135.
あたし達は突然現れた子猫?の群れに気を取られていて、周囲の警戒を疎かにしていたのだろう。
不意に声を掛けられる迄、その接近にまったく気がつかなかったのだった。
「そいつら、腹が減ってんだよ」
不意に掛けられたその声に、あたしは心臓が口から飛び出してしまいそうだった。
恐る恐る振り返った目の前には、建物の陰から体を半分出した若い男性?が壁に寄りかかるように立って居た。
その手には、さっき見たのと同じようなつるつるで透明な壺が握られていた。
そして、なぜか身体はゆらゆらと妙な感じに揺れているようだった。
その男が現れてから、あの酔っ払い臭が一段と強くなった。こいつが匂いの元だったのか。
相変わらず、妙な霧のせいで顔は良く見えない。
敵なのか?味方なのか?剣に手を掛けたまま、相手の出方を見るしかなかった。
だが、その様子見も長くは続かなかった。
その男は建物に寄りかかったまま、ずるずるとへたりこんでしまったからだ、
「うぃ~・・・」
「「・・・・?」」
うい・・・?まさか、こいつ酔っ払っているの?
「姐さん?」
どうやら、ポーリンも同じ事を思っていたみたいで、なにか訴えかけたそうにあたしの方を見ている。
あたしは、意を決してその酔っ払いの男性の方へそっと近づいた。
「あ 姐さん、危ないで、やめときぃや。それに臭いやん、臭いが移るで」
そう言うと、あたしの後を追って来た。何だかんだ言ってもあたしが心配なのだろう。
男はへたり込む際にずるずると建物の向こう側に倒れ込んで行ったので、ここからは足先しか見えなかった。
静かに回り込んで行くと、その男は持っていた壺から何かを直接飲んでいるようだった。
「ぷはあぁ」と音をたてると同時に強烈な酔っ払いの臭いが漂って来てあたし達は顔をそむけた。中身はおそらく酒なのだろう。いや、間違いなく酒だ。
「姐さん、どないします?見られたんやから、始末しまっか?」
ポーリンが握りしめた剣がきらりと光った。
「いや、相手は酔っ払いよ。不必要な騒ぎは起こしたくないわ。時間もないし、このまま放置して先に進みましょう」
「はいな」
振り返るとポーリンは剣をしまって、さっさと先に歩き出した。よっぽど関わり合いになりたくなかったのだろうか。
まさに、そんな時だった。
「おい~、なあ~んでおめぇがここにいるんだぁ~うっぷ」
後方から間の抜けた声に呼び止められた。声の主はあの酔っ払いのようだが、あたしの事を知って居るような口ぶりに思わず立ち止まって振り返ってしまった。
ポーリンも訝し気な表情で振り返っている。
「誰や?」
ずりずりと建物の陰から這い出て来たその男に敵意はなさそうなので、恐る恐る近寄ってみる。
三メートル程の距離まで近寄った所で、再び衝撃のあまり二人とも全身が固まってしまった。
「こ こいつ、ウェイドさんとちゃうんか?」
ポーリンの声は、驚きのあまり裏返っていた。あたしは、声も無くただ目の前の酔っ払いを見つめるだけだった。
「なんで、みんなに心配させちゅうのに、こないな所で飲んだくれとんねん、こいつ?」
「・・・・さあ、なんでだろうね。とにかく、対象は見付かった事だし、長居は無用よ。直ぐにここから脱出するわよ」
とは言ったものの、このデカブツ、か弱い女の子二人でどうやって運べばいいんだ?
この状態じゃあ自分で歩けないだろうし、二人で肩を貸して歩かせるしかないんかな。
「姐さん、どないすん?うち、こないに臭いの運ぶのいやや。臭いが移るで?」
「そんな事言ったって、こんなじゃあ一人では歩けないよ」
「ほならさ、紐で縛って引きずっていけばいいんでね?」
あたしは思わずポーリンの顔をまじまじと見つめてしまった。そして・・・
「それ、、、、いいかもぉ」
顔を見合わせたあたし達は、にやっと悪い笑みを浮かべ、彼を見下ろした。
だが、こんな怖い相談をされているとも知らず、彼は呑気にいびきをかいて寝てしまっている。
決まりだわ。完全に寝込んだ大人の男性を運ぶ手段は、、、、引きずるしかない。
「手分けして、引っ張る為の紐を探しに行きましょう。時間が無いから急いでね」
「はいな」
そして、ポーリンはなにやら灰色で細い紐を探して来た。それは、表面が妙につるつるしていて、切断面の中央からは黄金色の金属光沢に輝く髪の毛みたいに細い紐?の束が見えていた。
その極細の金属光沢の束は、触ると妙に硬く、チクチクした。こんな紐は今迄見た事がなかった。
「ねぇ、この変な紐、どこから持って来たの?」
驚くあたしだったが、ポーリンはさも当然のように平然と答えた。
「えっ?ああ、これ?木の上から落ちて来たあのやかましい魔物いたやろ?あいつの尻尾をむしって来たんよ。なんか、良ぉないでっか?」
確かに長さもあるし、強度もありそだった。それに程良く柔らかくて縛るには最適かもしれない。
「そうね、良い感じだわ。流石ね。じゃあ、急いで足を縛りましょ。」
「へ~い」
あたし達はウェイドさんの足を揃えて足首の所で両足まとめて縛った。簡単に縛れた、縛れたのだが、、、、引っ張ってみると重い。重すぎる。
こいつ、何食べてこんなにでかくなったんだ?
二人がかりで必死に引っ張るが、重いのと足場が悪いのとで、ずりずりとほんの少しづつしか動かなかった。
そう、この辺りは一面が砂地だったので、足が踏ん張れなかったのだった。そのせいで疲労が半端なかった。
とにかく他人に見付かる訳にはいかないので、少しでも早くこの集落から離れなくてはならない。
奴が重いのと、足場が悪いのと、子猫達がポーリンの足元に纏わりつくので、疲労の割に距離は稼げなかったのだが、気がつくと濃霧からはかろうじて抜け出してはいた。
改めて振り返って見ると、濃霧は集落を包むように発生しているみたいにも見え、集落はすっぽりと濃霧の中に収まっていて、表からはその存在は認められなかった。
「だいぶ、集落から離れよったねぇ。誰にも見つからなくてよかったわぁ」
「ほんとねぇ、もう少し行くと灌木の集落みたいのがあるから、そこまで行ったら休もうね」
前方十メートル程の所に背の低い灌木の集落が見えたので、いったんそこの中に彼を隠して休むことにした。
もう、足はがくがくで、手も紐が食い込んでしまっていて、もう気力も体力も限界に近かった。
ポーリンも同じ考えみたく、黙って頷いていた。
その後、苦労してウェイドさんを灌木の茂みに隠したあたし達はその場に崩れ落ちてしまった。
疲労困憊で二人とももう動けなかった。
元気だったのは、ポーリンの足元でじゃれている子猫達だけだった。
周囲が暗くなって来た事もあってか、あたし達の意識は真っ直ぐに暗い闇の底に落ちていった。
どの位寝ていたのだろうか、いや、自分が起きているのか寝ているのかも分からない、なんかふわふわとした気持ちの良いそんな感じだった。
なにも考えられず、ぼーっとしていたら、不意に掛けられた野太い声で現実に引き戻された。
「なんでこんな所で寝てやがるんだ?襲われてもしらんぞ」