110.
巨大な石造りの建物の窓から、まるで滝の様に噴き出して来る水の奔流。
月明りの下でキラキラと輝く水しぶき。
想定外の事態に自然と口がポカンと開いてしまった。
そして溢れ出て来た水に混ざって吐き出されて来た敵軍の兵士とそれに群がる聖騎士団の老兵士達。
うーん、もはや何が何だか・・・。
「ふぉふぉふぉ、あ奴め、なかなかやるのう」
長老はしたり顔でうんうんと頷いているが、あたしには何が何だかさっぱりだ。
「どういう事?なんで建屋が滝になっているの?」
「この農機具牽引車工場の建物はの、イルクートで最も頑丈な建物でもあるんじゃ。その頑丈な造りを利用して一風変わった使い方をしておる」
「変わった?それとこの溢れる水と何の関係が?」
お、何?そのしてやったりの笑いは・・・。
「この建物は、リンデ様直々の設計なのじゃよ。一階は農機具牽引車の工場、二階は倉庫、三階は巨大な水槽になっておる」
「水槽?建物内に?なんでそんな事を?それにどうやって三階にまで水を揚げて・・・」
「ふふふ、工場では製鉄を行っておってな、大量の水が必要なんじゃ。それで毎回井戸から汲まなくて済む様にリンデ様が風車を使って地下水を組み上げる設備を作ってくれたのよ」
「風車・・・?そんな技術なんて・・・・」
「大昔に失われた技術だそうでの、一日中自動で組み上げられているそうだ。許容量を越え溢れた分は、なんと言ったかの、そうそう、おおばあふろう装置とか言う設備で広場の噴水に送られておるんだそうな。何が何だかワシには分らんがな」
「その水が溢れて来たって事?」
「うむ、恐らく二階にそっと忍び込んで二階の天井付近、もしくは三階を支える柱あたりで円盤を爆発させたのじゃろう。膨大な水が一気に下に押し寄せて敵兵もろとも押し出して来たって事なんじゃろうな。少なくとも三人は目的を達成したって事じゃ。いや、あっぱれ」
「あっぱれって、もっと人命は大事にしなさいよ!何考えてるのよ」
なんだろう、爺様達みんな変な顔してあたしの事見ているけど、あたし何も変な事言っていないわよね。おかしくないわよね?
そっと、隣のアドラーを見たが、彼女も不思議そうな顔をしている。
まあ、起こった事を四の五の言ってもしょうがない、取り敢えず、建物内に入った敵兵は殲滅出来たのだろう。地下道も水没しただろうから、もうここは安心だろう。
問題は、いったいどれだけの地下道が生き残っていて、どれだけの敵兵が入り込んで来ているのか?エレノア様は退避出来ているのか?
これからどうするのが最適解なのか、悩み所なのだが、取り敢えず一旦教授の所にもどるかな。
などと考えていると、また別の方角から何発かの爆発音が聞こえて来た。今度は少し遠そうだった。
更に別の方角からも続けざまに爆発音が聞こえて来た。いったいどれだけの数の地下トンネルがあったんだ?
思わず音の方を見てぼおっとしてしまい、ポーリンにたしなめられてしまった。
「姐さん、今は呆けている場合とちゃいまっせぇ、この後どないします?」
そうだった。爺様達の犠牲を無駄にしたら祟られてしまうわ。
「そ そうだね、取り合えずここも安心みたいだから、一旦教授の元に戻ろう。そこで今後の身の振り方を相談しよう」
あたし達はチッチィを連れて再び竜車に乗り教授の元に・・・と思っていたのだが、明け方の街道に走り出してすぐだった。
ガクッと揺れたとたん、突如竜車を曳いて居た竜が進行方向を変えて街道脇の民家の土壁に突っ込んでしまった。
油断したあたし達は竜車の荷台の中で宙を舞ってしまった。
「な なにが・・・ぐえっ」
うつ伏せに着地したあたしのお尻の上にチッチィが落ちて来た。
みんな土埃まみれで荷台の中で転がってしまった。
起き上がり周りを見回しても、もうもうと舞い上がる土埃で視界が悪かった。
「みんな、大丈夫ぅ?」
呼び掛けに応じて、ごほごほとむせりながら人影が起き上がって来た。
土埃が収まると、みんな埃で全身真っ白、顔も一面真っ白で目だけがギロギロしていて、思わずみんなで笑ってしまった。
そうしていると、幌の外からポーリンが声を掛けて来た。
「姐さんっ!大丈夫でっかあ~?」
幌の中からでは、大丈夫なんだか大丈夫じゃあないんだか、状況が全く分からなかった。
「なんだか良く分らないんだけど、一体なにがあったの?」
周りが真っ暗だから、本当に訳がわからなかった。
「突然竜車が民家に突っ込んだんよ」
「なんでえぇ?そんな事ってあるう?」
走竜には高い知能があるので、突然コースを外れるなどあり得なかったし、聞いた事もなかった。
「突っ込む直前、地面が激しく揺れたみたいなんや。うちの竜もよろけたんよ」
「地面が揺れた?まさか・・・」
地面が揺れたと言うワードで浮かんだ事は・・・地殻崩壊
っまさか・・・もう始まった?
その時外から又声が聞こえた。
「姐さん、引っ張り出すので、じっとしていてくださいよー」
どうやら、竜車の荷台に縄をかけて引っ張り出してくれるらしかった。
こちらも引き出す際に邪魔にならない様に、曳いて居た二頭の走竜を切り離して、じっと待機した。
再びあたしの竜車が走り出した頃には、既に陽が昇っていて、お互いの惨憺たる姿が白日の下に晒される事となった。
あたし達は、お互いの真っ白な姿を見て、ただ笑うしかなかった。