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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
130/188

130.

 月明りのおかげで足元を確かめながら歩けたので、思ったよりも歩きやすかった。

 まだまだ山の尾根は延々と続いていて、前方に平地は見えず、いつまで歩けばいいのかと思わずため息がでるが、夜行性の獣が居ないので、精神的には物凄く楽だった。

 

 東の空が白み始めた頃、ジェームズさんが仮眠を提案してきたので、日の昇るまで仮眠を取る事にし、生い茂った背の低い潅木の下に潜り込んで横になった。

 ジェームズさん達が交代で警戒をしてくれるそうなので、あたし達はお言葉に甘えて休ませてもらった。


 どの位寝たのだろうか?突然違和感を感じて目が醒めてしまった。

 目が醒めてから暫く呆然としていたのだが、不意に違和感の元に気が付いた。

「どうしました?」

 突然目を覚ましたあたしに気が付いたジェームズさんが声を掛けて来た。

「あたし、気がついちゃった。木の上の方で鳥が鳴いている。ここって、生き物が居ないはずよね?」

 近くの木の梢で何羽かの鳥がさえずっていたのに気がついたのだった。


「そうですね。渡り鳥の様に航続距離の長い鳥は時々やって来る事がありますね」


 ジェームズさんには、特に気にもならない様だった。

 あたしは、物凄い発見をしたかと思ってドキドキしていたのになぁ。


 そんな会話をしていると、みんなも次々と目を覚ましてきた。

 もう一度寝るか、いっその事このまま起きて歩き出すか迷っていると、次男のウェイドさんが小走りにやって来た。

「兄者、まずいぞ。上を見てくれ」

 みんな、反射的に上空を見上げた。

 その視界の中を何か黒い点の様な物が近づいて来るのが見えた。

 一 二 三 四  四つの飛行物体?


「あれは・・・もしかして竜?竜なの?」

「いえ、あれはワイバーンですね。これから平地に降りて狩りをするのでしょう」

「えっ?狩りって言っても獲物なんていないじゃない?」

「おりますよ。大勢」

「そんなのどこに・・・・って、まさか人?人を狙って居るの?」

「はい、大変申し訳ありませんが、私達はここで奴らをくい止めますのでシャルロッテ殿達は、お先に行って下さい。やるぞ!!」


 ジェームズさんの掛け声で、ウェイドさんが親指と人差し指で輪を作り口に入れると、思いっ切り息を吐いた。

 そのとたん、甲高い音が山に響き渡った。指笛だ。

 ジェームズさんとウェイドさんは繰り返し指笛を鳴らしながら走り出している。

 彼らの指笛が届いたのだろう、一旦通り過ぎて行った先頭のワイバーンがゆっくりと右に旋回を始めている。


 あたし達は何をすべきか・・・無論考えるまでも無かった。

 あたし達はそれぞれ自分の武器を手に取り、彼らの後を追って駆け出していた。

 黙って見ているなんていう選択肢は、あたし達にはなかった。


 とは言え、空を飛ぶ相手に対してこれといった有効策を持たないあたし達だった。

「ねぇ、どうしようか?」

 走りながら斜め後ろを走る我らが知恵袋、アドにお伺いを立てていると、その返事より先に、前を走って居るポーリンが反応してきた。

「そんなの簡単やないの!うちと姐さんの必殺技でワイバーンなんて、イチコロに決まってるやんww」

 ポーリンは、自分の愛剣を振り回しながら自信満々だったが、アドは思案気だった。

「そんなにうまくいくのかしら?」と、ぼそっと呟くのが聞こえたが、ポーリンは全く気にもしていない様だった。

 

「姐さ~ん、この辺からなら狙撃出来るんとちゃいまっか?一度やってみいひん?」」

 確かに上空では、三頭のワイバーンがゆっくりと旋回している。

 まぁここで悩んでいてもしょうがないから、やるだけやってみるか。

 あたしも、ポーリンの隣で足を止め、あたしの愛剣”竜王剣”をすらりと鞘から抜いてから腰を落としワイバーンに向かって構えた。


 アドがクレアに何か耳打ちしているのが視界の端に見えたが、今はワイバーンに集中だ。

「あたしが左の奴を狙うから、ポーリンは右の奴をお願い!」

「まかしときぃっ!」


 威勢のいい声が返って来たが、すぐに妙な声も返って来た。

「あれえええぇぇぇぇ!?」

 あたしもその時、変な声を漏らしていた。

「うへええぇぇぇ???」


 反射的にポーリンを見ると、情けない声を出しながら、こっちを見ている。

 その時のあたしは、何故ポーリンがそんな変な顔をしているのかが瞬時にわかったのだ。

 きっとポーリンもあたしと同じで、気が練れないのだろう。

 いつも通り剣を構え、気を剣の切っ先に溜めようと集中したのだが、気が集まって来ないのだ。まったく何の反応も無かった。

 いったいどうした事かとポーリンを見るが、彼女も困惑して両肩をすくめている。あたしと同じなのだろう。


「これは・・・どういう事・・・?」

 呆然と呟くと、アドが首を横に振りながら教えてくれた。何故必殺技が使えないのか。


「姐さん。旅立つ際、竜さんに何を言われたのか覚えていますか?」

 突然、なに?

「えーっと、何か言われたっけ?」

 アドは頭が痛いとばかりに、こめかみを指で揉んでいる。

「そうだろうとは思っていましたよ。姐さんはちょっと有利になると直ぐに天狗になって他人の話を聞かないという悪い癖があります。今後は気を付けて頂けると助かるのですが」

「わかった、わかった。あたしが悪かった。悪かったから、何で気が練れないのか教えて頂戴」

 はぁ、と大きく溜息を吐くと、アドは語り出した。

「そもそも、そんな必殺技なんて反則技は使えなくて当たり前なんですよ。そんなモノに頼らずにご自分の力で切り抜けてくださいよ」

「ほなかて、今まで使えていたやん」

 ポーリンも納得がいかない様だった。

「竜さんはしっかりと仰られましたよ。もう使えないって」

「!!! うそ、聞いて無いわよ?」

「!!! うちも聞いとらへんでぇ」

「いいえ、しっかりと仰られました。竜王様は新大陸を保持するので手一杯なので、今後は手助け出来ないので、自分達で頑張ってくれと」

「それって・・・」

「今まで気を練る事が出来たのは、竜脈の力を拝借していたからであって、それが頼れなくなった今、自前の力で解決するしかないって事なんですよ。お分かりですか?」

「それなら、もっと早く言ってくれれば・・・」

「良く考えれば分る事ですよ。もっと頭を使って考える様にして下さい。ボケますよ」

 がーーーーん。ハッキリ言われてしまった。だけどアドってこんなにハッキリ言う子だった?もしかして性格変わった?


「クレア、いい?」

「はい、準備OKです」

 クレアは、両手に短剣を持って腰をかがめていた。何をするんだ?


「これからクレアが音を立てながら尾根を走ります。おそらくワイバーンはクレアに向かって行くでしょう。その一瞬を狙うのです。飛んでいる相手には、地上に降りて来て貰わねば太刀打ちできません。いいですか?奴らがクレアに届く前に叩くんです。一瞬で決まりますよ。さぁ、クレア走って!」


 その途端、クレアは短剣を打ち鳴らしながら走り出した。

 あたし達は、心の準備が出来ていなかったが、そんな事を言っている場合ではなかった。このままでは、クレアが八つ裂きにされてしまう。

 あたしはポーリンと目を合わせると一緒に走り出した。


 先頭のワイバーンはクレアに気がついたみたいで、一直線に急降下して来た。

 ワイバーンの鋭い足の爪がクレアに届くより一瞬早く、メイの投擲した円月輪が楕円軌道を描きワイバーンの太い脚に命中した。

 だが、円月輪は鱗に覆われたワイバーンの脚をになんらダメージを与える事もなく跳ね返されてしまった。

 ビックリしたワイバーンは、一旦急上昇をして上空で再び旋回を始めた。

 旋回をしながらも、しっかりこちらを睨んでいる。あれは、絶対に怒っている。餌を見る目付きじゃあない。それだけは分る。

 しっかりと怒りだけは買ってしまった。まぁ、それでこちらに集中してくれれば目的は半分果たせたのだが・・・。


 さあて、どうしよう。メイの円月輪は歯が立たなかったし、あの脚の皮の厚さじゃああたしの剣でも効果があるか怪しかった。

 だとすると、ここはやっぱり正々堂々と後ろから・・・だな。


「ポーリン、あたし木に登るからあいつを徴発して!」

 そう声を掛けたのだったが、ポーリンさん、なんか悪い顔をしてこちらに振り返ってニヤリと笑った。

「そういうのは、うちの方が身軽やし若いし得意でっせぇ~ww姐さん、あいつの注意を引いたってぇやぁ」

 そう言うと、するすると木に登って行った。ホント、器用だわ。まるで猿ね。


 こうなったら仕方が無い、目一杯あいつらにラブコールしてやろうじゃあないの。

 あたしとメイは、剣を振り回しながらポーリンの登った木の方に寄って行き大きな声で騒いで奴を挑発した。


 ワイバーンって、意外と単純な性格をしているのか、すぐに一頭が挑発に乗って急降下して来た。

 来るぞ、来るぞ、来るぞ、と身構えていたが、何故かあいつ、メイの方じゃなくて真っ直ぐにあたしの方に突っ込んで来た。

 なんで、あたし?

 なんて考えている間も無く、あのぶっとい脚はすぐ目の前だ。

 あたしは、思いっ切り剣を足の裏に突き立てた。

「おっ、重いっ!!」

 剣は脚には刺さらず、鱗の表面で防がれてしまい、そのまま物凄い圧で押し潰されそうになった。なんて堅い皮膚なんだ!


 その瞬間、掛け声と共にポーリンが宙に舞っていた。

「いやああああああぁぁぁぁっ!!」

 次の瞬間、ポーリンの剣は見事に奴の左目を貫いていた。

 奴が痛みに悶え地面に転がり、バタバタとのたうち回っているその瞬間にアウラが自前のダガーを反対側の目に突き立てていた。


 さすがの空の王者も、両目をやられてはなす術も無く、巨大な叫び声を上げながら、斜面を転がり落ちて行った。

「やったの  か?」

 呆然と、転がり落ちて行くワイバーンを見下ろしていると、突如後ろから突き飛ばされた。

 ゴロゴロと地面を転がったあたしの視界の端を再び上昇して行くワイバーンが横切って行った。

「なん・・・・」

 草むらから頭を出すと、一頭のワイバーンが上昇して行くのが見えた。

 どうやら、ぼーっと谷に転がり落ちて行くワイバーンを見ていたあたしを獲物認定した他のワイバーンが、あたしに突っ込んで行くのを見たポーリンがあたしを突き飛ばしてくれたおかげで、ぎりぎり奴の爪に捕まらないですんだようだった。


 少し離れた草むらの中からひょこっと頭をだしたポーリンと目が合った。

 なんかおかしくて、二人とも腹を抱えて笑ってしまった。


「二人とも、まだ二頭残っているんですよ、ポーリン、又木に登ってくださるかしら?」

「承知!」

 アウラに声を掛けられたポーリンはすかさずするすると木に登って行った。やはり猿だな。


「さぁ、お嬢ももう一度迎え撃ちますよ。どうやら。あいつらお嬢がお気に入りみたいなので、しっかり引き付けてくださいね!」

 なんて事言うんだよ、アウラわっ。あんなのにもてても嬉しくないんだからなぁ。


 だが、アウラの言う通りで、上空で旋回していた二頭のワイバーンは、身を翻すと一気にあたしの方に急降下して来た。

 あの巨大な脚が再びあたしの視界一杯に広がって行く。

 ああ、そうか。こいつら頭からは突っ込んで来ないんだ。一旦脚で捕まえようとするから、一瞬頭が無防備になるんだな。

 などと冷静に観察して居る自分が居て、その事にことさら驚いてしまった。


 強大な圧に耐えていると、再びポーリンが宙に舞って、次の瞬間ワイバーンは片目を失っていた。

 だが、こいつは地面を転がらず、そのまま飛び上がって行った。目から大量の血を撒き散らしながら。

 残りの一頭は突撃を断念したのか、早々に上空に上がって行ってしまった。

 そして、二頭で上空を何回か旋回した後、やって来た南部の山脈の方に帰って行った。


「はっ、もう一頭は?」

 周りを見回すと、残りの一頭は、ジェームズさん達が草むらの中で止めを刺しているのが見えた。

 残りの一頭の所在を確認すると、緊張の糸が切れたみたいにあたしは地面にへたり込んでしまった。


「やったんだ。あたし達でワイバーンを倒せたんだ。追い返せたんだ」

 へたり込んでいると、ジェームズさんに声を掛けられた。

「シャルロッテ殿、さすがですな、あのワイバーンを倒すとは・・・正直驚きました」

「えへへ」

 なんか、まだ実感がなかった。そりゃあそうか、あたしは囮になっただけで、実際に倒したのはポーリンとアウラだったんだからね。そもそもあたしが自慢すべき事ではなかったのだ。


「四頭のワイバーンに襲われて、二頭を退治。一頭を重症。こちらは無傷、大したものですよ、本当に」

「そうだな、近衛兵百人以上に匹敵する戦力って事になるのか?凄い事だよ。アナ様が頼りになさるのも当然って事だな」


 二人に思った以上に褒めちぎられて、とっても恥ずかしかった。


 ここで、ジェームズさんに提案されて、暫くここに留まる事になった。

 ワイバーンはこの大陸では貴重なたんぱく源なので、干し肉にして持って行きたいそうだ。

 と言っても、大したことは出来ないので、肉を切り分けて、焚火で燻すだけ。味付けはこの谷間を流れている海水による塩味だけだそうだが、かなり美味しいそうだ。

 作業は谷底で行うのであたし達は、谷底に降りて行った。

 丁度河原にあたし達が倒したワイバーンが瀕死の状態で転がって居たので好都合だった。

 みんなで肉を切り分けて、流れている海水で洗い、焚火で燻製にしていく単調な作業だった。

 辺り一面に、肉の焼けるいい匂いが充満してきたが、肉食の獣が居ないので気が楽だった。


 切り出しが終わったら、火の番をジェームズさん達にお任せして、あたし達は休憩タイムに入ったのだが

 なんだかんだで、肉の切り出しが終わる頃にはいつの間にか日暮れ時となっていたので、今日は燻製肉を作りながらここで野営をする事になった。


 なかなか前に進めないが、今回の働きは新王国にワイバーンが行く事を防げたので、被害が出ずにすんで良かったと思う事にした。


 だが、一番威力があり、長距離攻撃が出来る反則技とも言われた必殺技が使えなくなったのは痛かった。

 今持っている武器だけで、今後乗り切らないとならないのは、いささか荷が重かった。

 とは言え、みんなは最初からそんなものは持って居なかいのだから、贅沢なんだと言われればその通りなのだが・・・。



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