131.
さて、肉が焼けるまでの休憩という名目のお昼寝タイムから目覚めると、そこには四艘もの筏が用意されていた。
「いかだ?」
河原に突然現れた筏を呆然と見ていると、ジェームズさんに声を掛けられた。
「思った以上にワイバーンの肉の量が多かったので、筏に載せて持って行けるだけ持って行こうと思いましてね。急遽筏をこさえました」
「こさえたって、、、よくもこんな短時間に造れたものねぇ」
あたしでなくても、この光景を見たら驚くだろう。昼寝していたら突然四艘もの筏が河原に現れたんだから。
「いやいや、その前に周りがこんだけ騒がしかったら普通起きませんかねぇ・・・」
ボソッと呟きが聞こえた方を振り返ると、そこにはアウラが愛用のダガーで竹の枝を払っていた。
「うっ・・・」
確かにこんな騒ぎの中でも爆睡できる自分の図太さは、薄々気がついていたけどさぁ、しょうがないじゃん・・・。
「姐さん、起きたんやったら、肉包むの手伝ぉてもらえへん?」
ポーリンの方を見ると、なにやら巨大な葉っぱで肉を包み、細い蔦で縛っていた。
「焼けて、粗熱が取れた肉から、水がかかってもええ様にこの葉っぱで包んどるんよ。簡単やから頼んますわ」
「あ、、、ああ、わかった」
あたしは、ポーリンの近くに陣取って、見よう見まねで作業を始めた。簡単といわれちゃあやらない訳にもいかないもんね。
「この葉っぱはどうしたの?」
「ああ、これはアド達が集めてくれてるんや。ほら、手を止めんでや」
ポーリンも最近中々に厳しい。
黙々と作業を行った結果、夕方にはあらかたの肉は筏に積み込まれた。
だがまもなく日が暮れて来るので、夜間の川下りは危険であるとの事で、出発は明日の朝という事になった。またしても行程が一日遅れてしまった。
ゆっくり寝れるのはいいのだが、兄様の率いる新王国の事が心配だった。
夜も眠れない程に心配ではあるのだが、気がつくと夜が明けかかっていた。
当然の様にみんなは起き出して、出発の準備に余念が無かった。
「ああ、やっと起きて来た。もう出発しますよ」
アウラは走りながら声を掛けて来た。いったいいつ寝ているんだろうか?
「姐さん、寝すぎ。顔がぱんぱんに浮腫んでいる・・・」
んげっ。なんですってぇ・・・
クレアの情け容赦のない言葉が、心に突き刺さった。
傷心の乙女の心に、更に追い打ちを掛ける様に情け容赦のない言葉が投げかけられる。
「働けばむくみなんて取れますよ。まだ、若ければね・・・」
「・・・・・!!!!!」
情け容赦のない声の主は、次男のウェイドさんだった。
同じ様な顔をしているのに、なんでこんなに口が悪いのだろう。
「ちっ・・・」
「お嬢、舌打ちはお行儀が悪いですよ」
いつも冷静なアウラには傷ついた乙女の心が分からないのだろうか・・・・。
まあ、そんなこんなで、出発の準備は順調にすすんでいった。
筏に積んだ肉塊は転がらないように一個一個細い蔦で括り付けられた。
また、アドの提案で、四艘の筏を縦に長く繋いだ。
四艘がばらばらに下って行くよりも、纏めて大きくした方が安定するのだそうだ。
どこにそんな知識が詰まって居るのか実に謎だった。
出航後、みんなはそれぞれ竹竿を持ち、筏の前後左右に立ち、岸に乗り上げない様に竹竿で筏の動きを制御する事に専念した。
川の流れは、それほど激しくはなかったのだが、それでも筏は勝手に右に左にと頭を振りあたし達を困らせ、あたし達はその度に必死に竹竿を繰り出し操船に専念した。
だが、悪い事ばかりではなく、進む速度は山の尾根を歩くよりも圧倒的に早かったし、交代で休息を取る事も出来た。
夕方を迎える頃には次第に川幅も広がっていき、流れもゆっくりになって来た。
昨日と同じに夜間の川下りは危険なので、流れがよどんでいる入り江の様な場所を見付け、そこに筏を乗り入れちょっと太めの蔦で川岸に生えていた太めの木に縛り付けて、今夜はここで野営する事になった。
ジェームスさんが先に見張りに立つそうなので、あたし達はお言葉に甘えて先に休む事にした。
筏の揺れが絶妙に気持ちよく、あたしはすぐに眠りに落ちた。(どこでも、直ぐに寝るだろうがと突っ込むのは禁止だ)
何時間寝ただろう?不意に揺り起こされた。
「姐さん、姐さん、起きて下さい。なんかおかしいです」
声を掛けて来たのは、アウラだった。
もう、すっかり周囲は真っ暗で、月明りしかなくてあまり視界は良くなかったのだが、みんなが警戒している気配はなんとなくわかった。
四つん這いで、そっとアウラの方ににじり寄った。
「どうしたの?」
月明りのおかげで、ダガーを握りしめ、真剣に前方を睨んでいるアウラの顔がうっすらと見えた。
みんなも、四つん這いで川の中央の方を睨んでいる。
「何か・・・います。気を付けて下さい」
「どこ?どこに居るの?」
「水の中です。何か大きな物が動いています」
確かに、何かが筏の下を動いているのだろうか、筏が時々大きく不規則に上下している。
「なんなの?なにがいるの?」
思わず何でも知って居るであろうジェームズさんに聞いて見るが、いい返事は返って来なかった。
「分かりません。我々もこの海水の川に何が居るのかまでは把握してはおりません」
だよねぇ。
「この川って、転移門から流れ出てるんやろ?やったら、海の魚がおってもおかし ないって事なんやろか?」
「そうですね、それでもって転移門をくぐれる程度の大きさって事でしょうか?いや、海から上がって来ている事も考えられますから、もっと大きい可能性もあるかもしれませんね」
なんで、アドってこんなにも冷静に考えられるんだろう?見た目は子供、中身は大人って言われても、今ならあたし、信じるかも。
「なんか、ぐるぐる回ってるわよぉ」
メイが叫び声を上げた。
「見えるのぉ?」
「なんか三角のひれが水面に出ているよ。それで、ぐるぐる筏の前方を回ってるの」
「んー、確認出来るのは一匹 かなぁ?」
「まずいですね。そいつは、もしかしたら『ほおじろ』かもしれませんね。かなり凶暴なはずですが」
「アド、知って居るの?」
「いえ、以前古文書で見た記憶がある程度なんですが、海の王者と呼ばれるくらい気性が激しくて、強いみたいだったかと」
「ほ お じ ろ・・・だと?」
水面を見つめたまま固まったままのジェームズさんが、そう呟いた。微かに声が震えている気がした。
「ジェームズさん、知って居るの?」
「海に漁にでた漁師が度々襲われて船を沈められた話は聞いた事が・・・」
「人を・・・食べるの?」
「目の前にあれば、人でも何でも食べるらしいと・・・」
「そんなのが、この川に居るっていうの?」
到底信じられないと言うか、信じたくない話しだった。
「そんな奴、どうやって倒せばいいのよ?」
みんなが呆然としていると、アドが例によって冷静に指示を出して来た。
「アウラ姐さん、岸に上がって、竹を切って来て貰えますか?太さは握れる程度、長さは二メートル位」
「槍だな」
「はい、今思いつくのはそれくらいしかありません」
さすがのアドも緊張で表情が固い。
「わかった。メイ付いて来て」
「はーいっ」
二人は疾風の様に暗闇に消えて行った。
あたしは、アドの隣に擦り寄って行った。
「ねぇ、みんなを陸に上げた方が良くない?奴が襲ってきても、ここじゃ迎え撃てないでしょ?」
「それは、よした方がいいですね。あいつがグルグルしているのは、恐らくあたし達を獲物認定すべきか考えているんだと思います。今動いたら、そのタイミングで恐らくあいつも襲い掛かって来ますよ?」
「それじゃあ・・・」
「取り合えず、竹槍が来るのを待ちましょう。あいつも魔物でなく、ふつうの生物ですから、竹槍でも傷はつけられるでしょう。痛い目に合えば、逃げて行くのではないでしょうか?」
そんなんでいいのかな?でも、アドがそれでいいって言うんなら、従うしかないんだろうなぁ。
なんて考えていると、突然目の前を旋回していたひれが水没して見えなくなった。
来るのか?と、ドキドキしつつ剣を握りしめながら水面を見ていると、突然大きな水柱と共に巨大な影が水面を割って空に飛び出した。
あまりの事に、言葉が出ないって、まさにこの事だった。
空中に飛び出したその姿は、実にスマートでいかにも水中で速度が出そうな形をしていた。
全長は三メートルはあっただろうか、空中に居たのはほんの一瞬で、物凄い水しぶきと共に水中に消えていった。
その時あたし達大きく波打った水面に翻弄される筏の上で、ずぶ濡れになって転がってしまっていた。
幸い誰も筏から水の中に落下はしなかったが、クレアは短剣を落としてしまったらしく焦っていた。
「なんや、めっちゃ、おっきかったなぁ。なんや、あんなおっきいのがおるんか、この川には・・・」
髪の毛から塩水を滴らせながら、ポーリンが呟いた。
もちろん、あたしもあんなでっかい魚なんか見た事がなかったから、心底驚いていた。
「あんなのと戦うの?無理よぉ」
だが、こんな場面でもアドは冷静に観察していたらしかった。
「あいつ、飛び上った時、しっかりとこっちを見ていました。私達を組み易しとと思ったのなら、直ぐに来ますよ」
な なんて恐ろしい事言うのよ、この子わぁ。
でも、それが正解なんだなと、なんとなく納得してしまっているあたしが居た。
大きいけど、所詮魚なんだから、今度飛び上ってきたら、剣で斬りつけてやれば、撃退できるんじゃない?とあたしは考えていた。
そうでも思わないと、腰が抜けそうだって実情もあったのだが。
みんなでそれぞれの武器を構え奴の襲来を待ったが、、、、何故かすぐに襲っては来なかった。
「ねぇ、アド?なんですぐに襲って来ないのかしら?」
水面を凝視しながら、今一番答えを知りたい質問を我らが頭脳にしてみた。
なにか話していないと、本当に恐怖で腰が抜けそうだったのだ。
「そうですね、諦めたーなんて事はありえませんねぇ。恐らく、焦らしてあたし達が恐怖に怯えるのを楽しんでいるのではないでしょうか?」
「や ヤな事言わないでよぉぉ。あたし達をじわじわ追い込んでいるっていうの?たかが魚の分際で?」
「はい、魚の分際ではありますが、あの大きさと身体能力は事実ですからね。有り得ますよ」
どこまでも、他人事の様なアドだった。
何か対策を考えなくっちゃ。いい方法を‥‥って、そんなもん思いつく訳ないじゃああああんんんん。
「今、ぐるぐると泳ぐのを止めましたよ。現在、真っ直ぐこちらに正対していると思います。お楽しみの時間は終わったのでしょう」
「お楽しみって・・・」
アウラ達は、まだ帰って来ないし、あたしらでやるしかないか。
「みんな、それぞれ武器を持って自分の身を護って!くれぐれも、水には落ちない様に!あいつはあたしとジェームズさん達で叩く!」
もう、覚悟が決まったあたしに、迷いはなかった。
「さぁ来やがれっ、デカイだけの魚野郎っ!!」
あたしは、竜王剣を握りしめ中腰で構えた。
「姐さん」
静かな声で、アドが声を掛けて来た。
「なに?」
「あいつは、あれでも哺乳類でして、魚ではありませんので」
「あ???」
なによ、こんな時に。そんな事、今は些細な事じゃないのよ。
その時、すうーっとやつの尻尾が水面を割って、静かに水上にそそり立った。
くるかっ、とごくんと唾を飲んだその瞬間、水面を叩く物凄い水音と共に、奴の尻尾は水中に没し、代わりに凶悪な無数の牙が並んだ巨大な口があたし達の目に前に現れた。
見る物を圧倒する、その巨大な牙だらけの口は、まっすぐにあたしの方に向かって落下して来た。
あたしを狙って居ると分かった瞬間あたしは何も考えずに駆け出して居た。
そして・・・・
降って来る、奴の巨大な口に全力で斬りつけた。刺した方がよかったかと、一瞬思ったが、もう遅い、そのまま力任せに斬りつけた。
意外だったのは、確かに無数に並んだ歯は想像通り硬く、きっちりとはじかれたのだが、皮膚にはさくっと剣が通ったのだった。
なーんだ、歯を避けさえすれば、こいつ簡単に倒せるんじゃないか?あたしは、知らず知らずの内にニマッとしていたらしい。アドに叱られてしまった。
「姐さん、相手を舐めたらいけませんよ。まだ、どんな奥の手を隠し持っているのか知れないのですから」
「わかってるわよー」
あたしは、しっかり油断をしていたのだと、その後思い知らされる事となった。
皆様、のろのろ台風のせいで大変な思いをされている事と思います。
後少し、後少し耐えれば、きっとどこかへ行ってくれます。
それまで、がんばりましょう。
私も堤防の決壊に備えて、車の避難をさせなくてはなりません。
今日の投稿に支障が無くて、本当に良かったです。
皆様も、ご自分の命を第一に、早目の避難をご検討下さい。
台風が通り過ぎた後に、またお会いしましょう。