118.
あたし達は、ガンコラーズ准将が要塞指揮を執って要塞を構築しているという森の中に、重い足を引きずりながら入って行った。
なぜ重い足なのかって?そりゃあいやいやだもん。
あの爺様ってば、口うるさくて一緒にいると嫌になるんだもん、おまけにかなりの高齢なのにやたらと声がでかくていやになっちゃう。
ほら、まだ森の入り口だっていうのに、ここまで爺さんの大声が聞こえてきているよ。ああ、やだやだ・・・。
「いけませんよ、そんなに眉間に皺をよせていたら。もっとニコニコしてくださいな」
しかめっ面をしていたら、心配したアドに声をかけられてしまった。
「そうやで、あないな爺さん無視しとればええやん」
ポーリンにも言われてしまった。
生理的に無理なんだけどなぁ。ほんと、この娘達ってば大人と変わらないわよねぇ、感心するわあ。
そんな話をしながら歩いていくと、賊の侵入防止用に作られたと思われる木の柵の列が前方に見えて来た。
よくこんな短時間にあんなに長く続く柵を作れたもんだ。
などと感心していたのだが、それと同時に徐々に大きくなってきたガンコラーズ准将の怒声も降って来る。
周囲を見ると、百人を超えるであろうと思われる人が働いていた。ほとんどが高齢者だったが、中には若干ではあるが若者もいるようだった。
今いる土地は、丘陵地帯の山頂部という特殊な地形の為、横幅は狭く縦に長い構造になっていた。
なので、侵入防止用の柵も短い距離で済むんだが、こんな短時間で出来る様なものではないはずなんだが・・・。。
准将はこの細い回廊の様な狭い土地の南側と北側に周囲をくるっと柵で取り囲んだ要塞を構築していた。そして、南と北の両要塞の間、この土地の中央部には馬が二頭すれ違える程度の隙間が出来ていて、誰でもが通れるようになっていた。
「なるほど、この隙間に敵を誘い込み、両側から叩こうというつもりなのですね、良く考えられておりますね、さすが年の功です」
腕組みをしたアドが感心していた。
「どうせなら全部塞いだ方がええんとちゃうん?その方が護りも固くなるで」
ポーリンは要塞をみながら呟いた。
「そうね、全面塞いだ方が護りは固いわね。でも、そうすると敵はこの要塞のどの部分を攻めて来るのかしら?」
「そんなの敵に聞かへんとわからんわよ」
「ですわよね。でしたら要塞全てを厳重に造らないといけませんよね。そんな時間、ありますか?」
「あ、そうやね。どこを攻められてもええ様に全部の護りを固めんとあかんのかぁ」
「ええ、でも間に隙間があったら?」
「そら、必然的に敵は隙間に殺到するわな。なんやえげつないわあ」
「それがいくさの駆け引きなんですよ。綺麗ごとでは勝てませんよ」
「アドさぁ、あんたほんまはええ歳しとるんとちゃうかあ?」
「ふふふふ」
ほんと、不思議な子だわね。
などと和気あいあいとしていたら、突然上から怒声が降って来た。
「こらああああぁぁぁ、そこでなにやっとるかあぁぁっ!!!作業の邪魔だ!さっさと何処へなりとうせんかいっ!!!」
言うまでも無く、エンドラーズの爺様だ。
あたし達は急いで要塞に駆け込んだ。その間も爺様はずっとあたし達を、と言うかあたしを睨んでいて視線を外さなかった。
なんなんだよぉ、なんでそんなに睨むんだよぉ、気分悪いなぁ。凄く居心地が悪いよぉ。
ぶつぶつ言いながら、要塞内にはいったが、不思議な事にその後爺様の怒声は聞こえてこなかった。
どうしようか、挨拶に行くか、このまま知らん顔をするか、迷っていたのだが、要らぬ心配だった。
なぜなら、厄介ごとは向こうからやって来たのだった。
「おうっ、小娘どもめ、悪運強く生き残っておったか。しぶといのう、はっはっはっはー」
このじじいは、いったいなにが楽しいんだ?真意を量り損ねて居ると、更に言葉を繋げて来た。
「お主のマブダチってえのが言っとったわ。お主は行く先々で災いを撒き散らしていて困っているってな」
なっ!なにを・・・
「ど どういう事よっ!あいつ、ここまで来たのっ!?災いを撒き散らしているのはあいつの方よっ!!」
だが、准将は腕組みをしたまま目をつぶって頭を横に振っている。
「いんや、あん方はいい方じゃよ。ほれ見てみい、わしらの砦の為に、あの様に立派な柵を作ってくれたんじゃ。おまけに柵の前には堀まで掘ってくれた。まるで神様のようじゃないか」
「あれだけの物をひとりで?それ見てなんとも思わなかったの?人間に出来るレベルじゃないのは見ればわかるでしょうに」
だが、これだけ言っても准将の考えは変わらなかった。
「あのお方は、聖女様の一族とは血縁関係にあるのだそうじゃよ。それなら、あの素晴らしいお力も納得がいくわい」
だめだぁ、この爺様、完全に信じ切ってるし・・・。
「なるほど・・・・」
ん?なに?
ふいにアドラーが頷きながら言葉を発した。
「アド?なにがなるほどなの?」
「ああ、聞こえてしまいましたか。いえね、准将閣下が聞いたと言う言葉を考えていたんです」
「言葉?ああ、奴が言ったって言う言葉・・・ね」
「ええ、彼は以前竜王様とお知り合いの様な事を言っていました。すなわち、神の眷属とも言えるのではないでしょうか?」
「えっ、、、ああ、、まあ、、、そうなの、、、かな、、、」
「そう考えると、彼の非常識なまでの能力も納得がいくのかなああって思ったのですよ」
「うーん」
なんか、納得しないでもない気がするんだけど、なんか納得するのが悔しい様な、複雑な心境だわよねぇ。
そんなこんなで悶々としていると、どこからともなく聞きたくも無い声が聞こえてきた。
「あんたさぁ、こんなところでもたもたしてていいのかしらぁ。手遅れになってもしらないわよぉ」
間延びした様なおかまチックな話し方、間違えようも無く奴だった。
「どこっ、どこなの?」
あわてて辺りを見回すが、奴の姿は見付からなかった。
「どこ見てんのよぉ、ここよ、ここ」
なんと、声の発生源はあたしの足元に居た小さなネズミだった。
驚いて立ち尽くして居ると、そのネズミはすっくと立ちあがって話し始めた。
「本当はこれはあちきの仕事じゃあないのよねぇ、でもね、もたもたしていると手遅れになるから、少しだけ手を貸してあげてるのよ、感謝しなさい」
いきなり訳の分からない事を言って来た。
「自分で感謝しろって言うひと、居たんですね。びっくりです」
メイが目をぱちぱちさせながら呟いている。確かにその通りだ。
「あんたさぁ、転移した人達、どうなっていると思っているのよぉ?まさか、みんなでむこうで仲良しこよしで平和に過ごして居る~なんて思っていないでしょうねぇ」
思って居ました・・・。
「敵対している勢力同士が同じ場所に飛ばされたのよ。どう考えたって、みんなで仲良くぅ~なんて出来る訳ないわよねぇ」
「それって、それってどういう事?何が言いたいの?」
やれやれと奴の顔をしたネスミが頭を横に振っている。無性に踏みつけてくなる衝動に駆られるのを必至に我慢していると、さらに話し始めた。
「いいこと?時間が無いから、要点だけかいつまんで話すわね。王都、イルクート、サリチアに設置した転移門に入ると、新大陸の北西部にある三か所の転移門に飛ばされて来るの。ここまではわかった?」
あたし達は、ただただ頷くだけだった。
「当然国王を中心とする一派とカーン伯爵を中心とする一派がお互いを受け入れられる訳もなく、カーン伯爵に与する者達はそこを離れて行ったのよ」
「離れて?別行動になったのね?」
「そう、あの新大陸はねぇ、南半分は険しい山岳地帯で人が住むには適さないの。だからカーン一派は大陸の北東側に広がる丘陵地帯に移動して行ったのよ」
「じ じゃあ、平和に住み分けが出来て、めでたしめでたしじゃないの?」
「あんた、相変わらずおめでたい頭をしているのねぇ、感心しちゃうわよねぇ」
「あ、姐さん、褒められちゃいましたねぇww」
あたしよりもノーテンキだったのはミリーだった。
「褒められちゃあうないわよ!」と、ポーリンに頭を小突かれている。
「いいこと?カーン達は元伯爵軍の軍隊と荒くれ者中心なの、それに対して国王軍は・・・」
「女子供中心って事ですね」
アドが冷静に言い放った。
「あらぁ、あんたの部下にしては賢い子がいるのねぇ。ええ、ええ、その通りよ、一般領民中心なのよ」
「でしたら、なにかと厄介な状況になっていますね。確かに時間がありません」
「ねぇ、アド?どういう事なのかしら?」
「向こうは男ばっかり、こちらにはうら若き女性が大勢・・・となれば?」
「あ!」
「住む所と食が安定したら、次はどうなります?何を欲しがります?」
「お おんな?」
「おほほほ、あんた小さいのに賢いわねぇ、そう、正にその通りなのよ。人口比率は一対十以上で圧倒的に王国軍が有利なんだけど、ほとんどが女子供と農民、戦えるのはほんの一部だけ。ねぇ、時間無いわよねぇ?」
「うむむむ、確かにそうだわね。でも、援護に駆けつけようにも、あたし達はまだ海にも出れないでいるのよ。どうしようもないわよ」
今のあたしには、俯いて両手を握りしめる事しか出来なかった。
「だからぁ、あちきがここで手を貸しているんじゃあないのよお」
「なんで?」
「ん?」
「なんで、あたし達に手を貸すのよ。あんたはあたし達の邪魔がしたかったんじゃあないの?」
あたしがきつい視線で睨みつけてやると、小さいネズミはその小さな肩をすくめている。
「そんな事ないわよぉ。あちきは面白ければそれでいいの。ここはあんた達が頑張ってくれた方が面白くなりそうだから、手を貸すのよ。不幸体質のあんたがどこまでやれるのか、わくわくするじゃあないのよぉ」
「なんなの、それ。そう思うんだったら、大きな船くらい用意しなさいよ。そんな事も出来ないで大きな顔しないでよね!」
ふん、とあたしはむくれてみせた。
「あらあら、そんないばった態度で支援しろだなんて、あんた達のボスはいかれてるのか、相当な大物なんだか、わからないわよねぇ」
「あははは、お褒め下さいまして、ありがとうございます」
アドがそう言って頭を下げるが、あたしは納得がいかない。
そんなあたしの気持ちなどお構いなしに、奴は再び話し始めた。
「そうねぇ、あんた達だけなら無理すればあっちに飛ばす事も出来ないでもないけど、どうする?ただし、あちきってば転送みたいな繊細な作業が苦手だから、どこに飛んで行くかは保障出来ないけどねぇww」
「はっ?あっち?どっち?飛ばすって?」
何を言っているのか、理解が追い付かなかった。
「お嬢?こんな所でなにを・・・」
話し込んでいるあたし達を見付けてアウラがやって来た。
「何をって、、、聞いてよアウラ。こいつがさぁ・・・・」
って、話せたのはそこまでだった。
不意に気持ちが悪くなり、おまけに視界が真白になった為、話しはそこで中断してしまったのだった。