123.
巨木の立ち並ぶ大森林は、いまや阿鼻叫喚の森と化していた。
夜空を染め上げる炎の柱に、逃げ惑う人々の叫び声。時折聞こえて来る「魔女がでたー」の声。
あたしは、今置かれているこの状況に納得がいかなかったが、いまはボッシュさんを探す事に専念する事にしてポーリンと森の中をあてもなく疾走していた。
燃え上る炎のおかげで夜にもかかわらず視界は良好だった。
こちらからの視界が良好って事は、向こうからの視界も良好であるって事なので、危険極まりない状況ではあった。
「姐さーん、このままあてもなく走っておってもボーさんは見つからへんよお」
ポーリンも疲れている感じだったので一旦立ち止まる事にした。
「そうね、この後どうするか考えないといけないわね」
あたしも汗を拭いながら周囲を見回した。
相変わらずいたるところで火の手が上がっており、その中をなにやら叫びながら走り回っている敵兵が見受けられるが、こちらに気が付く者は皆無だった。
「どうしようか・・・・」
誰に言うでもなく呟いた時だった。
「何をどうされたいので?」
不意にどこからか声を掛けられた。
ハッとして短剣を構え周囲に気を配った。
すると目の前の下草の中からすらっと背の高い男の人が立ち上がった。
「ボ ボッシュ さん?どうしてここが・・・」
「姫様の事はきちんと把握しております。それよりもどうしてこの様な場所に?兄様達と一緒に退避なされたのでは?」
不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
戸惑っていると、今度は別の方向から同じ声で返事が聞こえた。
「お前を追って戻って来られたのだよ」
振り返ると、ボッシュさんと同じ顔をした男性が二人そこに立って居た。
麗しき三兄弟が再びここに集合してのだった。
「姫様、困りますなぁ。勝手な行動をされますと御身の安全が保障できなくなります」
「だって、だってだって、あたしは・・・」
だが、あたしの反論は途中で遮られた。
「兄者、火の回りが予想よりも早い。早目に移動した方がいい」
弟のどっちかが周囲を見ながら言った。
「分かった。姫様移動しますぞ。いいですね」
有無を言わさない感じだったので、ここは従う事にした。
「わかったわ、先導よろしく」
「はっ、ではこちらに」
たぶん、ジェームズさんが先頭を切って下草の中に入って行った。
あたしとポーリンもその後に続いた。
ふたりの弟は後方で警戒してくれている。
もくもくと夜の森を走っていたのだが、途中休憩をとった時に我慢できずにジェームズさんに疑問をぶつけてみた。
「なんであたしが王女なの?だいいちどこの王女なの?王様は誰?それに、あなた達、なんか初めて会った気がしないのは何故なの?」
ジェームズさんは、鳩が豆くらったみたいな顔でぽかんとした後、腹を抱えて爆笑しだした。
な なんなの?そんな変な事聞いた?あたし。
ひとしきり笑った後、ジェームズさんは顔を上げた。目には涙が浮かんでいた。本当に可笑しかったのか?
「し 失礼しました。そうですな、まず現状の説明から必要ですね。ここはあなた方が新大陸と呼んで居た場所で間違いは御座いません」
「ほんとう?良かった」
「ですが・・・これは大ばば様からお伺いした事なのですが、転移門を使いこの地に避難してきてから・・・すでに五十年が過ぎているそうです」
「・・・・・・・!?」
「さぞや驚かれている事とは思いますが、これは事実なのです。ジュディ大ばば様からその様に伺っております」
「ジ ジュディですってぇ!?ジュディって、あのジュディ?」
「恐らく。若い頃姫様とご一緒に旅をしたと伺っておりますれば、間違いはないかと」
「うーん、何と言ったらいいのか、考えがまとまらないわ。そんな事ってあるの?信じられない。彼女の孫って事なの?確かに彼女の面影はあるんだけど・・・」
もう、頭の中パニックだわ。
でも、とにかくみんなと合流して今後の事を考えないと・・・。
「あ あの、あたし達には・・・」
「ああ、お仲間の方たちなら、仲間が救出に向かっております、この先で合流する手はずになっております」
「あなた方って、なんでも分って居る様みたいだけど、どうしてなの?」
「それは私共には判り兼ねます。後程大ばば様に直接伺って頂けますと助かります」
「そうね、悪かったわ。そうするわ」
「ありがとうございます、では先を急ぎましょう」
その後、どこをどう走ったのかさっぱりわからなかったのだが、無事敵にはぶつからずに合流地点らしき場所に到着出来た。もう足はぱんぱんだった。
アドラー達はまだ到着していなかったので、周囲を警戒しつつ暫し休憩することとなった。
この会合地点は大森林の外縁部の様で、巨大な木々はここで終わっており、前方には朝日に輝く平原が広がっていた。後方の森の中はまだ鬱蒼としていて真っ暗だった。
さすがに疲れたあたし達は下草の上にへたり込んでいたが、いいチャンスだと思い、さっき聞きそびれた事を再び訊ねる事にした。
「さっきの質問の続きなんだけど、ここに転移して来たのが五十年前って、どういう事?転移して来たみんなは既に五十年もの歳を取ったって事なの?」
「・・・おそらく」
ジェームズさんと思われる男性は、少し考えた後にそう答えた。
「それで、みんなはジュディの孫だかひ孫だかになる訳なの?」
「・・・はい」
「じゃあ、あたしが王女っていうのはどういう事?王女って事は王様が居るって事よね?でも、我がシュトラウス大公国には国王様がいらっしゃったはずよ、国王様ご一家はどうなったの?一緒に転移されたはずよ?」
「シュトラ・・・?」
「えっ!?あなた、まさかシュトラウス大公国を知らないとは言わないわよね?」
「・・・聞いた事はあるかも知れませんが、良くは知りません」
「・・・・・!?」
何てことなの?我が国を知らないなんて事あるの?
えーと、えーと、聞きたい事は山ほどあるんだけど、どこから聞いたらいいのよお。
じたばたしていると、ジェームズさんとおぼしき人は、恐る恐る口を開いた。
「私達は事務方ではなく、実行部隊として子供の頃から武芸だけ叩き込まれてきました。なので、その、政治の事とかはさっぱりなのです。申し訳ありません」
すまなそうに項垂れてしまった。
「ああー、いいのいいの、あなた達が悪い訳じゃあないから。これはあたしの好奇心?から聞いただけだから、詳しくはジュディに会った時に聞く事にするわ」
そう言うと、三人共明らかにホッとした顔をした。本当に知らなそうなので、質問は一旦打ち切る事にしたが、一つだけ聞いておきたい事があった。
「だけど、ひとつだけ教えて?」
ああああ、またビクっとしてるし。
「あなた方の今の主って、誰なの?」
あ、明らかに安堵の表情をしている。何を聞かれると思ったのだろうか。
あたし、そんなに鬼じゃないわよ。
「それなら答えられます。我が主は破壊神アナ様にあらせられます」
「・・・・・・破壊神?アナ?なに、それ?あたしの知って居る人?人?破壊神って神?人って言ってもいいの?」
「はい、一緒に旅をなさったと聞き及んでおります」
「いや、いや、あたしの知って居る人でアナっていったら一人しか・・・」
あたしが困惑していると、さらに驚愕の一言を投げつけて来た。
「アナ様は、正式にはアナスタシア・ド・リンデンバーム様と仰られます」
あたしは、巨大な岩で頭を殴られた様な気分だった。
「あ あ あ アナ様が は は は 破壊神ですってぇ!!!いつそんなモノになったって言うのよ!?」
どういう事?どういう事?どういう事?訳が分からないっ!!
「訳 わかりまへんなぁ、姐さんが破壊神ならまだしも、アナ様が破壊神 て」
「な なんですってぇ?」
「五十年後のアナ様やったら、もう今はお婆ちゃんやん。元気やなぁ」
うっ、確かに冷静に考えれば、そういう事になるのか・・・。
だが、返って来た言葉に更に頭の中が更に大パニックになった。
「いえ、アナ様におかれましては今でもお若くお美しいお姿をしておられますが」
「へっ??」
「どういう事なん?」
思わずポーリンと目を合わせたが、彼女も困惑した顔をしていた。
「今でも 若い?」
「はい、何故かは判り兼ねますが、大ばば様が仰られるには五十年前とあまり変わらないそうです」
「意味わからない、そんな事ってあるの?」
あたしは思わず、思い切り立ち上がってしまっていた。
「破壊神・・・神って事なん?」
「まさかぁ、そんな馬鹿な話し有る訳ないでしょうに!」
ポーリンは肩をすくめているが、肩をすくめたいのはあたしの方だよ。
「わかった。今ここで四の五の言ってもしょうがないから、後は本人に会った時にお聞きするわ。次の質問ね」
再び下草の上にしゃがみ込んで、ジェームズさんを見上げながら質問を続けた。
「あたしの事王女って言ったわね?という事は王様はあたしの身内って事よね。でも、シュトラウス大公国には王族がいらしたはずだけど、どうなったの?」
なんだろう、ジェームズさんはばつの悪そうな顔をしたまま下を向いてしまった。
あたし、なんか悪い事聞いた?そんな事ないわよね?
だけど、他の二人も顔をそむけて、自分に話を振らないでと言わんばかりだ。なぜ?
うーん、聞き方が悪かったのかなぁ。
「じ じゃあさぁ。質問を変えるわ。今の王様は誰なの?」
「・・・・・・」
「えっ?それもわからないの?」
「申し訳ございません。自分らはその 王国とは離れて活動しておりますので、王国の事はあまり分からないのです」
「それって、どういう事?転移した人達はみんなで集まって国家を形成しているんじゃないの?」
はなしを聞けば聞くほど訳がわからなくなって来た。なにがどうなっているの?
「申し訳ありません。自分らに判るのは、五十年前に転移して来た人々は、王国と反王国に別れていまだに争いを続けていると言う事だけなのです」
「そうです。ですが転移当時から王国側は圧倒的に劣勢だったとは聞いております」
「アナ様は、大ばば様他少数の人を連れ、第三の勢力作った。それが我々です。反王国側が作戦行動を起こす時に、背後から奇襲をかけ混乱させる事が任務なのです」
「ちょっと待って。理解が追い付かない。なにがどうなっているの?なんでこんな事になっているのよ」
あたしは頭を抱えてうずくまってしまった。
もう何が何だかわからなくなってきた。
アドがここに居てくれたら理解してくれたのだろうかなどとつい考えてしまった。
「ねぇ、ポーリン、あんた理解でき・・・」
ポーリンの意見を聞こうと思ったんだけど、途中で遮られてしまった。
ポーリンは剣を構え、中腰で森の中を睨んでいた。
「誰か、来ます」
一瞬遅れて、あたしも短剣を抜き中腰で構えた。
「敵?」
「いえ、御三方が構えとらへんので、敵やないかと」
その時、森の中から女性の笑い声が聞こえて来た。
「はははははははは、でくの坊かと思っていたが、なかなかやるな」
まだ森の中は薄暗くて、笑い声の主の姿を認識する事は出来なかった。
こ これはいったい・・・
ふと三兄弟を見ると、三人揃って跪いて居る?知り合いか?
すると、ジェームズさんが声を発した。
「お待ちしておりました」
その声に合わせて目の前に姿を現わしたのは・・・。
黄色のツインテールを風になびかせた少女だった。
「メ メアリー さん?」