119.
≪お知らせ:作者都合により、この回より使用する単位は、現行の日本のものを使用します≫
気が付いたら森の中に倒れて居た。
まだ頭がぼーっとしているが、むりやり体を起こして周りを見回すと、アウラも隣で起き上がって頭を振っている。
たしか、目の前が真っ白になって、それから・・・・あれ?おかしい、その先の記憶がない。。
どうなっているの?ここはどこ?なんで、こんな森の中に倒れているの?
頭の中が??????だらけで、ぼーっとしていると、先に復活したアウラに声を掛けられた。
「お嬢、大丈夫ですか?」
なにをもって大丈夫と言っていいのかわからないが、取り敢えずふらふら立ち上がりながら答えた。
「たぶん、大丈夫・・・かも。あんたは大丈夫なの?」
「はい、一応五体満足ではあります。まだ、多少眩暈がしますが・・・」
確かに、あたしも足元がふらついているだけで、他には異常は感じられなかった。
見た感じここに居るのはあたしとアウラだけの様なのだが、他のみんなは?みんなは飛ばされなかったのかしら?
それに、ここはどこ?森の中のようだけど、さっきまで居た要塞はどこ?ガンコラーズの爺様は?
あまりの事に、あたしの頭は思考を停止してしまっていたが、いち早く復帰したのはアウラの方だった。
「お嬢、まさかとは思いますが、ここは・・・噂の新大陸なのでは?」
「なっ!?」
「生態系が私達の居た所とは違う気がします。それに、気温も高い気がします」
確かに、そう言われるとどことなく汗ばんでいる気がする。だけど・・・。
「この下草を見て下さい。こんな細長い葉っぱの植物なんて見た事がありません。まわりの森の木も見た事がありません」
確かに、こんなにつるつるした木の肌は見た事がないし、なによりも見た感じ百メートル以上はありそうな背の高さの木なんて有り得なかった。あまりにも背が高い木が密集しているので日差しが森の入って来ない為、あたりは薄暗くて不気味な感じがした。
「植物の生態系がまったく違うという事は動物の生態系も違う恐れが・・・と言うか、全く違うと思った方が良いかも知れませんね」
「それって、、、いつまでもこんな森の中に居たらマズイんじゃない?」
「その通りですね。どんな猛獣が居るのかさっぱり分からないのですから、一刻も早く森を抜けるべきだと思います」
だが、周りを見回しても、どの方角も鬱蒼とした森が延々と続いていて、どちらへ行ったらいいのか見当もつかなかった。
「ここが山でしたら、下へ下へと下って行けば良いのですが、ここは残念ながら平地のようですので困りましたね」
「木に登って方向を確認する?」
「無理ですね、この高さですよ?どこまで登ったら視界が得られるか不明です。恐らく、途中で力尽きるでしょうね」
「じゃあ、どうするの?」
「とにかく北に向かいながら沢を探しましょう。水の確保は急がねばなりません」
「そうね・・・って、どうやって北を探すのよ?」
「あら?習いませんでしたか?木の幹をみて苔の生えている方が北です。枝の張りの良い方向を南とする方法もありますね。絶対ではありませんが」
「ああ、そんな事習った気がする。パニックになっててすっかり頭から抜け落ちていたわ。さすがね、アウラ」
「さあ、厄介な奴に出くわさない内に移動しましょう」
アウラは自分の知識をひけらかすことなく、いつもクールだったのだが、なんで北なんだろう。後で聞けばいいか。
その後も川を探しながら歩いたが、いっこうに見付からなかった。
当然ながら、次第に喉が渇いて来た。腰には革製の水筒があったが、その量は微々たるものなので、節約しながらちびちびと舐める様に呑んでいたが、空になるのにそんなに時間はかからなかった。
「はああああ、もうだめぇ、もう動けないぃ」
喉の渇きの為に、ついにへたり込んでしまった。
呆れた表情で見下ろすアウラの事は気にしない事にする。喉が渇いてそれどころじゃなかったからだ。
「わかりました。少々お待ち下さい、なにか調達して来ます」
そう言うと茂みの中に入って行ってしまった。
調達って・・・こんな未開の森でどうするっていうの?
しばらく待っていると、やがて両腕に数本の女の子の腕くらいの太さの竹みたいなものを抱えてアウラが帰って来た。
「アウラ?なに?それ」
どっこいしょと抱えていた数本の竹もどきを降ろすと、肩をぐるぐる回しながら説明を始めた。
「これだけの森を維持するには、相当量の水が必要になります。おそらく地中にしみ込んだ水の大部分をこのデカイ木の群れが独占しているんだと思います」
「そうなの?」
「ええ、この巨体が倒れない様にするには、相当地下深くにまで根を張り巡らしているに違いありません。そうすると他の木には水が行き渡りません。そこで、自前で蓄える種族が現れるはずだと考えました」
「それが、この竹もどき?」
「はい、思った通り節と節の間に大量の水を蓄えていました。ナイフで切り口をつけて、そこから飲んでみて下さい。多少青臭いですが、贅沢は言えません」
あたしは言われたまま、ナイフで穴を開けた。すると水がだばだばと吹き出して来た。
喉がからからだった事もあって、あたしはがぶがぶと夢中になって飲んだ。
確かに、かなり青臭いが、そんな事言ってはいられなかった。
ある程度飲んで落ち着いたので、ふとアウラに聞いてみた。
「あんた、よく知って居たわね、この竹もどきに飲める水が蓄えられてるってさあ」
だが、アウラの表情を見て、あたしは背筋が寒くなる感じがした。
だって、、、なぜかキョトンとしているんだもん。え?まさか?安全だって知ってって飲ませているんじゃないの?
「私も、この地は初めてですよ。こんな竹もどきなんて見た事も聞いた事もありません。飲めるかどうかは、、、賭けですねぇww」
「・・・・・・!!!」
「干からびて死ぬよりはいいじゃないですかぁ。せいぜいお腹が下る程度でしょうからww」
「・・・あんたねぇ」
もう、それ以上言葉が出なかった。
取り敢えず喉は潤ったし、お腹もごろごろしていない。
まあ、いいかと立ち上がろうとしたその時だった。
不意にダガーを構えたアウラに制止された。
「しっ、音を立てないで。何かが来ます」
そう言うと、アウラは片手であたしを制すると、音のする方に向かって身構えた。
確かに、草をかき分ける音がする。あたしも短剣を握り、姿勢を低くして身構えた。
猛獣系の奴だったらどうする、こっちは二人しかいない。もし、群れだったらやばいぞ。
次第に、草をかき分ける音が大きくなってくる。
心臓がドキドキ早鐘を打っている。向こうに聞こえないかと心配になった。
永遠とも思える長い様で短い時間はあっという間に過ぎ去っていき、その時は突然やって来た。
こちらは二人、相手は不明なので戦いを有利に運ぶには先制攻撃しかない。後手に回ったら圧倒的に不利になるのは目に見えている。一気にけりをつけてやる。
そう思っていた時、目の前の下草が左右に割れて何者かが突然姿を現わした。
あたしは両手の短剣に力を込めて、反射的に飛び出していた。その時だった。
「うわああぁぁぁぁ、まった!まった!まった!」
突然の声にビックリして寸での所で立ち止まった。
なんとその声の主は、ポーリンだった。草むらから出て来たのはポーリンとメイだったのだ。危うく斬りつけるところだった。
少し遅れて、その右側の草むらからアドラー、ミリー、クレアの三人も顔を出して来た。
一瞬、全員が固まってお互いの顔を見つめ合っていたが、直ぐに歓声をあげて抱き合っていた。
だが、ひとりクレアだけが渋い顔をしていた。
「みんな、声のボリュームを落として。周りに何が居るのか分からないのよ。いきなり襲われても知らないわよ」
「「「「「「はい・・・」」」」」」
先ほどのハイテンションの声から一転して、低く抑えた声で顔を突き合わせてひそひそと話し始めた。
「状況がよくわからないんだけど、どうやら新大陸に飛ばされたみたいなのよ。この七人以外に誰か見た?」
みんな黙って頭を横に振っている。
「そっか、あたし達だけ飛ばされたんだ。ちくしょう、あの野郎、どうせ飛ばすなら、食料と水の準備をしてから飛ばせよなぁ」
つい、愚痴が出てしまった。
だが、ここで頼りになるのがアドの知識だった。
「ここで愚痴ってもしかたがありません。まずは現状を分かる範囲で分析しましょう」
みんな静かに頷いた。
「周りの植物の生態系を見た限りですが、私達の住んで居た大地とは一線を画しています。それに、この気温、湿度。総合的に考えると、ここは新大陸と考えて良いと思います」
うんうんうん、みんな目を見開いて頷く事だけしか出来なかった。ここはアドの独壇場だった。
「どうやって飛ばされたのかは、今は置いておきましょう。今、最優先すべき事は水と食料の確保です。生態系が分からないので、なにが食べられるのかは未知数です。全員で手分けして探すしかありません」
「片っ端から食べてみればいいのぉ?」
小首を傾げながらミリーが聞いて来るが、即座にアドが否定した。
「それは危険なので、食料候補は個人で食べずに持ち寄ってみんなで検討しましょう。いいですね?ミリー」
「・・・・あい」
「それとですね、今居るこの場所が新大陸のどこに位置しているのかさっぱり分かりません。ですので取り敢えず北に向かって歩いて行きましょう」
「なんで北なん?南じゃああかんの?」
ポーリンの質問はみんなの疑問でもあった。
「新大陸の大きさも形も地形も、先に転移したみんながどこに居るかも分からないのですよ。わかっているのは、私達の住んで居た大地よりも南にあるであろうと言う事だけなんです」
「ああ、そうなんや、少なくとも北に向かえばうちらの住んでおった大地側の海岸に出られるって事なんやね?」
「そういう事です。まあ確率の話しなんですけどね」
「ほなら、さっさと移動しようや。こないな所で干からびるのはいやや」
その後あたし達は、下草を掻き分けながら北に向かって歩き出した。水はあの青臭い竹もどきが辺りに豊富にあったので大丈夫だったのだが、どういう訳かこれだけの森なのに動物が全く居なかった。
歩を進めるにつれて疑問、と言うよりも薄気味悪さが頭の大部分を占めて来た。
アドをみると彼女もなにやら考え込んでいる。
「ねぇ、アド?」
「あっ、はいどうされました?」
「あんたも薄気味悪く思っているんじゃあないの?」
「ええ、そうですね。明らかにおかしいです。この森には何故動物系のものが住んでいないのか?」
「そうそうそう」
「でも、本当に住めないのでしょうか?」
「どういう意味?」
「これは仮説なんですが、もともとは住んで居る動物が居たのだが、全部狩られてしまった・・・なんて、突拍子もない仮説でしょうか?」
「全部?根こそぎ?誰が?」
「さぁ、そこまでは・・・。でも、もしそれだけ大量の食料を必要とする生き物が居たとしたら・・・」
「まさか・・・そんな生き物なんて居るの?」
「ええ、後先考えない種族が一種族だけ存在すると思います」
「まさか・・・・あ!まさか・・・ひ と ぞ く ?」
「あはは、仮設ですよ、仮設。もしかしたら、もともと生息する動物の居ない森なのかもしれませんしね」
「そ そうよねぇ、まさかねぇ」
だが、不幸体質・・・らしいあたしは、もう次の不幸を呼び込んで居た。
「いいえ、アドの仮説に一票。これを見て貰えます?」
アウラは一本の竹もどきの若い茎を差し出して来た。
「これがなに?」
アドを見ると、彼女は真っ青な顔をしていた。
えっ?なになになに?
「先端を、良く見て下さい」
そう言うとアドは黙ってしまった。
「先端?先端がなに・・・・あっ!」
そう、その竹もどきの先端は鋭利な刃物で切った様にスパッと斜めに斬られて居た。
「これって・・・・」
「このスパって切った様な切り口って、、、まさか、刃物で切ったんとちゃうんか?」
「どういうこ・・・?」
「決まりですね。これは私達以外の誰かがここに来たって事を指し示しています」
「誰って・・・・だれ?」
みんな顔を見合わせてはいるが、怖くて次の言葉を言い出せないのか、しばし無言になってしまった。
「みんな、周りの音に気を付けて、あたし達以外の誰かが近くに居るかもしれない・・・もしかしたら敵の可能性もあるわ」
あたしのその一言で、みんな武器を構え、姿勢を低くして周囲の気配を窺った。
妙な緊張感があたし達を包んだが、その緊張をほぐしたのはあたしの知恵袋であるアドだった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。この切り口、良く見て下さい。もう結構乾燥して居ます。すなわち、誰かがここに来てからだいぶ時間が経って居るという事になります。でも、声は抑えて下さい、まだ危険である事にはかわりません」
みんな、ホッとして警戒を解いた。
「で?アドこれからどうしたらいい?」
「そうですね、水はなんとかなるとしても、食料は調達しなくてはなりません。まったく動物が居ないのは気になりますが、取り敢えず北に向かって歩いて行きましょう。当然、音は立てずに周囲を警戒しながらです」
あたし達は、うんうんと頷きポーリンを先頭に北と思われる方向に歩き始めた。
歩いても、歩いても、まったく景色は変わらなかった。延々とおなじ薄暗い森と背の高い下草だけだった。
「ねぇ、アド?あたしふと思い出したんだけど、こんな生き物の居ない山、見た事がある。たしか火山性の毒ガスが吹き出していたと思った。ここ・・・大丈夫かな?」
「ここは大丈夫ですよ」
アドの自信満々の答えに驚いた。ここは初めてじゃないのか?
「火山性のガスが出て居るのなら、植物もただでは済まないでしょう。それに、小さな虫は居るみたいなので、取り敢えずは大丈夫でしょう」
「・・・・はい」
その後も、変わらない景色にうんざりしながらも、ひたすら歩いていた。
そして、不意にアドが右手を上げた。みんな、ビクッとして動きを止め、アドを見る。
アドは前方を指差している。
そこには、歳を取って朽ち果てて途中から折れてしまった巨木があった。
巨木の根元には、巨大な穴が開いている様だった。
「そろそろ日も暮れてきます。このまま歩くのは危険なので、今夜はあの木のうろで休みましょう。みんなが入れる余裕はありそうな大きさです」
確かに、その木の根元にはぽっかりと大きな穴が開いている。枯れて腐ってしまったのだろう。中を確認した結果、身を隠すには最適と思われたので今夜はここで寝る事にした。
入り口はそれ程大きくないので、入り口の所で交代で張り番をすれば安全に寝れるだろう。
「ねぇ、ご飯は?おやつも食べてないのよ?ねぇ、なんかないの?ねえねえねえ?」
ミリーだけが最後までぐずっていたが、みんな無視して自分の寝る場所の選定に余念がなかった。
そして、事件が発覚したのは夜半過ぎだった。
ミリーが・・・・脱走した。