112.
大変申し訳ありません。話の都合上地震の記載が御座います。
不快に感じられます方は、ページを閉じて頂けると幸いです。
次回113話も地震の内容となります。
教授の部下が息を切らしながら、代わる代わる城壁最上部に設営された戦闘指揮所にやって来ている。
城塞都市イルクート内各地区に散って偵察をして、その状況報告に上がって来るのだ。
みんな報告を終えると同じ様にヨロヨロと日陰を探して歩いて行き、そのままバタリと倒れ込み大の字になり、そのまま動かなくなるのだった。
そりゃあそうだろう、みんなかなりのご高齢揃いなのだから・・・。
集まって来た報告をまとめると、鉄壁を誇って居た城壁も最初の大振動であちこちに亀裂が入り、その後続発している振動でさらに崩壊が進んでしまい、もはや敵の侵入を防ぐ事は難しいとの事だった。
ひっきりなしに続いていた爆発音も先程からすっかり途絶えてしまっていた。みんな任務を全うしたのだろう。
だが、あたし達は悲しんでいる時間は無かった。
急いでこの先の方針を決めなければいけなかったからだ。
「教授、どうしたらいい?何か出来る事はある?」
もう、どうしたらいいか判らなくなっていた。知恵者のアドラーでさえも腕を組んで黙りこくったままなのだ。
「ふぉふぉふぉ、シャルロッテ殿にしては珍しく弱気ですな」
教授は普段通り、と言うか普段よりも優しい表情だった。この古だぬきは何を考えているのかさっぱりわからない。
「我々はまだ生きております。生きておれば何かしら出来る事はあるはずですよ。泣き言や後悔は死んでいくその最後の瞬間にすれば良いのです。今はその時では無いと思いますが?」
「でも・・・」
「諦めなければ、道は開けます。奇跡も偶然も、起きるのを待つのではなく、自ら起こすのです。全力を尽くしてあがいた者にだけ奇跡は舞い降りるのだと仰られていたそうですよ」
「誰がそんな事を?」
「マルティシオン・ド・リンデンバーム様。伝説のリンデンバーム家の初代ですな」
「そうなの・・・?」
「はい、代々そう伝わって来たそうですよ。だから、みんな諦めずに敵に立ち向かったのでしょう。ですので我々が今ここで諦める訳にはいかないのです」
「・・・確かにそうなんだけど」
理屈はわかる。わかるけど、どうしたらいいの?こんな最悪な状況でどうしたら・・・。
その時、大の字軍団から声が上がった。
「おーっ!ヨウゴ、貴様生きておったか!」
そのヨウゴと呼ばれた老人は、真っ白なぼさぼさの髪の毛を振り乱しながら杖に必死でしがみつき階段を登って来た。
「ヒトの事勝手に殺すんじゃあねえっ!」
その声は、まだまだ元気だったが、足はもつれてよろよろだった。
すかさず、ポーリン達が駆け寄って体を支えてあげていた。
「おー、おー、この歳で若いおなごにモテモテになるとは、まだまだ死ねんのう。うひひひひひ」
たいした爺様だ。
教授も駆け寄り声を掛ける。
「ヨウゴ、大変じゃったな。して、転移門の状況は掴めたか?ああ、まずは座って水でも飲め」
ポーリン達はヨウゴ爺さんを座らせて持っていた水を飲ませた。
「ふう~っ、生き返ったわい。嬢ちゃん、おおきにわい」
メイに水袋を返すと腕で口を拭い、教授の方に向き直った。
「座ったままで失礼するど。あっちは地獄じゃ、みんな我をわっせとって、人間とは思えん有様じゃ」
「そんなにか?」
「うむ、貴族共が我先にと争うとっての、実際殺し合いになっとったわ。人間、ああはなりとうあらへんわなゃ」
「そうか。。。して、聖女様はいかがいたした?」
「ああ、それな。なんか不思議な光景やったわ。ごっつい盗賊風情と若い聖騎士達が護っとったわな。とりわけ盗賊共の強いのなんのって」
お頭達だ!まだ頑張っていたんだ。
あたし達も負けちゃいられないわ。
あたしは、城壁から身を乗り出して改めて周りの戦況を見た。
お堀からは次々と等身大のゴーレムが這い上がって来ており、お堀の外では、人の二倍はあるゴーレムが兵士に取り囲まれながらも善戦していた。
だいぶ敵兵の数は減って来てはいるみたいだが、まだまだかなりの数が残って居た。
そうしている間にも、不気味な揺れが間断なく続いている。後どの位もつのだろうか。
エレノア様も、さっさと転移してくれればこっちも楽なのに、なんてつい思ってしまう。
「教授っ!大変だあぁ~、城塞内が水び出しだあぁ」
突然の叫び声に、何事かと覗きに行くと、確かに道路が濡れている。
すると、誰かが濡れた道路を水しぶきを上げ叫びながら走って来るのが見えた。
「城塞内にある大地の亀裂から水が噴き出して来ています!」
「なんだとっ!?どういう事だ?」
今はまだ路面が濡れている程度でたいしたことはないのだが、城壁から身を乗り出してしばらく見ていると、確かに水位が上がって来ているのが分かる。これはかなりの噴出量じゃあないのだろうか。
「姐さ~ん、お堀の水も溢れだしとるでぇ~」
「なんだってぇ!?」
ふたたび城壁の端まで行き、お堀を見下ろすと確かに水が溢れ出して地面の色が変わっていた。
思わず教授と顔を見合わせてしまった。
「これは・・・」
教授も言葉が出ない様だ。
「ありゃあどうした事じゃ。あそこ、あそこの林見てくれっ」
報告を終えて休んでいた爺様が指差す方を見やると、そこには小さな林があった。
「あそこにはたいして大きくはないが沼があったはずじゃ。見てみい、林を中心に地面の色が変わっておるじゃろう」
確かに、林を中心に地面の色が変わって居る。あそこも水が溢れてきているのだろうか?
「教授?」
思わず教授に声を掛けた。
だが、教授も困惑している様だった。
「過去の記録にもこの様な記載は有りませなんだ。全くの未知の現象と言っても良いでしょうな。大地が沈むと言っても、バラバラに砕けて沈むのか、この状態のまま静かに沈んで行くのか、想像も出来ません」
「みそしる・・・」
メイが突然訳の分からない事を言いだした。
「みそしるって何?」
すぐさまクレアが突っ込んだ。
「うん、こう言う時に言うんでしょ? 紙のみそしるって」
「それを言うなら『神のみぞしる』ね」
アドラーは淡々と突っ込むみ、メイはでへへと頭を掻く。
この子達は、いついかなる時にも自分を見失わないんだなと、ある意味感心した。
「とにかく!沈下が始まって居るのなら、このままここに居てもしょうがないわ。早くエレノア様の元に行って転移して貰わないと」
「ですが、今我々が動いてしまいますと、あの連中も付いて来てしまいますが?」
確かにそうなんだが、あいつらが付いて来てしまっても、エレノア様さえ向こうに転移させれば、あとはなんとでも・・・
なんて考えていると、突然爆発音が聞こえて来た。
今回の爆発音には妙な違和感を感じたが、すぐにその訳に気が付いた。
今までの爆発音は城内からだったが、今回の発生場所はどうやら城壁の外らしかった。
どうしたのかと思った瞬間、ハッと思い出した。
そうだ、情報部のアセット氏が敵の頭を潰しに行って居るとアドラーが言っていたんだった。
もしかして、敵の司令部を・・・潰したの か?
城壁から身を乗り出して敵陣の奥の方を見つめていると、アドラーに声を掛けられた。
「時間・・・ありませんよ」
確かにそうだ。敵の指揮系統が乱れたのなら、敵が混乱しているのなら、脱出を結構するのは・・・今だ。
「教授! って、なにを?」
振り返って教授に撤退について意見を聞こうと思ったのだが、そこに見えているのは、もくもくと上空に上がって行く黒煙の帯だった。
「なにこんな所で焚火なんか・・・」
高い城壁の最上部、そこでは老兵達がせっせと焚火に薪をくべていた。そして、なぜか時折巨大な布で煙を遮断している。
必要以上に薪をくべ過ぎたのか、はたまた薪が湿っていたのか、立ち昇る煙は真っ黒だった。
「これは・・・」
唖然としていると、ニコニコとした教授が種明かしをしてくれた。
「これは、撤収の合図なんですよ。今頃イルクート中に散った仲間は撤収を始めているはずです」
「さすが、歳を取っても聖騎士団。抜かりは無いって事なのねww」
「恐れ入ります」
教授はうやうやしくお辞儀をして来るが、あたしは一つの疑問をぶつけてみた。
「でさぁ、脱出するのはいいんだけどさ、周りにはまだうじゃうじゃ敵兵がいるわよね?力づくで突破するのかな?」
「ふぉっふぉっふぉっ、こちらは老兵ばかりで数も劣勢、力づくの作戦では成功はおぼつかないでしょう」
「だったら・・・」
「マルティシオン・ド・リンデンバーム様に助けを乞います」
「えっ!?マルティシオンって、あの人はもう何百年も前に・・・」
「はい、正確には遺産・・・ですな。あの方の残された遺産がこのイルクートの街中に眠っているのです」
「いさん・・・? じいさん?」
「いえいえ、じいさんは我々ですよ。言い伝えによると、この辺りは度々川が洪水を起こしていたそうで、避難及び、洪水後の食料調達の為に船を多数街中に隠してあるそうなんです」
「へええ、知らなかったわ。今は洪水なんて起こらないわよね」
「はい、治水技術の進歩で使わなくなって久しいそうですが、まあまだ何隻かは使えるでしょうて。ふぉっふぉっふぉっ」
「出たとこ勝負なのね」
「いえ、臨機応変と言って下さい」
ああ言えばこう言う、口の減らない爺様だよ。
「で?船の確認は?」
「はい、みんなで手分けして実施しておりますれば、しばしお待ちを」
はいはい、役立たずのあたしめは、敵兵の監視に勤しみましょうね。
そう割り切って城外に視線を向けた。
城外では相変わらずゴーレムと敵兵の戦いが続いていたが、先程までとは雰囲気が違う感じがする。
どこがと言われると困るのだが、どことなく統制を欠いて居る感じがするのだ。
それに、お堀の水が先程とくらべるとかなりの量溢れ出していた。
周囲に広がる平原も、あちこちで水が噴き出して居るのか、色の濃くなった染みみたいなものの面積がどんどん広がって来ているのがわかった。
ふと城内を見ると、既に水位は大人の膝近く迄上がって来ていた。やはり浸水が進んできている。
再び城外に目を向けると、司令部があったであろうと思われる場所には大きな窪みが出来ていて、うっすらと煙も立ち昇っていた。
どうやら、奇襲は成功したみたいだった。
見た感じ、ゴーレムと戦って居る兵士よりも、逃げ惑うと言うか、ただ走り回って居るだけの兵士が目に付いた。
命令が出なくなりどうしていいかわからなくなっているのだろうか?それとも、どんどん溢れて来る水に恐怖しているのだろうか?
どっちにしても、これはいい兆候だ。
あとは城塞内各地に散った仲間が帰って来たら、みんなで船に乗っていイルクートを脱出するだけだった。
マルティシオン様の残した船だ、きっと巨大船に違いない。転移門をくぐれなくても新大陸までは楽に航海出来る事だろう。
もしかして、空を飛べたり出来ないだろうか。期待が高まっていくのを感じるのだった。