108.
あたしは城壁の上に立って居た。敵兵にわかる様に松明に照らされて、城壁のへりで立ち尽くしていた。
「さあ、シャルロッテ様、思う存分見せつけてやって下され。いやあ、この歳迄生きて来て本当に良かった。うんうん」
ともすれば涙まで流している教授。あたしは途方に暮れていた。
なんでこんな事になってしまったのか・・・。
ポーリン達が抱えて来た、あの色彩豊かな布の山がいけない。
何を隠そう、あの布の山の正体は、エレノア様が残して行ったお召し物だったのだ。
教授が言うには、ここにエレノア様が居るという証拠を連中の目でしっかりと確認させた方が、このイルクートに執着し易いだろうし、攻略する励みにもなるだろうとの事だった。
連中がここに固執してくれれば、エレノア様は安全に転移門をくぐれるだろうと。
その為に、あたしが聖女服を着て連中の前に立てば、勝手に勘違いしてくれるだろうなどと言い出したのだ。あたしゃあ、見せもんかよ。
「そんな事したって、すぐにばれるわよ!」
あたしは必死に反論したのだが、教授は揺るがなかった。
「大丈夫です。夜間ですし、城壁の上ですので距離もあります。寸足らずでも、胸が絶壁でも、色気が無くても、わかりゃあしませんて。ご安心下さい」
「んが・・・」
それって、あたしの事目一杯貶してないか?何をもって安心しろと?
そんなこんなで、ポーリン達に寄ってたかって無理やり今着ている服の上から着せられてしまったのだ。
何重にも重ね着している上、正しい着方など誰も知らないのだから、適当に体に巻き付けてあるので、そりゃあもう酷いビジュアルだった。
そう、まさにダルマだった。
聖女様の威厳・尊厳・貫禄・体面・品格・品位を著しく失墜させている事間違いない出来栄えなので、これを見た教徒達から命を狙われても仕方のないと思った。
「準備は出来ましたね。では、縁に立って彼らにその姿を見せてやって下さい。やる気が出る事間違いなしです」
やる気ってなんなのよ。恥ずかしいったらないんだからね。
そんなあたしの気持ちなんか知ってか知らずか、妙に盛り上がって居るのはポーリン達五人だった。
「ええなぁ、うちも着てみたいわあ」
「すごぉーい、お姫様みたいよね~」
「さすが暗闇マジック、それなりに見えますねぇ」
「終わったら、着させてもらおうかなぁ」
「袖にお菓子、たくさん隠せそう・・・」
みんな勝手な事ばかりほざいている。
重いし、恥ずかしいし、いい加減にして欲しいわよ、まったく。
ぐだぐだ言ってもしょうがないから、意を決してあたしは、城壁の一番端の所に立って城外を見下ろした。
すると、予想していなかった反応で出迎えられ、あたしはドギマギしてしまった。
それは、歓声だった、拍手だった。
城壁の上から姿を現わせたとたん、大地を揺るがす様な野太い叫び声と割れんばかりの拍手だった。
「な なんだ?なんなんだ?いったいどうなってるの?」
面食らってしまい、振り返って教授を見るが、さっと視線を逸らされてしまった。
野太い歓声はいつになっても収まらなかった。それどころか、あたしが右手を上げてみるとそれに合わせて、音量が爆上がりするのだ。
現国王陛下の戴冠式ですら、こんなに盛り上がってはいなかったと記憶している。
面白いので、左手を上げたり、両手を上げて見た、調子に乗って投げキッスなどもしてみたのだが、、、その度に際限なく歓声が爆上がりする。
聖女様の人気を、今さらながら再認識させられた。
本当に篝火に照らされたあたしの姿とエレノア様のお姿の区別がついていない様だ。連中をここに引き付けると言う作戦は、成功していると言ってもいいだろう。
でも、いい加減お召し物の重さに辟易してきている。もう限界だった。
「もういいわよね、疲れたわよ」
そう言って、城壁の縁から下がった。まだ、野太い歓声は続いている。
「致し方がありませんな。それでは第二段階に移行しましょう」
「第二段階?なにそれ?」
あたしの疑問には堪えず、教授はポーリン達に指示を出した。
「さあ、みんなでその聖女様のお召し物を城外に放り投げて下さい」
「「「「「えっ?」」」」」
期せずしてみんなが同時に声を上げてしまった。
「あ あの、この高貴なお召し物を捨てるのですか?」
「この大地が沈んでしまえば、どんなに高貴だろうと海の藻屑なんですよ。それなら最後に役に立ってもらおうじゃないですか」
そう言って、にこにこと微笑んでいる教授。だんだん腹黒く見えて来たのは気のせいなんだろうか?
「さあ、皆様の興奮が冷めやらない内に、ピレゼントを差し上げようじゃあないですか」
その後、何故かはしゃぎながらエレノア様のお召し物を放り投げる五人。
きらびやかなお召し物は、城壁の上から放り投げられるたびに、ぶわっと広がり一枚づつ夜空に舞っていった。
夜空に舞って居る物の正体がわかったのだろうか、下界では違う意味の歓声が湧き上がり、降って来るお召し物に次々と群がっていった。
群がった後は予想通り、力による奪い合いがそこかしこに発生しており、歓声よりも怒声の方が大きく聞こえて来ている。
当然堀にも何着か浮かんでいるが、ご多分にも漏れず鎧を脱いだ兵士が次々に飛び込み、水中で壮絶な着物の奪い合いが発生している。
「す ご い・・・・」
みんな理性が吹き飛んでしまったのだろうか?味方同士で斬り合いが起こっている。堀にも何人もの兵士が、いや多くの兵士が浮かんでいる。
教授は、これが狙いだったのか・・・。
すました顔で下界を見下ろしている教授をチラ見したが、すぐにあたしに気が付いて満面の笑みを浮かべてきた。
エンドラーズ准将がタヌキなら、教授はキツネだわ。それも、相当に狡猾な老キツネだ。
「皆さん想像以上に頑張ってくれていますねえ。。。ふふふふふふふ」
怖い。満面の笑みどころか、含み笑いまで溢れ出してきている。
もしかして、楽しんでないか?などと思って居ると、顎をさすりながら更に追い打ちをかける発言をして来た。
「さあて、次ですな」
「まだやるの?」
「当然です。東方の国のことわざに「水に落ちた犬は棒で叩け」と言うのがあります。ここは更なる追い打ちをかけねばいけません。幸い、ここイルクートは鉄壁の要塞です。安心して嫌がらせが出来るというものですよ」
本当に嬉しそうに話す教授に、少し、いやかなりドン引きしてしまった。
「シャルロッテ様、噂のゴーレムが湧いて来ると言う剣、まだお持ちですね」
ゴーレムの剣?そう来たか。よくもまあ次々と思いつくものだ。
「たしかに持ってはいるわよ。本当にやるの?」
「はい、あちらさんが数で来られるのでしたら、こちらも数でお出迎えするのが礼儀とういものですよ」
「でも・・・」
「ほら、御覧なさい。連中、数が多すぎて後方の連中は戦いに参加できずに、そこかしこで食事の準備をしているでしょう。せっかく来られたのに、退屈させたら申し訳ありませんよ」
本当は自分が楽しんでいるだけじゃあないの?
なーんて、思っても言わないけどねぇ。
言われた通りゴーレムの剣を持って、城壁の端まで行ってそっと鞘から剣を抜いてみた。
もう見慣れた光景だが、剣の刃を中心に霧が発生したと思うと、霧の中に小さいゴーレムの姿が見え隠れし始めた。
だがここは地上から数十メートトルは有ろうかと言う高さの場所なので、発生したミニゴーレムは次々と落下して行き堀にダイブして行く。
無数の水しぶきをあげながら次々とダイブしていくゴーレムに敵兵達は呆然として、ただただ見ているだけだった。
おそらく状況が吞み込めないのだろう。
やがて、お堀の縁に敵兵が集まり出し、恐る恐る水面を覗き込む姿が篝火の炎に照らし出されて、城壁の上からも容易に確認出来る様になって来た。
お堀の縁に多くの兵士が集まった頃、事態は動いた。
じっと水中を覗き込んでいた兵士達の内、最前列を占めていた言わばS席の兵士達がざわつき出したのが上空からもはっきりと見て取れる様になったのだ。
そのざわつきは次第にA席、B席と伝わっていき、なにやら叫び声もちらほらと聞こえて来る様になった。
なにを叫んでいるのかは、いまいち聞き取れないのだが、なんとなくわかる気がした。
恐らく、ある程度の大きさに成長したゴーレム達がお堀から這い上がって来たのであろう。
そりゃあ、あんなものが水から這い上がって来たら叫ぶよな。初見ならなおさらだ。
最前列の兵士達は総崩れに、、、総崩れ?総崩れって表現してもいいのか?とにかく、一刻も早くその場から離れ様と身を翻すのだが、お堀の様子を見たくて押し寄せて来ている後続の兵士達に阻まれて下がる事が出来ず、怒号を上げての罵り合いになっていた。
「あーあ、いい大人がみっともない・・・」
とうとう見かねたアドラーがぼそっと呟いた。
「人間の本質と言うものは、あんなものですよ。一旦恐怖に囚われれば、後はボロボロ。どんなに数が居ても、烏合の衆となり果てるまでです」
「教授の嫌がらせ、大成功って事ね」
「はい、後は寝て居ても勝手に崩壊を・・・」
そんな時だった。教授の言葉を遮ったのは、爺さんのガラガラ声ではなく、少女の高い声だった。
その声は階段の方から聞こえて来た。階段で反響しつつ段々と大きくなって来る。
はて、ポーリン達以外に少女なんて居ないはずなんだが・・・。
やがて声の正体が階段から顔をだした。
それはポーリン達よりやや幼い感じの少女だった。
「爺ちゃんが、爺ちゃんがぁ~」
泣きながら、よろよろと教授の元へと歩いて来る。教授の知り合いか?
「チッチィ~、チッチィじゃあないか、なんでこんな所に居る?避難したのではないのか?爺ちゃんはどうした?ん?」
やはり知り合いだったか。
だが、チッチィと呼ばれたこの少女は泣きじゃくるばかりで埒が明かなかった。
「困ったのお、いったい何があったのやら」
流石の教授も泣きじゃくる少女には無力のようで、おろおろするばかりだった。
そんな時、心強い助っ人が現れた。
「大丈夫よお、おねーちゃんに話してごらん、力になるわよお」
それは、自らも幼いクレアだった。
「えぐっ、えぐっ、えぐっ、えーん」
少女はその後も泣きじゃくるばかりで埒が明かなかったが、クレアは優しく抱きしめ背中をぽんぽんとまるで赤ちゃんにする様に優しく叩きながら辛抱強く話してくれるのを待った。
あたし達はなす術も無く、見守るのみだった。
やがて泣きじゃくる声はすぐに小さくなり、涙にまみれた顔を袖で拭きながらぽつりぽつりと話し始めた。
「うっ、うっ、お爺ちゃん・・・うっ」
「うんうん、お爺ちゃんの事を話したいのね。お爺ちゃん、どうしたのかなあ?転んじゃったかなぁ?」
「違うっ!うっ、うっ、お爺ちゃん、知らない悪い人にいぢめられてるのお~」
「「「「「「「「えっ!?」」」」」」」
虐められているだってぇ?誰に仲間に裏切者でも出た?
「確か、この子の祖父イタマはバラキやンマ達と地下道潰しに市街地に向かったはず」
「なんですってぇ~。それって、地下道潰す前に敵に城塞内に入られたって事?」
「おそらく・・・」
「わかったわ。あたしたちでそいつら抑えるわ。クレア、場所聞き出して!」
クレアは無言で頷き少女に向かい合った。
「ポーリン、走竜だすわよ。あれならすぐに現場に向かえる」
「うん、わかった。準備して来るで」
ポーリン達四人はすぐさま階段を降りて行った。
「お爺ちゃんの居る場所、判る?」
「んーと、あっち」
少女は市街地の北側を指差した。が、それだけでは範囲が広すぎる。
「お嬢ちゃんが走って来た道はわかるかな?」
「うん、わかるよ。まっすぐの道いっぱい走って、、、猫の居る角をこっちに曲がって、、、割れたお皿が散らばっている所をこっちに曲がってね、、、えーと、えーと・・・」
あたしは頭が痛くなった。
うん、うん、分るよ。一生懸命に説明しようとしているのも分かる。その記憶力も大したののだわ。うんうん、でも、その説明じゃあ、何もわからない。説明ないのと一緒。
「じゃあね、チッチィの走って来た道、おねーちゃん達と一緒に行ったら説明出来るかなぁ?」
「あい、できる」
クレアはあたしに振り返って、目で問いかけて来た。うん、わかった。
「教授、あたし達この子連れて行ってきます。後宜しくお願いします」
教授も苦渋の決断をしている顔をしていた。
「ええ、わかりました。こちらは大丈夫ですので入り込んだ敵兵は宜しくお願いします。護衛、付けますか?」
ニヤッとした顔で聞いて来た。断られるのを承知の上だろう。
あたしは片手でいらないと意思表示をして、チッチィを小脇に抱え階段を一気に駆け降りた。
後ろからクレアも必死について来る。
小脇に抱えられたチッチィは、恐怖で声も出せないのか泣き声も止まっていた。
そりゃあそうだろう、ほぼ墜落する様な勢いで下って居るんだからね。駆け降りているあたしだって怖いんだ。
先日、下水が詰まり、三日ほど執筆が出来ませんでした。やれやれでした。