143.
「それは、本当なのか?間違いないのか?信用できるんだろうな!」
物凄い勢いで問い詰めて来るお頭の形相には鬼気迫るものがあった。
「うっ、そ そんな事言われたって・・・」
「間違いないのかって聞いてるんだよっ!」
こ こわいんですけど・・・。
「まあまあ、お頭。そんな口調で迫ったら姐さんも答えられませんって」
助けに入ってくれたのは、いつも冷静なアドだった。
「俺はなぁっ!!」
「はいはい、落ち着いて下さいって。そんな喧嘩腰じゃあ話にもなりませんって」
「しかしだなぁ・・・」
「姐さんだって、その謎の老人少女から聞いただけなんですから、本当なのかどうかなんて、答えられる訳ないじゃないですか、違いますか?」
お頭が唯一頭の上らないアドの説得に、お頭の勢いが急速にすぼんでいった。
「だがなぁ・・・」
「今、ここで喚いて居たってしょうがない事ですよ。わかっている事は、その成長の止まった老人少女が存在するって事だけなんですから、まずはその事を受け入れて、今後の方針を決めるべきでしょう」
アドのド直球の正論に、お頭もその勢いを無くし、と言うか頭が冷えてきたのだろう、普段の形相に戻った。そう、普段ですらその表情は形相と形容されるほど怖いのだった。
「わ 悪かったな。それで、この後どうするんだ?」
ばつが悪そうに、頭をぼりぼり掻きながらお頭は聞いて来た。
普段なら、ここで「アド、どうしよう」って聞くところなのだろうが、今回はあたしの心は決まっていた。
「予定を変更して東に行こうと思う。東にあるだろうマイヤー兄様の砦に行って、本当に父上がそんな政治をしているのか確かめたい。だめだろうか?」
みんなの反対を覚悟の上で、そう切り出した。どうしても父上がそんな事をするとは思えないのだ。
「なるほど。それも一つの考えとしてはありですね。直接乗り込むのではなく、少し離れた所から状況を見る事は大切かもしれませんね。ただ、ひとつ言わせて頂くと、もし迫害が事実だとしても、実際に行っているのはお父上ではなく兄上か、その周辺の人物でしょうね」
「そいつはどういう事でい?」
ハトが豆鉄砲食らった様な顔でお頭が口を出して来た。
「簡単な事ですよ。王国のみなさんがこの新大陸に転移して来たのはいつの事でした?」
「あああーっ!わかったでぇ!」
突然叫んだのは、ポーリンだった。
「転移して来たのは、今から五十年前の世界やねんから、王様はもう物凄い歳なんちゃう?」
「正解。姐さん、国王様の年齢って確か五十歳を越えていませんでしたか?」
「ああ、うん。確か五十四だったと思う」
「ですよね。それでしたら転移してから五十年経って居ますので、既に百歳を越えている事になりますよね?」
「そやねぇ、そやったらもう生きとらんとちゃうのん?」
「これ、そんなにはっきり言うもんじゃないわよ。姐さんのお気持ちを少しは考えなさい」
頭を小突かれたポーリンが申し訳なさそうに消え入りそうな小声で謝って来た。
「あ姐さん・・・すんまへん」
「あはは、いいのよ。本当の事だもんね。だとしたら、長男のラング兄様がやらせているって事になるわね。ますますマイヤー兄様に会わないと」
ポーリンが賛成してくれたお陰で、すんなり東行きが決まった。
しかし、まだ雨はやまないので出発は見送る事になった。
心配は、あの老人少女たちだった。あたし達がすぐに出発しないので、待ちきれずに攻撃してこないかが一番の心配だったが、日が暮れるまではなんの反応もなかった。
だが、危険なのはこれからだった。日が暮れてしまったので、夜が明けるまでは出発することが出来ない。当然あいつらが夜襲をかけてくるであろう事はあきらかに思えた。
こんな真っ暗な中夜襲をかけられたら危険な事この上ないと言うか、あたし達には打つ手がないのでじっと耐えるしかなかった。
夜が明けるまではと、ポーリンを中心に警戒を厳重にして夜通し襲撃を待ち受けていたのだったが、幸いな事に東の空が白み始める頃になっても襲撃はなかった。
一体何なんだったんだと思いながらも、余計な被害を出さなくて済んだ事にホッとしつつ、あたし達はまだ夜が明けない雨あがりの暗い空に向かって離水していった。
一晩ゆっくり休めたのでアンジェラさんも体調が万全になったみたいで、夜が明ける前に元気に起き出して来たので、そのタイミングで出発したのだった。
「アンジェラさん、まだ周囲は真っ暗だけど、大丈夫?」
一心に前方を見つめながら舵をとっている彼女は自信満々で返して来た。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ、視覚に頼って翔ばしている訳じゃないんです。何て言うんですかね、感覚を研ぎ澄まして五感で翔ばしているって言えばいいのでしょうか。今はうっすらと東の山の峰が見えて居ますので、疲れさえ溜まらねば問題はありません」
「そう、良かったわ。でも、疲れてきたら早目に言ってね」
「はい、そうさせて頂きます」
うんうん、声に張りがある。この感じならしばらくは安心だろう。
あたし達は夜通し警戒していたので、しばらくは交代で仮眠をとる事にした。
その日は日が昇るにつれて晴れて来たので視界は良好となり、アンジェラさんのストレスも少なかったのと、操船に慣れてきたのとでかなりの距離を稼げた。途中何回か見付けた池や沼に着水してアンジェラさんを休ませただけで日没まで進む事が出来た。
まだ日が落ち切らない内にその日最後の飛行を終え、小さな沼に着水する事が出来た。
例によって周囲には交代で警戒の為のメンバーを配置して、あたし達は休む事にした。
上甲板で横になってまどろんでいるとこそこそとポーリンがやって来た。
「姐さん、今ええん?」
珍しく控えめに声を掛けて来た。
「いいわよ、どうしたの?」
「あんなぁ、まだ感じるんよ」
「ん?なにが?」
「あの、老人少女の気配・・・」
「えっ?ほんとう?」
「うーん、自信はないんやけど、何となく感じるんやわ。たぶん、間違いないと・・・思う」
「それって、後を付いて来たって事?歩きで?又、槍を撃ち込まれるのぉ?やっとのことで穴は全て塞いだのにぃ」
「そないに言われてもわからへんわよお。存在を感じるだけなんやもん」
「姐さん、この船は馬よりも早い速度で飛行してきています。徒歩で追い付いて来たとは考え難いですね、別の部隊だと考えるのが無難でしょう」
いつの間にかアドが話に加わって来た。
「なんだって、次から次へと問題ばっかり降りかかってくるんだあ?ああ?」
お頭が嫌な眼つきであたしを睨んでいる。
「そんな事、あたしに言われたって・・・」
「で?どうするよ。仕掛けられる前に先手を打って仕掛けるか?どうせ二人なんだろ?」
お頭は暴れたくてうずうずしているみたいだ。
「それがね・・・違うんよ」
ハッキリしないポーリンに、お頭はイライラしながら聞き返した。「なにが違うんだって言うんだ?」
ポーリンは言い難そうに、控えめな声で呟いた。
「もっとおるんよ。もっと、そう十人以上居そうな集団が・・・んー、いつつ?」
「五つだぁぁ?なんだそりゃあ、どういうこった!」
こんなに困惑しているポーリンを見たのは初めてだった。
「おいおいおい、そんなに居るんか?そんなに大勢で攻めて来られたらいくらなんでも防ぎきれんぞ。やはり先手を打つしかねーんじゃねえか?」
「でもさ、そんなに大勢で包囲されている中飛び出して行ったら、各個撃破されるんじゃあない?無謀だわ」
「じゃあああ、どうしろっていうんだよ!」
あたしとお頭で言い争いになりそうなその時に、またしてもぼそっとポーリンが呟いた。
「なぜか包囲・・・されていないみたいなの。全員が二時の方向で固まっているみたい」
「どういうこった?そんだけ居れば余裕で包囲出来るだろうによ」」
お頭は訳が分からないといった顔をしている。
「そんな事言われたって・・・。それにね・・・」
「まだ、なんかあるんか?」
「一番近くに居る集団からね・・・さっきの二人の感じがするの」
「「「はっ?」」」
一瞬時間が止まったみたいに静寂に包まれた。
「あ あのポーリンさん?それって・・・」
「うちだって分らないわよお!感じてるだけなんだもん」
「それじゃあ、分って居る事をまとめましょう」
アドはこんな時にも安定の冷静だった。
「あの者達は、朝飛び立った池からずっと私達の後を追って百キロ以上もの距離を馬よりも早く走って来たと。さらに、十分な兵力が居るにも拘らず我々を包囲して居ない。昨夜も夜襲を掛けて来なかったと。以上の事から導き出される答えは・・・」
みんなの視線がアドに集中している。
「情報が足りなくて訳が分からないって事ですね」
みんな盛大にずっこけてしまった。
「お おま・・・」
流石にお頭をしてもツッコミを入れられなかった。
「私が思うに、相手方に敵対する意思が見えない。そんな感じがしますね。ま、警戒を厳重にして様子見ですかね。くれぐれもこちらからは戦端を開かない事ですね」
「先手を取られたらどうするんだ!?攻められたら即離水して逃げる準備が必要じゃあねーか?」
「その時は、その時ですよ。走って追いかけてくるんなら、逃げたって逃げ切れませんって」
「うむむむむむ」
その時、良い事を思いついたとばかりにこちらに向き直ったお頭がニヤニヤしながらとんでもない事を言い出した。
「おい、こんな事になったのは、おめえが呼び込んだのが原因なんだから、おめえが行って連中に説明して来いや!」
なんで、あたしが原因確定で話を進める?
「な なんであたしが・・・」
「おめえだろうが!いつもいつも変なもんばかり呼び込みやがってよ、おめえのその不幸体質のせいだろうがよ」
変なもの?そうね、呼び込んだ変なもんの中でも、あんたが一番変なもんだって事は、思っても言わない事にするよ。
なんて事思っていると、援護射撃してくれると思っていた味方から背中を撃たれてしまった。
「そうですね、姐さんが行って、向こうと話をつけるのが一番手っ取り早いかもしれませんね」
いつでも冷静で、正しい判断をしてくれるはずだったアドのよもやの一撃だった。
「なっ・・・あんたまでなにを・・・」
「襲撃するつもりなら、いつでも奇襲が出来たはずなのにわざわざ姐さんとの会話に応じてきましたし、今も包囲する気配も見せていないんですよね?これはこちらの出方を見ているとしか思えません。あの人数が増えた理由も知りたいですし、ここは姐さんにひと肌脱いでもらうのが一番現実的な事かと思います」
「あ あ あたしのせい確定なの・・・?」
「はい、大丈夫です。話し合いが決裂した時の為に、こちらはいつでも飛びたてる準備をしておきますから、姐さんは安心して話し合いに言って来てくださいな」
「いやいやいや、全然大丈夫じゃないから・・・それって、話し合いがこじれたらみんなはさっさと逃げるって事でしょ?あたしはたんなる時間稼ぎ?」
「いえいえ、そんなたんなる時間稼ぎなんかじゃないですよ?大切な、大切な、人柱だなんては思っても言いませんが」
「ああああああああ、言ってるじゃない!もろ言ってるじゃない!あたしの事、そんな風に思っていたんだぁ、ひどいいいぃぃ」
「あーあー、泣き出してもぉたやんけ。おちょくるのはその辺にしとき。姐さんは単純なんやから、すぐに信じてまうってアドやったら判っとるでしょうにww」
ポーリンがうずくまって泣いているあたしの背中をよしよししてくれているんだが、あんた単純って言った?言ったよね、あたしが単純だって。
「姐さん、大丈夫やよ、うちも一緒に行くさかい安心しいや」
あんたもあたしが行く前提なんかい。どいつもこいつもなんなんだい。ほんとにもう。
「いいわよ、いいわよ、あたしが行けばいいんでしょ。あたしが行けば丸く収まるんでしょ?今から行って来ればいいんでしょ?」
あたしは、よろよろと立ち上がった。
そんなあたしに、アドは一枚のメモを差し出して来た。
「これが聞き出す内容です。おそらくてんぱっちゃって聞く内容が飛んじゃうと思いましたので、簡単に書いておきました」
最初からアドの思惑通りって訳だ。良い宰相になれるわよ、あんたならね。
「彼女達の立ち位置なんですけど、以前何かの文献で読んだ事が有った事を思い出しました。たいへん稀ではあるのですが、成長が途中からほぼ止まってしまう病気があるそうなんです。根本的にあの紫の異能者とは違うので、迫害をするのは間違っていると思います」
いつもながら、何の文献なんだか・・・。
「わかったわ。フレンドリーに接してみるわ。相手しだいだけどね」
その後、あたしはポーリンを連れて船を降りた。
あたしには、ポーリンの様に探知能力がなかったので、彼女に誘導して貰い彼女達の元に向かうつもりだったのだけど、その必要もなかった。
船を降りたあたし達の前になぜか彼女達が待ち構えていたからだった。
「ぽ ポーリン?あなた、なぜ探知出来なかったのかな?」
「はて・・・うち知らんわ。いったいどないなってん?」
あたし達が顔を見合わせて困っていると、リーダー格のお姉さん?が静かに話し出した。
「ふふふ、小娘に見付けられるようなヘマはせんて。それよりも、ワシらに話しがあるのではないのか?」
「え?」
なんだろう、なんでニヤニヤしながらあたし達を見ているのだろう。
と言うか、なんであたし達が対話を切望している事を知ってるの?やはり異能者なの?
「なんじゃ、納得がいかんか。まあそんな事はどうでもええ。話しがしたいのか、したくないのか、どっちだね?」
この意表を突くような展開に一瞬あっけに取られてしまったが、慌てて返事を返した。
「あ、え、えーと、したい、したいです。ぜひ話をさせて下さい。お願いします」
あたしは、大急ぎで深々と頭を下げた。あたしに倣ってポーリンもあわてて頭を下げた。
そんなこんなで、急遽話し合いの席が設けられることとなった。
話し合いの場は、船の中にはスペースの余裕がなかったので、沼のほとりでする事に決まったが、あたし達はなにも設備の持ち合わせがなかったので、焚火を囲むように岸辺の草むらの地面に直接座っての話し合いとなった。
こちらからは、あたしとアド、ポーリンにお頭が参加した。向こうはリーダー格と思われる少女?が三人参加した。
「さて、時間も惜しい。さっさと話し合いをはじめようじゃないか。お主らは何が聞きたい?ワシらの正体か?」
「ええ、差支えがなければ、まずは私達に敵対する意思が有るのか無いのかを先にお聞きしたいのですが?」
「そうじゃろうな。いいだろう、大事な事だ。敵対する意思は・・・もう無い。お主たちを見ていて、敵対する必要が無い事がわかったからの」
「ありがとうございます。では、次に、私達の後を付いて来た理由などを・・・」
こういう話し合いは、アドに任せるのが一番。あたしじゃ、とてもとてもww
「理由かね。理由は・・・お主らに敵意が無かった事と、なにかを成し遂げようとしているのが分かったのでな、助太刀をしてやろうと思ってみんなを引き連れて来たって事じゃよ」
わかった?どうしてわかったの?何をもってしてわかったって言うの?少し怖いんだけど。
「それは、大変恐縮です。それで、もしかして、もしかしてですが、走って追いかけて来れたって事は、もしや病気のせいで全身の筋力が・・・」
「ほうほう、そんな事までおわかりとは・・・」
「やはり・・・」
「をいをい、何の話をしてるんだか、ちーともわからんぞ。解るように説明しろよ」
とうとう我慢しきれなくなったお頭が口を挟んで来た。
「ほほほ、お主は頭よりも体に説明した方が早い人種のようじゃの。アヤハ、ちょっとお相手してさしあげなさい。ああ、怪我はさせんようにな」
「はい、承知しております。マユハ様」
アヤハと呼ばれた少女は立ち上がるとお頭の方を見て手招きをした。え?お頭相手になにするつもりなの?
人間が熊に戦いを挑むようなものよ、無謀だわ。
「ちょっ」
あたしは慌てて立ち上がって、アヤハに向かって無謀な事はやめるように言おうとしたのだがマユハ様と呼ばれたリーダー格の少女に制止された。
「大丈夫じゃよ、怪我をせんよう手加減はしてしんぜよう」
なに?この自信。
「姐さん、まあお手並みを見せてもらいましょうよ」
アドも全然心配していないって、どういう事なの?
だが、その理由はすぐにわかった。
それは、宙に舞ったお頭が顔から地面に激突すると言う信じられない光景を目にしたからだった。