107.
「して、しょんべん垂れの小娘が、何故盗賊の真似をしておるのだ?遊ぶなら、他所へ行くんだな」
相も変わらず上から目線の爺様だが、そんな場合じゃないので、敢えてその点はスルーして話を先に進める事にした。
「爺様、なんにも聞かされてないの?」
「なにもとはなんじゃ。ワシらは、ここで聖女様の護衛を仰せつかっただけじゃ。それにワシは爺さんではないわっ!!」
あたしは、爺様の怒りなどスルーして質問を続けた。
「その、聖女様、今はここにいらっしゃらないのではないですか?」
「確かにおらん。なんか慌ただしくなってな、出て行かれたわい」
出ていかれたって、そんな他人事の様な・・・・。
「出て行かれたのなら、護衛に付いて行かなくても宜しいのですか?その為の聖騎士団なのでしょう?」
「そうもいかないのですよ。ご無沙汰しております、シャルロッテ様」
爺様の後ろから、すらりと長身で初老の男性が現れた。
背が低くぽっちゃりとした爺様と対極にある細身体型の初老の男性だった。
猛獣な感じの爺様とは違い、例えるなら老執事然とした紳士だった。
もちろん、この紳士とも面識はあった。
「お久しぶりですね、バンブルビー教授。今回もお目付け役、お疲れ様です」
そう、この紳士はバンブルビー准将と言い、あたしは教授と呼んでいる。このたびは聖騎士団遠方派遣旅団副指令としてこのイルクートに赴任して来ていた。
と言うか要は突っ走りがちな爺様のお目付け役、監視役、制御役なのだ。
穏やかで常に冷静な彼は、聖騎士団きっての知恵袋とも言われていて、ともすれば制御不能となりがちなイノシシ爺様を制止出来る数少ないブレーキ役として最近はずっとペアを組まされていると聞いている。
おかげで、本来ならもっと出世していいはずなのに、いまだ准将の地位に甘んじているのだった。まさに貧乏くじと言ってもいいのだろうが、本人は出世には無頓着なのだそうで飄々としているのだとか。
彼は、平時にはあたしの屋敷で開かれている聖騎士団の初任者過程の指導教官もしていたので、あたしとは面識があったのだ。ああ、そうそう彼には教授の他にも猛獣使いと言う二つ名も持っていた。
猛獣とは、何を指すかは言わずもがなだ。
「いえいえ、もう慣れたものです」
穏やかに微笑む様は、まさに執事、それもかなりベテランの執事長の様だった。
「無礼なっ!失礼にも程があるぞい!お目付け役とはなんじゃ!ワシはいつでも任務には忠実じゃっ!!」
忠実でないとは言って居ない。問題なのはその任務の遂行の仕方なのだが、本人には全く自覚がない。真っ赤になって怒る姿は、まるで野生の猛獣だ。本当に正反対の二人だった。
だが、ある意味ベストパートナーと言っても良い関係性なのだろう。教授には迷惑なはなしなのだろうが。
「それで、なぜにシャルロッテ様がこちらに?門まで破壊してただ事ではありませんな。おまけにお友達も大勢連れて来られたようですが?」
教授は、本当に不思議そうに聞いて来た。
「あたしには、聖騎士団のみなさんがここに居る事の方が疑問なんですけど?エレノア様の護衛で遠征して来られているのに、何故一緒に付いて行かないのです?」
あたしのこの疑問にも不思議そうな顔をされてしまった。なぜ、不思議に思うのかがとっても不思議なのだけど・・・。
「我々が受けた命令は、聖女様をお守りしてイルクートに展開。その後は決してこの場から動くなと、それだけなのです。聖騎士団団長名での命令書なので、いかんともしがたい所なのですよ」
「父上がそんな命令を?有り得ない!絶対に有り得ない。それ、本当に正式な命令書でした?誰かの捏造の命令書なのではないですか?」
「なるほど、確かに団長から直接受けた命令書ではなく、副師団長から命令書を受け取ったので・・・そうですね、カーン派の副師団長あたりならそれくらいの事はやりそうですかね。」
「じゃがな、ワシらは誇り有る栄光の聖騎士団じゃ。命令違反は出来ん。一旦命令を受領したからには、どんなにおかしな命令であっても命令の遂行あるのみ!王都に真偽の確認を取らない内は、動く事はまかりならんのじゃっ!」
かーっ、ホント歳を取ると頑固になるって言うけど、その典型もんだわ。
「姐さんっ!もう連中、掘に到達したでぇ、どないするん?」
城壁から乗り出して、下を見ながらポーリンが叫んでいる。
「それで、あの軍勢はいったいなんなのです?遊びに来られた風にはみえませんが・・・」
本当になにも報告受けていなんだ。
「あれはエレノア様を強奪する為に派遣されて来た敵であると認識して頂きたい。手遅れになるといけないので詳しく説明する前に、取り急ぎ門の防衛を強化したいと思います。ポーリン、みんなを連れて門を護って頂戴。橋を落としてあるんで一気には入って来れないだろうけど、念の為門の内側にあなたの力で深い穴を掘って頂戴。穴の所で立ち往生した少数の敵なら弓で対応出来るはずよ。案内してくれた騎士さん、皆を指揮して弓で防衛して下さらない?」
「わかった!ほなみんな行くでぇ~!」
ポーリン達五人は墜落するかの勢いで階段を降りて行った。
「じ 自分も兵を指揮して、門を防衛致しますっ!」
直立不動で敬礼をすると、少年兵も急いでポーリン達を追う様に階段を降りて行った。
「さあて、これで多少は時間が稼げるわね。説明するわね、あの軍勢はカーン伯爵が寄越したの。目的はエレノア様の確保。と言うか実際は強奪よね」
「なんと罰当たりな事ですな」
「極悪非道な外道伯爵めっ!!ワシの目が黒い内は勝手な真似はさせんぞっ!!」
頭から湯気を出して真っ赤になって憤る爺様と正反対に、冷静に事態を把握しようとする教授。ある意味笑えるのだが・・・。
「だとしますと、イルクートは全周を包囲される恐れが御座いますな。橋を落として全ての城門を直ぐに閉鎖しませんといけませんな」
「こうしちゃおれんっ!ワシは六ケ所ある門の護りを固めさせて来るぞ!後は貴様に任せるっ!!」
言うが早く、飛ぶように階段を駆け下りて行った。ほんとうに九十歳越えて居るの?
若者の様に身軽だった。
「伯爵の目的は間違いないので?」
「ええ、諜報部の調べなので確実よ。敵の兵力は約二万。もしくはそれ以上」
「なんと、多いとは思いましたが、そんなに居りましたか。しかし、聖女様の確保だけでしたらそんなに多くは要らないのでは?」
「まあね、どうも口減らしみたいなのよ。主力の装甲兵団だけ手元に置いて、向こうに連れて行けない騎馬兵は邪魔になったのでしょうね」
「向こう・・・とは?」
あ、そうかそこから説明しないといけないのか。
そこで、事の詳細を教授に説明した。かつては聖騎士団の頭脳とまで言われた教授なので、一を言えば十、いや二十位理解してくれたので説明は楽だった。
説明を終えると、教授は顎髭を撫でながら思案に耽っていた。
「なるほど・・・点が繋がって線になりましたな。そういう事でしたか、捨て駒なので騎兵のみなのですね。交渉の呼び掛けも無くいきなり攻め込んで来たのも合点がいきますな」
「うんうん」
「通常、攻城戦を仕掛けるのでしたら騎兵よりも工兵や弓兵に重きを置くはず。騎兵のみで攻城戦を仕掛けるなど、素人の所業。有り得ません」
「そうそう」
「それで、シャルロッテ様は慌てておられなかったのですな」
「うん、騎兵だけなら門を閉じて堅く護れば少数の兵でもある程度の時間稼ぎは出来るかなと思ったの」
「それは正しいお考えですな、確かに短期間であるなら持ち堪えられましょう。ですが、ここでの大規模な攻城戦は想定しておりませんでしたので、矢の在庫が少々心許ないのが現状でして、聖女様はいつ頃お渡りになられるのでしょうか?何日持ち堪えれば宜しいのでしょうか?」
「そ それは・・・」
「聖女様のご気性を鑑みれば、自分だけ先にお渡りになられる事は考えずらいでしょうね。恐らく最後までお残りになられる事でしょう」
「うん、あたしもそう思います」
「後は、この大地がどの位もってくれるのか・・・ですな」
なんだろう、真っ暗な場外を見やった教授の、澄んだ湖の様な静かな瞳は・・・。
「我々聖騎士団の本来の役目は、聖女様の盾になる事。まさに今我々が置かれている状況は聖女様の盾そのもの。聖騎士として生きて来た我々にとっては、この戦いで命を落とす事になったとしても本懐であります。相手にとって不足は無し、見事立ち塞がって見せようじゃあないですか」
「あ、あのお 教授?教授?キャラが変わって来ていません?」
「この戦いは長年聖女様にお仕えして来た集大成である。最後の最後にこの様な栄誉に与れるとは、なんたる僥倖。血沸き肉躍ると言うものよ!わはははははははははははは」
「・・・・・・・・」
教授・・・壊れた
教授はひとしきり高笑いをすると、近くに居たろうじ・・・従者に指示をだした。
「ラズ・リー、全員に通達。BWF発動!ステップAだ」
だが、ラズ・リーと呼ばれた従者は気が付いていない。
「ラズ・リー、ラズ・リー!ラズ・リー!!」
教授が何度も名前を連呼するが、その従者は気が付かずぼーっと城外を見たままだった。
従者の両肩を掴み前後に振ると、やっと気が付いたみたいだった。
「はい~?何か言ったかの?最近どうも耳が遠くてかなわんわ」
苦笑した教授は紙になにやら書いて従者に渡した。
その紙を見た従者は、目を見開き敬礼をするとよろよろと腰を叩きながら階段を降りて行った。
「あのお・・・」
「あはは、歳をとるとみんなどこか悪くなるものでして」
「BWFって?」
「ああ、事前にいくつか策定しておいた作戦の一つでして、背水の陣を意味します。つまり、ここイルクートにて籠城戦を行います。ステップAは、その第一段階として騎士団の若者をここから避難させる事を指します」
「若者だけ?」
「はい、彼らには未来があります。こんな所で命を落とす必要はありません。死ぬのは先の短い我々老いぼれだけで十分です」
「背水の陣ってそういう事ぉ?」
「お話を聞くに、聖女様がその転移門とやらをおくぐりになるまで奴らをここに引き付けて置けば良い訳ですので、我が老兵部隊で十分と考えました」
「でも・・・」
「ご心配なく。このイルクートは深い堀と高い城壁を持つ難攻不落の城塞都市に御座います。敵に工兵が居るのならまだしも、騎兵のみですので我が平均年齢八十二歳の熟練部隊でも十分に戦えますぞ」
「でも・・・・・」
「ですので、シャルロッテ様達も完全包囲される前に転移門に行かれて下さい」
「でもおぉ・・・・・」
「大丈夫ですよ、我々には心強い援軍も居りますれば・・・」
「援軍?」
「ええ、多くの領民の皆様が聖女様の為に集まって来られております。大変心強い事です」
「まさか・・・それって」
「はい、各地区の老人会の皆様です。当然ご高齢の方々ですが」
うわああぁ~っ、ここは老人施設かよお~。
心の叫びが顔に出ていたのだろう、突っ込まれてしまった。
「どうしました?皆様、ご高齢ながらまだまだお元気でいらっしゃいましたよ」
「いや、なんでもないわ。それで?そのご高齢の方々でどうやって防衛しようって言うのかしら?みなさん何か特別の技でもお持ちなの?」
「その様なものはございませんし、格闘戦をしようとも思っておりません。あくまでも時間稼ぎなので、嫌がらせに徹するつもりです」
「嫌がらせ?」
「はい、門を固く閉じて守っていれば、彼らはこの高い城壁を身一つで登るしかありません。ですので現在城壁の上では大鍋でお湯を沸かしておりますし、石も順次運び上げております」
「まさか、熱いお湯をかけたり、石を落としたりするの?」
「はい、原始的な方法ですが、かなり効果が望めますし、ご老人でも実施できます。矢も多少はございますので、近く迄登ってこられた人には、、、ね」
「あきれた・・・。まるで何百年も前の戦いね」
「まあ、攻め側が攻城戦に向かない兵種で攻め寄せて来て、戦いに向かない老人兵や一般老人で迎え撃つのです。この様な泥試合になるのはしょうがないのではないのでしょうか」
こんな状況でも、身を挺して時間稼ぎをしようとしているご老体を目の前にして、自分達だけ逃げる訳にはいかないじゃあないのよ。
「決めた、あたしもここに残って援護するわ。どうせポーリン達だって逃げろって言ったって聞かないだろうし、精一杯嫌がらせしてやるわよ」
「しかし・・・」
「いいの、やるって決めたんだから、徹底的にやるわよ。とりあえず、何をすればいい?」
だが、どうやら教授は最初からあたしがここに残る事が判っていたと見えて、迷う事なく速攻で答えて来た。
「それでしたら、彼らのやる気を後押しして頂けませんでしょうか?」
聞き間違った?今、後押ししろって言った?やる気を削ぐのでなく、後押し?
「はああぁ?どういう事?意味分らないんだけど?」
教授は、戸惑っているあたしに構わず配下の兵になにやら指示をだしている。
あたしは、ただ、ぽかーんとしてしまった。
指示を終え振り返った教授は、なにやら黒い笑みを浮かべていた。きっと気のせいではないだろう。
悪だくみ・・・まさにそんな顔だった。
「ふふふ、今秘密兵器を用意させておりますれば、今しばらくお待ち下さい。シャルロッテ様にしか使いこなせない超強力兵器であります。さぞや連中もやる気を起こす事でしょう。ふふふふふふふ」
こ こわっ、なんだか背筋がぞわぞわするんだけど・・・。、
やがて、階段の方から、「よいしょ、よいしょ」と聞き覚えのある声が聞こえて来た。
階段を登って来たのは、、、ポーリン達五人だった。
彼女達は、みんなそれぞれに何やら持ちきれない程の色鮮やかな布の山を抱えて、よろよろと姿を現した。
あたしは、再度教授の顔を見返してしまったのだが、教授は怪しい笑顔のまま、もっと怪しい笑い声を漏らしていた。
あの色鮮やかな布の山と超強力な秘密兵器、あたしの頭ではどうやっても結びつかなかった。
おそらく判って居るのは、腕組みをして自信満々に含み笑いをしている教授だけだろう。
あたしには、嫌な予感しかしないのだが・・・。
その後、あたしは思い知らされた。教授が用意した超強力秘密兵器は、敵兵そのものを吹き飛ばす類のものでなく、敵兵の・・・目を破壊、、、と言うか目を腐らせるモノであると・・・。