106.
天から降って来た謎のだみ声、思わずその内容に突っ込んでしまった。
「はい~~?十万?どこにそんな兵力が・・・? いやいや、そんな事よりも、誰っ!?あのだみ声は誰なのっ!?」
どこかで聞いた事がある様な気がする特徴的な声なんだが、どこで聞いたんだっけ?
「あ あれが、例の石頭将軍で・・・御座います。ぅぅぅぅぅぅ・・・」
苦しそうな声でアセット氏が疑問に答えてくれた。
だが、気丈な声とは裏腹に出血量はかなりやばい状況だ。煌々と輝く満月からの光で傷口を押さえている布が真っ赤に染まり、更に地面に滴って居るのが見て取れた。
急いで医官に診せないとまずい!
「アドラー、みんなでアセット氏を馬車に移して頂戴」
そう指示をだして、あたしは上空、つまり眼前にそびえ立つ城壁をきっと睨んだ。道理で聞いた事がある声だと思った。
大きく息を吸って、あたしは城壁の上部に微かに見える人影に向かって大きくはっきりと叫んだ。
「そこに居られるのは、ガンコラー じゃなかった、エンドラーズ准将とお見受けする。緊急時に付き挨拶は割愛させて頂く。あたしはシャルロッテ・フォン・リンクシュタットと申す。父、聖騎士団団長兼国軍総指揮官シュルツフォン・リンクシュタット侯爵の勅命に依って行動をしている」
そこまで一気に言うと一旦息を吸って呼吸を整えた。
「貴殿の攻撃により仲間が負傷した。大至急治療をしたいので、速やかに城内に入りたい。カーン伯爵のエレノア様強奪軍も迫って来ている。大至急門を開けられたし」
だが、城内は静かでなんの反応も無かった。中で話し合いでもしているのだろうか?こっちは時間が無いと言っているのに、何で年寄りはこんなに腰が重いんだ?
「シャルロッテ様、恐らく准将は我々の事を疑っている・・・と言うか、はなから信じておらんのでしょう。強行突入しかありませんな」
馬車から、相変わらず痛みを押し殺した苦しそうなアセット氏の声がした。
「強行突入って簡単に言うけど、それは無理ってもんよ?このそそり立つ城壁に分厚い城門よ、手前には水をたたえた堀もあるし不可能だわ」
「そうでも御座いません。手はまだ御座います。目くらましの準備を致します。少々時間を稼いで頂けますでしょうか?」
ニヤッとするアセット氏ではあったが、向こうの目を眩ましても城門を破るのは、流石に無理だろう。
「そんなんせーへんかて、内と姐さんの必殺技を合わしたら、あんな城門簡単に粉砕出来るで」
あ、そっか。動揺していて、わすれてたわ。
竜王剣が無くなって威力はかなり弱くなってしまってるけど、あんな城門程度なんなく吹き飛ばせるわね。
ナイスポーリン!あたしは、心の中でサムズアップした。
ポーリンもどんなもんやと胸を張って得意げだった。
だが、アセット氏は大人だった。と言うか、いつも冷静に状況判断をしていた。
「なるほど、例の波動攻撃ですな」
「そうや、剣はのうなってしもたけど、あないな城門吹き飛ばす位簡単やでえ」
ポーリンの鼻息は荒かった。
「では、城門は難なく吹き飛ばせたとします。その後我々が突入を開始して、あの頑固将軍は黙って見ておりますでしょうか?」
「え?」
「我々が突入を開始すると同時に、城壁の上から無数の矢が降って来るとは思いませんか?」
「あっ・・・」
「我々には遮蔽物がありませんので、完全に無防備のまま矢の攻撃に晒されますが、それはどの様に防御なされるおつもりでしょうか?全員ハリネズミになると思うのですが」
アセット氏の言葉は、教師が生徒に言い聞かせる様に優しかった。
「ううう・・・そこまでは、考えてへんかった・・・」
するとアセット氏は馬の鞍に付けてあった袋から何やら握り拳大の物を取り出した。
「ここに、面白い物が御座います。これは投げると炎を発して暫くの間辺りを照らします。これを後方に投げれば突入の間目くらましになります。あくまでも気休め程度ですが無いよりはましかと」
「おおー、そらええわ。そないなもん有るんやったらはよ出さんとあかんやん」
「申し訳御座いません。ですので、準備の為時間稼ぎをお願い致します」
「分かった、やって見る。でも、そんなに長くは無理よ」
「承知しております。皆様に渡して投げる準備をする間だけですので」
あたしは再び大きく深呼吸をして、城壁の上部であたし達を睨んでいるだろう石頭将軍に向き直った。
「あたしの言った事、理解出来たかしら。こちらは女子供だけよ。不審に思われるのなら誰ぞ確認に寄越しなさい。それとも聖騎士団ともあろうものが女子供に恐れをなしているのかしら?」
だが、城内の反応は無かった。まあいい、様子見だろうがこのまま時間を稼げればいいのだから。
ちらっと馬車の方を見ると、みんな物を受け取って馬車の後方で投げる準備をしている。
よし、いいぞ。このまま様子見していてくれよお。
だが、世の中そんなに甘くは無かった。
「盗賊どもっ!!十数えた後に矢の雨を降らせる。死にたくなかったら直ちに立ち去れい」
このクソ爺っ!耳が遠いんかあ?
アセット氏をみると頷いている。準備が出来たみたいだ。よし、火炎弾を投げながら突撃だ。
だがその時だった。想定外の事態に晒されたのは。
往々にして、想定外の事態というのが起きる時は、本当に想定していない時に起きるもので、あたし達は慌てる事になった。
「よーし、十 数えるぞお!」
「じゅうっ!!」
「「「「「「「え?」」」」」」」
それって、詐欺じゃん!
なんて突っ込んで居る暇は無くなったのだ、しょうがない!
「突入っ!!」
あたし達は、全力で突撃を開始した。走竜の加速は凄まじかった。馬車の方では無事火炎弾を投擲出来たみたいで後方が一気に昼間みたいに明るくなった。
ポーリンにしがみついたまま上空を見上げると、無数の矢が城壁方向から大挙して、、、、って、そんなに言うほど数は多くなく、数十本の矢が、飛来して来て、あたし達が居た辺りに次々に着弾していくのが確認出来た。
「城壁の上からは、炎のせいで我々の姿が見えないはずで御座います。ですが、じきに目が慣れて来ますので、一刻も早い入城をお願い致します。流れ矢には十分お気を付けくださいませ」
「気を付けろって言ったかて、こないな状況でどないせえって言うんよお~」
はい、ポーリンさんの意見に一票・・・。
「姐さーん、もう城壁よぉ、お願ーい!」
ポーリンが城壁を取り巻く堀に掛かっている橋の上で走竜を停止させ、ゆっくりと横を向いた。おかげで、城門はあたしの目の前にその姿を現した。
よーし、あたしは刃が無くなって柄だけになった、元竜王剣を握りしめ気を集中させた。
時間が無いし、そんなに強度も無いだろうから、たいして溜めずに発射したのだが、柄だけになっても増幅作用はあるのか、城門は激しい爆発音と共に砕け散った。
「姐さんっ、ナイス!」
「一気に突っ込んで頂戴っ!入ったら直ぐに反転して頂戴!」
「はいなっ!」
あたし達は一気に城内に雪崩れ込んだ。
そして、アドラー達の馬車が入ったのと同時に橋を吹き飛ばした。ほとんど気を込めていないにも関わらず、橋は見事に粉砕されたのでホッとした。
城門が吹き飛ばされて無くなって居るので、ここは完全に外敵に対し無防備状態だったが、橋を粉砕さえしておけば、伯爵の騎兵が入って来てもある程度は防ぐ事が出来ると思ったのだ。
だが、ホッとしても居られなかった。
「姐さんっ!!」
ポーリンの焦った声に振り向くと、十人程の兵に囲まれていた。おそらく、イルクートの守備に就いて居た聖騎士団遠方派遣旅団の三百名の一部なのだろう。
敵ではないから倒す訳にもいかないか。話しを聞いてくれるだろうか?
見た所、みんな子供の様だった。こちらに突きつけてきている槍の穂先が哀れなほど小刻みに上下に揺れている。
初めての実戦だろう、みんなビビって居るのがありありだった。
走竜から降りて、なんとか説得しようと口を開こうとした時、一瞬早くアドラーがあたしの前に出て、右手でそっとあたしを制してきた。
「みんな、王都の聖騎士団の所属よね?違う?それともただの盗賊かしら?」
アドラーは優しく静かに、だが相手の自尊心に訴えかける様に問い掛けた。
「違うっ!我々はかくも尊き由緒ある聖騎士団である!げ 下郎の分際で、愚弄する事など ゆ 許さんぞっ!」
まんまとアドラーの徴発に乗って来た。まだまだ若いねぇ、人生経験が足りないのがもろに露呈しちゃってるわ。
って、どうみてもアドラーとそう変わらない年齢にも見えるのだが、そこは今まで経験して来た経験値の差が現れたのだろう。
ここは、アドラーに任せてもいいかも知れない。
「それは失礼致しました。では、改めてお聞きします。あなた方は、誰の指示で動いているのでしょう?」
「そ そんなの上官の指示に決まっておろうがっ!」
「では、ここで一番偉い上官はどなたなのでしょう?」
「エンドラーズ准将だっ!伝説の孟将だっ!我々の誇りだ。貴様の様な下賤の者でも名前くらいは聞いた事があろう」
「ほうほう、ではその准将閣下はどなたの指示で動いておられるのでしょう?」
「そんなの、聖騎士団団長閣下の指示に決まっておろうが」
「では、その団長閣下お名前をご存で?」
「そんなの聖騎士団団員なら、いや国民なら誰でも言えるわ!シュルツ・フォン・リンクシュタット侯爵閣下よ」
「あらあぁ~、よおおっく勉強なさっているのねぇ」
アドラーの馬鹿にしきった態度に、聖騎士団の若者も次第にイライラを募らしていってるのが良くわかった。
「では、ここに居られる我らの姐さんの名前はご存じで?」
ここまで来て、とうとうこの聖騎士団の若者も、その後ろに居た八名の若者も我慢の限界の様だった。我々に槍を向けて叫んで来た。
「いつまでも、ごちゃごちゃうるさいっ!!さっさとここから立ち去れっ!!」
アドラーは、やれやれと肩をすくめ、首を横に振りながら、横目でこっちを窺っている。こいつ、わざと怒らせたな。
しかたがない。あたしは一歩前に出た。
「あなたがたは、見習いか初任者過程を終えたばかりとお見受けしたわ。それなら、当然あたしの家に逗留していたはずよね」
意外な事を言われて戸惑っているのだろう、お互いに顔を見合わせている。
「あたしの名前はシャルロッテ・フォン・リンクシュタット。リンクシュタット侯爵家の次女よ、名前位は聞いた事があるのでは?」
ここで、彼らの動揺が頂点に達した様だった。
だが、残念な事でかあるが、その動揺の理由があたしの思惑とは違っていたのだ。
彼らは顔を見合わせて、なにやらぼそぼそと言い合っていたが、やがて一人の兵士が叫んだ。
「やまざるっ!!山ザルだっ!!リンクシュタット侯爵家の山ザル姫だっ!」
その瞬間、ポーリン達が噴き出したのは言うまでも無かった。
あたしは、顔面から火が噴き出したかの様に熱くなった、きっと相当真っ赤になっていた事だろう。
「あ あんたらぁ、あたしの事そんな風に言ってたんかいっ!!」
怒りと恥ずかしさとが相まって、自然と大きな声で怒鳴ってしまった。
その声にびびった兵士達。
彼らは、見た事も無い珍しいモノを見る様な眼つきでこちらを見ている。
「あんたらああぁぁ・・・」
だが、怒りに任せて怒鳴り散らそうとした時、アドラーに、笑いを堪えているアドラーに制止されてしまった。
「お ぷぷぷ お嬢、ププ 今はそんな事に拘っている場合じゃあ ぷぷ 時間がありませんて・・ぶわっはははははははは」
とうとう堪り兼ねて、地面に突っ伏して爆笑を始めてしまった。
「・・・・・・・・・」
あたしは、両手の拳を思いっ切り強く握りしめて、彼らに向き直って、冷製・・・を装い、極力静かに、言い放った。
「わ わかったら、准将の所に案内なさい。ああ、来るのは一名でよろしい。後の者は敵を監視。もし、堀を越えて来る様なら直ぐに知らせなさい」
あたしの目付きが怖かったのか、あたしが懐から出した伯爵家の家紋入りの短剣に気が付いたのか、みんな直立不動で敬礼をしていた、、、だが、顔は必死に笑いを堪えているのがありありだったが・・・。
その後、案内の少年兵に連れられ無言のまま城壁内の石段を延々と登った。急に視界が開けた。そこは石段の終点、屋上だった。
突然遮蔽物が無くなり、風が吹いて来た。そよぐ風が気持ちいいなどと思って居ると、直立不動になった少年兵が報告を始めた。
「あ あのお 西第三物資搬入門より その 突入されて来られましたお客様をお連れして参りまして ええと その・・・」
あたし達を案内して来た少年兵は、緊張のあまりか報告内容が支離滅裂だったが、そこは経験不足って事で納得がいく。
どうせ、将軍クラスと直接話した事などなかったのだろう。
ましてや、相手があのガンコラーズなのだから必要以上に緊張するのも無理が無いのだろうなと思った。
案の定、雷の様な怒声が返って来た。
「何を言っているのかさっぱりわからんっ!報告は簡潔にと言っておろうがっ!!」
「ひいいぃっ・・・」
少年兵はその場にへたり込んでしまった。お漏らししてなきゃいいけど・・・。
あたしは、へたり込んだ少年兵の前に出た。
「相変わらずお元気な様ね、ガンコラーズの爺様」
「なんだと・・・?」
思いがけないセリフを聞いたとばかりに訝しむ様な顔をしてこちらを見ている。皺だらけの顔が一層皺だらけになった。
「あたしだよ、あたし。父上の元に来られた爺様とは何回かお会いしてるはずよ」
眉間の皺を一層深くして、暫くこちらを窺っていたが、やっと思い出したみたいだった。
「お おぬし・・・おぬしは、閣下の所の じゃじゃ馬娘かあ?いつも小便漏らしては泣いてばかりいた」
「んが・・・・・・」
なんで、そんな事ばっかり覚えているのよお。それもみんなの前で言わなくたっていいじゃあないのよお。
あたしの後ろでは、ポーリン達が声も無く引きつっているのが分かった。
なんで、なんで、あたしばっかりこんなに恥をかかないといけないのよお。
もう、泣きたくなってくる。