129.
やっとの事でアナ様の元に辿り着けたあたし達だったのだが、再会を喜ぶ暇もなく、夕方にはパレス・ブランを追い出されてしまった。
本当は、即刻出て行って欲しいのだそうだったが、隠れ里の存在が発覚する恐れがあるとかで、渋々視界が悪くなる夕方まで猶予を貰ったという訳だった。
だが、何をしろとの具体的な指示は無く、指示を仰ぐと「何のためにその頭がついているんだ、中は空っぽなのか?その位自分で考えろ」だそうだった。
考えろって言われても、右も左も分からないこの状況で、何をしろっていうのよ!と激オコ状態で歩いていたのだが、不思議な事にみんなはさほど怒っている感じではない様だった。
パレス・ブランを出たあたし達は、アウラを先頭に再び山道に出て、北に向けて稜線伝いに尾根を下って行った。
あたし達の最初の目的は水の確保だった。
本来、飲料水を求めるのであれば、谷を歩くのが手っ取り早いのだが、アドの提案により尾根を下って居た。
慣れない山道に加え、辺りは月明りしかないほぼ暗闇なので、足場の悪い谷は危険だと判断したのだ。
多少は水の保有もあるので、陽が昇るまでは尾根の方が安全であるとの意見に全員が賛同して、月明りの中、尾根を下っていた。
あたし達のパーティはポーリン達五人とアウラとあたし、いつもの七人だった。
それに、護衛と言うか、道案内としてジェームズさん達三兄弟が同道してくれていた。
だが、同道しているだけで、なにか意見を言ってくれる訳もなく、ただただ脇を歩いて居るだけだった。
これからどうするかは、夜道を彷徨いつつ話し合いをしながら決めなくてはならなかった。
唯一の救いは、夜行性の獣が居ない事だったが、そんな事は今のあたし達には気休め程度にしかならなかった。
暫く歩いて行く内に夜目も効いて来てだいぶ歩きやすくなってきた。
そんな時、腹減らしミリーが突然声を上げた。
「水 水の音 する・・・」
「えっ?どの方向?」
みんなミリーに注目した。
「んーとねぇ、あっち。あっちの方」
みんながミリーが指差す方向に耳を傾け神経を集中したのだが、誰の耳にも、もちろんあたしの耳にも水の音は聞こえてこなかった。
「本当に聞こえたの?」
思わず聞き返したのだが、ミリーは引き下がらなかった。
「聞こえてるもん・・・」
「アド?どうする?」
ミリーを信じない訳ではないのだが、アドに意見を求めてみた。
だが、返事は意外な所から返って来た。
「ここは先を急ぐべきですな。寄り道をするべきではない」
それは、それまで一言も発せずに影の様に寄り添っていた、三兄弟の長、ジェームズさんだった。
「それは、どういう意味なのでしょう?」
ちょっとムッとしたので、きつい言い方になってしまったが、今は気にしない事にする。
「夜間、谷に降りるのは危険が伴いますし、なにより行く意味がありません」
むっとしたポーリンも割って入って来た。
"「それ、どういう事なん
?なして意味がないって決め付けるんや!」"
「「そうよ、そうよ」」
みんなの反感を買ってしまい、気まずそうなジェームズさんだったが、さらに言葉を続けて来た。
「行っても意味が無いんですよ。どうせ行っても、あの川の水は飲めないんですから」
ほとんど投げやりの様にとんでもない事を言って来た。
「飲めない?川の水が飲めない?毒でも入ってるとでも言うつもりなの?」
「いえ、毒ではないのですが・・・その・・・」
「兄者!もういいから、はっきり言ってやれよ。あの川の水源は転移門だって」
「「「「「「「!!!!」」」」」」」
「どういう・・・どういう事なの?転移門が水源ですって?」
「お声を小さく願います。どういう事と言われましても、この事はもう五十年も前から周知の事実でございますれば」
その一言で、あたしだけでなく、みんなの足が停止してしまった。
そして,みんなの視線は我らが頭脳、アドに集中していた。
アドもさぞや驚いているものとおもっていたが、静かにうんうんと頷いて居た。
彼女の中では納得出来たのだろうか?
「ア アド?」
恐る恐る声を掛けて見たのだが、あたしの声に振り返った彼女の顔は何故か笑顔だった。
「ああ、姐さん。一瞬驚きましたが、良く考えてみれば当然の事でした。そんなに驚く事もなかったなとww」
「そうなの?当然の事なの?」
「はい、そうですよ。みんなが転移門でこちらに転移して来ているのですから、海中に沈んだ後もこちらに向けて転移門が活動を続けて海水を転移し続けていても不思議ではないのかと。ただ、水没しても稼働を続けられるタフさには驚きましたがねww」
そうなの?そうなんだ?ビックリしてたのは、あたしだけ?
その事に、あたしはビックリしてしまっていた。
「そっかぁ、あのまま水没してからも、海水を送り続けていたって事なんやね。なるほどな・・・」
ポーリンも納得がいったみたいだった。
「ねえねえ、だったら海のお魚もこっちに来ているって事?川に行けば、海のお魚さん食べられるのかなぁ?」
そう、そんな事を考えるのは只ひとり、食いしん坊ミリーだった。
「そうだね、水は飲めないけど、確かに魚は獲れるね。時間があったら挑戦してみるのもいいかもしれないね」
優しくそう答えたのは、、、、確か三男のボッシュさんだった。
「時間があったら?今は?今は駄目なの?」
食べ物にありつけないと直ぐにテンションがダダ下がりするのは、いつも通りのミリーだった。
「今はあかんよ、任務があるやろ?時間があらへんから、魚取りはそれが終わってからや」
「任務?海の魚よりも大事なの?」
ミリーはもう泣きそうだった。
「大事やねん。なに聞いておったんや?今は大急ぎで新生された王国に向かうのが一番の任務やろ?少しは頭使い」
ポーリンに強く言われたミリーは地べたに座り込んでしまった。目には大粒の涙を浮かべて、もうどうしようもない状況だった。
「お嬢、やはりミリーは置いて来るべきでしたかね?完全にお荷物ですよ?この先どうします?」
今一番言って欲しくない言葉だった。
あたしだって、どうしたらいいか困ってるんだから、そう責めないで欲しいわ。
でも、いつまでもこうしても居られない。決断するなら、早ければ早い方がいい。
あたしは、意を決してミリーに話し掛けた。
「ねぇ、ミリー。あなた、どうしたいの?あたし達と一緒に行く?それともここに残る?あなたに決めさせてあげるわ」
さすがに、ここまではっきりと言われたら鈍いミリーでも自分の置かれている立場が理解出来るだろうと思ったのだが、彼女の反応はあたしの想像の遥か斜め上を行っていた。
きょとんとした後、急にニコッと微笑んだ。
そして、くるっと向きを変えたと思ったら、あたし達の歩いて来た尾根を逸れて斜面を墜落するかの様に下って行ったのだ。
なにが起こったのか瞬時に理解出来ずに、呆然としていると、下って行った暗い斜面の方からミリーの明るい声が響いて来た。
「先に行ってるねー。お魚さんいっぱい獲ったら、先に進もうねぇ~」
「え えーと、あの子の思考回路、どうなってるの かな?あたし、理解が追い付かないのだけど?」
彼女が下って行った真っ暗な斜面を見つめながら、あたしは呆然とするよりなかった。
「あの子、食欲が服を着ているみたいなものだから、私達の常識は通用しませんわねぇ」
困った様にアドが呟いた。
だけど、本当に困っているのはあたしの方だった。
ほんとうにどうしたらいいのか思案していると、アドが冷静に話し掛けて来た。
「姐さん、ここは先に進むべきです。幸い危険な生き物もおりませんし、なにかあっても自業自得です」
なにやら、ニヤニヤしている様に見えるのは気のせいなのだろうか。
「さあ、お嬢出発しましょう」
アウラもニヤニヤしながら言って来る。
「そやな、ここは先を急ぐべきやな」
ポーリンまで含み笑いをしている。なぜ?みんな心配じゃないの?
だが、なぜみんなが心配していないのか、その訳がすぐにわかった。
それは再び、アウラが先頭になって歩き始めたその時だった。
何気に後ろを振り返ったあたしはボッシュさんが居ないのに気が付いた。
ハッとしてジェームズさんを見ると、彼もニヤニヤしていたのだった。
「あいつは、ミリー嬢に付き添うそうです。ミリー嬢も気が済んだら一緒に追いかけて来るでしょう」
その瞬間、あたしはみんながニヤニヤしている訳がわかった気がした。
そうだったんだ。ボッシュさん・・・気が付かなかった。
みんなは、こうなる事がわかっていたから心配していなかったんだ。
あたしは・・・やっぱり鈍いのかなぁ。
何となく落ち込みそうだったが、プライドがあるので、無理して元気に歩いた。