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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
114/188

114.

 突如暗闇からかけられた声に、一同ギョッとした。あたしは危うく叫び声をあげそうになった。

 静かでしゃがれた声だったが、どこかで聞いた事がある感じがした。

 用心しながら船を洞に近づけて行った。

 松明の灯りに洞の周りの木の影がゆらゆらと動いており、なかなか声の主が視認出来なかったが、アセット氏が目ざとく見つけた様だった。


「あ、あそこ、あの木の陰に・・・」


 一斉にアセット氏の指差す方に視線を集中する事数舜、木の陰に寄りかかる様な小さな人影が見えた。

「あ、あの人、『ムラ』の長老じゃあない?」

 アドの声に、ああ、そう言われればと納得が出来た。


 走竜を操り、急いで船を洞に寄せて行った。

「長老さんですね?今、お助けしますから、もう少し頑張って下さいね」

 そう声を掛けたのだったが、その申し出は拒絶されてしまった。

「わしはいい。急いで南へ行け。門に入れなかった者は、皆南へ向かった。直ぐに追ってくれ」


 その直後、何か大きなものが水に落ちる音がして、あたし達は反射的に一斉に水に飛び込んでいた。

 あたし達の想像は当たっていた。水音は力尽きた長老が落下した音だったのだ。

 駆けつけた時、長老はうつ伏せに水面に浮いて居た。

 あたし達は大急ぎで長老を船に引き上げた。

 幸いな事に、長老は大して水も飲んで居なかった。単に力尽きただけの様だった。


「何をしておる。こんな爺いに構ってないで、さっさと行かんか」

 助けて貰っていながら、態度の偉そうな、いや、態度のでかい爺いだ。

「心配しなくてもちゃんと南にむかうから大丈夫よ」

 そう言って安心させつつ、走竜の頭を南に向けた。賢い走竜は状況を吞み込めたのかゆっくりと歩き始め、その後徐々に速度を上げていった。


 長老さんは命には別状はなかったのだが、船上で仰向けに横たわったまま起き上がってこなかった。

 だがしばらくするとぽつりぽつりと話し出した。


「ヒトと言う生き物は、、、、なんて醜いものなんじゃろう」

「この様な事態に直面すると、、、本性を現す」

「民度が低いのじゃろうか・・・」

「転移門の周りには何千人ものヒトがおったのじゃ。水が出始めた時に力を合わせて土手を築いて水を防げば、もっと多くの民を門の中に送れたものを、、、」

「あやつらのした事は、我先にと転移門に殺到する事と邪魔をする者を殺す事だけじゃった」

「自分が転移門に入る為に障害になる者は、女だろうが子供だろうがみんな蹴倒し、斬り捨て、我先にと門に殺到しておったわ。なんと醜い事か・・・」

「あの様な者どもに生き残る資格があっていいものか・・・」

「あの様な者どもが新大陸で新たに国を造るのかと思うと、恐ろしくてしょうがないわ」

「ワシは、新大陸には行きたくはねえ。ここで朽ち果てる事を選びたい。なのに、余計な事をしくさりおって」

 そこ迄言うと、長老さんは口を閉じ、あたし達の言葉に対して心を閉じてしまい、一切反応をしなくなった。


 あたし達は長老さんの言った言葉を思い出して頭の中で何回も繰り返し、そして絶望的な気持ちになった。

 長老さんの言葉のひとつひとつが心に突き刺さった。

 船縁を見ると、長老さんの言葉の正しさを証明するかの様に数多くの亡骸が後方に流れて行った。その中には小さな子供が大勢いた。

 本来なら、大人が守ってやらねばならない年齢だった。最優先で逃がしてやるべき対象のはずだ。まるで魔族の所業に思えた。

 

「ねえ教授、こんな事をする人族に存在価値ってあるの?このまま大陸とともに沈んだ方がいいんじゃないのかって思うわ」

 あたしは、教授の胸倉を掴んで前後に揺すりながら詰め寄った。

 教授は、さぞや困った顔をしていた事だろう。でも、その時のあたしには相手の事を思いやる心の余裕はなかった。心の中のもやもやを誰かにぶつける事しか出来なかった。


「シャルロッテ殿・・・」

 教授はそれ以上何も発しなく、しばらく黙ってあたしの頭を撫でてくれていた。


「シャルロッテ様、いっその事新大陸の連中、滅ぼしますか?何でしたら兵を集めますが?」

 アセット氏にいたってはとんでもない事を言い出す始末。そんな事出来ない事なんて判り切っているだろうに、絶対あたしの事からかっている。

「はぁ、出来たらどんなに楽か」


 頭の中がぐちゃぐちゃなあたし達の事などお構いなく、走竜はずんずんと進んで行く。

 松明は消しているのだが、満月が昇って来たのでうっすらと周囲の状況が見えた。

 そこかしこに歩いて南を目指す人達が見えたが、こちらは小さな船なのでみんなを救い上げる事は出来なかった。

 南に向かう様に声を掛けながら、更に先を目指したのだが進むにつれて水中を歩く避難民の数は増えていった。

 中には剣を抜いて斬りかかって来る無頼の者も居たが、走竜の起こした波に呑まれて波間に消えて行った。

 気が付くと、走竜の地面を蹴る力強いストロークが感じられなくなって来た。とうとう水深が走竜の腰を越えたのだろう、走行から竜かき?に移行したと思われ、速度もぐんと落ちた感じだった。

 まだまだ蛮族の国との国境線までは長い道のりだった。国境線を越えてから、まだまだ蛮族の領地を南下しなくてはならない。

 今回の旅は、まだまだ気が遠くなるほど先が長い。

 途中、何回も水と食料の補給もしなくてはならない。

 老人達の体力も、どこまでもつかわからない。

 さすがに、三頭の走竜で三百艘の船を引っ張るのは無理がある。力尽きた船は置いて行くしかないだろう。

 だけど置いて行く事は、なるべく回避したい。なんとか工夫しなくてはならないのだが、今の所打つ手はなかった。

 他にも、歩いて南を目指している人達にも救いの手を差し伸べたいのだけど、自分達が助かるのかもわからないこの状況でいったいどうしたらいいものか、頭が痛くなるばかりで考えが纏まらない。

 もっといろんな事を勉強して置けばよかった。


「シャルロッテ様、前方に丘陵地帯が見えてきました」

 前方を凝視していたアセット氏が叫んだ。


 ハッとして前方に視線を移すが、どこだ?わからないぞ?

 そのまま、月明りの中目を凝らして居ると、なんとなく小高い丘の連なりの様なものが見えて来た。

 情報部員の視力は凄まじいものだなあと心から感心したのだった。


 それから暫く進み、月が真上に登った頃、さらにしっかりと丘の様子が見えて来た。

 かなりの数の避難民が上陸している様で、あちこちに焚火と思われる明かりが確認出来た。

 あたしは走竜をUターンさせた。

 Uターンした後、ジグザグに走らせて歩いている避難民を船縁に掴まらせた。小さな子供は出来るだけ船に引き上げた。

 こんな事をしても、救える避難民などたいした数にはならないとわかってはいたのだけど、何もしないでやり過ごす事はあたしには出来なかった。

 根っからのバカなのかも知れないなと、思わず自嘲気味に笑いがこみ上げて来た。


「教授、あたしのしている事って、無駄な事なのかな?ただの自己満足なのかな?でも、生きている人を見殺しにはしたくないよ」

 問われても、教授も困るだけだろうとは思ったが、半分泣きべそをかきながら教授に問い掛けた。

 だが、教授はあたしの質問を予測していたのだろうか、すらすらと答えてくれた。

「自己満足ではいけませんか?シャルロッテ殿の行動により一人でも多くの命が助かるかも知れないのですよ。自己満足、いいではありませんか。この事が正解か不正解かは、百年後、二百年後の人が判断してくれる事でしょう。今は出来る事を精一杯やれば良いと思いますよ」

「教授・・・」

「我々は神では無いのですよ。何もかも出来る訳は無いのです。常に今出来る事を精一杯やれば良いのです。私は手をこまねいて悔やむくらいなら、出来る事を精一杯やった上で悔やむ方が人として正しい道ではないかと思いますよ」

「今している事が正しいかなんて、誰にもわからないのです。やれるだけの事をして、、、、だめだったら、、、その時は、その時ですよww」


「そうですな、我が情報部も今や壊滅状態ですからろくな支援は出来ませんので、支援なしに出来る事、この船を使って少しでも周りに居る人々を助けましょう」

 アセット氏もあたしの考えに賛同してくれているみたいだった。アドは、、、聞くまでも無くニコニコとこちらを見ている。

 あたしは不安定な船上で立ち上がり叫んだ。

「みんなぁ~、陸地まで後少しよお~。引っ張るから周りに集まってちょうだい!子供は船に乗せるから声を掛けてねえ!」


 そうだ、ポーリン達にも手伝って貰おう、その方がより多くの人を助けられるだろう。

 そう思い彼女達の船を探そうと振り返ると、白波を立てながら近寄ってくる二頭の走竜達が視界に入った。

 そうだ、あの子達は指示待ち君じゃあなく、ちゃんと自分の頭で先の事を考えて動けるんだったよ。あたしは思わず微笑みがこぼれるのを感じた。


 その後も、陸地の周りを何度も行き来して救えるだけの人達を救い、ほぼ目に付いた人達を上陸させられた頃には空が白み始めていた。

 自分が上陸する頃には、疲労困憊でふらふらになっていて、上陸と同時にばたりと倒れ込んでしまった。

 だが、仰向けに大の字に転がってはいたが、心はやり切った感で一杯で、いつの間にか寝てしまっていた。


 目が醒めた時にはお日様は真上に上がっていた。

 気が付くとアドが隣に座っていてニコニコしていた。

「お目覚めですか?姐さんの判断のおかでで、かなりの人がこの陸地に上陸できましたよ」

「そっかあ、良かった。悔いは残したくはないからね、出来るだけの事はやりたいんだ。苦労をかけてごめん」

「あははは、何をいまさらww。迷惑なんて、今に始まった事じゃないでしょうに」

 酷い事をさらっと言い、ころころと笑っている。


 そこで、はっと周りの違和感に気が付いた。かなりの数を助けた割に、周りに人がまばらにしか見えない。かなり少ない気がするのだった。

「ねえ、上陸した人・・・少なくない?」

「そりゃあそうですよ。姐さんが大いびきかいて寝ている間に、みんな猟を済ませて出発しちゃいましたよお」

「猟?」

「ええ、避難していたのは人だけでなくて動物達も少しでも高い所へと避難して来ているんです。ほら、周りを見て下さいよ、かなりの数の小動物が走り回って居るでしょ?」

 なるほど、今後の為に動物を狩って食料を補充したのか。納得だ。

「ほら、助けて貰ったお礼だって、あたし達の分も獲物を狩ってちゃんと捌いて置いていってくれてますよ」

 アドの後ろを見ると、大きな焚火の周りで木の枝に刺された肉が大量に焼かれていたり燻されていた。

 どうりでいい臭いがする訳だ。

「もう少しで肉の処理が終わるので、出発出来ますよお」

 肉の番をしていたポーリンが声を掛けて来た。

 みんな凄いなあ、なんかあたしが一番役立たずに思えるのは気のせいなのだろうか。


 テキパキと働いているポーリン達をみていて、ハッと気が付いた事があった。

 こうして当たり前の様に付いて来てくれているが、はたしてこれって当たり前の事なの?

 危険な思いをしながらも文句ひとつ言わないが、彼女達にメリットって・・・あるのだろうか?

 このまま連れ歩いてもいいものだろうか?

 難しい問題だ。


 やがてあたし達の船で助けた人達は、みんな自分の家族を探して一緒の船に乗って出発してしまったので、今この陸地に残っているのはあたし達だけとなった。

 体力が尽きて動けなくなった人が一人も居ないのを不思議に思ったのだが、体力が尽きた人は既に波間に呑まれたのだと聞いた。

 力及ばず残念だが、後ろを振り返っている暇はなかった。まだ、先は長いのだ。振り返るのは、この世を去る時でも遅くはないだろう。


 肉を焼いて居る間に陸地を探検していたメイ達が空船を八艘見つけて来たので、あたし達走竜の後ろに二艘、三艘、三艘の組み合わせで走竜に繋いだ。

 新たに繋いだ船には水と食料を満載した。気休めにしかならないだろうが、今のあたし達には気休めも大切だ。


 出発の準備も整い、あたし達は再び広大な海?湖?に乗り出した。

 まだ、塩分は感じられないから湖でいいのかな?などとぼーっとしながら呑気な事を考えていた。


 あたし達は最後尾で出発して、みんなの船を追った。

 少しすると速力の差のおかげで、あっという間に先行した最後尾の船に追い付いた。

 頑張れーっと声を掛けて更に進んでいると、次第に避難民の船の数が増えていった。

 他の船の邪魔にならない様にあたし達は避難船の間を縫って先を急いだ。恐らくこの先を進んでいるであろうエレノア様の船を探すためだ。

 アセット氏が集めた情報によると、エレノア様達は、こっつい男達にさらわれて一足先に南に向かったとの事だった。

 おそらく、さらったのはお頭達だろう。水はいいとしても食料は不足している事だろうから、一刻も早く食料を届けてあげたい。

 その思いで、あたし達はみんなを追い越して先を急いだ。


 そんな中、周りを進む避難民達の間からぽつりぽつりと情報が寄せられる様になった。

 情報をまとめると、エレノア様の乗った船は『ムラ』にあったちょっと大型の船だそうだ。

 その大型の船を体格のいい男達の乗ったやや小さめの船が二艘で力任せに引っ張っているのだそうだ。

 間違いない、その船がエレノア様の乗った船に違いない。

 相当の速度で進んでいるそうなので、こちらももたもたしてはいられない。

 周りを進んでいる避難船に最大限の注意を払いつつ、あたし達も先を急いだ。


 周りの船から「頑張ってくれー!」「聖女様を頼むぅー!」「後から必ず追い付くぞー!」などと声援を送られ、否が応でも気合が入るのだった。


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