144.
どっど~んっ!
「ば ばかな・・・」
どっど~んっ!
「ちくしょう~」
どっど~んっ!
「まだまだああぁっ!!」
どっど~んっ!
「こんちくしょう~!」
どっど~んっ!
「どうなってるんでぃ!」
どっど~んっ!
何度も何度も小柄な少女に襲い掛かる大男、そしてその度に何度も何度も投げ飛ばされる大男。
それを遠巻きに見つめるあたし達。なんともシュールな光景だった。
いったい何回投げ飛ばされたのだろうか。
さすがにもう、お頭に立ち上がって来る気力はないようだった。
地面に伏したまま、地面をバシバシ殴って悔しがっているお頭を、息一つ切らさずに静かに見下ろす小柄な少女?アヤハと、それを笑顔で見守るマユハ様。
底知れない恐怖を感じたのは内緒だ。
「いかがですか?ご理解頂けたでしょうか?我々は産まれ持ってこの様な力を授かってしまったが為、人々から恐怖され迫害されたのです」
「そんなに力があるんならいいじゃあねえかよ、なんだって出来るだろうによ」
地面に投げ出されたままの状態でお頭が悔しそうに叫んだ。
「なんだって・・・ですか」
そこで、マユハ様は夜空を見上げふぅと小さく溜息を吐いた。
「通常は、歳を取るにつれて骨と筋肉はどんどん成長を続けて行き、ピークを迎えたのち、段々と衰えていくものなのだが、ワシらは骨の成長は十歳前に止まってしまい、その後は筋力だけが異常に成長を続けてしまうのだよ」
ハッとした顔のアドの口から期せずして言葉が漏れた。
「骨が・・・筋肉の成長に耐え切れなくなる・・・と」
「そう、自らの身体を壊すレベルにまで成長を続けて、、、、ある日突然、限界を越えてしまい・・・」
「そんな、ほなら歳を取ったら力を制御するとか考えればええんやないか?」
ポーリンも黙って居られずに叫んでしまったようだ。
「ふふふ、そんな事はとっくに考えたさね。だがな、大声ひとつ、くしゃみ一つでも全身の骨が砕けるものを、どうやって制御すればいい?もちろん、転んでもアウトじゃ。咳なんて問題外」
「・・・・」
その場がしんと静まり返ってしまった。
「それで、残りの人生を我々に託し生きた証を残そうと?」
「あははは、そんな大層な理由なんかじゃないさね。お主達といればこのまま、死を迎えるよりは退屈せんじゃろうと、それだけじゃよ」
「そんな・・・」
「ま、ワシ達を迫害してきた連中に一矢報いたい、という思いが無いとは言わんがな」
「良くわかりました。私達はこの新大陸の情勢を知りたく、東部地域で集落を造っているであろう仲間の元へ向かう途中なのです。ご同行していただけるのでしたら、ゆっくりで構いませんので、このまま東を目指して頂きたいのですが」
「了解した。だがな、ワシらにお願いなどせんでいい。行けと命令されるがよかろう。それで構わん」
「いえいえ、私達のリーダーはそう言う所は頭が硬くて、融通がきかないのですよ。ですのでお気になさらずww」
なんか、随分な言い方でない?ぜったい、褒めてないわよね。
「変わったお方じゃな、了解した。ワシらは直ぐに出るとしよう、では、その東の集落とやらで逢おう」
ほら、変人に思われたじゃない。
マユハ様達一行は、そのまま音も無く夜陰に消えて行き、あたし達はその後ろ姿を黙って見送る事しか出来なかった。
とりあえず、当面の危機は去ったとみていいんだろうね。これで今夜からは安心して眠れるわ。
「姐さん、まさかこれで問題はすべて解決したなんて思ってなんかいませんよね?」
「えっ!?な なにを・・・」
図星だったので、ドキッとしてしまった。顔に出ていたんだろうか。アドは年に似合わず鋭いからなぁ。
「あの方たちは、くしゃみしただけでも全身の骨が粉々になってしまうような、言わば歩く危険物なんです」
「うん、それはわかっているけど・・・」
「わかってない!この後、又いつもの様に姐さんが災いを呼び込んだらどうなると思います?きっと彼女達は、災いの矢面に立とうとするでしょう。そうなったら、全員命を落とす可能性がありますよ。それでいいんですか?」
「でも・・・言った所で言う事を素直に聞くとも思えないし。。。」
「言う事を聞かすのが姐さんの仕事です。大量自決をその目で見たくないのでしたらね。私は寝ます。おやすみなさい」
それだけ言うと、アドは船に戻って行ってしまった。
あたしは・・・寝れなくなってしまった。
このまま夜通し一人でもんもんと悩まねばならないのだろうか。
でも、大丈夫。なんの心配もいらまかった。
翌朝の空はあたしの心とは反対にきれいに晴れ上がっていた。
「姐さ~ん、よう寝れよったかぁ~?」
充分寝れたと見えてポーリンは元気一杯のようだった。
「考える事が多すぎて、夜の間しか寝れなかったわよお」
「あははは、十分寝れたやないでっかww」
そんなくだらない会話を交わしつつも、あたし達は再び飛び上り北を目指した。
飛び上って暫くした頃、のそのそとお頭が起きて来た。
まだ眠そうに眼下に広がる広大な草原を見下ろしながら、頭やら背中やらをボリボリと掻いていたが、気が済んだのだろう、あたしの方にやって来た。
やだなぁ、あれは何か言いたそうな顔だぞ。だが、その後あたしの危機察知能力もなかなかなものだと再認識する事になった。
「おい、本当にあいつら連れて行くんか?あんな息をするだけで死んでしまいそうな奴らに何させるつもりなんだ?ああ?」
甲板上で手摺りに寄りかかり周囲を監視していた数人の仲間達も、何が起こるのかと興味津々でこちらを見ている。
「別に、何かして貰おうとは思ってないよ。ただ、保護してあげられればいいかなって思っただけ」
「そうか。随分と上から目線なんだな」
「そんなつもりはないわ」
「まあ、いい」
それだけ言うと、お頭は再び船倉に降りて行った。
「なんなのよ、まったくぅ」
何が言いたかったんだろう?アドだったらお頭の言いたかった事、わかるのかなぁ。
「あーあ、みんなを纏めるって大変だなぁ。父上も兄様達もよくやっているわ。あたしには逆立ちしたって無理だわ」
思わずぼやいてしまったが、近くで聞いていたポーリンに聞かれてしまっていた。
「かめへんって、心配せんでも姐さんは十分に役目を果たしとんで。姐さんやからみんないちゃもん言いながらもついて来とるんですわ」
「やっぱり文句あるんだ・・・」
あたしは自覚をしていなかったのだが、ジト目でポーリンを見つめていたみたいだった。慌ててポーリンが訂正して来た。
「あ いや そう意味でなくって、言葉のあやでんがなぁ」
「どうだか・・・」
あたしは大きく溜息を吐いてしまった。なんだろう、いつの間にかひがみっぽくなってしまったのだろうか。
「あ、そないな事よりも・・・」
そんな事?
「あれから大分飛んだやん。ぼちぼち追い付くかと思うたんやけど、全然気配がないんよ」
「気配?彼女達の?」
「そうや。もうじきお昼やん、相手が馬やてぼちぼち追い付くんとちゃうんか?ましてや歩きやで?」
「うーん、そうねぇ、そろそろっていうかとっくに追い付いてもいいはずよね。まったく気配が掴めないの?」
「うん、全然や」
「進行方向は合っているはずよね。まさか方向を間違えたって事は・・・ないわよね」
「うん、範囲を広げて探知してるんやけど、この辺一帯静かな・・・あ、待ってや。あれ?あれ?」
「うん?どうした?」
「人の反応あったんやけどな、彼女達とちゃうやん。もっと、こう殺伐とした気配やん」
「殺伐と?」
「そう、なんちゅうか殺し合いをしとると言うより・・・恐怖?怯え?めっちゃ混乱しとる感じって言ったらええんかな?あまり細かくはわからへんのやけど・・・」
「・・・!」
「ポーリン、方向は?」
いつの間にかアドがやって来ていた。
「うん、こっち。この先や」
ポーリンが指差す方向は、進行方向ではなく九時の方向。つまり左真横だった。
「姐さん!彼女達の気配もわずかにするで。戦いに巻き込まれたんやないか?すぐに助けに行かんとあかんとちゃうんやろか」
「アンジェラさん、九時の方向、進路変更!急いで!」
「はい、了解です。よっこらしょっと」
船はその重い身体を軋ませる様に、舳先を左に振って行く。
だが、そのよっこらしょはないんじゃないのだろうか?そう思ったのは、あたしだけじゃあないだろう。
不安そうに前方を見つめるあたしの横で、アドが推理を始めた。
「想定されていた進路からはだいぶ離れていますね。恐らくですが、北に向かっている途中で敵対勢力の存在に気が付いたんではないでしょうか?」
「でもさ、敵対勢力って、どうして敵と味方って区別できるの?わからないでしょう?」
「そうですね、もし相手が殺気とか暴力欲求とかをだだ漏らしだったらどうでしょう?彼女達にポーリンみたいにそういうのを敏感に察知できる能力を持っている人が居たとしたら、このままほおって行けないと思い行き掛けの駄賃にと、もしくは手土産代わりに仕掛けた。有り得ない事でしょうかね?」
「そんなぁ、咳ですら命の危険があるっていうのに戦いだなんてぇ、無茶にもほどがあるわ」
「ほんとうですわね。まるで誰かさんを見ているみたいです」
「えっ!?誰かって?」
「そんな事よりも、早く行って戦いに介入しないといけないのでは?この船は地上には降りられませんので、近くに行ったらロープを降ろしましょう。有志を募って突入させて下さい」
「わかったわ。誰か下に・・・」
って、振り返ったらもうお頭がロープを担いでるし・・・。
「おめーは、行動がおせーんだよ。ここは、俺と変な田舎なまりのねーちゃんで行くからおめーはここで待ってろ。ほれっ、行くぞ」
「なんなんや、田舎なまりって、しつれいなじじいやなぁ」
「こまけー事、気にすんな!先に行くぜ!」
言うが早く、お頭は身を翻すと船縁からダイブして行った。
「あー、まってぇ~」
ポーリンも下界へと消えて行ってしまい、あたしは事の成り行きに付いて行けずに呆然としてしまっていた。
「あ あたしも行かなきゃ・・・」
と、もたもたとしていると、身を乗り出して下界を見ていたアウラが声を掛けて来た。
「お嬢、もう下はほとんど片付いてますよ。あの姉さん達、相当の腕前のようですね、お頭達はする事が無くて呆然としてますよww」
「え?そうなの?」
助っ人って、余計なお世話だったって事?
「そうですね。上空からざっと見た感じですけど、相手の数は・・・ざっと四百いや五百は居たのではないかと思われますよ。一面に敵が地面に転がっていますね」
「どれ?」
あたしも舷側から乗り出して下界を見下ろしたが、それはそれは凄い状況だった。まさに屍累々?
「何?あの数。あれ全部彼女達がやったって言うの?どうしたら、こんな事が出来るの?」
もう、驚きしか無かったのだが、その時大切な事に気が付いた。
アンジェラさんが苦労して高度を調整してくれたおかげで、現場上空に達した時には高度はかなり低くなっていた。
そのおかげで、地上の様子が手に取るように見て取れたのだが、今回の戦いのもう一方の当事者である老人少女隊(仮)の姿が見当たらなかった。
眼下に見られるのは、掃討された敵対者と目される者達のおびただしい亡骸だけで、彼女達の姿はどこにも見当たらなかったのだ。
「お頭ぁ、敵の正体わかりますぅ?」
とりあえず、敵の一番近くにいるお頭に調査を頼んだ。
近場に転がって居た敵兵を何やらまさぐっていたが、やがてこちらを見上げてサムズアップしてきた。
「こいつら、どうやらカーン伯爵の手下だぜ。処分して正解だったな」
「それで、彼女達の姿は、見てないの?」
「ああ、降りた時にはもう居なかったぞ。もっとも、ところどころに息絶えて転がって居る奴はいるがな」
やはり損害は出ていたんだ。そうよね、相手はこっちの何倍もいたんだもん、当然よね。
「だがな、みんな無傷だな。被害を受けた形跡は全くねえんだよ。斬られて死んだんじゃあねえな、おそらく踏ん張った拍子かなんかで息絶えたんだろうな」
何てこと、だから余計な事なんかしなくていいのに。犬死にじゃない。
だが、あたし達に悲しんでいる暇は無かった。これ以上無駄な犠牲を出させない為にも、一刻も早く彼女達と合流して説得しなくてはならない。
この度の戦いで亡くなった全員を埋葬する余裕がなかったあたし達は、老人少女隊の犠牲者のみ埋葬して、彼女達の後を追う事にした。
ポーリンは例によって、舳先で彼女達の気配を探っている。あたしは・・・する事がないので、ぼーっとしているしかなかった。
あたしは、甲板上に座り、ぼーっと彼女達の事を考えていた。この先も、あの不毛な自爆攻撃を続けるのだろうかとかね。
いつ自分の人生が終わるのかわからない毎日、怖くはないのだろうか?次の瞬間が自分には来ないのかもっていう人生。どんな気持ちで生きているのだろう?
いや、そもそも生きているって言っていいのだろうか?などとも考えてしまう。
楽しい事なんかあるのだろうか?
「そんな事を考えるのは、姐さんが幸せだから、恵まれているからですよ。彼女達には、そんな事を考える暇すらないでしょうね。知らないけど・・・」
いつの間にかアドが手摺りに寄りかかって下を見つめて居た。
いや、そんな事より、あたし考えてる事口に出した?なんであんたにわかるの?それも、聞いていたかのように正確にさ。
まいどの事なんだけど、ものすごっく怖いわ。