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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
115/188

115.

 まるで島の様な丘陵地帯で食料の調達と休養を取り、再度出発してから夜通しの強行軍を行い又朝が来た。

 周囲は遥か彼方まで水また水で、景色の変化が全く無いため進んでも進んでも前に進めている感じがしなかった。


「はぁ~、変わり映えのしない景色だわ。ねぇ教授、話しでしか知らないのだけど海ってこんな感じなのですか?」

「うん、うちも話でしかよう知らんわ」

「ウミ・・・おいしい?」

 並走しているポーリンやミリーも身を乗り出して興味津々の様子だ。


「そうですな、実は私も実際に見た事は無いのですが、見渡す限り水だそうですな。おまけにとても塩辛いと聞いております」

「その通りです。どこまで行っても水また水で、山の様に大きな魚も居るそうです。又、海に出ると波が激しいと言われております」

 情報部では、魚の情報まで掴んでいるんだぁ、すごいなぁ。


「こんな小舟でそんなに激しい波に耐えられるの?そもそも何日進んだら海に出られるのよ?」

「さあ、誰も経験した事の無い事ですので、情報部としてもお答えしかねますと言うのが正直なところでございます。そもそも、蛮族の国自体が未知の領域でございますので」

 賢者並みの知識を持っているアセット氏でもわからないんだぁ。


 それまで黙って考え込んでいたアドが唐突に口を開いた。

「この小舟で新大陸に渡るのが難しいのであれば、一旦寄り道をするのもありですかね?」

「寄り道?どこに?」

「先程寄った様な大きな高台ですよ。次に陸地を見付けたら、そこで人を集めてもっと大きな船を建造するっていうのはどうでしょう?」

「船を?」

「なるほど、水の確保さえなんとかなれば、それもいい考えですな。もっとも聖女様の確保が必須ではありますが」

 うんうんと教授はしきりに頷いている。

「でも、そんな船なんか誰が造れるの?」

「周りの船に声を掛ければ何人か経験者が居るのではないでしょうか?経験豊富な方ばかりでしょうから」

 なんとももまあ行き当たりばったりの計画性の無い計画なんだけど、状況が状況なので致し方ないのだろう。


「で?アセットさん、この先に目的に叶う大きさの陸地はあるの?」

「そうですね、もう少し行きますと蛮族の国との国境線の手前にそれなりの大きさの丘陵地が御座います。まだ水没はしていないと思いたいのですが」

「あ、もしかして蛮族とやり合った時にヘマトキシリンの集落の西に見えていた山の事かしら・・・」

 アドの記憶力は本当にたいしたもんだわ。あたしとは大違い。


「ほうほう、良く覚えておいでで。その通りで御座います。あの集落とは近いので、集落にあった三階建ての倉庫から食料や資材を調達なさるとよろしいかと」

 アセット氏は心底驚いたと言う顔をしている。あたしも驚いたわよ。



 その後、造船経験者を募りながら進むと、大きな船は経験無いが、小舟なら経験がありという強者が結構な人数集まったので、国境近くの丘陵部に上陸して造船の準備をお願いし、ポーリンとクレアの船はその周囲を護衛しつつ進路を丘陵地帯に変えて遠ざかって行った。

 あたしの船に繋いでいる船からは水と食糧を上陸班に出来るだけ渡して身軽になって単身ヘマトキシリンの集落へと進路を変えたのだった。

 他の避難民達は真っ直ぐに南を目指しているので、必然的にあたし達と同じコースを進む事になった。


 夜が来て、又朝日が昇って来た。

 流石に、速度が違う為、周りにいた避難民の船は姿を消してしまい、広大な水面にはあたし達の船だけになった。ポーリン達の船団もとっくに見えなくなっていた。

 相も変わらず、見渡す限り水また水のつまらない風景で、全然進んで居る感じのしない航海だった。

 だが、そんな変わり映えのしない風景ではあったが、二時の方向遥か彼方に陸地がぼんやりと見えて来たのに気が付いた。

 と言う事は、目的地のヘマトキシリンの集落は正面で合っているのだろう。全然近寄って来ている感じはないのだが。


 あたし達は、体力温存の為に交代で仮眠をとっている。ゆるく揺れているからなのだろうか、やたらと眠くて仕方が無い。横になると速攻で意識がなくなる。


 交代の時間が来たので、アドが肩を揺らして起こしてくれた。まだ目が醒めずぼーっと先頭で波を掻き分けている走竜を見ていて、ハッと有る事に気がついてその瞬間しっかりと目が醒めた。

「ねぇ、アド。走竜達、ご飯どうなっているの?全然食べていないんじゃなくって?大丈夫なの?」

 今の今まで全然気が付かなかったなんて。そう言えば、陸を歩いていた時も食事風景って記憶がない。まぁ、陸上なら歩きながら道端の草とか食べられるけど、ここは水の中だ。食べる物なんてないだろう。

「大丈夫ですよ。走竜は一度食べるとしばらくは食べなくても平気なんです。それに、雑食性なので、進みながら流れて来た草でも小動物でも食べられますので。先程上陸した時も、腹いっぱい食べていましたので」

「そうなんだ、それならいいんだけど」

 それを聞いてホッとしたと同時に、落ち込んだ。ほんとうにあたしってば、なーんにも知らないんだなぁ。

 すると、ポンっと肩に手が置かれた。教授だった。

「そんなに落ち込む事はありませんよ。知識なんてこれからいくらでも吸収できますからね」

 そう言ってニコニコと微笑んでいる。

 が、問題はそこではないっ!

 なんで、どいつもこいつもみんな当たり前の様にヒトの頭の中が読めるの?なんで?あたしって考えている事がだだ漏れしているって言うの?


 もういやああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!


 そんなあたしの葛藤など、この大海原の中では些細な事の様で、間違いなく状況はしっかりと進んでいた。

「姐さん、前方にヘマトキシリンの大倉庫と思われる建造物が見えますよお」

 アドの声に、あたしはがばっと顔を上げて船の舳先に向かい前方を凝視した。

 どこ?どこ?どこ?

 暫く凝視していると、水平線上になにやら豆粒の様な影が認識出来た。

「あんた、良くこんな小さいの見付けられたわねぇ」

「えへへ、心の目で見ていましたからww」

 ホント、規格外の娘だよ。たいしたもんだ。

「アセットさん、後どのくらいで着きますかねぇ?」

「そうですね、このペースですと夜半過ぎる頃には着けますでしょうか?」

「まだ結構かかるのね」


 その日はゆっくりと何も起こらずに暮れて行った。

 あたりは次第に暗くなっていき、目的地の大倉庫の姿もいつしか見えなくなっていた。

「やっと到着の目途がついたわね。後はエレノア様と合流して、資材を積み込んだら護衛しながら陸地を目指すだけね」

「そうですね」

 アセット氏の声は何故か沈んでいる?

「何か心配事でもある?」

「いえ、我々の行動指標は、あくまで無事安全に聖女様ご一行が大倉庫に到着なされており、我々の到着を待って居る、という前提に成り立っております」

「違うの?」

「そうではありませんが、私達諜報部は常に大前提が間違って居た時の事も考えての行動を考えております」

「大前提が間違ってって?まさかエレノア様がいらっしゃらないとか?」

「それもありますが、何者かに拉致されている事も可能性として考えております」

「そんな・・・」

「あくまでも可能性の話しです。事前に考えておけば、後手後手に回る危険は防げます」

「なるほど・・・」


「それで、今後起こりうる事態を考えておりました」

「それで?なにかいい考えでも浮かびました?」

「それが・・・あまりにも人が足りませんので、なす術も無いと言う感じでして・・・」

 そう言うと、アセット氏は首をすくめた。

「それって・・・」

「はい、下手な考え休むに似たりで、まあ出たとこ勝負という感じになりましょうか」

「だよねぇ、まあ仕方が無いかな」

「でも、最大限の警戒はした方が良いので、灯りは点けずに出来るだけ静かに接近しましょう」


 接近する際の基本方針は決まった。ただ単にいい案が浮かばなかっただけなのだが・・・。

 月明りの中緊張しながら、音を立てずゆっくりと進んで行った。

 どの位の時間が過ぎたのだろうか、大倉庫のものと思われる明かりがかすかに見えて来た。誰かが中に居るのは確実だった。

 いよいよだ。緊張が高まっていくのがわかる。手の平が汗でびっしょりだ。

 倉庫に乗り込むのは万が一の時戦闘が出来るあたし一人だ。武器は一本の短剣だけ、心許ない事おびただしい。


 やがて月明りの中、大倉庫の輪郭が認識出来る距離にまで接近した。

 二階と三階に灯りが見える。一階は完全に水没してしまっているみたいだった。ちらちら見える灯りは建物内の生活用と言うよりも外部に対する警戒の灯りの様に見える。


 接近してわかった事だが、正面にはやや大きな船が一隻停泊している。他にも小さな船も何艘か繋がれているのが見えた。

 これらは、目撃談にあったエレノア様の乗って来た船なのだろう。

 正面から近づくとかなり遠距離からでも見つかってしまうだろう。大回りして建物の開口部の少ない裏側に周り、あたしは足からそっと水中に身体を躍らせた。

 水上に頭だけ出して、静かに大倉庫に向かって泳ぎ出した。

 音を出さずに泳ぐのは殊の外難しく、けっこう神経を消耗するもんなんだなぁと実感した。

 大倉庫の裏側は開口部が少ないおかげで明かりも少なく、周囲は真っ暗で接近にはもってこいだった。

 

 こんなに長時間泳いだのは、産まれて始めてかもしれない。

 身体が冷えてきたのもだが、足が疲れて来た。このまま上陸して、もし戦闘になったらまずいぞ、どうしようと思っていると後方から大きな木が接近して来た。

 枝も根も付いたままのそこそこに大きな大木が流れに乗って接近して来たのだった。

 しめた、そう思ったあたしはそっと木の方に泳いで行き、その生い茂った枝の間に体を滑り込ませた。

 その木は流れに乗っているのだろう、ゆっくりと大倉庫の方に流されているみたいだった。

 あたしは枝に掴まりながら水の上に体を引き上げた。ここなら見付からないだろうし、これ以上身体が冷えるのを防げる。手足の疲れもある程度は回復出来るだろう。

 生い茂った木の葉に体を隠してもらい、あたしはしばし休養する事にした。


 どうやら体が温まったせいか眠ってしまっていたようで、野太いおっさんの声で目が醒めた。

 思わず体を縮めて周りの様子を伺った。


「どうだあぁっ!?」

「おーっ、こりゃあ結構でけーがただの流木だなぁ、まぁ問題はねえだろうよ」


 うん、間違いなくこっちを見ている。危ない危ない。

 しばらく身をひそめていたが、やがて人の気配が無くなったのを感じて、枝の間からそっと大倉庫の方を覗いて見た。

 思ったとおり見張りは中に引っ込んでいた。

 ふー、危ない所だったけど、これで用心されずにやすやすと大倉庫に取り付けそうだ、取り付けさえすれば、今回の任務は終了だ。

 などと思っていた。


 すぐに楽観視しちゃうのは、ノー天気なあたしの悪い癖なのは今までの事で十分にわかっていた。

 わかっては居たのだが、いけないのはあたしがノー天気な事だけではなく、周りの厄介ごとを引き込んでしまう不幸体質の方なのではないかと、最近思い始めている。


 もう少しで大倉庫に取り付けられそうな位置まで接近して、どこに取り付こうかと外壁を吟味していた時だった。

 案の定、不幸が舞い降りて来た。


「なぁにびびってんのよお。さっさと行かないと聖女様、殺されちゃうわよお~♪」

 不意に場違いで呑気で不愉快な声が降って来たのだ、それも直ぐ後ろから・・・。

 思わず「うわあぁっ!」と声を上げかけて、必死に両手で口を塞いだ。

 あぶねー、あやうく叫び声を上げるところだったよ、誰だ、こんな時に声を掛ける空気を読めない奴はって、、、え?今、ここには誰も居ないはずだぞ?

 だが、この声には嫌と言うほど聞き覚えがあった。

 歩く非常識なあいつだったら、こんな木の梢の上に現れても、なんら不思議はない。むしろ何で今まで姿を消していたんだ?

 そう思いながら、あたしはそっと後ろを振り返った。

 そこには、もう二度と見たくはないと思っていた疫病神が枝に腰を掛けてニコニコと微笑んでいた。

 それとは対照的に、眉間にふかーく皺を寄せたあたしの顔を見て、奴は意外そうな声で、まるで十年来の友人に話し掛けるかの様ににこやかに、少し不満げに話し掛けて来た。


「ああらぁ、なあにその嫌そうな顔は。折角来てさしあげたのにぃ」

「嫌そう、でなく嫌なんですけど。もう一度いいましょうか? イ ヤ なんですけど。どうやって来たのかは知りませんが、どこかへ行ってもらえませんでしょうか?あたし、今とっても忙しいんですけど」

「つれないわねぇ、あちきとあんたの仲じゃあないのよお」

「どんな仲だちゅうのよ!」

 話して居ると、どんどんイライラが募っていき、爆発しそうになる。

 魔族だか神だか知らないけど、とっとと居無くなれよ!!と心の中で叫んでみたのだが、こいつにはまったく伝わってはいなかった。

「まあまあ、あちきは魔族なんかじゃあないし。なんならあんたにいい情報を持って来たんだから、言わば救いの神として敬ってもいい位よぉ」

「情報だってぁ?はん、あんたの情報なんてどこまで信頼性がある事やらねぇ」

「あらあ、酷いわあぁ。いつでもとびっきりの情報を提供してあげたじゃあないの。ほほほほ」

 うげぇ、気持ち悪うぅ。


「そんなにのんびりしてていいのお?時間がないんじゃなくってぇ?」

「のんびりなんか・・・」

「いい?時間が無いから要点だけ言うわね。この倉庫の中にば無頼の輩に拉致された聖女さんが居るわ。急いで飛び込まないとなぐさみ者になっちゃうかも知れないわよぉ」

「なんっ・・・」

「お相手は、屈強な大男二十人位だから、すぐにボロボロにされちゃうわよお。どうするのぉ?」

「ボロボロって・・・」


 その時、不意に建物内の灯りが消えて、あたしはハッとした。

「ああら、ぐずぐずしているから始まっちゃったわねぇ、もう手遅れかなぁww」


 頭にかぁぁっと血が昇るのが感じられた。こいつの言っている事の真偽を確かめている余裕が無くなったと感じたあたしは、短剣を握りしめて大倉庫の界壁に取り付いていた。

 なにも考えずに・・・。

 考える前に行動してしまう、これがあたしの一番いけない所だとは重々分っていたのだけど、時すでに遅かった。

 外壁に取り付いたのち、短剣を壁の隙間に差し込みながら、態勢を維持しつつ窓に飛び移った。

 室内は真っ暗で何も見えないが、大勢の人の気配はひしひしと感じられた。

 あたしの姿は月明りによって窓に飛び乗ったシルエットとして敵には視認されている事だろう。ここまで来たらもう引き返せない。

 恐らく立ち上がっている奴が居れば、それは賊なのだろう、あたしはそう思い、意を決して短剣を振り回しながら室内に飛び込んだ。


いつもいらして頂いております読者の皆様、本日もありがとうございます。

皆様のお陰をもちまして、今日まで細々と書き続けることが出来ました、心より感謝申し上げます。

さて、個人的な事で大変申し訳ないのですが、来週一週間、ここ関東を離れ九州、四国までドライブに行く事となりました。

よって、来週の執筆はお休みさせて頂きます事を、この場をもちましてご報告させて頂きます。

次回の投稿は18日とさせて頂きます。

皆様におかれましては、残り僅かになりましたがGWをお楽しみ下さい。

では、18日まで暫し失礼致します。

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