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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
136/187

136.

 最近、やたらと不意に声を掛けられる事が多くていやになってしまうが、今回の声にはしっかりと覚えがあった。

 ただ、暫く聞いて居なかった事と、今ここで聞く事が想定外だったので、反応が少し遅れてしまった。


「なんだ、しばらく見ないうちに呆けてしまったんか?」

 うん、間違いない。この野太い声は彼だ。

「どうも寝惚けていらっしゃるみたいですが?」

 それに聞き覚えのある少女の声もする。

 その瞬間、あたしの目はぱっちりと醒め、がばっと起き上がり灌木の茂みから這い出した。


 目の前に立って居た面々、それは懐かしい顔ぶれだった。

「おかしらぁ~っ!」

 駆け出して行った先に居たのは、熊のような巨体のお頭ことムスケルだった。

 その隣には、目に涙を浮かべたアンジェラも立って居た。

「シャルロッテ様ぁ~」

 叫ぶやいなや飛びついて来たアンジェラに抱きすくめられてしまった。

「あ、申し訳ございません、つい」

 慌てて手を離した彼女の背後には、いつも表情を変えないアセットさんが顔面を紅潮させて立っていた。

「ご無事で何よりで御座います」


「ところでよお、おめぇこんな所で何してんだ?こっちじゃあ住む所もねえんか?」

「いやいや、そんな訳ないわよお、これには込み入った事情がさあ・・・」

 そこまで言った所で背後から殺気が沸き上がった。

 振り返ると、それは目を充血させてふらふらと立ち上がったウェイドさんだったのだが、まだ酒の入った壺はしっかりと握ったままだ。

「なんだ?その酔っ払いはよお」

 うん、そうだろうなぁ、訝しむお頭の気持ちはよくわかるよ。

「あのね、彼は・・・・」

 説明をしようとしたのだが、ウェイドさんの怒声にかき消されてしまった。


「なっ、なっ、なっ、なんだ、その熊みたいな奴わぁっ!!」

 言うと同時にお頭に向かって飛び掛かって行った。

 だが、そもそもの戦力の差は如何ともしがたく、ウェイドさんはお頭の剛腕に頭を鷲掴みにされ、接近する事もできずに両手をぶんぶんと振り回すばかりだった。

 あきれ顔のお頭はあたしの方を見て、困った顔をしている。

「おい、このいかれた奴はなんなんだ?へし折ってもいいんか?向かって来るその意気込みは買うが、さすがにうっとおしいんだよな」

 だよねー、わかるわ、その気持ち。

「ウェイドさん、やめて!その人は一見悪人みたいだけど、味方よ。それも頼もしい味方なんだから、暴れるのはやめてちょうだい」

「をい!なんなんだ、その一見悪人みてえってのはよお。どう見ても、どこから見ても善良なハンサムじゃあねえかよ」

 そう言うと、ウェイドさんの頭を鷲掴みしていた右手を軽く振った。

 当然ながら、ウェイドさんの体は回転しながら宙を舞い、少し離れた地面に放り出された。


「もう、お頭ったら乱暴なんだから。彼はね、あのジュディさんのお孫さんなのよ。あたしの護衛なの」

 当然のようにお頭の目がまさに点になっている。だよなぁ、あたしだって最初は驚いたもん。ジュディさん自体子供なのに、その孫だなんて言われてもねぇ。

「あのね、信じられないのも当然だと思うけど、あの転移門をくぐった人はみな五十年前のこの大陸に転移させられてしまったのよ。だから、えーっとなんて言ったらいいんだろう・・・」

「みんなこの大陸に転移して五十年経った所でうちらに会うたってことやね」

 ポーリンが簡潔に説明をしてくれた。


 お頭はしばらく難しい顔をして考え込んでいたが、やがて大きく息をはいた。

「おめぇに出くわしてから、信じられん事ばかり起こるんでな、いい加減それにも慣れて大概の事には驚かんつもりだったが・・・・はぁ、なんなんだよ、いったい」

 お頭は頭を掻きむしって居る。よっぽど混乱しているのだろう。

「それじゃあ、なんだ?転移門くぐった奴らはみんな五十歳老けたって事かぁ?」

「そうやで。理解でけた?」

 ポーリンはすでに理解というか、納得しているが、対照的にお頭は苦悶の表情で、見ていて面白いかも・・・。


「じゃあよ、聖女さんも婆あになってんのか?」

 ああ、もっともな質問ね。そうよねぇ、普通はそこんところ気になるわよね。

「大丈夫、何故かアナ様はそんなに変わっておられなかったわよ。とっても素敵な女性におなりだったわ」

「そ そうか・・・」

 え?お頭?なんかホッとして無い?なんで?


 ポーリンがお頭を下からニヤニヤと覗き込んでいる。あ、あたしと同じ事思ったのか?

「へぇ~、お頭も男やったんやねぇぇぇぇ」


 あ、お頭の顔が瞬時に真っ赤になった。ポーリンさんよ、からかうのはその辺にしてあげなよぉ。なんか可哀想だわ。

「ばっ、ばか言ってるんじゃあねえぞっ!!そ そんな事より、じ 状況をせ 説明しろや。この大陸はどうなってるんだ、訳がわからんぞ」

 慌ててごまかそうとすればするほど、ばればれなのに気がつかないのかなぁ?

 まぁいいや。からかっていたら話が進まなくなるから、説明してあげようじゃないか。


「あのね、三つの転移門にわかれて避難したでしょ?その転移門の出口も三か所あって、この大陸の東・中央・西に設置されていたのよ。王都の転移門は新大陸の西に、あたし達が居たイルクートの転移門が新大陸中央南部、サリチアの転移門は新大陸の東に繋がっていたの。そこまではいい?」

「おお・・・」

「新大陸の西では転移した王都の中枢メンバーが中心になって新王都を建設中らしいの」

「らしいってのは、どういう事でい?」

「あたし達もまだ接触していないの。これから接触しに行く所だったのよ」

「そうか」

「でね、サリチアの兄様達も、転移した新大陸東側で拠点を造っているらしいの」

「そっちも、らしい・・・・か」

「うん、伝え聞いた話しだけらしいのよ」

「ぐずぐずしてねーで、さっさと合流しちまえばいいじゃねーかよ」

「そうもいかないのよ。居るでしょ?邪魔な奴らが」

「あ?おお、そうかカーンの残党か。奴らここでも悪さしてんのか?」

「らしいのよ。この大陸の北部、今あたし達がいる所ね、ここだけに広大な平野が広がっているみたいなの。その北部の大平原の中央に、そうねぇイルクートの二・三十倍位のちょっとした山岳地帯があって、各転移門からあぶれた伯爵の息の掛かった連中が集結して立て籠もって居るらしいのよ」

「なんと・・・」

「王都も兄様の所も領民を伯爵の魔の手から守る為に必至なのよ」

「大陸の南の方には逃げられないのかよ」

「南は険しい山岳地帯が続いていて人は住めないらしいのよ」

「なんでだ?どんな険しい山岳地帯だって住もうと思えば住めるもんだぞ。贅沢言わなければな」

「それって、狩をしながら生活出来るって事よね?」

「おお、そうだ。狩は生活の基本だろうがよ」

 あたしはポーリンと目を合わせてしまった。

「ん?なんだ?」

「お頭の言う、その基本からしてここでは通用しないのよ」

「なんだと?」

「そもそもの話しなんだけど、この大陸には四つ足動物がいないのよ。だから海で食料を得ないとならないの。だから南には今の所行けないのよ」

「なんなんだ、そりゃあ」

「だからね、今は防御の柵を作って農作物を育てて凌いでいる所らしいの。肉は魚がメインね。それでも、収穫時になると奴らが来て大半を持って行ってしまうから野菜も不足しているらしいのよ」


 しばしの沈黙ののち、やっとお頭は口を開いた。

「なんで、そんな目に遭っていながら奴らを退治しねーんだ?連中はそんなに数が多いのか?」

 ふむ、もっともな疑問だわね。


「人数からいったらこっちの方が圧倒的に多いらしいの。でもね、こっちは、ほとんどが農民と商人、それに女子供ね。向こうは数は少ないけど全員が職業軍人。勝負にならないらしいわ」

「それでもよぉ、こっちにだって多少は軍人が居るだろうがよ、そいつらでなんとかならんのか?」

「守らなくてはならない範囲が広すぎて、均等に兵士を配置すると、一か所あたりの人数は圧倒的に少なくなるのよ。それに対して、向こうは兵力を集中して襲って来るから、奴らが襲ってきたら、警備の兵士は真っ先に逃げ出す始末らしいのよ」

「話にならんな。しかしよ、おめーの話しは、みんな伝聞みたいだが、自分では直接見ていねーのかよ?」

 そんな事あたしに言われたって、あたしだって来たばかりなんだからしょーがないじゃないのよ。


 そこで、やっとポーリンが助け舟を出してくれた。

「自分らで確かめる為にうちらはアナスタシア様から命じられて、山を降りて来たところなんよ」

「じゃあ、確かめないでなんでこんな所で寝ているんだよ、こんな酔っ払いとよお」

 そ それを言われると、言い訳が難しいのだが・・・。

「山から降りて来たんやけど、そこの兄さんが偵察に出たまま行方不明になってもうてな、うちらが探しに来たんよ。したら、そこの集落でぐてんぐてんになっててな、やっとここまで引きずって来た所やねん」

 頭を振り振り立ち上がって来たウェイドさんが会話に参加して来た。

「知らん!そんな事知らん!集落に入ってからの記憶はない。ないんだから、知らん」

 酔っ払い特有の言い訳だわ。


「ほなら、その手に持っている酒の入った壺はなんやねん」

「しらん!知らんて言ったら知らん」


 顎をなでながら二人の会話を聞いてたお頭は、ぼそっと呟いた。みんなに聞こえるように。

「ようは、足手纏いって事か・・・」

「「・・・!]]

 あたしとポーリンは焦ってしまった。

「ちょっと、お頭っ、それは言い過ぎだって」

「そうやで、そんなんうちらは思 ても言うてまへんから・・・」

「げっ、ポーリン、それじゃあ言ってるのと一緒だって」


 ウェイドさんはショックで座り込んでしまった。

 あーあ、まためんどくさい事になったよと思っていると、お頭が突如大きな声を出してきた。


「おい、ちょっと待て。さっきから言っている集落って、なんの事だ?さっぱりわからんぞ?」

「えっ?わかりまへんか?ほれそこの濃霧に包まれた・・・・・」

 途中まで話し始めたポーリンは振り返ったところで固まってしまった。

 どうしたのかと振り返ったあたしも、そのままフリーズだ。


「おいっ、どこに濃霧があるって言うんだ?なにも見えんぞ。集落ってえのはどこにあるんだ?」

 うん、見えないね。あたしが見ても見えないんだもん、お頭にも見えないわよね。

 さっきまで濃霧に包まれた集落があった所は、草ぼうぼうの野っ原になっていた。


 思わずポーリンと目を合わせると、彼女も目をぱちぱちさせていた。

 どういう事?集落が幻のように消えちゃった。


「夢  だったのかなぁ?」

 呆けたように言うあたしとは反対にポーリンは納得していないようだった。

「夢  ちゃうでぇ、ほら見てや、ウェイドさんの持ってはる透明な酒の壺。集落があった証拠やん」

 まだ持ってたんかい。呆れてしまった。


「まあいい。それで、お前達はこれからどうするんだ?」

 面倒事の嫌いなお頭らしく話題をむりやり変えて来た。

「この川の上流に仲間が待機して居るから、これから合流して、兄様が治めているらしい新生王国に向かう予定よ」

「そうか、それなら載せて行ってやらんでもないぞ」

 なんか、かなり上から目線?


 そう思ったのはあたしだけではなかった。

「なんだ、てめぇ。後から出て来やがって、何だその偉そうな上からの言い様はよお!」

 おお、ウェイドさん怒ってるわぁ。ww

 だが、お頭も負けてはいなかった。

「おい小僧、偉そうじゃあ無くて偉いんだよ。間違えるな」

 あははは、お頭も言うわぁ。

 でも、今はそんな事をしている暇はないのよねぇ。

「まあまあ、二人とも今は王国に急がなければならないんだから、喧嘩は後にして頂戴。それより、お頭さあ、さっき載せていくって言ってなかった?」

「おう、言ったぞ。おめー、もう聞いた事を忘れるようになったか?」

「いやいや、そんな訳ないじゃない。確認しているのよ。載せるって、何に載せるつもりなのよ?」

 あ、あからさまにふんぞり返ったぞ。何隠してるんだ?

「ふっふっふっ」

 あーあ、鼻の穴が膨らんでいるし。

「おめーも知って居るだろうがよ、あれだよ、あれ」

 そう言うと、お頭は自分の後ろを顎で指し示した。

 ここからじゃあ、何も見えない。あたしは、お頭の後方に向かって数歩足を踏み出した。

 すると、見た事のある巨体が姿を現わした。

 あ、あれって・・・。

 あたしは思いっ切り振り返って鼻の穴を膨らましているお頭を見た。

「あ、あれって、、、あれじゃない!!」

 突然の事に語彙が貧弱になってしまった。

「あれ、あの船よね。あの、空を飛べるやつ。あれを持って来たのぉ?」

「どうでい、気が利くだろうよww」

 うんうんうんうん、あたしは思いっ切り頭を上下に振った。

 だが、ポーリンはそうは思って居なかった。

「どうせ、誰ぞに言われたんやろ?」

「なっ・・・・・」

 憤慨するお頭の後ろからアンジェラさんがひょいと顔を出すと「あらぁ、ポーリンちゃん、ご名答w教授に持って行くように言われたんですよww」

「やっぱりねぇ」

 ジト目で見るポーリンの視線に耐え切れなくなったお頭は「時間がねーんだろ、先に行ってるぞ!」と言うが早いか、船に向かって駆け出して行った。


 こうして、あたし達は船上の人となったのだ。

 歩かなくて済むのは非常に助かった。


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