122.
その後もあたし達は、歩いては休み、休んでは歩き、感覚的には森の火災からはそうとう離れたと思っていた。
だけど振り返ると火災は一定の距離を置いてついて来ている様に見えるのは何故なのだろうか?
「どないしたん?なにそないに火災に見入っとるん?」
ぼーっと火災を見ているあたしはポーリンんの声に我にかえった。
「うん、なんだろう、だいぶ歩いてきたはずなんだけどさ、火災からぜんぜん離れていないなあって。それとね、連中ってばここが火災になりやすい森だって知らないで松明を使っていたのかなあって。知ってたら、もっと火の扱いには慎重になるはずでしょ?」
「そやな、うちもそれは思っとった。こないなごっつ勢いで燃え広がっとるんやから、知ってたら注意するはずやね。ここ新大陸に転移して来たばかりでまだ調査が出来てへんんとちゃうかな?」
「やっぱりそうかぁ。今はひたすら逃げるしかないんかなぁ」
「うちが言ったとおりやん。姐さん効果、絶大やなww」
「そんな効果、嬉しくなんかないわよ。まったく・・・」
やれやれと立ち上がった時だった。
目の前の下草をかき分けて五人の兵士が現れた。
「こんな所でなにをしてる!」
またかぁ、面倒くさいなぁと思っていると、慣れたものでポーリンが兵士の前に進み出て言い訳を始める。
「おつかれさんですなぁ。うちらは・・・」
そこまで言った時だった。
後にいた兵士がこちらを指差して叫んだ。
「ああああぁぁぁっ!!こいつ、魔女だっ!!こんな所にいやがったっ!!」
他の兵士達は、みんなビックリ仰天の面持ちでこちらを見ている。
一呼吸おいて、叫んだ兵士がくるりと身をひるがえし走り出した。
「うわあああああぁぁぁぁ、魔女が出たぞおおおぉぉっ!!!」
他の兵士も、お互いに顔を見合わせると一目散に逃げだした。
あたしとポーリンはあっけに取られて立ち尽くしてしまった。
が、ぼんやりしているわけにはいかなかった。直ぐにでも仲間の兵士が殺到してくるのは火を見るよりも明らかだからだ。
「ポーリン、逃げるわよ!」
「あい」
敵兵が北に向かって逃げ出したので、しかたなくあたし達は西に向かって下草をかき分けながらひたすら走り出した。
「やっぱ姐さんの不幸体質はすごいわあ。感心してまうわぁ」
「嫌な事いわないで!あたしのせいじゃないわよ。火災の明かりのせいで見付かってしまったんだから、あたしのせいじゃない!」
口ではそう反論してみたものの、やはり不幸体質を完全に否定できない自分があるのも事実だった。
無我夢中で下草の中を走って居ると、前方に松明が集まり出した。
「おいおいおい、またここも火の海にするつもりなのぉ?左に逃げるわよ!」
文句を言いながらしばらく走ると、またもや前方に松明が集まって来た。
「いったいどうなってるの?なんで行く先々に敵が集まってくるのよ?このままじゃあ、また囲まれるわ」
黙ってついて来てくれているポーリンの顔にも焦りが見え始めてきている。
後ろからも左右からも松明が追って来ている。こりゃあまずいぞ、どうしよう。
「一回全力で追い払いまっか?そないすれば、怖がって追撃をあきらめるかもしれへんやろ?」
「また自然破壊するの?」
「そないなこと言うたかて、どのみちこのままじゃあここも火の海やんか」
そんな会話をしている間にも、松明の包囲網はどんどん狭まってきていた。
もう、四の五の言っている場合ではなさそうだった。
「そうね、ここは一丁派手にぶちかまそうか?このままじゃああたし達の体力ももたないしね」
「そういうこっちゃ。やるなら今や」
「わかった。このまま正面に全力でぶちかますわよ。でも、このあと走る事を考慮して余力を残して気を溜めるのよ」
「はいな」
ふたりして、立ち止まり剣を構えて気を練り始めた。あたしは短剣。ポーリンは途中で拾ったロングソードを構えていた。
やがてお互いの剣がうっすらと光を放ち始めた。敵に見付かるかな?とも思ったがどうせ周囲は大混乱になるはずだから問題無し。盛大にやっちゃおう!
容量の差で気が満タンに溜まるのはポーリンの方が早いはずなので、ポーリンが溜まったタイミングで発射しよう。
そのまま気を込め続け、半分ほど気が溜まった頃、突如左の草むらから声を掛けられた。
「お待ち下さい!それを放ってはいけません」
気を込めるのに集中していたので、接近にまったく気が付かず不意を突かれるかたちとなった。うかつだった。
突然の声に気の注入は中断されてしまった。
慌てて剣を構え直し、声の方に向き直ったあたし達の目の前の下草が左右に分れ三人の青年が現れた。
あっけにとられていると、三人はあたし達の前で膝を付き頭を垂れた。
な なにごと?
突然の事態に呆然としていると先頭の青年が口を開いた。
「突然のご無礼、緊急時につきご容赦を。シャルロッテ王女様とお見受けいたしますが、間違いはございませんでしょうか?」
「おう ぢょ?」
えっ?なに言ってるの?意味がわからない。
「確かにあたしはシャルロッテだけど王女なんかじゃないわ。たかが国軍総司令官の娘にすぎないわよ」
「おお、間違いありません、シャルロッテ王女様にあらせられます。我ら三名はジェームズ・ウェイド・ボッシュと申します。わが主より、王女様をお迎えするよう仰せつかりまかり越しましてございます。ここからは我々が護衛とエスコートをいたしますので、ご安心くださいますよう」
「だからぁ、あたしわぁ・・・・」
「詳しい事は安全な場所でご説明いたしますれば、今はここからの退避を優先にお願い致します。我が主も首を長くしてお待ちで御座います」
「さっ、姫。こちらにお越し下さいませ」
ジェームズとウェイドと名乗った青年があたし達を下草の奥にいざなった。
この状況ではついて行くしかなかった。
しかし、山猿なら分るけど、姫ってなによ、姫って。理解しかねるわよ。
「ボッシュ、後は頼むぞ」
「任せろ兄者」
ボッシュと呼ばれた若者は頷くと、包囲網が形成されつつある森の中に走って行った。
「えっ?兄者?そう言えばあなた達、よく似ているわね?」
三人共よく似た顔立ちと薄いグリーンの髪と同じくグリーンの瞳をしていた。どこかしら懐かしい感じもした。
「はい、私達は三つ子なのです」
隣に付いたウェイドさんが、あたし達を自分達が出て来た下草の方に誘う様に手を広げながらそう答えた。
「わたくしたちは姫様を安全に我が主の元にお連れする任を受けて参りました」
「主ですって?」
「はい、我らの心の支えでもある偉大な指導者であらせられます。姫様もよくご存じのお方でもあります」
「それって?」
「一緒にいらして下さればお分かりになります」
「それで、ボッシュさんは?」
「彼の事はお気になさらず」
「そうはいかないわ。彼はどうしたの?まさか囮とか言わないわよね」
「安全に退避するには、そう言う役回りの者も必要であるという事で、ご理解を頂けますと助かります」
まさかとは思ったけど、本当に囮で残ったの?
「そんな役割、理解出来る訳ないじゃないの!ポーリン、戻るわよ!」
単純なあたしは即からだをひるがえしボッシュさんの後を追った。そして背後にはぴったりと寄り添うポーリンの気配も感じられた。
「あーあ、兄者。行っちまったぜ。ホント大ばば様のおっしゃる通りの性格だったなぁ」
「ああ、違いないな。最初からすんなり言う事を聞いてくれるとは思ってもいなかったが、ああもジュディ大ばば様の予想した通りの行動をされるから笑いが出て来るな」
「ちょっちょっ、そんなにのんびりしていていいんかい?見失ったら大変だぜぇ?」
「大丈夫だ。姫様が動けば必ず騒動が起こる。我々が見失う事はないだろうて」
「でも・・・」
「それに、あのお方も配下の者を連れて出張っておられる。なにも心配する事はないさ。さ、我々もゆっくりと後を追おうじゃあないか」
「違いない。軍神とも呼ばれたあのお方の一派が出て来ているのなら、なにも心配することはないからね」
そう言うとこのふたりも森の中に消えていった。