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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
105/188

105.

「あきまへーんっ!ありえへーんっ!!なんでやあああああああぁぁぁぁぁっ!!!」


 なにやらただならぬ様子のポーリンの叫び声に、痛む目を恐る恐る開けてみた。

 あたりはすっかり薄暗くなっている様だった。

 まだ、チカチカする目を凝らし、前方で壊滅状態になっているであろう敵の大軍団を探した。

「んー、まだ目がチカチカしていて、よーく見えないわあ。どうなって居るの?あんたは見えているの?半分位は吹き飛んだ?」」


「なっ、何のんきな事言うてまんのやっ!敵の事なんて、今はどうでもよろしっ!!それどころやあらへんよおっ!!」

「はああぁっ?どうでもいいって、敵兵の事が最大の関心事じゃないのよお、何言ってるのよ」

 凝らしても凝らしても霧がかかったみたいで見えて来ない視界にイライラしつつ、眉間に深い皺を寄せながら前方を注視していると、再びポーリンが叫んだ。


「敵兵、ちゃう!手元見て、手元っ!」

 なに訳の分からない事を・・・

「手元って、手元には竜王剣しか無いでしょう   に・・・?」


「なっ、なっ、なっ、なにいいいいいいいいっ!!!!!?」

 今度はあたしが、素っ頓狂な叫び声を上げてしまった。

 そりゃあそうだ。あたしの両手の中には、小さく可愛いポーリンの両手が収まっており、その可愛い手には竜王剣のつかが握られていた。

 そう、柄だけが握られていたのだ。

 剣と言う物は柄だけで成り立っているものではない。そこには永遠のペアーと言うべき刀身がなくてはならない。

 事実、さっきまでは確かにそこに存在していた。夕日を浴びて輝いていた。それは間違いない。

 今はどうだ。

 そこに存在しているのは柄だけで、、、刀身は・・・・どこ行った?

 まじまじと刀身を見つめてみるが、何度見直してみても刀身は見当たらない。

 反射的に地面を覗き込んでみたが、落ちている訳でもなかった。

 いったい・・・・


「姐さん・・・刀身・・・どこへ行ってしまったんや?」

「わからない・・・刀身だけに・・・とうしん自殺?」

「とうしんハイソスクール行ったんとちゃいまっか?」

「ああ、聖騎士養成の為の予備校の・・・って、そんな訳ないじゃんっ!!バカ言ってないで逃げるわよっ!」


 そう、あたし達が呆けている間に一瞬のパニックから立ち直った騎兵達が、大挙してこちらに殺到して来ていたのだった。

 危なく取り囲まれる所だったが、すんでの所であたし達は反転急加速でその場から逃げ出した。

 幸いな事に彼らの所持しているほとんどの武器は弓で無く槍だったので、雨の様に降り注ぐ矢を浴びなくて済んだのは幸いだった。

 あたし達は、すっかり真っ暗になった草原をひたすら走りだしたが、暫く走った時ふとある考えが浮かんで後ろを振り返ってみた。

 敵兵との間には、この僅かな時間で少し距離が開いている感じだ。その姿は見えないのだが、奴らが持っている松明の明かりが追って来ている事を示していた。


「ポーリン、少し速度を落として頂戴」

「へっ?速度を落とすんでっか?追いつかれまっせ?」

「いいの。付かず離れずの距離を保って逃げるわよ」

 ポーリンにもあたしの考えが理解出来た様だった。

「ははーん、あいつらを吊り上げるんやな」

「そう、今、あいつらを『ムラ』に行かせる訳にはいかないからね。転移門の周りが戦場になってしまうもん。だからイルクートに誘導するわ。あそこなら要塞だから、多少は持ち堪えられるでしょ?」

「なるほど・・・。それ、ええ考えやね」

 そうして、あたし達は進路をイルクートに向けて逃げ始めた。

 もちろん時々後ろを見て、連中が付いて来ているのを確認しながらだけどね。


「アドラー達は無事イルクートに向かったかな?」

 不意にみんなの事が脳裏に浮かんだ。

 だが、ポーリンから帰って来た答えは意外なものだった。

「そらないやろな。イルクートには向かってまへんで」

「えっ?まさか。そんな事ないわよ。何かあったらイルクートに向かえって言っておいたはずだもん」

「ほなら、正面に見えてきた人影はなんでっしゃろ?」

「え?」

 目を細めてポーリンの肩越しに前方を凝視すると、確かに何やら動く塊が見える・・・気がする。

「えっ?うそっ、なんで?なんでここにいるの?」

「うちらを心配して残りよったんやろな。あいつららしいわww」

「笑いごとじゃあないわよ。とにかく早く合流するわ」


 その後ほどなくしてみんなに合流出来た。

 再会の挨拶も事情聴取も後回しで、あたし達は一目散に逃げだした。

 すぐ後ろには怒りに燃えたカーン伯爵の派遣軍の大群が迫って来ていたから。

 乗っている物のポテンシャルの差は歴然だったので、そんなに慌てる事は無い様にも思えるのだが、如何せん向こうの数は圧倒的だったので、ぼやぼやしていると遠巻きに包囲されて面倒になる恐れがあったので、囲まれない程度にはダッシュしている。

 考え過ぎと言われればそうなのかもしればいが、まだ慌てているあたし達にはゆっくり考えるゆとりがなかったから仕方が無いと思う。


「姐さん、敵はどの程度減らせました?」

 しばらく走った後アドラーが聞いて来た。

「うーん、ハッキリ言ってわからないのよ。正直あんまり減らせたとは思えないんだけどねぇ、えへへ」

 あたしは、そう答えるしかなかった。ポーリンもうんうんと頷くだけだったし。

「だとしますと、最悪二十万からの騎兵が丸々残っている可能性があるわけですね」

「・・・・・・・はい」

 偉そうに出て来た手前、とてもばつが悪かった。


「竜王様の剣では力が弱かった・・・と。ふむふむ」

「あ、いや、そうとも言えない・・・かなあって?」

「なんですか?その曖昧な物言いは」

 こういう時のアドラーは情け容赦ない。

「えーとね、気が付いたら、、、、剣がね・・・・こんな感じでさあ」

 刀身が消えてしまった竜王剣を抜いて見せた。

「「「「まあぁぁぁ」」」」

 みんな刀身の無くなった竜王剣に絶句していた。そして次にあたしに視線が集まった。

 そんなに睨まないでよお、あたしだって訳がわからないんだから。


「どうしてこんな風になってしまったのですか?まさか、リンちゃんが何かヘマをしたとか?」

「うちは何もしてへんでぇ、変な事言わんといてぇや!」

 ポーリンが焦っているのが、なんか可笑しい。


「そうしますと、二十万からの敵軍が一気にイルクートに押し寄せるって事ですね」

「まずかったかなぁ、でもこの草原で迎え撃つ訳にもいかないでしょ?」

「そうですね。イルクートで迎え撃つと言う考えは正しいと思います。そもそも騎兵だけでの攻城戦なんてナンセンスです、ただし、要塞側に完璧に防衛出来るだけのい準備が整っているというのが前提となりますが」

 本当はアドラーって、年齢偽ってない?とても子供の発言とは思えないんだけど。

「そうやね、城壁に侵入出来る様な穴があったら意味があらへんがな」

「そういう事。ですからここは姐さんが先に行って護りを固める為の指揮を執るのが肝要かと思いますが」

「だめよ!それはだめ!あなた達にしんがりをさせるなんて出来ないわ。あなた達が行って護りを固めて貰って頂戴」

「それは無理ですね。第一にイルクートに私達の言葉に耳を貸してくれる大人が居ますでしょうか?得体の知れない小娘ですよ?第二に果たして聖騎士団の兵がいまだにイルクートで護りに付いて居るのかって事です。我先に転移門に行ってしまっていたら、私達だけでは護れません」

「うううううう・・・」

 確かにアドラーの言う通りだ。正論でアドラーを論破するのは圧倒的に不利だ。どうしよう。

 恐らくあたし達を知っている人はみんな転移門の方へ行っているだろう。イルクートの聖騎士団も転移門に行ってしまったと考えるのが妥当だろう。

 となると、あたし達だけで伯爵軍二十万をイルクートに引き付けないといけないだろう。

 最低でもエレノア様が転移される時間だけは稼がねばならない。

 考えろあたし。何か方法があるはずだ。あたし一人で何が出来る?諦めたらそこで終わってしまう。どうする、どうする。


 その時のあたしは、相当厳しい顔をしていたんだろうか、考えをアドラーに読まれ、いきなり核心を突かれた。

「姐さん?駄目ですよ、ひとりでなんとかしようと考えたら。どうせ、この大地が沈んだら全員お陀仏なんですから、みんなで最善の方法を探りましょうよ」


「そ そうよね。でも、たった六人で何が出来るかしら?」

 何か出来る様な気は全くしなかったのだが、アドラーの考えは違って居た。

「六人じゃあないですよ。七人です」

 そう言った彼女は前方を指差した。


 目を凝らすと、一頭の馬がこちらに向かって走って来るではないか。

「アセット氏ですよ。イルクートから何らか情報を持って来たのではないでしょうか?」

「アセット氏・・・」


 やがて、あたし達の少し前方で停止したアセット氏は、乗って来た馬を反転させてあたし達に並んだ。

「シャルロッテ様、遅くなりました。現状をご報告致します。状況が状況ですので、走りながらで失礼させて頂きます事ご容赦願います」

「いい、いい、そんなのいいから報告お願い。イルクートはどうなっているの?エレノア様は?」

 矢継ぎ早のあたしの質問にも顔色を変える事も無く、アセット氏は淡々と報告を始めた。


「まずは、進路を微修正願います。この先道中には落とし穴を多数掘ってありますれば、真っ直ぐ私の後を付いて来て下さい」

 そう言うとやや速度を上げたアセット氏は前方に出て誘導を始めた。

 アセット氏に続いてしばらく走ると、後方で悲鳴とも叫び声ともつかない声が連続で上がり始めた。

 どうやら落とし穴地帯にはまったかして混乱を起こしているのだろう。しかし、誰が落とし穴なんて気の利いた物掘ったのだろう?

 叫び声は次第に大きくなっていった。

 だが、いかんせん敵の数は膨大なので、一部が混乱しても大多数は問題無く追って来ているみたいだった。


「あの程度じゃ、足止めにもならないわよ」

「いえ、あれでよろしいので御座いますよ。だって、あれは単なる嫌がらせですから。これで、頭に血が上った連中は遮二無二追って来るでしょう」

「はぁ・・・」

「間違いなく追って来てくれれば良いのです。イルクートには、連中を吸着するに足りる仕掛けがご用意して御座いますれば」

「仕掛け?」

「はい、連中の狙いは何でしたでしょうか?」

「えーと、エレノア 様・・・?」

「正解で御座います。城壁には聖女様の家紋の入った大旗がひるがえってございますれば、旗を見た連中はイルクートからは離れられなくなるでしょう」

「なるほど・・・・で、エレノア様は?」


 混乱した追ってとの距離がやや開いたので、速度を少し落としながらアセット氏の報告が続いた。

「聖女様は、転移門の所で交通整理を行っておられます」

「交通整理?」

「はい、我先にと転移を焦った貴族共が争っており転移門の争奪戦になっていたのですが、聖女様が現れたとたん、争いが収まり全員が武器を捨て平伏しました。そこで、聖女様が皆に有り難い説法を説かれまして、現在は貴族も平民も聖女様の監視の元整然と転移門をくぐっております」

「エレノア様の護衛は大丈夫なの?」

「はい、ムスケル殿と百名の聖女様直属の聖騎士団が護っておりますれば、心配はないかと存じます」

「それは一安心ね。それで、後どの位あれば全員の転移が終わりそうなの?」

「それが・・・まだ、続々と避難民が集まって来ておりまして、まだ数日はかかるものと思われます」

「数日かぁ、しんどいわねぁ。それで、落とし穴掘って時間稼ぎの為に嫌がらせをしていた と。良くそんな事する時間と兵力があったわね?」

「それは問題は御座いません。落とし穴と言っても、馬が脚を取られる程度の浅い穴を無数に掘っただけですので、聖騎士団の若い連中だけですぐに終わりました」

「そうなのね。それで、イルクートの守備隊の戦力は?二~三万はいるのかしら?欲を言えば五万位居れば数日だったら持ち堪えられると思うのだけど・・・」


 え?なんか言いたそうな表情でこっちを見ているけど、なんで?

「シャルロッテ様、お分かりの上で申されておりますか?そんな兵力がどこにあると言うのでしょうか?」

「あ、やっぱり?だよねぇ、流石に欲張り過ぎた?」

「欲張りとか言う以前に無茶で御座います」

「はい、すみません。じゃあ、二万・・・」

「・・・・」

「一万・・・・」

「・・・・」

「五千・・・・」

「・・・・」

「じ じゃあ、あのお 千名・・・くらい かなぁ」

「・・・・」

「うそっ!千名もいないのぉ?」

 黙って頷かれてしまった。


「今、現在イルクートで防衛に付いておられるのは、聖騎士団遠方派遣旅団の三百名だけで御座います」

「それって、まさか、あの、、、新兵百と引退したはずの老兵二百って奴じゃないわよね?」

「いえ、そのまさかで御座います」


「・・・・・・・・・・」

「そ そんなの 居ないのと変わらないじゃないのよ。あ、もしかして全員何らかの異能の力を持ったエリート集団  な 訳ないか・・・」

「はい、初期技能教習課程の子供と、高齢により引退をされた予備役のご老体の集団で御座います」


「ううううううう、頭が痛くなってきた・・・・」

「嫌がらせの穴を短時間で掘り上げただけでも上出来かと」

「ううう、その程度の戦力なのね・・・


「ちなみに、老兵の指揮官はエンドラーズ准将で御座います」

「いっ・・・・・・今、エンドラーズって言った?」

「はい、申し上げました」

「あの、エンドラーズ?」

「はい、あのエンドラーズ准将です」

「まさか・・・あのガンコラーズが・・・」

「懐かしい二つ名ですね」

「笑いごとじゃあないわよ!父様ですら持て余した頑固爺い。まだ生きていたなんて・・・」


「姐さん、知っとる人なん?」

「あたしの記憶が正しければ、もう九十歳近い老骨のはず・・・」

「九十五で御座います。ああ、来月で九十六になるはずで御座いますが」

「うひゃーっ、妖怪やねぇ」

「五でも六でも大差ないわよ。八十過ぎになっても現役で若者に混じって長槍をブンブン振り回してるって聞いた事があるわ。妖怪って言うか、化け物よ。」

「せやけど、そないに強いのやったらめっちゃ戦力になるんとちゃいまっか?」

「無理っ!!人の話を全然聞かない頑固者よ。あんなのと一緒に戦うなんて・・・・無理!無理、無理、無理っ!!」

「そないに凄い人なん?」

「ありゃあ、殺しても死なないわよ」

「それって、ほんまもんのバケモノやん」

「確かに近いモノが御座いますな」

 ニヤリと笑ったアセット氏の横顔がどことなく怪しかったのは気のせいだろうか?


「シャルロッテ様、まもなくイルクートの城壁が見えて参ります。もっともすっかり陽が落ちてしまいましたので、実際にはもう少し行かないと見えませんが」

 後方を振り返ると、多少距離は開いたが伯爵軍は順調に追って来ている。ここまでは予定通りだった。

 後少し、後少しで城内に入れる、それまでの我慢だ。逃げ込んでしまえば後はなんとかなるはず。


「この先に商人用の小さな通用門が御座います。さ、みなさまお急ぎくだ・・・・・ぐっ!」

 あたし達を誘導する為に先頭に飛び出したアセット氏が言葉の途中で突如呻き馬の背中で突っ伏してしまった。

「なにっ!?どうしたの?」

 突然の事で状況が分からないあたしは狼狽えてしまったが、ポーリンの発した言葉で更に混乱してしまった。

「槍やっ!槍が刺さっとるでえ!」

 ハッとしてアセット氏をみると確かに左の太ももに長い槍が刺さっている。

 咄嗟に後方の追っ手の方をみたが、おかしい、投げた槍が届くとは到底思えない位には距離が開いている。

 どう考えても届くなんてあり得なかった。


「お嬢っ、後ろちゃう。前や、前から飛んで来よったでぇ」

「前?前に敵なんて・・・」

「前よっ!間違いあらへんっ!」

 そ そんな馬鹿な・・・前って、もう目の前はイルクートの城壁よ。槍が飛んで来るなんて・・・。


 その時だった、もう既に真っ暗になった夜空にだみ声が響き渡った。


「愚か者共、よお~く聞けい!!ワシの目が黒い内はここは通さん!大人しく退散すればよし。さもなくば我が十万のイルクート守備隊がお相手いたす。心してかかってまいれっ!!」



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