111.
本当にひどい目にあった。
そして、この後更にひどい目にあう事になるのだが・・・。
決してあたしが不幸を呼び込む体質だなんてことは認めない。ええ、ええ、決して認めない。
突入してしまった民家から抜け出した直後、あたし達は再度激しく揺すられた。
今回は揺すられただけでなく、落とされてしまった。
どこに落とされたかって?そりゃあもちろん・・・なんなんだろう?
大きな亀裂って言えばいいのだろうか?
腹に響く地鳴りと同時に突然目前の道路が大きく口を開いた為、先頭を走っていたポーリンの走竜は無事飛び越したのだが、あたしの乗った竜車は飛び越せなくて、まともに巨大居な亀裂の中にダイブしてしまったのだ。
とっさの事だったので、御者席のあたしと隣に居たアドラーは反射的に手綱にしがみついて落下は免れたのだが、亀裂の中で宙ぶらりんだ。
なぜ落下していないのか上を見ると、走竜二頭がその短い両腕で必死に崖にしがみついているのが見えた。
現在位置は、地表から五メートトルほど下がった崖の中腹だった。崖の上からポーリンがこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「姐さ~ん、大丈夫なん?」
「この状態を大丈夫って言っていいなら、大丈夫よお~」
言ったとたん、ハッとみんなの事が気になって足元を見た。
そこには、二頭の走竜から繋がってぶら下がっている竜車本体があった。
そして、今まさに竜車本体から三人が這い出て来る所だった。
「みんなぁ、大丈夫ぅ~?」
「この状態を大丈夫って言っていいなら、大丈夫ですう~」
苦笑いをしながらも、取り敢えずは無事そうだった。
「危ないから、早く登ってきなさーい!もっとも、ここも危ないんだけどねぇ」
その後、三人ともはあはあ言いながらもよじ登って来た。ほんと、みんなしぶといわぁ。
なんて思っていると、走竜と竜車を繋いでいる轅と呼ばれる二本の木の角材がメキメキと嫌な音を立て始めた。
アッと思う間もなく、轅はちぎれ、竜車本体は真っ暗な深淵へと飲み込まれて行った。
三人はと言うと、辛うじて残った轅にしがみつき難を逃れていた。
その後、軽くなった走竜達はその鋭いかぎ爪の力を存分に使いあたし達五人をぶら下げたまま崖をよじ登り、無事亀裂から脱出したのだった。
そうこうしている間にも、遠方からは爆発音がひっきりなしに続いている。いったいどんだけの地下通路があったのだろう?
巨大な都市だけあって、無数にあったんだろうなあと思う。
とにかく急いで教授の元に行かねば。
あたし達六人は三頭の走竜に分乗して教授の居る城壁に向かった。この先にもどれだけの亀裂があるのか未知数なので、速度を落とさねばならないのはもどかしかった。
飛び越せる亀裂は飛び越え、無理な幅の亀裂は迂回し、大きな揺れが来る度に立ち止まり、やっとの事で城壁に辿り着いた時にはすっかり陽が昇っていた。
だが、城壁を見たあたし達は愕然としてしまった。城壁のあちこちが大きく崩れてしまっていたのだ。
大きな揺れによって城壁のあちこちが大きく崩れてしまっていた。かろうじて城壁の体は保ってはいる様だったが、見た感じ後どの位耐えられるものなのか疑問だった。
「まずいなぁ・・・」
思わず本音が出てしまった。
「ほんま、あきまへんなぁ。壁が崩壊寸前やねんな」
「くずれそう・・・」
「はんぶん瓦礫ね」
「もう限界でしょうか?」
みんな散々に言ってますが、今はそれどころではないので、ポーリン達を連れて取り急ぎ城壁の階段を駆け登ろうと足を掛けた。
そして・・・階段は・・・みごとに崩れた。
決してあたしが重かったとか、そう言う訳では無い。絶対にない。ありえない。
地震のせいで、ほとんど崩れかかっていただけなのだ。たまたま、そこにあたしが足を掛けただけで・・・。
結局、その階段はのぼれなくなったので、あたし達は少し遠い階段まで走って、そこから上に上がったのだった。
ほんと、災難だ。
「随分と大暴れされている様ですな」
教授が笑いながら出迎えてくれた。
だが、あたしにも言い分はある。
「あ、あたしは何もしてないわっ、あの大きな揺れのせいで城壁が脆くなって・・・」
反論をしかけたのだが、女性の声で遮られてしまった。
「なぜ、こんな年端も行かない子供達がここに居るの?さっさと避難させなきゃ駄目じゃないの!」
その女性は教授を睨みながら一気にまくし立てた。
教授をタジタジにしたその女性は、何と言うか、、、そう、まさに代表的な飲み屋の女将さん?そんな感じだった。
背はそこそこだが、でっぷりと、、、、いやいや、がっちりとした体型で頭にはバンダナを巻いて、前掛けをしていた。
左手にはフライパンを持ち右手には巨大な肉切り包丁を握りしめており、まさに今厨房から飛び出して来たみたいな感じだった。
あたしがあっけに取られていると更にその女将さんが続けた。
「娘っ子はさっさと避難おし!ここは遊び場じゃないんだよ!何の役にも立たない子供はさっさと出て行きなっ!」
あたしはあまりの事に言葉が浮かんでこなかったが、ポーリンはすぐさま対応した。これが若さなのだろうか?
「おばはんっ!?うちらが役立たずやて?どこに目ん玉付けてるんや、こう見えてもうちらはずっと最前線で戦って来てるんやでえ」
だが、この猛烈おばさんには全く響いていない様だった。
「いくらごちゃごちゃ言ったって、ガキはガキなんだよ!つべこべ言っていないでさっさとママの所に帰んなっ!」
「なっ!もう頭来た!!ヨボヨボ婆あのくせに何ゆうとるねんっ!」
「なんだい、やるって言うのかい?いい加減にしないとお仕置きするよっ!」
巨大な肉切り包丁を振り上げた女将さんVSポーリン、まさに一触即発状態だった。
そんな時だった、不幸が不運や災厄と手を繋いで割り込んで来た。
「御取込中大変申し訳ございません」
「なにっ!?今、取り込み中だよ!」
話に割り込んで来た男性は、いかにも影が薄そうな、存在感の無い感じのひょろっとした人だった。
女将さんの勢いに押されながらも話を続けて来た。
「あのお、わたくしは将軍様からゴーレムを産み出す剣の見張りを言い使っておりまして・・・」
「で?それで、何なのっ!?」
女将さんの圧は相変わらず凄い。
「えーと、それでですね、剣を見張っておりましたのですが・・・」
「だから何っ!?要点をさっさとお言いっ!!」
女将さんはイライラが募って来たみたいだった。あたしだって、はっきりしない人は嫌いだ。
「はい、えーとですね、先程の揺れでですね、剣が城壁からお堀に落下してしまいまして・・・」
「・・・・・えっ!?今なんて?」
「ですからですねぇ、えーと、城壁からですね、ゴーレムを産み・・・」
「あんたっ、、、バカ?バカなの?あんた、黙って落ちるのを見てたの?」
「でも、見張ってろと・・・」
「あ、めまいがしてきた・・・」
おばさんの、いや女将さんの巨体・・・ふくよかな身体がよろめいている。
その男性は、何がどうしたのか分からないといった顔で困惑している。
「あ、それでですね」
「「今度はなにっ!!」」
あたしと女将さんのツッコミが被った。
「えーっと、ですねぇ。先ほどの揺れでですねぇ」
ああ、この話し方、何とかならないのかしら、いらいらする。
「城壁が一部崩れまして、それでですね、少数ではありますが、敵兵が取り付きまして・・・」
ここで、とうとう女将さんが切れてしまった。まぁ、しょうがないわな。
「あんたっ!それを黙って見ていたって言うんじゃあないわよね?」
「でも、、、わたくしの役目は剣の見張りでして・・・」
「それでも、報告くらいは出来るでしょうにっ!報告もしないで何してたって言うのよっ!!」
「時間なので、食事を摂って、その後食後のお茶を・・・」
そこ迄言った所で、その男性は鳥になって・・・じゃなくて、女将さんに張り倒されて、宙を舞っていた。
あ、と思った時には、城壁を飛び越えて空に飛び出し、お堀に向かって落下して行ってしまった。
あーあ。
ふと視線に気が付き教授を見ると、もの言いたげにあたしに視線を送って来ていた。
その視線は「この後、どうするよ?」と言って来ているみたいだった。
あたしが思案に暮れて居ると、教授があたしの事を女将さんに説明していたらしく、女将さんの素っ頓狂な叫び声が聞こえて来て思考を中断させられた。
「何だってえぇ!?聖騎士団長の娘ダッテェェ?ホントかいっ!?なんだってそんな娘がこんな所に居るんだい?おかしいじゃあないのよ!」
はぁ、なんかため息が出て来た。
今問題にするのは、そこじゃないだろうに。
「とにかく!!」
勢いよく発したが、その後が続かない。どうしよう。
「まずは現状把握ですね。それと、目標の再設定、と言った所でしょうか?」
みんなの視線がアドラーに集中した。
そう、この発言はあたしの懐刀、アドラーが発したのだ。
「現在、我々が置かれている状況を正確に把握していなければ、正しい判断は下せないでしょう。それに、大事なのは最終目標です。あくまで生き残る事を前提に戦うのか、それともあくまで時間稼ぎが目的で生死は問わないのか。それによって戦う方法も変わってくると思うのですが」
みんな驚いているのだが、特に教授の驚愕が半端なかった。
「シャルロッテ殿、あのお嬢さんは何者なのでしょうか?幼く見えますが、まさか既に大人・・・なんて事はありますまいな?」
腰まで延びた綺麗な癖の無い藍色の髪の毛を後ろで纏めている姿は、知的な感じではあるが、どう見ても年相応の少女にしか見えないし、あたしの認識もそうだった。
「まだ子供よ、アドラーは。頭は物凄く切れるけどね」
「左様ですか。いえ、あの発言を聞いてしまいますと、ふと大人に見えてしまいましてね」
無理も無い。あたし達は凡人、彼女は天才。そう思っている。他の人が見ても大差ないだろう。
「姐さんは、天災やね」
ある意味、ポーリンも天才かも知れない。
さて、現状把握っていってもなぁ。兵はいない、頼みの城壁はずたずた。エレノア様の状況も分からない。
これが、あの有名な八方手詰まりって奴なのかな?
「ねぇ、アド。もう手の打ち様ないんじゃないかな?」
「では、お逃げになると?街のあちこちで体を張って頑張って居るご老人達を見殺しになさると?」
「いや、そうは言ってないわよお。言ってないけど・・・こんな状況でどうしろって言うのよ」
「まだ、こんな状況でも戦い続けている者も・・・、あ、者とは言わないか」
「へっ?あんた何言って・・・」
「城壁の外を見て下さいよ。見ればわかりますって」
促される様に城壁の外を覗いて、あたしはハッとした。そこでは、人の三倍程にまで成長したゴーレムが多数、敵兵と戦って居た。
「彼らに意志が有るわけではありませんが、ああして戦っていてくれます。まだ悲観する状況にはありませんよ」
「確かにそうかも知れないけど、ゴーレムはこちらの意志に関係なく戦うのよ?状況によっては、あたし達にだって牙を剝いて来るわよ」
「はい、勿論そうです。ですから彼らに任せきりにするのではなく、密かに一手打ってあります」
「え?いつの間に?」
城壁の端まで歩いて行ったアドラーは遠く敵陣を見下ろしながら、こちらに振り返った。
「彼らは命令系統がしっかりしているから、引かずにとどまって戦い続けているのです」
「まさか・・・」
「はい、情報部の方にお聞きしましたら、容易であるとの事でしたのでお願いしてあります」
「それでさっきからアセット氏が居なかったと?」
「はい。あくまで命令とかではなく、質問及び相談です。敵の指揮官に近づく事って難しいのかなあって」
思わず大きなため息が出てしまった。
「はあぁ、もう何て言っていいかわからないわよ」
「ありがとうございます」
「褒めちゃいないわよ、呆れているだけ。なんでそんなに先が見通せるのよ?本当は中身が大人なんじゃないの?」
「えへへへへ」
アドラーは笑うだけだった。