125.
あれからどれだけ歩いたのだろう。もう周囲は薄暗くなっているのだから、あたし達は丸一日歩いた事になる。
斜面を登り、斜面を下り、又斜面を登りと、まったくと言う程平地はなかった。
尾根は歩きやすいのだが、歩いて居る所を下から見られてしまうので、避けて歩いて居るのだそうだ。
これだけ歩いて居ても、動物はもとより一羽の鳥すら出会わないのは何故なんだろう?
そんな事を考えながら歩いていたが、さすがにもう体力の限界だった。
なにも考えられず、ただひたすらに歩いて居たら、不意に声がかかった。
「ようし、今日はここで野営をする。火は使うな、この携帯用の干し肉を食べたら即寝るんだ。見張りは我々が行う」
もう、なにも考えられない程消耗していたので、言われるまま配布された干し肉を頬張った。
食べながら周囲を見回すと、なんか周囲の景色に違和感があった。
あれ?この場所、そうだ間違いない、ここ、さっきも通った場所だ。
思わず隣にいたアウラを見ると、あたしの考えがわかったのだろうか、うんうんと頷いている。
「知られてはいけない秘密のアジトに行く場合などは、こうして何度も同じ所を行ったり来たりして、後をつけられていないか確認しながらアジトの場所の発覚を防ぐのです。常套手段なのですよ」
なんか、当然の様に言われてしまった。
「そっか、そうなんだね」
ふーん、そうなんだぁと感心したのもつかの間、そのまま気絶する様に寝てしまい、気が付いたら朝で、みんなは出発の支度が住んで居た。
「行く気がないのなら、置いて行くぞ」
と、黄色のツインテールに冷たく言われあたしは飛び起きたのだった。
昨日に引き続き黄色いツインテールに黙ってついて行くのだが、今日は昨日までとは違った感じだった。
出発すると、すぐ近くにあったこんもりと生い茂った下草の茂みの中に入って行ったのだ。
「ここから集落までは下りの一本道になります」
周囲を気にしながらジェームズさんがそう教えてくれた。
「ここが唯一の進入路になりますので、もし、万が一敵につけられていた場合に備えて一旦表で一泊したのです。敵を殲滅出来なければ集落には入れません」
「殲滅できなそうな時は、どうするの?」
「敵を殲滅出来ないと判断したら、あそこから離れて、敵と刺し違えてでも殲滅します」
「そんな・・・」
「それだけ、我々にとって集落が、アナ様が大切なのです」
「本当だよ」
気が付くと先頭のツインテールが立ち止まって振り返りこちらを見ていた。
「本当は、あんたを集落に入れるのには反対意見が多かったんだ。だがアナ様の鶴の一声で招き入れる事になったんだ。不本意だがな」
ど どういう事?
「なんで、、、なんで、そんなにあたしは嫌われているの?あたしが何かした?」
「自分の胸に聞いてみるんだな。思い当たる事が沢山あるはずだ」
今日もツインテールは情け容赦ない。
だが情け容赦なかったのは彼女だけではなかった。
"「やっぱり姐さん来いはると、一緒に災いを連れて来るからとちゃうん
?」"
「そうですね、いつも騒ぎが大きくなりますしねぇ」
「そりゃあ、みんな不安だよねぇ」
「いつもなんだかんだで乗り越えては来ていますが、騒ぎは間違いなく大きくなっていますね」
「腹減った・・・」
みんな、容赦ない。どっちの味方なのよぉ。
確かに、あたしが絡むと、事態が多少、ほんのちょっと、誤差範囲位大きくなるかなぁって自覚はあるけどさぁ、そんなに言わなくたって・・・
「あの、大森林の大火災だってなぁ、みんなで火気厳禁を徹底していたから、ここ五十年火災なんてなかったんだよ。あそこの下草は毎年この時期になると葉の裏に燃えやすい種子を付ける事は周知の事だからな。おまえが来たとたんあのざまだ」
「あ、だって、ちょっと待って、あれはあたしがやったんではなくて、向こうの兵士が・・・」
「あいつらだってバカじゃあないんだ、そんな事は百も承知のはずだ。それでもああなってしまったのは、おまえが現れたせいだろうが。ええ?違うか?」
「う・・・それは」
全面的に否定したいところなのだが、否定する根拠が見つからない。へたな言い訳したら、後で何言われるか分かったもんじゃ無いから、迂闊な事は言えないし・・・。
困った・・・。
だが、思わぬところから助け船が入った。
「マーガレット様、急ぎませんと・・・」
三兄弟の真ん中、ウェイドさんだった。
さりげなく助け舟を出してくれた。そして、さりげなくウインクすると歩き出した。
「そうだな、アナ様がお待ちだ。急ぐぞ」
さっと黄色いツインテールを巻き上げながら身を翻すと、さっさと山道を降りて行った。
助かったぁ~。あの容赦ない追及から解放されたぁ~。
そこからの道のりはとても楽だった。
くねくねと曲がった一本道をひたすら降りて行くだけだったからだ。
やがて、さほど広くも無い平地が見えて来た。山々に囲まれた盆地と言えば良いのだろうか。
だが、広くも無いと思っていたのだったが、実際には道を下っていくにつれ、平地が奥へ奥へと続いて居て、なかなかの広さがあったのだった。
「す ご い」
思わず、立ち止まって目の前に現れた隠れ里に見とれてしまった。
「どうだ、凄いだろう。ここがアナ様の戦う為の隠れ里『新パレス・ブラン』だ」
マーガレットさんは自慢げだったが、あたしには納得がいかなかった。
「ちょっと待って!どういう事?『パレス・ブラン』は戦う場所じゃないわ。それに、誰が戦うの?まさかアナ様が戦うなんて言わないわよね?」
えっ?えっ?なんでみんなして不思議そうな顔であたしを見てるの?あたし、変な事言った?
「ふっ、そんなに不思議なら、アナ様に直接お聞きすれば良いだろう。さあ、行くぞ」
なかばパニックぎみのあたしを放置して、マーガレットさんはどんどんと歩いて行ってしまった。
呆然と立ち尽くすあたしの手を引いて歩き出したのはアウラだった。
「お嬢、アナ様にお会いすれば全てがわかりますって。今はしっかり歩いてくださいな」
うーん、まるで母親な感じのアウラだ。
確かに。どこに連れて行くつもりかは知れないけど、今はついて行くしかないわね。
すり鉢の底の様な平地に降りると、一応はメインストリートとでも言うのだろうか、それほど広くもない通りが平地の奥に向かって一直線に伸びていて、あたし達はその通りを歩いて行った。
周囲はそこそこ急斜面の高い山々に囲まれており、なんとなく圧迫感がするのはあたしだけだろうか。
周りは水田に囲まれていて、そこかしこに農作業をしている人が散見しており、みんなこちらに興味津々の様だ。
しばらく歩いていると、まわりに小さい子供達が集まって来て、あたし達と一緒に歩き出した。
意外だったのは、子供達はみなが屈託のない笑顔だった事だ。
それと、男女関係なくみんなそれぞれが手に持っているのは、槍や弓だった。
さすがに大人と同じサイズではなく、子供用の小さなサイズだったが、気になったのは槍の持ち手の所が黒光りしている事だ。
持ち手が黒光りしているって事は、それだけ使い込んでいると言う事を意味していた。
こんな小さな子供ですら臨戦態勢だという事なのだろうか?屈託のない笑顔と武器があたしの中ではどうしてもしっくりこなかった。
みんなであたし達を取り巻く様に歩いているが、これはあたし達を護衛しているつもりなのだろうか?それとも異物として警戒しているのだろうか?
子供たちの真意が掴みかねていると、横を歩いて居たアウラが小声で話し掛けてきた。
「意外でしたね、アナ様が治めている集落で、こんな子供達に武器を持たせているなんて」
後ろからアドも話し掛けてきた。
「それだけ置かれている状況がひっ迫しているって事なのですかね。私達も覚悟を決めないといけないかもしれませんね」
「覚悟って・・・」
「こっちだ!」
不意に声が掛かった。
見るとマーガレットさんは横道に入って行くところだった。
その横道には道の左右に子供の背丈ほどの奇妙な顔をした石像が立って居た。
いや、曲がり角だけでなく、奥に続く道の左右には延々と無数の謎の石像が並んで立って居た。
「なんや、この気色悪い石像は。なんや両脇から監視されとるみたいやん・・・」
ポーリンも眉間に皺を寄せている。
「お腹空いた・・・」
はいはい、あなたは平常運転ね。ある意味、たいしたものだわ。
おや?どうしたのだろうと訝しんで居るとポーリンが呟いた。
「なんやあの子達、こっちの道には付いてきまへんなぁ」
確かに、こっちの横道には入って来ないで石像の手前で立ち止まっている。
「恐らく、この石像があるこの道は入ってはいけない禁断の領域なのでしょうね」
なるほど、アドが言うと説得力があるわぁ。
しばらく、この気味の悪い参道のような道を歩くとやがて小さな森に突き当たった。ここが終点なのだろうか。
マーガレットさんと麗しの三兄弟は、森の手前であたし達の事を待って居た。
森の中を窺ってみたが、なにかがある様には思えなかった。どう見てもただの森だ。この参道が森に接する所には一対の石灯籠が立って居るだけだった。
あたし達が着くと、マーガレットさんが口を開いた。
「これからアナ様にお伺いを立てる。アナ様のお許しが無ければ何人たりともこの奥には入る事はまかり通らない。勿論、この私も例外ではない」
そう言うと、くるりと森に向き直り、灯篭の前で膝まづいた。
「アナ様、只今戻りまして御座います」
しばしの静寂の後、どこからともなく聞きなれた懐かしい声が聞こえて来た。
「マーガレットさん、おかえりなさい。お手数をとらせましたね、感謝致します」
「そ そんな、もったいないお言葉、身に余る光栄にございます」
「結界を解除します。みなさんをお連れして下さいな」
「ははーっ、ただいま」
そう言うと、マーガレットさんは立ち上がり、あたし達の方に向き直った。
「アナ様のご許可が下りた。ついて参れ」
アナ様に対する時と声が別人だ。二重人格か?とは思っても言わないが。
森に向かって数歩前に出ると、森が一瞬ぼやけた感じがした。
なに?と思っていると、今まで木が生えているだけで、他には何も見えなかった森の中に、立派な神殿が見えて来たではないか。
これが、結界?初めて見た。
「さ、行くぞ」
そう言うと、先頭を切ってマーガレットさんは森の中に入って行った。
あたし達も、慌ててその後を追った。
近づいて良く見ると、それは石造りの立派な神殿だった。ただ、あたし達を驚かしたのは、その色だった。
普通、神殿と言えば、純白のイメージがあるのだが、この神殿は・・・黒。漆黒だった。
こ これはいったい・・・。
言葉もなく立ち尽くして居ると、マーガレットさんに怒鳴られた。
「なにをしておるっ!アナ様の御成りなるぞ、膝を付いてお迎えせんかっ!お主はそんな礼儀も知らんのか」
その声にハッとして我にかえると、今まさに神殿の正門が開かれようとしていた。
あたしは慌ててその場で膝まづいて頭を垂れた。
あたしの後ろでは、みんなも慌てて膝まづいている気配があった。
アナ様との久々の再会だからだろうか、急に緊張して心臓がバクバクしてきた。
どうしよう、会ったら最初に何を話したらいいのだろう?会う事ばかり考えていて、会ったら何を話すか全く考えていなかった。
やばい、やばい、頭の中が真っ白だぁ、どうしよう、どうしよう。
その時のあたしは完全にパニックになっていた。
だが、世の中なんとかなるものだった。
焦って居るあたしの耳に、走る足音が聞こえて来たのだ。それも急速に近づいてきている。
だが、パニックのあたしは、その足音にまったく気が付かず、気がつくといつの間にかあたしは誰かに強く抱きしめられていた。
そして、呆然としているあたしの耳元で、懐かしい声があたしの名前を連呼していた。
「ロッテェ~、ロッテェ~、ロッテェ~」
そう、あたしを強く抱きしめながら涙ながらに叫んでいるのは、やっと会うことが出来た、あたし達が会いたかった、会わなくてはならなかったアナ様だった。