126.
アナ様は、正式にはアナスタシア・ド・リンデンバームと仰られて、聖女様であるエレノア様の双子の妹であり、今回の騒動が起こるまではあたしの護衛対象でもあった。
さらに、アナ様には『竜殺し』とか『熊殺し』とか有り難くないあだ名が付けられて居るのだが、けっして熊みたいにごっつい訳でなく、本人はとても華奢でチャーミングな女性なのだ。
なぜその様なあだ名が付けられたのかは、定かではないが、悪意を持って近づくと不幸に見舞われとんでもない事になるのが原因らしい。
ちなみにあたしの父は、我が祖国シュトラウス大公国大公において、リンクシュタット侯爵家という大貴族の当主であり、聖騎士団団長兼国軍総指揮官という国政にも係る地位に就いて居ました。
その関係で、姉のジェーンは聖女でもあるエレノア様の護衛を、そしてあたしはエレノア様の双子の妹君であるアナスタシア様の護衛兼お世話係としてアナ様の御住いでもあるベルクヴェルクの修道院でその任に付いて居たのだが、祖国が水の底に沈んでしまった為、現在の様な状況になってしまっている。
当然、国がどうなっているのか、聖女様やアナ様の現在も心配ではあるが、両親、二人の兄、姉の消息もまったく知れていないので、情報が欲しかった。
それに加え、大勢の国民が五十年前の世界へ転移してしまったらしいという訳の判らない状況も起こっており、とにかく情報を集める為に、今出来る事をしようとアナ様に会う為にここに来たのだった。
今、あたしに抱きついて号泣なされているお方が、聖女様の妹君であらせられるアナスタシア様で、はぐれてしまったあたしの護衛対象だ。
多くの国民と一緒に五十年前の世界へと飛ばされてしまい。現在は双子の姉エレノア様より五十歳も年上になってしまった姉さん妹?だ。
このままでは話が進まないので、一旦宮殿の中に戻り、状況を聞く事になった。
そんなこんなで、今は宮殿の一室でアナ様とマーガレットさん、あたしとアドラーとアウラの五人がテーブルを挟んで座って居る。
それぞれの目の前には、お茶の入ったカップが置かれている。
こうして落ち着いて向かい合って思ったのだけど、アナ様って転移してから五十年も経って居るはずなのに、以前とほとんど変わらないのはなぜなんだろう?
ともすれば、マーガレットさんの方が年上に見えない事もないのでは?
などと思っていたら、マーガレットさんに睨まれてしまった。
やべっ、なんでわかったんだ?
焦って居ると、アナ様がおもむろに口を開いた。
「聞きたい事も多々あると思いますが、今は時間がありません。要点をかいつまんでお話し致します」
そこで、マーガレットさんが立ち上がった。
「ここからは私が説明する。疑問点はその都度質問してかまわない」
嘘つけ!どうせ質問したら睨むんだろうに・・・。
アナ様はかいつまんでと仰ったが、ここから長い話が始まった。
「まず、アナ様を含む初代移民がこの新大陸に転移してこられてから今年で五十年になるのだ。そしてお前達が今ここにやって来た。驚いた事にその姿はアナ様からお聞きした転移前の姿だった。その事から導き出した答えは、我々が五十年前の世界に転移したかもしくは、お前達が五十年後に転移して来たのかのどちらかであろうと言う事に落ち着いた」
その都度質問してかまわないと言われたけど、話しが大きすぎて話しの流れに乗れない・・・。
だが、アドはそんな事はない様だった。
「通常、違う時間軸に生活している者同士が出会うなんて事は有り得ない事だと思うのですが」
話の内容を理解出来ているのか、堂々と質問している。
「ほほう、お前若いのに聡いの。その通りだ、この五十年間転移の事については研究を続けていた。だが、まったく解明出来なかったのだよ。解ったのは、なんらかの非常識な力が強制介入したのが原因であろうという事だけだ」
「ふんふん、なるほど。皆さんは転移門の力で転移されて来た。だが、我々七人は全く別の非常識な力で跳ばされて来たのです。全く違う力が働いた為、時間軸が歪んでしまってこの様な現象が起きてしまったと・・・」
「そういう事だったのか。それなら納得も出来るか。だが、実際問題として、今こうして生きているこの時間帯は、お前達目線での現代なのか、それとも転移して五十年経った我々の世界になるのか、判別し難いと言う事だな」
うんうんとアドは頷いている。しっかり理解出来ているみたいだ。
「時間軸については、ここで四の五の言っても仕方が無いから、先に進もう。西、中央、東の三か所の転移門から国民はこの新大陸に転移して来たのだが、国王を中心とした勢力は転移して来た大陸北西部に新国家を立ち上げようとしたのだ」
アナ様は黙ってニコニコと聞いて居る。
マーガレットさんの話しは次第に熱を帯びて来る。
「中央の転移門は山の裾野にあり、暫くは転移門の周囲で生活していた人々も食料が得られないので、食料を求めてみな西の転移門の方に移動して行って、ここにはアナ様を中心とした人々だけが残り、この隠れ集落を創り『新パレス・ブラン』とした」
「なんで食料が無いの?普通山岳地帯だと食糧が豊富なのでは?」
思わず話に入ってしまった。
「今まで散々歩いて来て、何も気が付かなかったのか?お前は馬鹿なのか?」
うっ・・・。
「まあまあ、王女様に馬鹿は失礼ですよ、マーガレットさん」
アナ様が助けに入って下さったが、、、又出た、王女様?
「失礼しました、馬鹿なもので・・・つい」
をいをい、謝罪になってないぞ。
だが、そこをスルーしてアウラが発言をした。
「どこにも動物はおろか、鳥すらも見ませんでしたね、異様な風景の森でした」
「そうなんだ、理由は判らないのだが、この大陸には動物の類が全くいないのだ。だから民は海鮮物を求めて西の転移門を中心に造られている新国家に合流して行ったのだ」
「なるほど・・・」
「東の転移門はサリチアの民が中心に転移して来ており、海も近い事もありマイヤー将軍を中心に大陸北東部で巨大な要塞を構築して一大勢力となっている」
「マイヤー兄さんが・・・」
マイヤー兄さん、ご無事だったんだ。良かったぁ。
「問題は各転移門に分かれて転移した避難民の中に居たカーン伯爵の一派だ。それぞれの集落で馴染めず、やがて出て行ったのだ」
「どちらに行かれたのです?」
アウラの目がキラキラしているのは気のせいなのだろうか?
「まるで申し合わせたかの様に東西及び中央の集落から出て行った一派は大陸北部中央にあるそこそこ大きな山岳地帯に立て籠もったのだよ」
「でも、各集落で悪さをされるよりも、ゴミは一か所に集めた方が管理がし易くて良いのではないですか?」
なんか、アウラが生き生きしているのは・・・気のせいじゃあないわよね。
「ははは、まるで大ばば様の様な事を言うな。まさにその通りなんだが、色々と問題があってなぁ」
マーガレットさんの黄色いツインテールが笑うたびに大きく跳ねているのが可愛かった。いつも、こうして笑っていればいいのになぁ。
「人口比率はな、新王国が二十だとすると、マイヤー様の要塞が七、カーン派は四となっている」
「あらぁ、あいつら意外と少ないのね。これなら心配ないわね」
あたしがポロっとそう言うと、又マーガレットさんに睨まれてしまった。え?あたし変な事言った?
苦虫を潰した様な顔のマーガレットさんが、重々しく口を開いた。
「あんたは・・・どうして、そうノー天気なのかしらね。もっと考えてから口を開きなさい」
どうも、メアリーさんといいマーガレットさんといい、この一族とは相性が悪いらしい。
「もしかして、戦闘員の比率・・・ですか?」
「ほう・・・お前、さすがだな。なかなか頭が切れるようだ」
アドの発言に、険しかったマーガレットさんの機嫌が良くなった気がした。
「そうなんだよ。戦闘に参加出来る人間の比率は、新王国で約五%、東部要塞が十%、カーン派は八十%以上だ。推定だがな」
「カーン派は、軍属が中心って事なのですね?転移前の軍がそのまま集まったと・・・」
「そういう事だ。まさに戦う集団なのだ。それに対して、東西の拠点は一般の領民が中心だから、大多数が農民なのだ。人数が多くてもとても戦いには適さない」
「なるほど・・・。それで奴らはやりたい放題なのですか」
「うむ、ひんぱんに食料を求めて集落を襲いに来るので困っている」
なるほど。それだったらあたしにもいい考えがあるわ。そう思い意気揚々と発言をした。
「でしたら、彼らと話し合いをして食料を融通してあげれば、襲われる事は・・・」
なに?なに?なんで又睨まれるの?あたし、なんか変な事言った?
焦っていると、マーガレットさんはアドを見て質問を投げかけた。
「お前は、分るか?今の発言がいかに甘いか?」
いきなり話を振られてアドも焦っているかと思ったが、何故か平然と答えだした。
「そうですね、女性問題・・・でしょうか?あちらが兵隊の集まりなのでしたら、当然女性が不足しているのかと。それで食料と一緒に女性も調達しているのでは?」
その答えを聞いたマーガレットさんはニヤリとした。
「やはり、お主は聡いな。その通りだよ。奴ら、頻繁に新王国と東部要塞にちょっかいを出して来て、食料と女をさらっていくんだ」
「対応はしていないのですか?」
「むろん、防衛はしているが、しょせん素人と職業軍人では話にならない。被害が増大していく一方だったのだ」
「だった?今は違うので?」
だめだ、話しに入っていけない。当然だが、アドの独壇場になっている。
「そこで、我々の出番なのだ。この隠れ集落の戦闘員比率は八十%以上なのだ。みんな、アナ様から戦闘訓練を受けて、いまや立派な戦闘集団になっている。とはいえ、如何せんそもそもの人口が少ないので表立った行動は出来ないので、少人数に別れて奴らの行動を妨害しているのが実情だ」
腕組みをして考え込んでいたアドがぱっと顔を上げた。
「それで戦う為の隠れ里『新パレス・ブラン』なのですね。納得です。それで、私達もその嫌がらせに参加すれば宜しいのですね」
「そう言う事だ。そういう事にしか役に立たない人材も居る様だしな」
そこで、不意にアドがあたしの方を向いた。
「良かったですね、姐さん。みんなのお役に立てそうですよ」
「お おま・・・」
あたしが絶句していると、アナ様が口を開いた。
「そんな訳でして、ご協力お願い出来ないでしょうか?敵も用心深くなってきており、我々も苦戦を強いられてきているのです。被害も増大しておりますし、ロッテ様が参加してくださると心強いのですが」
「畏れながら、そんなに下手に出る事は御座いません。やれ!と命令なされれば良いのです。王女だからと特別扱いは必要ないと考えます」
なんでそんなにあたしに強くあたるのよ!
って、そんな事は置いといて、今はっきりしなくてはならない事があった。
「あのっ、なんであたしが王女なのです?ちゃんと王族の方々も転移して来られているでしょ?あたしは、たかが国軍司令官の娘に過ぎません」
すると、アナ様とマーガレットさんはお互いに顔を見合わせて複雑そうな顔をしている。なんで?そんなに難しい事聞いた?
「アナ様、王族の方々はもうおりません」
「はっ!?」
「こちらに転移されて来て間もない頃、まだ新王国も十分に機能しておらず、連日奴らに襲撃されておりました。それで嫌気がさしたのでしょう、王族の皆さんは下男に金銀財宝を背負わせて、夜中に逃げ出したのです」
「な なんて事・・・それで王族の皆様は・・・」
「当然、奴らに見付かってしまい・・・」
「皆殺しだよ、皆殺し!当然、金銀財宝も持って行かれたさ」
マーガレットさん、、、、怖い顔している。
「じ じゃあ、今の王国は?国王は?」
大きく深呼吸をするとアナ様がじっとあたしの目を見つめながら衝撃的な事を語り出した。
それはそれは、衝撃的だった。
「王国は、王族が居なくなりました。ゆえに最高位におわしますリンクシュタット侯爵家当主様が国王の座に就かれたのです」
「聖騎士団団長兼国軍総指揮官にはご子息のラング様がお就きになったそうだ」
何を今更という顔でマーガレットさんが付け足した。
「父様が国王・・・・」
あたしが呆然としている間に、どんどんと情報は開示されていった。
「その後、御高齢で退位なされた国王の座には、長男のラング様が即位なされ、現国王として聖騎士団団長と国軍総指揮官を兼任しつつ今に至ります」
「ちなみにな、次男のマイヤー様は東方要塞をそのまま要塞国家としてその国王に即位なされているそうだ」
またまた、何を今更という顔でマーガレットさんが付け足した。
「兄様達が国王・・・・そうなんだ、みんな、みんな無事だったんだ、良かった・・・」
みんなが見ているので、とても恥ずかしいのだが、涙が溢れ出してきて止まらなくなってしまいどうしようもなかった。
声を殺して泣くあたしの背中をアウラがずっと撫でていてくれていた。
あたしは恥ずかしくて、しばらく顔を上げられなかったのだが、話しはまだ終わりではなかった。
「現在置かれている状況はある程度わかったと思う。王国は堅く門を閉じて守りに徹するので精一杯なのだ。そこで・・・」
そこまで言うと、マーガレットさんはアナ様に視線を移した。
「私は決心したのです。聖女とはなにか?聖女の血筋は、何の為に存在するのか?本来聖女の血筋は民を護る為に存在するものなのです。でしたら、民を守る為私が戦っても良いとは思いませんか?守り方には色々な方法があっても良いと思うのです」
「・・・それは」
「幸い、私には竜王様から戦う為の技を授かっております。ここは私が立つべきでしょう。それに、私にはメアリーさんやジュディーさん達優れた仲間がたくさん居りました」
そっと窓の外に視線を移したアナ様は、優しい眼差しで外の景色を見つめて居る。
「アナ様は、志を共にした者を率い、この隠れ里を造られたのだ。そして、戦える戦士を育成しつつ、少人数の部隊を率いて奴らの襲撃から王国を守るべく先頭を切って獅子奮迅の戦いを繰り広げてこられたのだ。それは現在も延々と続いている」
マーガレットさんの視線が・・・怖い。
それって・・・もしかして?
「なるほど、了解です。私達に求められているのは、敵を殲滅するのではなく、騒ぎを起こして敵を混乱させる事。それでしたら、私達の、、、と言うか姐さんの特殊能力は最も適していると言えますね」
「・・・なっ!」
「ほうほう、そういう事だ。にらんだ通りお主は聡いのう。全て言わずともこちらの意図を汲み取ったかww」
な・・・どういう事?マーガレットさんとアドだけで話が進んでいる?
動揺していると、アドに話しかける時とは全く違う低い声でマーガレットさんの声が降って来た。
「なにか?不満でもあるというのか?」
まさに、蛇に睨まれたカエル状態だった。
「ちなみにだな、この新大陸は我が祖国が沈んでしまう為、急遽こしらえたものなので、まだ獣が定着していないのだそうだ。なので、動物性タンパク質は、海で捕獲されるメガロゼーフントと呼ばれる体長が十メートルにも達するアザラシの肉を干物にした物で摂取している」
そうなんだ、それで森を歩いても動物がまったくいなかったんだぁ、、、って、急遽こしらえたですってぇ!?どういう事?なんで、そんな事・・・
「あのぉ、どうしてそんなに詳しくこの大陸の成り立ちが、見て来たみたいにわかっているのでしょうか?」
またしてもアドに先を越されてしまった・・・。
「ふふふ、それはね、聞いたからですよ。関係者の方に」
「関係者・・・ですか?」
さすがのアドも、ポカーンとしてしまっている。
あたしなんて、聞き返す事も出来なく固まって居るっていうのに。
その時だった。ドアが音も無く開き一人の男性が入室して来た。
「私が皆様にお知らせ致しましたのですよ。お久しぶりですシャルロッテ殿」
ポカーンと開きっぱなしのあたしの口からは、かろうじて一言だけ絞り出せた。
「り 竜さん?」