116.
お待たせ致しました。シャルロッテの冒険譚、再会致します。
これからも宜しくお願い致します。
今の状況を解り易く言うと・・・イモムシ だ。
すなわち、真っ暗な室内で身動きが出来ない状態で転がって居る。冷たい床の上に・・・。
訳が分からない。なんでこうなった?
確かにあたしは勢いよく室内に飛び込んだ・・・・はずだ。
それが、なんでこんな状態に?手も足もまったく動かない。暗くて周りも見えない。なんなんだ。
さらに不思議な事は、あたしをぐるぐる巻きにした手際は凄まじかったが、その後だ。誰も一言もしゃべらなければ、襲ってもこない。なんなんだ?
もがいても、身動きが出来ないイモムシ状態なのに誰も襲って来る気配がない。
そんな中あたしは、自分が段々と冷静になっていくのを感じた。
どうしてこうなった?そうだ、飛び込んだ瞬間に足を引っかけられたんだった。そうして床に転がって、後は四方八方から押さえつけられて簀巻きにされたんだった。
完全に無抵抗なのに、なんで襲って来ないんだ?息の根も止めに来ないし・・・。
あたしは、今一度縛られた手足に力を入れてあがいて見た・・・駄目だ、びくともしない。
手足は動かないので体全体を使って転がってみた。
だが、その抵抗も、ゴロゴロと転がって勢いよく壁にぶつかって終わった。痛いだけだった。
その時、やっと暗闇から声が掛かった。
「もう終いか?」
「・・・・っ!?」
「終いかって聞いてるんだよ」
その声・・・えっ?まさか?うそ?
突然の声に動揺していると、周囲からも声が漏れ出した。
「ぷ・・・」
「ぷぷぷ・・・」
「・・・・くううぅっ」
「ぷはあっ、もう駄目だっ、腹が痛てえぇ」
「駄目だぁ、お頭、もう限界っす!ぷはははははははは」
どんどん床を叩きながら笑い転げている様も伝わって来た・・・。
「お お頭なのおっ!?あたしだよっ!あたし!シャルロッテだよ!!」
一瞬、場が静かになった。
だが、一瞬の静寂の後、再びその場は爆笑の渦に包まれた。
ひとしきりみんなが笑ったのち、冷たい声が聞こえた。
「そんなの知らされていたから最初からわかって居たさ。わかっていたから全員で待ち構えていたんだよ。それなのに、なんの警戒もせずに無謀に突っ込んで来るなんてよ、ばかかおめえ!」
「なっ!」
そのタイミングで明かりが灯された。
冷たい床の上から眩しそうに周囲を見回すと、腕を組んでニヤニヤしているむくつけき漢達があたしを取り囲んでいた。
その中でもひと際巨漢な男が目の前に立って居て、すっとあたしの前にしゃがんで来た。
その顔は、未だに慣れないのだが、あの顔面修羅場だったのをエレノア様に呪いを解呪してもらった、まごうことない『うさぎの手』のムスケルことお頭だった。
あれ?お頭ことムスケルの方が正しかったか?
い 今はそんな事はどうでもいい。問題はそこじゃない。
「分かっているのならさっさと解いてよ、いつまでイモムシにして転がしているのよおっ!」
「ふん、良く似合っているんだがな。ところでおめぇ、何でここに来たんだ?」
「そんなの、エレノア様を追って来たに決まってるでしょ?それに、海を越える為の船を造る資材を取りに来たのよ。船の為の木材は近くの陸地で船大工達が準備しているわよ」
「ほう、お前にしては、珍しく手際が良いじゃねえか」
「どうでもいいけど、さっさとほどいてよ!いつまでレディを床に転がしているつもりなの?」
「ん?れでー?なんのこった?そんなのどこに居るんだ?山猿ならそこに転がっているがなぁww」
むっかぁー!!なんちゅう侮辱!どうしてくれよう。
転がったあたしの事を放置したままなんて、酷くない?
「そうだなぁ、海を渡る為の船を造っているのなら、俺らも合流するべきか。よし、夜明けと共に移動を開始するぞ!おめーらは使えそうな資材を船に積み込んで出航にそなえろや。聖女のねーちゃんには俺が伝えておく。作業、急げよ!」
「!!!」
「ちょい待ちっ!エレノア様はご無事なの?どこにいらっしゃるのよ!」
「水と食糧の積み込みも怠るなよっ!」
「あたしの話しも聞けぇーっ!!」
「お頭、どうするんで?」
「ああ、うるさくていけねーな。それにここに転がっていられても邪魔だな。よし、猿ぐつわをして軒下にぶら下げておけ」
なんっですって!!!
「いいんですか?後でうるさいですぜ」
「構わん」
そんなこんなで、あたしはイモムシからミノムシにクラスチェンジさせられていた。
こんな事、屈辱以外の何ものでもなかった。
こんな事で大人しくしているあたしじゃあないわよ!
あたしはありったけの力を振り絞って戒めを解こうとしていたが、まったくびくともしなかった。
それでも、ぶらんぶらんとぶら下がったまま抵抗を続けていると、声が掛かった。
「あんまり暴れると、縄が切れて落ちるぞ。その状態で水に落ちて、おめー泳げるんか?」
それだけ言うと、さっさと中に入って行ってしまった。
明け方まで、まだたっぷり時間がある。
あたしは冷静に状況を把握しようとした。
エレノア様はご無事の様で、取り敢えずは良かった。
ここにある資材を積んで陸地に向かうみたいだから、予定通りだって事・・・なのか?
予定通りに事が進んでいるのに、なんであたしがミノムシになっていなくてはならないのか、納得が出来ないのだが、揺られている内に眠くなってきてしまい、目が醒めた時には外が明るなっていた。
「おう、目が醒めたか?」
普段通りのお頭だった。
「え?もう朝なの?」
「良くおやすみでしたね、お嬢」
久々に見たアウラは穏やかに笑っている。
一晩中縛られて吊るされていたので、身体中が痛く、爽やかな目覚めとはいかなかった。漏れそうだし・・・。
その後、三人掛りで降ろされたが、あたしは文句を言うよりも先に水に飛び込んだ。
・・・・漏れそうだったからね。
手足がしびれて、上手く泳げなかったが、なんとか皆の手を借りて窓から室内に戻った。
濡れた身体を拭いて居ると、お頭が戻って来たのを見て、大事な事を思い出した。文句を言わなくちゃ!
「お頭っ!」
「なんだ?」
「なんだじゃあないわよ、なんなのよこの仕打ちはっ!」
「お前な、死んでいたんだぞ。判っているのか?」
「何を言っているのよ、あたしは生きているじゃない!」
「ここに居たのが俺達だったからな。もし、敵対勢力だったら、どうするんだ?お前・・・間違いなく殺されてたぞ?」
「う・・・そ それは・・・」
「なんで室内の灯りが消えた時点で撤退しなかった。せめて、こっちが動くのを待つべきじゃあなかったのか?なんでイノシシみたいに突っ込んで来た?無謀を通りこして考え無しって言うんだよ、お前のとった行動はな」
「うううう・・・」
悔しいが何も言い返せなかった。
その時、助け舟が入り、説教から解放された。
「まるで若い頃のお前さんを見ている様で歯痒かったのだろうが、今は時間がない。説教は後回しにして移動しようじゃないかね?」
助け舟の正体は教授だった?あれ?ふたりは面識あり?若い頃って?
「ふう、分りましたよ。教官殿に言われちゃあしょうがない。ほれ、おまえも出航の手伝いをしろよ、時間がねえんだ」
そう言うと、頭をぼりぼり掻きながらお頭は出て行ってしまった。
あたしは、謎が増えただけで悶々としてしまった。
「ふっ、相変わらず不器用な奴だ」
「教授はお頭を知っているの?」
「ああ、青年仕官として聖騎士団に入って来た奴の面倒をみたのが、当時教官をしていた私なんだよww」
「ええええええっ!?お頭が聖騎士団に?」
「だいぶ大人になっておったが、熱血漢は変わらんな」
・・・・・あたしは、あんぐり口を開けたまま呆けてしまった。
「あれは盗賊団のアジトを急襲した時だったか、うかつに呪いの壺を開けてしまった部下を庇って呪いを一身に受けてしまってな。そのまま姿を消してしまったんじゃよ。当時は我が聖騎士団随一の強者だったからの、物凄い痛手だったんだ。私もかなり叱責されてしまったよww」
「そんな過去が・・・お頭、何も言わないから」
「ははは、あいつは言わんだろうな。そんな奴だよww」
「はぁ・・・」
「今回の事も、あいつなりの愛情表現だろうよ。もっと命を大切にしろってこった。シャルロッテ殿はもう一人だけの命じゃないのだからな」
ここまで言われたら、もう何も言い返す事はできなかった。
「はい・・・もっと自分の行動には責任を持ちます・・・」
「うむ、よいこじゃの。さあ、出航の準備をせんとな。皆への指示も忘れずにの」
「はい」
その数刻後、あたし達はエレノア様を護衛しつつ、西に広がる陸地に向かって出航する事となった。無限に広がると言われる海と言うものを渡る大型の船を建造する為に。