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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
120/187

120.

 通常森というと複数の大小さまざまな太さの木が乱雑に生えているところを思い浮かべるものだが、今あたし達の居るこの森には見上げる程の背の高い巨木しか存在していなかった。

 当然そんな背の高い巨木を支えるためなのか幹の太さも半端なく、幹回りは大の大人が五人以上で手を繋がなければ周囲を囲めないほどだった。

 そんな巨木が林立しているため、じゅうぶんな日差しを得られない森の中には、低木は存在せず、大人の腰にまでにも達する下草が一面を覆っているのみだった。

 この下草が日差しのない森の中で光合成が出来ているのは、日の当たる森の上部にまで(つる)を伸ばして、そこで巨大な葉を茂らしているからに他ならなかったが、その事を知るのは後の事だった。

 ちなみに、この下草には二種類の茎が存在しており、森のてっぺんにまで光合成をおこなう為に伸びている茎とは別に、少ない水を蓄える為だけの節のある竹の様な茎も存在していた。


 背の高い巨木が林立しているせいで、あたりは昼過ぎには薄暗くなり、まだ日没の時間まで間がある時間帯でも、一足早く夜の帳が落ちたように真っ暗になる極端に昼間の短い森だった。



 それは、まだ夜も更けていない時間帯だったと思う。

 周囲の警戒は、見張り当番に任せてみんな眠りについていた時だった。

 不意にアウラに揺り起こされた。

「お嬢、お嬢、起きて下さい。問題が発生しました」


 ちょうど深い眠りに落ちた所だったので、なかなか目が醒めなかったのを覚えている。

 眠そうに眼をこすっていると、ポーリンの慌てた声が聞こえて来て一気に目が醒めた。

「姐さんっ、ミリーの奴が・・・おらへん」


 がばっと飛び起きてうろの出口を見ると、確かに当番だったミリーの姿がない。

「どういう事?あの子が・・・逃げたの?」


「おそらく、逃げたのとは違うと思いますね」

「アド?どういう・・・」

「おそらく、なにか美味しい臭いでもしたのでしょう」

「なに?それっ!犬?あの子、犬だったの?」

「それに近いものがあると思います。あの子の最優先事項は食事ですから・・・」

 あんた、妙に冷静じゃないのよ。

「腹を空かしていましたから、なんらかの臭いに釣られて出て行ったと考えるのが妥当ではないかと・・・」


「お嬢、急がないとまずい事になります。食べ物の臭いがするって事は人が存在しているって事ですから」

「そ そうね。国軍の陣営だったらいいのだけど、もしカーン伯爵の陣営だったら・・・急いで後を追いましょう」

 あたしは木のうろから飛び出そうとしたのだが、アドに止められた。

「姐さん、どの方向に行ったらいいのかわかってます?」

「あ・・・・・・」

 そうだった、あたしには犬の嗅覚はないんだった。

 みんなを見回したが、みんなも首を横に振っている。だよねぇ、普通はそうだよねぇ。


「アド、どうしよう?」

 困った時のアド頼み~。

 だが、さすがのアドも万能ではなかった様で、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。

 そして、不意に顔を上げた。

 お、何かいい案が浮かんだのかな?わくわくしながらアドを凝視した。

 だが、アドから発せられた言葉は、想像の遥か上を行っていた。


「もう一度寝ましょうか?」

 みんなしてずっこけてしまった。

「へっ!?今なんて言った?」


「見張り当番を決めて、もう一度寝ましょう。どうせ私達の嗅覚では跡を追えませんよ。ここは一旦寝直して、明日に備えるべきかと」

「だけど・・・」

「こんな夜中に、見ず知らずの森の中を徘徊するのですか?二重遭難は必至ですよ?」

「でも・・・」

「万が一、伯爵陣営だったとしても、ミリーみたいな子供、いきなり殺したりはしませんよ」

「でも・・・かわいそうよ」

「勝手な事をしたんです。少しは薬になればいいんですよ。さ、寝ましょう」


 うーん、アドってなにげに怖い?怒らすのはやめよう・・・


 横にはなってはみたものの、ミリーの事が気になって、心配で、心配で・・・気が付いたら爆睡していて朝になっていた。ww

 どうやら眠気には勝てなかったみたいだった。



 陽が昇ってから、支度をして、ミリー捜索に出発したいのだったが、どっちに行ったらいいのかわからなかった。

 さすがの博識アドをもってしても判断が出来なかったので、話し合いの結果、このまま全員で北に向かって捜索する事になった。

 何人かに分かれて進む案もあったのだが、万が一敵性勢力と出くわした際、対応が出来なくなる恐れがあるので、ひと固まりで行く事で意見の一致をみたのだった。


 青臭い水でお腹をたぷたぷにしながら、胸ほどの高さの下草をかき分けかき分け、太陽が真上に上がるまで歩いたがミリーの気配どころか誰にも出会わなかった。

 途中、食べられそうな草と木の実を何種類か見付け、空腹を満たそうと食べながら歩いたのだが、しょせん草と木の実では満足感は得られなかった。

 当然の事ながら、みんなのテンションはダダ下がりで、ぶつぶつと文句も出始めた。

 こんな時、リーダーはどうやってみんなの士気を鼓舞したらいいのか、あたしにはさっぱり思いつかなかった。

 アドに聞くのも悔しかったと言うか情けなかったので聞くことも出来ず、ただ歩いていた。

 その時、メイの声に現実世界に引き戻された。


「しっ、何か聞こえる・・・」

 みんな、その場でさっと姿勢を低くしてメイの視線の先に注目した。

 しばらくそのままの姿勢で緊張しながら隠れていると、微かに人の声が聞こえてきた。

 どうやら何人かの男性がしゃべりながら歩いているかんじで、時々笑い声も聞こえてきた。


「おい、聞いたか。夕べ倉庫に賊が入ったんだってよ」

「ああ、聞いた聞いた。小さな女の子だってな。見張りに見つかったのに干し肉を握りしめてむしゃむしゃ食い続けてたらしいなぁ。どこまで卑しいんだかなぁ」

「ちげーねー、肉を取り上げようとしたら、慌てて丸ごと口の中に放り込んだらしいぜ。育ちがわかるってもんだ。あんな娘は嫁にはしたくねーなぁ」

「彼女も出来た事ねーくせに、なに偉そうな事いってるんだ?わはははは」


 間違いない、あの食べ物に対する執着心、あれはミリーの事を言っているんだ。取り敢えず、無事みたいで良かった。

 アドを見ると、彼女も頷き返して来た。同じ事を考えているのだろう。


 彼らはあたし達の前方十メートルほどの所を左から右におしゃべりをしながら危機感も無く横切って行った。

 安全な距離まで離れたのを見計らって、あたし達は集まって作戦会議を始めた。


 彼らの会話の内容から、ミリーが食糧倉庫を襲った事。その後捕まった事。仲間を探す為、捜索隊が何組も編成されて現在も探し回っている事がわかった。

 そんな彼らの会話の中に、ミリーの無事に関する情報に匹敵する情報があった。

 それは、彼らの所属がカーン伯爵の陣営だという事だった。

 つまり、あたし達は今、敵の真っただ中に居るということを意味していた。

 さあ、どうしよう。たしかに状況がわからないのは困るのだが、わかったらわかったで更に困る事になるとは、正直思ってもいなかった。


「確かにここは敵のふところの中みたいなのですが、どうやら幸いにも敵陣の中心部ではないみたいですね」

 アドの冷静な状況解析が始まった。

「そやな、こんなへんぴなとこ って言うとったな」

「ええ、正確な敵の数はわかりませんが、それほど多くないと思いたいですね」

「で?どないすん?まずはミリーを助けるんやろ?」

「はい。ですが少ないと言っても、我々よりは圧倒的に多い事は確実ですので、正面からぶつかるのは得策ではありませんね」

「ほな夜襲?」

 わくわくしているポーリンとは裏腹に、アドはいつになく慎重だと思ったのだが・・・。

「そうですね、夜襲も効果的かもしれませんが、ここは正々堂々と後ろから闇討ちなんてどうでしょう?」

 ・・・・たんに危ない奴だった。


「なんやねん、正々堂々と後ろから?そないに言い方変えてもやる事は同じやん」

「気分の問題ですよ。闇討ちも正々堂々とやれば、それは正攻法となります。とまぁ、冗談はさておき、ここはもっとも成功の確率が高い方法でいきましょう」

「「「「うんうん」」」」

「なあに、やり方は簡単ですよ。敵を基地から遠ざけて、その間にミリーを奪取して食糧倉庫を破壊。後は逃げるだけです」

 な・・・・・

「だけですって・・・なにを簡単そうに言っているのよ!そもそも、どうやって敵兵をおびき出すのよ?」

「はて?なにか問題でも?」

「問題しかないじゃないのよ。そんなに簡単に敵は出て来てなんかくれないわよ!」

「そうでしょうか?おびき出すのが一番簡単かと・・・」

「それは、どういう事?」

「だって、いつも姐さんが出て行けば、それだけで自然に事態は大きくなっていきますから心配はいらないと思いますが?」

「んが・・・・。それって・・・・あたしにおとりになれって言ってる?」

 だが、アドは不思議そうな顔をしている。

「他に適任者は居ますか?今までの経緯を鑑みても、最適な人選かと?」

「そやね、うんうん、姐さんが出て行ったらいつも間違いのう事態はこじれてるわなww」

「そうねぇ、一番適任かもしれませんねぇ。姐さん、宜しくおねがいしますね」


 みんなして決定事項みたいな顔で見ているし。もういいわよ、あたしがやればいいんでしょ?いいわよ、やってやろうじゃん。

「姐さん、うちもお供しますよって、盛大にやりましょうや」


 結局あたしとポーリンでおとりをする事になってしまった。

 みんなは、あたし達が敵を攪乱している間に密かに敵基地に近づきミリーを奪取後、食料倉庫を破壊して北に逃げる事になった。

 あたし達は、敵を振り切って合流するのだそうだ。言うのは簡単だよなぁ。どうやって振り切れって言うんだよ、まったく!

 そんな事を悶々と考えていたあたしに、ポーリンは事も無げに言って来た。

「姐さん、振り切るのが難儀になったら、いっその事、全滅させればええやん。姐さんとうちなら簡単やろww」

「なっ・・・」

「うんうん、それがええわ。集めるだけ集めたら、みんな吹き飛ばしてしまいましょうよ」


 なんて恐ろしい子達なのよ?国の未来が心配になってくるわ。

 もっとも、国自体がなくなってしまった今、考える事でもないけどねぇ。



 さっそく作戦開始という事で、あたしはポーリンと連れ立って森の中に分け入った。

 方角がわからないので、取り敢えずさっき敵のパトロールが来た方向に向かって歩き出した。

 持っている武器は、あたしもポーリンも短剣が二本づつだけ。心許ない事この上ないが、こればっかりはどうしようもない。武器は敵から奪うしかないという事ね。

 ポーリンはなぜか楽しそうに、下草をガサガサかき分けながらあたしの前を歩いている。

 敵に見付かる事が仕事だから音に気を使わないでいいので気は楽ではあるが。

「ポーリンはおとりなんて嫌じゃなかったの?」

 あたしは、手持ち無沙汰だったのでそれとなく聞いて見た。

「そんな事あらへんよ。知らない所を歩くのって楽しいですやん。早く敵さん、来いへんかなぁ~」

 こういう時のポーリンって、なんか頼もしいわぁ。

 あたしもくよくよせんと張り切って歩くしかないわねぇ。


 だが、その後も敵は全く現れなかった。

「ねぇ、こんなに誰も現れないなんて、あたし達方向を間違ったのかなぁ?」

 ポーリンもおかしいと思い出していたみたいで、速攻で返事が返って来た。

「そやねぇ、もうあたりが暗くなってきとんなぁ。ぼちぼち寝床も確保せえへんとあきまへんなぁ」


 その時、薄暗くなってきた森を見ていたら、良い事を思いついた。

「そうだ、ねぇここの周りの木を切り倒してみない?」

「木を?なんででっか?」

「ここを中心にさ、円を描く様に外向きに切り倒すのよ。そうすれば、ここに広場が出来るでしょ?そしたら、ここで大きな焚火をするのよ」

「焚火を?そんな事してもうたら敵に見付かって・・・・って、えっ?」

「そう、こちらから探し回っても見つからないから、ここにご招待してさしあげようかなあってww」

「おー、むっちゃええ考えですやん。それいきまひょ。例の力を使えば簡単やんね」


 そう、あたしとポーリンは気の力を剣に乗せて打ち出す事が出来るのだ。こんな便利な力、使わない手はないわ。

「いい?一気に倒さないで外側から切り込みを入れる様に力を制御して打つのよ。そうすれば木は外側に倒れていくからね」

「了解や!」


 その後、瞬く間に森の中に広場が出来上がった。

 これなら火を点けても周りに延焼しないだろう。あたしってば、あったまいい~ww


 ポーリンの火の魔法で、積み重ねた木の枝に火を点け炎が大きくなるのを待った。

 魔法を使ったせいか火のまわりは異常に早かった。

 あたし達は、火の元から離れた茂みの中で休みながらお客さんが来るのを待った。


 じき日は暮れて周りは真っ暗になった。赤々と燃え上る炎はかなり高くまで立ち昇っているので、けっこう遠くからでもはっきりと見える事だろう。

 日が落ちて暫くした頃、最初のお客さんが広場に現れた。炎に照らされているので、五名の兵士はこちらからまる見えだった。

 あたし達は姿勢を低くして、彼らの後ろに回ってから、一気に殴りかかった。斬りかかったではなく、殴りかかったのだ、落ちていた木の枝で。

 たちまち五人の敵兵は頭を抱えて地面に転がった。


 そのタイミングであたし達は彼らの前に姿を現わした。

 なにが起こったのかわからずに、彼らは呆然としていた。


 なにかかっこいいセリフでも言ってやろうと考えていたら、ポーリンに先を越されてしまった。

「ようく聞けや。このお方はな、恐れ多くも畏きも聖騎士団団長閣下の次女のシャルロッテ様にあらせられる。者ども頭が高い!控えおろう!!」

 なっ、なんて恥ずかしい事を言うのよ、この子わっ!

 ほら、みんな困惑しちゃってるじゃあないのおお。


「や やまざる・・・」

「跳ねっ返り・・・」

「歩く天災・・・」


「なっ、失礼ね!なによその形容はっ!!」


「ひっ!!」

 みんなじりじりと後ずさってるし・・・。


「うわああぁぁぁ、出たあぁぁ、助けてくれえええぇっ!!」

 そう叫ぶと、みんな駆け出して行ってしまった。

「なによ、失礼なっ!!」

 あたしは、もの凄く気分が悪かったが、ポーリンは気にもかけていなかった。

「さ、姐さん、後をつけまっせ。あいつらの逃げる方向に仲間がおるはずやから」


 気を取り直して、あたしもポーリンの後を追って下草の中をかき分けながら走り出した。

 連中は、よっぽど怖かったのだろうか、叫びながら走っているので、後を追うのは比較的楽だったが、なんて失礼な奴らだ。

 うら若き乙女に向かって、出た! はないでしょうに。


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