11.
なぜか、修道院を追い出されたあたし達はここベルクヴェルクの街にある秘密基地の様な所で今後の戦略を考えなくてはならなくなっていた。
おかしい。これもアナスタシア様の特異なスキルの賜物『不幸』なのだろうか?
あたしの前には、一辺が五メートルを超える巨大な地図が広げられており、あたしの脇には期待に目をうるうるさせているアウラに、メモ帳を持って何でもメモします状態のここの責任者のトッド氏が居てあたしが口を開くのを今や遅しと待って居る。
いいのかぁ?こんな小娘に好き勝手やらせて。
「トッドさん、一応聞いておきますが、何であたしみたいな見習いに作戦立案なんて大事な事をさせるんですか?普通は、もっと王宮の偉い人達が話し合って決めるのではないですか?」
「え、それはですねぇ、何といいますか・・・」
「まさか、失敗したら大変なのであたしに責任を押し付けるおつもりとか?」
あ、必死に冷や汗を拭いているし・・・
「そうなのね?」
そこまで問い詰めて観念したのだろうか、やっと意を決して重い口を開いた。
「当然この状況は、もう随分前から、そう帝国との条約を締結した時から分かっておりました。王宮でも連日今後の事について会議が行われました。決して手をこまねいて・・・いや、傍から見たら何やってんだと思われても致し方が無いですね」
「で?」
「これといった解決策はみつからず・・・挙句の果てには、帝国に鉱山を渡して国家の安寧を得ようと言う意見まで出る始末でして・・・」
「なんなの、それ。そんな結論なら子供だって出来るわよ」
「はい、そこで国軍最高司令官である御父上は決断をされたのです。頭の固い年寄りに頼る位なら手遅れになる前に、柔軟な思考の出来る若者に国を委ねようと」
「やれやれ、なんだかなぁ。で?委ねられた若者はどこで何しているの?」
え?何であたしを見る?思わず後ろを振り返っちゃったじゃない。
回りを見回すと、みんながあたしを見ている。
「あたしぃ?あたしなの?」
みんなうんうんと頷いている。
なんか、あたしも冷や汗が出て来ちゃった。マヂですか?
「まさか、あたしがここに来たのって・・・」
「はい、お父上様から最大の便宜を図る様に申し付かっております」
眩暈がして来たけど、そうも言って居られない か。
「もちろんトッドさんの掴んで居る情報は全て開示して貰えるのよね?」
「勿論で御座います。必要な情報があれば、最優先で直ぐに揃えさせます」
はあぁぁぁぁぁぁぁ・・・
ひとまず、吐けるだけのため息を吐いてみた。
ため息以外には、お尻しか出なかった。トッド氏はお腹も出ている様だが・・・。
「緊急性はどんな感じなの?帝国は直ぐに動きそうなの?」
「いえ、今はまだ帝国側も情報収集中の様でアドソン湖のこちら側に進出して来ている部隊も全く動きは御座いません」
「それは、いいニュースね。で?あたしが動かせる兵隊はどの位あるの?全くの丸腰じゃあ何も出来ないわよ」
「はい、特務部隊が三個中隊、三百名弱。正規軍で動かせるのはそれだけです。正規軍を動かして帝国に知られるとまずい事になりますので」
「そっかぁ、それに『うさぎの手』が二千名だっけ?」
「うん、全力で協力するよ」
「それで、帝国の軍勢は?」
「アドソン湖のこちらに出張って来ているのが歩兵一万五千騎馬五千。湖の対岸に歩兵五万、騎馬五千。予備兵力が後方に歩兵二十万、騎馬一万です」
「ん?随分少なくない?以前は三百万位は出して来ているんでしょ?」
「損害が多すぎたので、最小限の出兵にしているのでしょう。アナスタシア様の件が片付けば、もりもり出してくるかと思われます」
「もりもりは、嫌なんだけど」
「我が国の兵の数を考えたら、この数でも制圧は可能だと思ったのでしょう。内通者も居りますし」
「その内通者の兵力は?」
「ベイカー男爵は五千、カーン伯爵は二万、その内騎馬はそれぞれ二千って所ですね」
「うーん、多いなぁ。どうやって削ろうかなぁ。なんか、帰りたくなって来た」
あたしは国内の地図を穴が開く位に覗き込んだ。
覗き込んだけど、妙案がほいほい出て来る訳も無く、出るのはため息だけだった。
おかしいなぁ、アナスタシア様の警護のはずだったんだけどなぁ、なんでこんな事になってるんだろう。
不幸に耐性があるはずじゃなかったの?めいっぱい不幸のどん底じゃないのよぉ。
泣き言を言ってても始まらない。あたしにも、糞まみれ姫のプライドがあるっ!どんなプライドだよって突っ込みはこの際無視!
あそこまでコケにされたメアリーに負けたくない。今はその気持ちだけで十分だろう。
さぁ、やるぞーっ!
再び地図を凝視すると、ある地形に目が止まった。
「トッドさん、この山ってどんなところ?」
あたしは、ベルクヴェルクにほど近い山岳地帯を指差した。
それは、ニヴルヘイム山を中核としベルクヴェルク北西からサリチアに続く南北に長い標高二千五百メートルを超える山岳地帯だった。
「あー、それはニヴルヘイム山地と申しまして。魔獣が多く生息していて特に利用価値もないので、長年手つかずで放置されている山岳地帯です」
フッフーン ニヤリ 良い事を思いついた。
「トッドさん、ニヴルヘイム山でアダマンタイトの鉱脈が発見されたと言うのはどうかな?」
「えーと、おっしゃる意味が分かりかねるのですが・・・」
「だからあ、山の中に発掘現場を作って、横穴掘って内部にアダマンタイトの原石を放り込んでおけばアダマンタイト鉱山の出来上がり」
「・・・あそこには、アダマンタイトは発見されておりませんが?」
「にぶいわねぇ、発見した事にするのよ。ニセの発掘現場を作ってね。それで、こっそりベイカー男爵に情報をリークするのよ」
「いったい何の為にでしょう?」
まったく理解出来ない表情のトッド氏だったが、ここでアウラが大声を上げた。
「わかったっ!アダマンタイトの鉱山ともなれば、巨万の富が約束された様なものだもん、知ったベーカー男爵は独り占めを図るわよね。巨万の富が手に入ればなにもカーン伯爵の顔色を伺わなくて済むし、その豊富な資金で兵隊を買い集めれば、強大な軍備が出来るわよね。伯爵に取って代わる事も夢じゃないわ」
「うんうん、それから?」
ニコニコとその先を促してみる。
「うーん、それから?それから・・・どうしよう?カーン伯爵と仲違いさせる?」
「良い感じね。まず、鉱山を作ってベーカー男爵に教えるでしょ?その際、採掘よりも先にこっそり要塞化してカーン伯爵から守る様に唆す。要塞が出来たら、カーン伯爵に知らせる。当然伯爵は面白くないはず。両者が戦えば、勝つのはカーン伯爵。戦いが始まれば当然帝国にも知れるから、今度は覇権争いでカーン伯爵と帝国が争ってお互いに兵力を減らす。あたし達は万々歳」
ここに来て、トッド氏もやっと内容を理解した様だった。
「なるほど、考えましたな。ふむふむ、中々良い作戦だと思います、目の付け所が素晴らしい。で?その後はいかがしますか?その作戦ですと帝国と我が国は交戦状態になりますが。帝国は直ぐに後方に温存していた、二十万からの予備兵力を送り出してくるのは必至。その兵力とはどなたが戦われるご予定で?」
「う・・・今考えたんだもん、そんな先の事までなんか考えてないよお」
子供にそんな無茶言わないでよお。そんな事は大人が考える事だろうに。
ふと、周りを見ると、みんな、地図を前に腕組みして唸っている。
あたしだって、一所懸命考えているけど、こんな事考えた事ないもん無理よ。
それから一時間程みんなで頭ひねったが、いい案も出るはずもなく、時間切れで夕食の為に休憩となった。
と言っても、時間がもったいないのでのんびり食堂で食べず、この作戦指揮所で立ったままサンドイッチをつまむ事になった。
サンドイッチを咥えたまま地図と睨めっこが深夜まで続いた。
まずは、現状把握から始めないと。
物事はなるべく単純にしたほうがわかり易くなる、だったわよね。
とにかく、伯爵軍には帝国軍と死に物狂いの戦いをして貰わないとならない。簡単に負けてしまったらまずいけど、圧勝してしまってもまずい。
そこそこいい戦いをしつつ、長期戦に持ち込んで貰ってお互いに消耗してもらわないといけない。かといって、戦いの場が、ニヴルヘイム山地以外に広がられてもいけない。
なんか、何かと制限が多いのよねぇ、、、、、ん?長期戦に持ち込まないといけない?何故?一気に叩いたら駄目なの?なんとか一気に叩けない?帝国を・・・。
うーん、貧乏人が大金持ちに戦いを挑もおうっていうんだから、無理があるわよねぇ。
戦力差があり過ぎるんだから、戦うのではなく、交渉で解決って無理なのかな?
もちろん、真っ当な交渉をしたって向こうが乗って来るはずもないから、やはり正々堂々と後ろから闇討ちか。。。
そもそも、帝国、帝国っていってるけど、帝国の誰が悪の根源なんだ?
「トッドさん、帝国と戦うって言うけど、帝国の誰と戦うの?やはり、皇帝?」
いかにも意外だという顔しないでくれる?どうせ、あたしは世間知らずですよぉ、そんなの分かってるもん。
「帝国の首都のルルティアはご存じですね?」
「うん、名前だけは聞いた事があるけど、詳しくは知らないわ」
「名前だけの都市なので致し方が無いですね。ルルティアは帝国の北部にある人口一万程度の小さな地方都市なのです」
「え?首都なんでしょ?何で田舎都市なの?変じゃない?皇帝だっているんでしょ?」
「それが帝国の面白い所でして、皇帝は政治には一切関わっておりませんし、発言力もありません、ま、言うなればただの飾りですね」
「じゃあ、誰が帝国を動かしてと言うか、牛耳っているの?」
「現在帝国はバシレウスと言う公爵が大公を名乗って国を治めております。バシレウスの本拠地であるコルドバが百万都市として事実上の首都となっております。政治は全てそこで執り行われております」
「馬鹿な痴れ者?」
「バシレウスで御座います」
「じゃあ、そいつを相手に喧嘩すればいいのね。ふむふむ。そいつって、フットワークは軽いの?」
「そうですね、ほとんど動きませんですね」
「そうかぁ、それじゃあ交渉にかこつけて闇討ちなんか無理だわねぇ」
「そもそも、交渉なんて相手にもされませんよ。話し合いには一切応じて来ませんので」
「話し合いが出来ないのかぁ、言葉の分からない山猿?そいつ」
「まあ、当たらずとも遠からずではあります」
「餌が新しいアダマンタイトの鉱山だったら?」
「アダマンタイトですか・・・」
「そう、更に差出人が東夷だったらどう?」
「さっきの話しをベイカー男爵でなく、帝国に持って行くので?」
「ベルクヴェルクを攻略しようとして多大の損害を出したでしょ?損害を出さないで手に入る鉱山があるのであれば、欲しがらないかなあって」
欲しがってくれないと話が進まないんだけどねぇ。
「欲しがるでしょうが、損害を出さないで手に入る鉱山があるのであれば、何も交渉などせず分かった段階で力づくで取りに来るとは思いませんでしょうか?」
「・・・・・・確かに」
「うーん、お手上げねぇ。降参。無理よ、こんなの」
「ふーん、もうちっと根性があるかと思ったんだが、この程度だったか。見損なったよ」
ふいに、後ろから声が聞こえた。明らかにあたしの事を馬鹿にした内容だった。
「なっ!」
振り返ると、腰に両手を当てて仁王立ちをしている黄色いツインテールがこちらを睨んでいた。
「め めありぃ?何でここに?」
「ふんっ、特務は軍司令官直属だからね、軍の施設に居て何が悪いんだい」
「う・・・」
「これはメアリー殿、今日はいかがしました?」
トッド氏が二人の間に入って来た。
「ちょっと面倒な事案が発生してね。忙しいとは思うんだが、手を貸してくれんかな」
「面倒な事案ですか」
「ああ、そちらのお嬢さんにぴったりの事案だと思うんだけどね」
「そうですな、こちらも手詰まり状態なので今なら良いかもしれませんね。シャルロッテ様、気晴らしにもなるかもしれません、行ってらしたらよいかと」
メアリーの依頼だなんて、気に食わないわぁ。それに、内容も聞いていないのに、何で気晴らしになるって言えるのよ。
人の事見下した様なその笑い、気に食わないわぁ。
「不服そうな顔してるね、見習いさんには荷が重いかな?やめるかい?」
気に入らないけど、ここで引き下がるのも悔しい!
「いいじゃない、やってやるわよ。何すればいいのよ」
「ふっ、上においで。依頼してきた奴に合わせるから」
メアリーの後に続いて依頼人に・・・?ん?依頼人て言わなかったな。依頼してきた奴?どういう事だ?
玄関ホールに行くと、一人の老紳士が待って居た。直立不動で立っていて、こちらに気が付くと深々と頭を下げた。どこかの執事?
「依頼を受けてくれるそうなので、話をするといい。わたしは戻るから」
そう言うと、メアリーはさっさと出て行ってしまった。
呆然と去って行く後ろ姿を見つめていると、ふいに声を掛けられた。
「この度は依頼をお受け下さりまして、有難う御座います。わたくしめは、竜王様に仕えておりますヴィーヴルと申します。どうぞお見知り置きの程宜しくお願い申し上げます」
妙に丁寧な執事さんだな、おまけに、竜王に仕えている?噓くさいんだけど、いったい何者?
見た目は、普通の執事みたいだけどジェイとは気が合いそうな感じ?あくまで個人の感想ですって感じだけど。
「で?あたしに何をしろと?」
「はい、実は我があるじが先日卵を御産みになられまして、毎日抱卵なされていたのですが、つい先日若いワイバーンにちょっかいを出されまして、追い払っている際に、卵の一個が転がってしまいまして、山を下ってしまったので御座います」
「竜王って女王なんだ。で、その行方不明の卵を探せと?」
「さようで御座います」
迷子の捜索?だからあたしにぴったりだと?むっかつくうぅぅぅぅ。
「その程度の事なら、わざわざ人族に頼まなくても自分達で探せるのではなくて?」
「それが、我々竜族は力を振るうのは得意なのですが、捜索の様な細かい事は・・・それに、山の中はくまなく探したのですが、見つかりませんでした」
「つまり・・・」
「そう、山から転がり出た可能性があるのです」
「人里に転がり出て・・持ち去られたと?」
「はい、そう考えております。それが、あなた方にご依頼した理由で御座います」
「なるほど、人里でドラゴンがうろついたら騒ぎになるものね」
「はい、なるべく騒ぎは避けたいとの仰せでして」
んー、無視も出来ないか。逃げたと思われてもしゃくだし。
しょうがないわね。
「分かったわ。探してあげる」
「おお、それは有難うございます」
「で?転がった方向の目安はついているの?」
「はい、丁度山を挟んでここの裏側になります。山裾に沿って北東方向に向かえばよろしいかと」
「帝国領内に転がったのね。かなりやばい仕事になりそうだけど、大人数で行くと目立ってしまうから、少数精鋭で行くしかないわね」
とは言っても、あたしとアウラしかいないのよね、今現在。どうしよう。
ジェイも居ないから、食事の心配もしないとだからなぁ。
「ねえアウラ、あたし安請け合いしちゃったかな?あたし達二人じゃ無理よ。こりゃあ断った方が良かったかな?」
そっと、横に居るアウラに耳打ちした。
「そうですねぇ、荷物の運搬だけでも人手やら馬車やら必要ですからねぇ。ここは断ったほうが・・・」
アウラも小さな声で、こそっと返してくる。
「大丈夫で御座います」
「うおうっ!!」
いきなり背後から声掛けてくるなよお、心臓が止まるかとおもったぞ。
「大丈夫って、何が大丈夫なのよお」
あたしは涙目で訴えた。
マジ驚いたんだからね。
「わたくしめもご同行させて頂きますので、ご安心下さい」
へ?なに、それ?
「あなたが同行するとどう安心なの?」
「はい、現在は人化しておりますので戦闘能力は格段に低下しておりますが、それでも人族に比べたら圧倒的な力を持って居りますれば、護衛の心配は御座いませんかと」
メシの消費量が増えた・・・な。
ヴィーヴル氏には、明朝出発するので一旦帰って貰い、アウラと二人で遠征メンバーをどうするか考える事にした。
「あたしとアウラ、竜執事氏、護衛も欲しいし、身の回りの世話担当も欲しいし」
「『うさぎ』に連絡を取れば、明日の朝迄には何人か確保出来ますよ?足りなければ、出発してから合流させる事も出来ます」
「うーん、それしか無いかぁ、アウラ、お手数だけどひとっ走りお願い出来る?」
「はーい、直ぐに手配しますねぇ」
アウラは、何故かうきうきと出て行った。
あたしは、胃が痛いっていうのに・・・。
あたしは、アウラを送り出した後、重い足取りで自分の部屋に戻り、ベッドに体を投げ出した。
長い一日だったなぁ、なーんで、こんな目に遭わないといけないのだろう。
目を閉じると今日一日の記憶がまざまざと甦って来て悲しくなって来た。
ああ、次に目が醒めたら、王都の自分の部屋だったりしないかなぁ。
そう言えば、なんであたしなんだろう?卵の捜索なら、『うさぎ』に頼めばいいじゃない。向こうはプロなんだから、あたしが行くより確実じゃない。
そうよ、そうだわ。うん、明日アウラに言って捜索隊出して貰おう。
なんで、もっと早く気が付かなかったんだろう。
ああ、心配して損したー。
なんて思って居たら、なんか意識が薄れて来た。
おやすみ・・・不幸なあたし。目が醒めたらきっと・・・きっと・・・
ばああぁぁぁぁぁんんっ!!
物凄い音と共にドアが開けられ いや、蹴り破られた! のか?
反射的に飛び起きたあたしの前には、黄色いツインテールが揺れていた。
ああ、目が醒めても、あたしは不幸だった。