104.
「姐さん、姐さん、起きたってぇなぁ」
突如ポーリンに体を揺すられた。
いつの間にか熟睡してしまっていたらしい。
「ん・・・・んん?なぁに・・・」
まだ頭がはっきりしなくて、目も開かない。もう少し寝たい・・・。
「アセット氏が戻って来とるで」
「んー?あせ?汗がどうしたってぇ・・・?」
「汗ちゃうねん、アセット氏やねん、いつまでねぼけとるん?」
「んー、だからそれ・・・誰よぉ」
「なにあほな事言うとるん、偵察員さんやないか。アセットはんすんまへんなぁ、お嬢はいつも寝起きはこんなやねん」
「いえいえ、大丈夫で御座いますよ。ただ、カーン伯爵の軍に関する報告なので、急がれた方が良いのではありますが・・・」」
申し訳なさそうな若い男性の声が聞こえた来た。ああ、アセット氏の声かぁ、今まで気が付かなかったけど意外とイケボだったんだなぁ。
こんないい声で物語なぞ枕元で読み聞かせしてもらって寝れたら最高だろうなぁ。。。。。
その瞬間、本当にその瞬間あたしの中のスイッチが入って、あたしははじかれた様に飛び起きた。
「あたしっ、寝てたっ??」
「爆睡しとったからおこしてるんやないか。ついでに言うと、口の横、よだれだらだら付いてんでww」
「!!!!」
あわてて袖でよだれを拭うと、偵察員、改めアセットさんに向き直った。
「ごめんっ、寝てたみたい」
「いえ、大丈夫で御座いますよ。お休みの所大変申し訳御座いません」
「それで?なにか進展があったんでしょ?」
アセット氏はあたしの寝起きの顔を見ない様に配慮してか、片膝を付き下を向いたまま話し始めた。
「シャルロッテ様の手紙は、すぐに派遣軍指揮官であるシンプルトン男爵の元に届けられました」
「ん?男爵?指揮官が男爵ですって?二十万の軍の指揮官がたかだか男爵っておかしくない?普通ならもっと上位の位の者が指揮しない?」
「やはり、捨て駒だからでしょうか。既に上位の貴族達は、皆われ先にと避難している最中ではないかと」
「そうなんだね。それで?」
「はい、手紙はその場で破り捨てられ、改めて進軍を命じられました」
「はぁー、やはり自分達が現在置かれている状況を理解する事の出来ないその程度の頭しか持ち合わせない愚か者であるか、よっぽどの忠義の臣だったのか。しょうがないわね、不本意だけどお望みとあらば殲滅してさしあげましょう」
みんなを見回すと、それほど驚いた感じでは無かった。みんなにしてもだいたい予想通りって事なのだろう。
「連中は、今どの辺にいるの?」
「はい、なにぶん数だけはふんだんに居りますれば、物凄い長蛇の列になっておりますのでこの前方どこに進まれても敵に遭遇いたしますが、敵のどの辺りに接触したいのでしょうか?」
「そうねぇ、蛇を退治する時と同じで頭を潰したいから、やはり先頭かしらね」
「それでしたら、至急ご出立下さいませ。このまま南に向け全力で走りますれば、日没頃には敵軍の先頭の側面には接触出来るはずで御座います」
「なら、決まりね。出るよ!」
あたし達はすぐにその場を立ちイルクートに迫っているであろう敵軍を追った。
「ねぇ姐さん。あいつらに追い付いたら、アレぶっ放すんやろ?」
ポーリンがニコニコと聞いて来た。
「そうね、ただ相手がとてつもなく多いから、ただぶっ放すだけじゃロスが多くて駄目ね。放出したらそのまま横に薙ぎ払いましょう」
「おーっ!なるほどお、それなら一網打尽やね」
「駄目だったら、何度でも撃てばいいわよ」
「うーんん、ワクワクしてきたぁわぁ~♪」
これから大量虐殺をするのに、楽しそうにしている?これは良くないわね。人としていけないわ。
「駄目よ、ポーリン。たとえ相手がどんな悪い奴らでも、自業自得であっても、これからする事は戦争に名を借りた人殺し、大量虐殺なんだからね。本当は、まだ小さいあなたにはこんな事させたく無いの。人殺しの汚名はあたし一人だけで十分なんだけど、なにぶん相手が多すぎるから、戦力は少しでも欲しいと言うあたしの身勝手な考えで参加して貰っているの。だから、そんなに不謹慎に喜んだらいけないわ。心して厳粛な気持ちで殲滅して差し上げないとね」
「姐さん・・・」
「彼らにだって親も奥さんも子供だって居るの。だからけっして楽しんでやったら駄目なの。あなたならわかるわよね?」
「すんまへん」
少しは心に刺さったのかな?しゅんとしちゃった。
でも、大人として大事な事はしっかり言わないとね。
でも落すだけじゃだめ。ちゃんとフォローはしないと。
後ろからそっとポーリンの頭に手を置き軽くなでなでする。
「ポーリンが居てくれるから今度の作戦も決行出来るのよ。あなたに大量殺人の片棒を担がせるのはとても心苦しいの、でもあたし一人で担ぐには荷が重すぎる。身勝手な事はわかってるわ。本当にあなたの事頼りにしているの、申し訳ないんだけど責任はあたしが背負うから、手伝ってちょうだいね。大量虐殺の罪は背負わなくていいからね」
「ええよ、任しといてや。責任やて半分背負うよって心配あらへんで」
「姐さ~ん、あたい達を忘れたら嫌だよ~。良い事も悪い事もみんなで背負うんだからねぇ!水臭い事いわないでねぇ~」
疾走している馬車の四人から声が掛かった。こんな状況で良く聞こえたもんだよ。なんちゅー地獄耳。思わず笑みがこぼれていた。
あたしは、照れくさかったので黙って右手を突き上げてサムズアップした。
みんなの手前、偉そうな事を言っているけど、本当はあたし自身が大量虐殺の重圧に潰されそうだった。
そりゃあそうだろう、一人の命を奪うのだって大変な事なのに、今回は山ほどの大量虐殺なのだから。
あたしの様ないたいけな少女が背負うには重すぎると思うのよね。うん。
あ、大事な所だからもう一度言うね。いたいけな少女 ね。けったいな少女じゃあないからね。
そして、暫く走ると我が情報部の優秀さを身をもって知る事になった。
今あたし達が居るこの場所は、見渡す限りの草原が広がり、そこかしこに小さな低木の集落が点在する、騎兵がそのレスポンスを百パーセント生かせられるまさに騎兵の為のフィールドと言っていいだろう。
この様な場所では、個々の力量よりも数が正義になると言っても過言ではない。
そんな圧倒的に不利な場所で、遭遇したのは雲霞のごとき伯爵が派遣して来た二十万の騎兵軍団だった。
だが、不意を突かれての遭遇で無く、偵察員であるアセット氏のおかげで全て予定通りの遭遇だった。
遥か前方に砂埃を巻き上げつつ驀進している敵軍の先頭側面につける事が出来た。
「あいつらほんまに報告通りの位置に居るやん。情報部の情報って、こないに正確なんやなぁ。びっくりやわ」
ポーリンは走竜の速度を落としながら、口をあんぐりしている。
「姐さん、こちらは少数なので、まだ見つかってはいないと思うけど、すぐ仕掛けますか?」
馬車の御者席で立ち上がって前方を凝視しているアドラーが聞いてくる。
「そうね、見付かって攻撃が後手後手になるのは面白くないわ。先制攻撃あるのみね。馬車はここで待機していて頂戴。あたし達は直ぐに出るわ」
「「「「「了解」」」」」
「ああ、周囲の警戒は厳重にね。もし、敵に見付かって囲まれそうな状況になったら迷わずイルクートに退避して、守備をしているであろう聖騎士団の連中と合流してね」
「了解です。ご無事を」
アドラー達の見送りを受け、あたし達は暮れかけている草原に飛び出した。
実際には敵まではまだ相当の距離があるはずなんだが、なにせ数が数なので遥か遠くからでもその長蛇の列は容易に見付けられた。
目の錯覚のせいで、いくら走っても走っても全然近づかない感じだ。まったく前進していないかの様な錯覚に囚われた。
「姐さん、全然近づきまへんなぁ。なんか、感覚がおかしなってくるわ」
ポーリンも同じ気持ちだった様だ。
「うん、そうね。あんな大軍にあたし達の攻撃が効果あるのか心配になるけど、今は信じるだけ。自信を持ちましょ。大丈夫、上手くいくわよ」
「うん、そやね。きっとあんばいよういくで」
「見つかって整然と反撃されると、あの数は厄介だから、あくまで先制奇襲攻撃を狙うわよ。もう少ししたらスタンバイするわね」
「がってん、承知!」
って、あんた、そんな言葉どこで覚えてきたのよ?
さっさとぶっ放してこの重圧から逃れたい誘惑と闘いながらも、兵士一人一人の行動が判別出来る距離にまで肉薄する事が出来た。
あたし達の攻撃がどこまで効果があるのか分からないし自信もなかったので、危険ではあるが確実に効果を上げる為に出来るだけ接近したかった。
薄暗くなってきたお陰で、まだ発見されてはいないみたいだった。
もう、限界だった。何がって?それはあたしの我慢。あたし、自慢じゃあないけど本当はびびりーなのだ。
恥ずかしい話しだが、あまりの敵の多さにビビッていて足が震えている。ポーリンに気付かれないといいのだけど。
「ポーリン、止めて!もういいわ、ここでやるわ」
ポーリンの顔を見ると、彼女も心なしか顔が強張っているのがわかる。きっとあたしも同じ顔をしていたのだろう。
あたしは背中に背負っていた竜王剣をすらりと抜き去った。
夕日を浴びて怪しく光る刀身を見た時、無意識に大きく生唾を飲み込んでいた。
あたしは後席から剣をポーリンに渡した。そして、両手で柄を握った彼女の手の上から自分の両手を被せ彼女ごと包み込み剣先を一心不乱に前進を続ける敵の集団に向けた。
敵の指揮官であるシンプルトン男爵が居ると思われる先頭グループに狙いを定めた。この一撃で指揮官を失いパニックを起こして散り散りになってくれればいいなと願いを込めた。
「いくよ。手加減はいらないわ、思いっ切り気を込めちゃっていいからね」
「はいな」
気を込め始めてすぐに刀身が発光し始めた。まずい!辺りは薄暗くなってきているからこのままじゃあ見つかっちゃう?
ええいっ、ままよ。
「このまま、一気に気を込めるよっ!」
敵兵に動きがあった。少数の兵がこっちに向かって来るのが見えたが、もう止められない。
「姐さんっ!もう一杯一杯や」
あたしもそろそろ上限に達しつつあった。
「行くよっ!先頭に向かって発射したら、直ぐに右方向に薙ぎ払うからねっ!」
「り りょうかいや・・・」
「三・二・一 それっ!!!」
掛け声と同時に光の奔流が敵に向かって伸びて行き、目の前があまりの眩しさに真っ白になって視界が完全に失われた。
今までも何度も放って来た必殺の一撃だったが、こんなに激しく光ったのは初めてだった。やはり二人分の気を込めたからだろうか。
だが、そんな事に構ってはいられなかった。敵は大きいのだ、前方は見渡す限り敵兵なのだ、目をつぶったままでも外れる心配はなかった。
思いっ切り剣を右方向に振り切った。
これで、敵兵の少なく半分は消滅している事だろう。
まだ、視界が戻って来ないし目の奥が痛かった為、しばらく目をつぶっていた。
まぶた越しではあるが光が弱まっていき、すっかり輝きが無くなっていくのがわかった。
若さの差か、ポーリンの方が先に視界が復活した様で慌てた様に叫び出した。
「あ 姐 姐さんっ!えらいこっちゃ!!!!」
ポーリンがなにやら慌てて叫んでいる。あたしはまだ目がチカチカしていて目が開けられない。
「どうしたの?」
「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!!えらいこっちゃ!!!」
「えっ?」
「あきまへーんっ!ありえへーんっ!!なんでやあああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
あまりにポーリンが取り乱しているので、あたしは意を決して目を恐る恐る開けた。
「・・・・・・・」
目に入った光景に、あたしはしばし思考が停止してしまった。
ポーリンじゃあないけど、、、、、、あ り え へ ん
そして、、、なぜか子供竜王様の顔が、脳裏に浮かんだのだった。