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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
140/187

140.

「えっ?何か言った?」

 アドの呟きに気が付いたあたしは、おもむろに聞き返した。

 アドは、左舷前方を凝視したまま再度呟いた。

「確証はありませんが、天気が崩れるかもしれません」

 そして、おもむろに振り返ると、後方に向かって叫んだ。

「クレアーっ!クレアは居るぅ?」

 なぜクレア?と思いつつも、呼ばれてやって来たクレアの様子を黙って見ていた。


「クレア、どう?あの雲。どうも怪しく見えるんだけど・・・」

 アドに言われるままに、アドの指差す左前方を見たクレアはしばし考えた後に確信を持った言葉で答えた。

「ええ、流石ね。アドの言う通りよ、そうねぇ、お昼、お昼前後って所かしらね。八十%以上だと思っていいわね」

「えっ?何?クレア何が八十%以上なの?」

 あたしの方に振り向いたクレアはきょとんとした表情で答えた。

「雨ですよ?雨の確率です。まず間違いなく雨がやって来ます」

「えっ?えっ?」

 訳がわからなくて、困惑しているとアドが説明をしてくれた。

「クレアには天気を予想するスキルがあるんですよ。クレアは魔力が物凄く少ないのですが、天気を予想するスキルは使えるんですよ」

「そんなスキルがあるの?」

「ええ、クレアは魔導士の中でも、気象予想士というスキルを持っているんです。それで、どうしますか?このまま進むと雨の中に突っ込んでしまいますよ。ご存じの通りこの船は水気に弱いのです。もし、まんがいちにも船倉内に雨が入ると、後々厄介な事になりますが?」

「えっ?ああ、そうね。それはまずいわね。このまま川の流れに乗って下って行って、アンジェラを休ませるつもりだったんだけど、そうもいかなくなったって事ね」

「その通りです。早くどうするか決断しないと、手遅れになりますよ」


 どうするかって言ったって、船をまるまる覆える防水のカバーなんてないんだから、飛んで逃げるしかないじゃないのよ。

「そうね、一旦飛び上って雨雲を迂回しつつ進むか、後方に下がって雨雲が通り過ぎるのを待つか、の二択かしら」

 そこで、クレアが発言をした。

「あの雨雲は範囲が広そうです。下がるのでしたら、アナ様のおわすあの山の方まで下がらないとならないかも知れませんよ?それに、雨雲の速度やコースによっては長時間足止めを喰らう事も配慮しなくてはなりません」

「そうなの?」

「はい、あくまでも予想ですので百%ではありませんが、かなり確率は高いです」


 なんだか脅されている感じがするのは気のせい?

「それじゃあ、雨雲を迂回しつつ進むしかないわね?」

「どちらに迂回します?」

 アドの鋭い視線に射すくめられてしまった。

「どちらって?」

 そこで、ふたたびクレアの解説が始まった。


「基本、発生した雨雲は上空の偏西風に乗って、西から東に進みます。進行方向左から右にですね。ですので、選択肢は大きく右に迂回して雨雲が来る前に前進して抜けてしまうか、大きく左に迂回してたとえ遠回りしてでも雨雲を避けて雨雲の後方に回り込むかの二択です」

「う・・・、ちなみにやって来る雨雲って、迂回しきれるほど小さいの?」

「そこまで正確にはわかりません。大きさは小さくはない、速度は遅くはない、としか申し上げられませんね。何度も言いますが、あくまでも予想ですので。ただ私の勘ではかなり大きいかと思われますが」

「そんなぁ・・・」

「それに偏西風の流れによっては、コースも不規則に変わります」

「そうなの?」

「はい、上空を大型のドラゴンが飛行すれば、容易に偏西風の流れが変わってしまう事は過去のデータからわかっている事実です」

「はあ・・・そうなのね。アド、どうしたらいいかな?」

 どうしたらいいか分らず、アドに聞いたのだが、そのとたん後方から怒声が飛んで来た。

 

「おいっ!お前は自分で決められんのかっ!自分の考えはねえのか?いつまで他人を頼ってるんだ!」

 そう、その大声は怒りの表情のお頭だった。

 振り返ると、それはそれは真っ赤な鬼の様な顔をしてお頭がこちらを睨んでいた。

「そんなに睨まなくったって・・・」

 大袈裟じゃあなく、優柔不断なあたしは危機的な状況にあった。

 どうしよう、どうしよう、あたしの判断次第でみんなが危険にさらされてしまう。

 ひとりでてんぱっていると、頼もしい助っ人が現れた。

「そないに悩まなくたってええですやん。気楽にいきまっしょ」

 そう、声の主は超ポジティブ思考のポーリンだった。

「うちらは、どこにでもついて行くでぇ」

 何気ない一言だが、あたしにはなによりも嬉しかった。

 周りを見回すと、みんなの視線があたしに集中しているのがわかる。あたしの決断を待って居るのだ。

 あたしは、目をつぶり大きく息を吸ってからアンジェラの方に向き直って、しっかりとした声で指示を出した。

「離水後、ただちに進路を西に取り雨雲をかわしつつ、雨雲の後方に回り込んで進む事にするわ」

「雨雲の後方に?」

「そう、雨雲が偏西風に乗って西から東に移動して来るのなら、その後方に回り込めば雨にあたらないでしょ?」

「わかりました。ただちに離水します」

 そう言うと、アンジェラは目をつぶり精神を集中し始めた。

「ほんじゃ、俺は仕事が無くなる訳だから、酒でもかっくらって寝るとするかぁ」

 そう言うと、お頭はいつの間にかウェイドさんが持っていた硬く透明な酒の入って居ると思われる壺を握りしめて、船倉に降りて行こうとしている。だが、目ざといアドに見つかり足止めを喰らっていた。

「お頭、それ・・・どうしたんです?」

 アドの視線は、お頭の持っている硬く透明な壺に注がれていた。

「な なんだよぉ、これは俺んだ。やらねえぞ!」

 壺を抱え必死に抵抗しているお頭は、面白い位に滑稽だった。

「そんなもの、いりませんよ。そんな事より、その壺、どうしたんです?見た所、初めて見る素材のようですが」

 お頭は、持っていた壺に視線を落とした後、恐る恐る話し始めた。

「こ これはよお、あの酔っ払いの兄ちゃんが持っていたんだよ。ああやって酔い潰れてるんだから、これは酒なんだろ?呑んでもいいじゃんかよお」

 お頭は、まるで駄々っ子みたいになっている。これは、なかなか見れない姿で、思わずニヤニヤしてしまう。

「お、おめーら、何笑ってんだ!見せもんじゃあねえぞおお!」

 本人は凄んでテレを隠そうとしているのだろうが、まったくと言って良いほど威厳が無かった。みんな、ニヤニヤと遠巻きに見物している。

 この後、どうなるのか興味津々なのだ、あたしを含めて。


「盗らないので、ちょっと見せてもらえますか?」

 言い方は優しいのだが、有無を言わせない圧を感じた。

「み 見るだけだぞ。呑むなよ。呑んじゃだめだからな」

 なんか、泣きそうになっているのが可愛かった。ww

 これが、あの山賊すらも泣いて逃げ出す『うさぎの手』の首領であるムスケルと同一人物だとは、到底思えなかった。

「はいはい、わかったから・・・」

 おざなりに答えると、アドはお頭の持っていた壺を手に取った。

 その壺は、あきらかにこの時代に流通していた壺とは質感も手触りも異なっており、博識アドをして見た事もないものだった。

 通常、この時代の酒を入れる壺は粘土を焼いたものがほとんどで、当然透明ではなく表面もざらざらしているのが当たり前だった。

 だが、この壺は透明で中に入って居る酒が表から見えたし、その質感も硬くすべすべしており、光を反射して光り輝いていた。

 アドはしばらくの間、その壺を撫でたりすかしたりして観察していたが、やがて大きくため息を吐くとお頭に壺を返して一言呟いた。

「この壺は、この世界の物ではありえない」

 アドに判らない事があるなんてと、みんな驚いている。

「アド、どういう事なの?」

「あれは、おそらく石英を高熱で処理したものではないかと思われますが、この世界にはそんな技術はありません。天上界でなら出来るのかもしれませんが・・・」

「天上界・・・」

 そんな事って・・・。

 あたしがあっけに取られていると、そのままアドは船室へと下がって行ってしまった。

 残されたあたし達は言葉も無く立ち尽くしていたが、頭の柔軟なポーリンだけは違っていた。

「うちらが遭遇したあの霧の集落が天上界?やったんやろか?そういやぁ見た事もあれへん物がぎょうさんあったような気ぃするわ」

 そこにメイも参加して来た。

「そうなの?リンちゃんも天上界見て来たの?」

「うーん、そうなのかはわからへんわ。せやけどな、見た事の無い文字の書かれた屋台のあるケッタイな集落なら見て来たでぇ」

「きゃーっ、リンちゃんすごおぉい!!」


 などと酒の壺の話しで盛り上がっている間に、船はゆっくりと離水して舳先を西に向けて前進を始めていた。

 高度は百メートルほどはあるだろうか。さきほどまで遠くに見えていた雨雲の塊は今や眼前一面に広がり、進路を塞いでいた。

「アンジェラ、もっと高度を上げる事って出来ないのぉ?」

 一生懸命に操船しているアンジェラに尋ねてみた。

「無理ですう、上空に上がるにつれて力の消耗が激しくて、一瞬ならあと少し高度を上げられますが、一瞬しかもちませーん」

「そっかぁ、それじゃあしょうがないねぇ」

 あたしも無理強いはできなかった。

「はーい、長く飛ぶのなら、この高度が限界ですぅ、申し訳ありませーん」

 んあ?アンジェラさん、キャラが変わって来た?なんかしゃべり方が変じゃない?

 だが、そうのんびり考えてもいられなかった。雨雲の動きは早く、もう目の前なのだ。

 雨雲の塊は広がりつつ、左から右へと高速で移動しているので、雨雲を避けその後方に回り込むには進路をもっと左に変えて行かなくてはならなかった。


「アンジェラ、もっと左にコースを変えてちょうだい。雨雲の後ろに回り込むのよお」

「がんばりまぁーす」

 だが、気流の関係か、なかなか思う様に進んではいかなかった。

 どちらかと言うと、進むというよりは押し戻されている感じだった。

 船縁から地上を覗き込んでいたメイが叫んだ。

「ねぇ、なんかさっきから同じ所でぐるぐるしていない?前に進んでいないよ?」

「えっ?」

 反射的に舷側の手摺りに飛びつき、下界を見下ろす乗員達。

「えっ?どういう事?」

 見ていると、船は斜め後ろにゆっくりと移動している様に見える。どういう事?

 そして、今気づいたのだけど、船の横揺れが大きくなってきている感じだ。何かに掴まって居ないと立って居る事も難しくなってきている。

 乗員の中に動揺が広がっていく中、いつもの事だけど上甲板に戻って来たアドだけは通常運転だった。

「これは、風で押し戻されているのでしょうね。想定よりも風が強いのでしょう。このままではアンジェラさんが消耗するだけですね」

 なんか、どこか他人事の様に聞こえるのは気のせいなのだろうか?

「どうやら雨雲だけでなく、その周囲もかなり広い範囲にわたって強風が吹き荒れているのだと思いますね」

「だったら、どうしたらいいの?」

「そうですね、この風の流れに抗うだけの力がないのでしたら、素直に流されるのが良いかと」

「流される?」

「ええ、アンジェラさん、船を百八十度回転させてみて下さい」

「り りょうかい・・・」

 確かに、アドに答えるアンジェラの声は辛そうではあった。

 船はぐいっと舳先を風下に向けていったが、そのとたん物凄い勢いで前進を始め、甲板上のみんなはバランスを崩して四つん這いになってしまった。

 スタート地点の海水の川を通り越して、船は高速で進み続けて行った。

 上空には見えない空気の流れが川の様に流れているみたいだった。その速度にアンジェラの力が加わって雨雲よりも早い速度で東進を続けていた。


「なぁ、風の力に勝てへんんやったら、遠回りしてもこっちから回り込んだ方がいいんとちゃうの?」

 確かにポーリンの言う通りかもしれない。あたしはアドを見た。

「仕方が無いですね。取り敢えずアンジェラさんを休ませなくてはですから、適当な大きさの池か沼を見付けて着水するのが良いのかと。幸い先程の加速で雨雲をを引き離しましたので、少しは休めそうですからね」

 その声を聞いた数人が舳先に向かって走って行った。みんな早く地上に降りたいのだろう。山賊に空は向いて居ないのかもしれないなと思った。


 やがて、それなりの大きさの池を見付け、どうにか無事に着水させる事が出来た。

 ひとまずしばらくアンジェラを休ませる事にした。

「先だって退治したワイバーンの皮を剥して保管していましたよね?あれは防水性があるので、着水したら、浮遊の木の実の周りを囲いましょう。多少は雨にも強くなるはずです」

 それから手の空いた者を動員して、ワウバーンの皮の準備を始めた。



 池に着水した事で、船は周囲からの攻撃に対して無防備になってしまった。そこで船の安全の為、周囲の偵察と監視があたし達の最重要課題となった。

 そうなると、お頭の独壇場だった。テキパキと部下に指示を飛ばし、何隊かの偵察隊が上陸して草むらに散って行った。

 甲板上には交代で見張りが立つ事になり弓を構えた見張り担当が周囲に視線を飛ばし始めた。


 あたしは・・・と言うと、恒例の落ち込みタイムだった。

 また判断を間違ってしまった。人的被害こそなんにも出ていないが、かなりの労力と時間を無駄にしてしまった。

 だめだなぁと落ち込んで居ると、アウラがそっと寄り添ってくれた。

「お嬢、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。だれだって判断ミスの三回や四回や五回はしますから」

「あ あんた・・・」

「それに、誰もお嬢に完璧な判断なんて求めちゃいませんって。元気だしましょうよww」

「お おい、それってぜんぜん慰めになっていないぞ?」

「大丈夫ですって、細かい事は気にしちゃダメですよ。ミスったってアドちゃんが居るから、大船に乗った気でいればいいんですよ」

 それって、なんか違くないか?あたしの事馬鹿にしている?

 しかめっ面のあたしに対して、アウラはニコニコと満面の笑みだった。お頭の元に居たから、性格も悪くなっているのか?


 だが、そんな落ち込みタイムはそこまでだった。ミリーの緊張感の無い声で中断されてしまったのだ。


「なんでこんなとこに矢が刺さってるのぉ?


 ミリーは上甲板の手摺りから舷側を見下ろしていて、その右手には、ワイバーンの燻製肉がしっかりと握られていた。



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