138.
今あたし達は、お頭の命名したなんたら号と言う空を飛べる船に乗って、進路を北にとって航海?違うな、飛行?を始めようと準備をしている真っ最中だった。
アド達とめでたく合流を果たしたあたし達は、筏に積んであった大量のワイバーンの肉をひとつ残らず回収し、更にはぐれていたミリー達とも合流を果たし、準備は万端だ。
尚、上甲板にはアドの発案で先端が斜めに切られた手の指位の太さの一メートル程の太さの竹が大量に積み上げられていた。
それは、あたし達がウェイドさんを探しに出ている間に防衛用の矢として急遽作っていたものだそうで、それを積み込んだらしく上甲板は足の踏み場もなくなってしまった。当然、竹で作られた弓も用意されており、結構な数が積み込まれた。
さらには、こぶし大の河原にあった石が集められ船底に積み込まれた。最初は上甲板に積んでいたのだが、あまりにもトップヘビーになってしまい船の姿勢を維持出来ないとアンジェラから悲鳴があがったので、安定を良くする為上甲板には最低必要量だけ置いて、残りは船底で保管し必要に応じて運び上げる運用とする事になったのだ。
お頭からは「戦いが始まったら、悠長に石を運び上げている暇なんぞねえぞ!戦いを舐めてんのか!」と散々文句を言われたのだが、そもそもが飛び上れなかったら戦いも何もないと、アドが強行したのだった。お頭も口ではアドに勝てないのがわかっているので、ブツブツ言いながらも引き下がった経緯があった。
アドが言うには、上空から攻撃するのであれば、この様な変哲もない石でも、有効な武器になるのだそうだ。
みんなで話し合った結果、今は新国家の王都へ行き状況を把握するのが最優先事項だという事に話は纏まり、これより新王都に向けて飛び立とうとしている。
「アンジェラ、準備はどう?大丈夫なようだったら、あなたのタイミングで出発してちょうだい」
船の後部の手摺りに囲まれ一段高くなっている操舵席で手摺りを握りしめて難しい顔をしているアンジェラに発進を促した。
「は・・・い、なんとかやってみます。でも、随分重たくなったみたいで、制御が、、、難しいです」
やがて船体がきしみながら身震いをしたと思った瞬間、停泊していた川の淀んだ水面からわずかに浮かんだ。
空を飛べようが、一応は船なので陸上に降りると横倒しになってしまうので、現在は流れのゆるい湾状の所に停泊していたのだ。
だが、船体が浮かび上り、おおーっ、と思った瞬間再び高度を失い水面に突っ込んでしまった。
着水の衝撃で、あたし達は積み上げてあった石や竹の矢などと一緒に甲板上をごろごろと転がってしまった。
その際、大量の石と一緒に甲板上で揉みくちゃにされたせいで、身体中が物凄く痛かった。後で気がついたのだが、全身にくまなく痣が出来ていて赤黒くなっていた。
かろうじて手摺りに掴まってふんばったおかげで転がらなかったお頭が叫んだ。
「おおい、どうなってるんだぁ?しっかり安定させろや!」
あたし達は、悲鳴をあげながら右に左にと傾く船の上甲板の上で転がったまま両手で石から頭を防御すべく丸まって揺れが収まるのを待つ事しかできなかった。
だが、当のアンジェラはそれどころでは無い様子で、手摺りに掴まったまま、必死の形相だった。
甲板にいて転がったままのみんなの視線は、必死で船をコントロールしようとしているアンジェラに注がれていた。
そんなアンジェラの傍で様子を見ていたアドは優しく声を掛けた。
「まだ重たい?少し重量を減らそうか?」
「いえ、大丈夫です。まだ頑張れます、あと少しなんです」
「そう、なら良い事を教えてあげる。このまま浮上せずに舳先を川下に向けてごらんなさいな」
「川下に?」
「そう、川下に向けて流れに乗ればいいの。流れに乗れば速度が出るから、そうしたらその勢いで浮き上がればいいわよ」
「やってみます」
そう言ったアンジェラの表情は、さきほどまでの悲壮な表情とは違って、アドのアドバイスで安心したのか明らかに落ち着いた感じがした。
アドのアドバイスにしたがって船はゆっくりとその重い船体を川下に向け始め、そのまま流れに押されたように前進を始めた。
「なぁ、流れに乗ったかて、その程度の速度で飛べるんか?」
ポーリンの疑問ももっともだ、あたしもそんな気休めみたいな事で飛べるとは到底思えなかったからだ。
だが、アドの答えであたしは確信した。アドは軍師では無く、詐欺師なのだと。
「そんなのはなから流れに乗った程度の速度で飛べる為の速度が得られるなんて思っていませんよ、当たり前じゃあないですかww」
「なっ、それならなんでや・・・」
「大切なのは、飛び上る為の浮力じゃあないんです。アンジェラ自身の心の持ちようなんです」
「どういうこっちゃ?」
「飛べる。自分になら出来る。そういう自信なんです。彼女に不足しているのは、出来るというその自信なんですよ」
「自信?」
「そう、本当は飛ばせる力を持っているのに、実績がない事からくるその自信の無さから不安が大きくなりすぎて疑心暗鬼になっていて、本来の力を発揮出来ない、それが今の彼女なんです」
「じ じゃあ・・・」
「そう、ちょっと後押ししてあげたんです。あなたにはこの船を飛ばす能力があるんだから、やれば出来るのよってね」
ポーリンはしげしげとアンジェラの顔を見上げて、ぽつりと呟いた。
「ほんまや、彼女の表情ぜんぜんちゃうやん。なんかこう自信満々の顔や」
「でしょう?さっきまでの彼女は実績がないもんだから、飛ぶ事に一杯一杯で心にゆとりがなかったのよ」
「うんうん、まったくの別人やん」
アドが正しいという事は、その後すぐに証明された。
川下に舳先を向けた船はそのまま流れに乗って加速をしていき、「えいっ」と言うアンジェラの掛け声と共に滑らかに川面を離れ、そのまま空中に飛び出して行った。
さっきまでの不安定な感じはまったく無く安定して上空に上がって行ったのには正直驚いたのは言うまでも無いのだが、心の持ちようでこんなに変わった事とそれを見抜いたアドの人を見抜く目には改めて畏敬の念を禁じ得なかった。
ともあれ、新たな王都へのあたし達の旅は順調にスタートしたのだった。
暫く北に向けて飛行したのだが、どうにも違和感が半端なかった。
空には鳥の一羽も無く、地上には動く物の姿も一切なかったからだ。
「なんかここって殺風景と言うか生命を感じられない大地よねぇ、こんな所でこの先、大勢の領民達が生活していけるのかしら」
ため息まじりにそう言ったあたしに、さぎし・・・じゃなく軍師のアドがいつもの冷静で抑揚のない声で答えてくれた。
「大丈夫ですよ。その証拠にアナ様達は立派に生きていらっしゃるではないですか。人間はしぶといのですよ」
あんた、歳誤魔化していない?本当はお婆さんなんじゃないの?なんて、思っても言えないけど、どこからその知識を得ているのか不思議でならないわ。
その後も順調に飛行を続け、あたし達が出発して来た南方一面に連なる山々もかなり遠くになってしまい霞んではっきりとは見えなくなっていた。
前方は相変わらずの無人の荒野がひろがっている。
地上を歩く事を考えれば、かなりの速度で移動できているはずなのだけど、代わり映えのない大地を進んで居る為か前に進んで居る感じがまったく感じられなかった。
船は荒野の中で唯一の道しるべでもある転移門から流れ出ている塩水の川の上空を川に沿って進んで居る。その川も徐々に川幅を広げて来ていて、下を見下ろすと視界の半分近くを占めるまでになっていた。
出発したのが昼過ぎなので、もう少しすると日が暮れてくる時刻だ。アンジェラもずっと精神を集中しているので、そろそろ休ませなくてはならない。
いつでも休めるように川に沿って飛行しているので、いつでも着水して休憩ができる。これもアドの指示だった。
「アンジェラ、そろそろ疲れたでしょ、川に降りようね」
「いえ、まだ行けます」
こらこら、顔色が悪いじゃない。もう、相当消耗しているのがまるわかりだよ。
「だめだよ、まだ先は長いんだから無理は禁物。今日は休んで又明日頑張ってちょうだい」
あ、しゅんとしちゃった。
「はい、降ります」
お、素直に従った?そりゃあそうよねぇ、ずっと神経を集中したままなんだから疲労も相当なはずよ。
船は高度を緩やかに・・・って、待って、待って、待って、一気に降下しちゃってない?このままじゃあ水面に激突する~。
だけど、アンジェラを見ると既にアドが寄り添っていた。
アドはアンジェラの背中を優しく撫でながら、何か囁いているみたいだった。そのおかげか、再び船はふわりと浮き上がり、そのままゆっくりと水面に着水出来た。
着水と同時にアンジェラは意識を失い倒れ込んでしまった。咄嗟にアドが支えたので事なきを得た。やっぱり限界だったんだね、悪い事しちゃったなぁ。
明日以降の運用は考えないといけないわね。などと考えていると、お頭の声が耳に入った。
「嬢ちゃん、良く頑張ったな。後はまかせなっ!」
なんと、お頭はいつの間にか後部甲板に設置されている木製の円形の物をを握りしめていた。あれは、確か船として運用する際に進行方向を調整する舵と連動している舵輪だったはず。
本体は木製で、丸い円盤のような形をしていて、三十本位の握り手が円盤の外縁部から外側に向かって生えていた。
使用する際には、その握り手を持って左右に回すのだそうだ。そうすると回した方向に船が進路を変えるのだとアドが言っていた気がする。
お頭は、その舵輪をしっかりと握りしめて仁王立ちをしている。
何をするつもりなの?
「わっはっはっ、水の上は俺に任せろっ!!」
だそうだ・・・。
どちらかと言うと、お頭は海賊でなく山賊なのでは?船の操船なんて経験あるの?なんてぼーっと思っていると、すかさずアドの指示が飛んだ。
「お頭、アンジェラさんはかなり消耗しています。ここから先は、船として川を下るのがベストだと思います」
お頭は、舵輪を握ったまま、アドの指示を大人しく聞いて居る。
「ですので、お頭は船を常に川の中央を進むように操船して下さい。水上を進むと敵対勢力からの攻撃を受け易くなるので、他のみなさんは交代で船の全周囲の監視をお願いします。姐さん、それでよろしいですよね?」
よろしいもなにも、反論する余地もないじゃないの。
「ええ、それが最善の策だと思うわ。みんな協力お願いね」
船のあちこちからは、賛同の雄叫びが上がったが、あたしはなんか心がもやもやしていた。
船の中央でどんよりしていると、そんなあたしに気がついたアドがやって来た。
「どうしました?どんよりするなんて、らしくないですよ」
ほんと、なんでこんなに周りに気が付くのかしら、この子は。
「うん、なんかあたしって全然役に立ってないなあってさ。ぜんぶアドに頼りっぱなしで、あたし、なんにもしてない」
だが、アドの声はあたしとは正反対に明るかった。
「あはは、そんな事で悩んでいたのですね。姐さんは集団の長の役割について学んでこられなかったのですねww」
「長の役割?それって・・・」
「作戦を考えたり、戦ったりするのは部下がすれば良いのです。長は正しいかどうか判断をして決定を下してくれれば良いのですよ。それが長の最大の役割なのですよ?」
「判断を・・・」
「そうです。長が判断して決定を下してくれないと、部下は何をしていいのかわからず右往左往してしまいます。長は扇の要であれば良いのです。その点、姐さんはいつもきちんと決定を下してくださってますので、長としてちゃんと仕事をされているのですよ」
「でも、あたしの判断ミスでみんなを危険にされしたりしているわ」
「長といえど神ではありません。判断ミスもするでしょう。そんな時は部下が挽回して、結果オーライになればそれでいいのですよ。幸い私達は挽回する力を持って居ますからね。もっと自信もってくださいよ」
「そんなもんなのかぁ・・・」
「それに、神である竜王様だって、この新大陸を造るのに失敗してるじゃあないですか。失敗なんて気にする事ないですってww」
「そやでぇ、うちらには化け物のようなお頭だっておるやん。戦力的にはどこにも負けへんでぇ」
「ポーリンの言う通りです。失敗なんてみんなで取り戻しますんで、姐さんはどっしりして居て下さい」
あたし、良い仲間に恵まれすぎて・・・
そこまで思ったところで涙が溢れて止まらなくなってしまった。
背中を撫でられながら、泣いて居るあたしって、嬉しいのか恥ずかしいのか、もう心の中がぐちゃぐちゃだった。