かないか、何かないか、」
ぶつぶつ唱えながら、必死に考えたが、こんな状態でそんな都合の良い考えがほいほい浮かぶ訳も無く、時間だけが過ぎ去っていった。
だが、この世の中なんとかなるものである。
もう面倒になって、老人少女隊を殲滅してしまおうかと思った時、事態は動いたのだった。
間断なく続いていた攻撃がふいに止まった。どうしたんだ?と目を開けてみると、みんなは空の一点を見つめて停止していた。
あたしもつられて、みんなの見ている方に視線を移してみたが・・・そこには、煌々と輝いている満月のほかにはすっかり暮れて暗くなった夜空しか見えなかった。
いったい連中はなにを見ているんだ?あたしの常人の目には何も見えないぞ?
だが、彼女達には何かが見えているのは確かだった。
その時だった。満月を背景に見覚えのあるシルエットが映し出されたのは。
「あ あれは・・・」