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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
103/187

103.

 今、あたし達はカーン伯爵の軍を求めて、巨大なイルクートの城壁すらまったく見えない距離にある小高い丘の上に広がる森の中に居る。

 そして、偵察員からの第二弾の報告を受けて・・・全員が呆然としていた。


「ほんとうなのぉ?」

「はい、間違い御座いません」

「ありえへんわあぁ!」

 ポーリンが本気で怒っている。


「我々は、一切の感情、個人の考え、それらを除外して事実だけをより正確に伝える様に訓練されています。ですので、今回のご報告につきましては、信じられないとしましても全て真実であると自信を持って申し上げられます」

 報告をしてくれた偵察員は胸を張ってそう言い切った。

 あたし達は、ただ唸る事しか出来なかった。


「えーと、突っ込み所は沢山あるんだけど、まずこちらに派遣されて来た伯爵軍の総数は二十万で間違いはないのね?」

「はい、約二十万で間違いありません」

「それが本当だとすると、伯爵が持っている兵のほぼ全て・・・って言う事にならない?」

「その通りに御座います。王都に残っている兵力は歩兵を中心に約一万程度かと・・・」

「大多数の兵を動かしているのに、伯爵本人は王都に滞在したままと・・・」

「はい、いまだ王都から出たと言う報告は御座いません。ですので、その所在は未だ不明ではありますが、宮廷の奥に隠れている可能性が御座いますれば、現在鋭意捜索中で御座います」

「伯爵側は、大陸が沈む事や転移門の情報は知っているの?」

「勿論ご存じであります。ですが、知って居るのは上層部のみで末端の兵には知らされていない模様で御座います」

「それも変な話しよねぇ。もし大陸が沈むのを知っているのだったら、全軍でもっていち早く転移門のあるシルヴァーナ要塞を抑えに行くのが筋ではなくって?」

「その事に関しては、現在総力を挙げて調査中であります」

「そっか。それで連中の標的がエレノア様と言うのは?」

「確かで御座います」

「エレノア様を、どうしたいの?確保?抹殺?」

「命令書によると、イルクート方面に急ぎ進出し、聖女様を確保せよと。確保した後の指示は出されておりません」

「う~ん、これだけの軍を動かした割に、命令が雑よねぇ。なんかもやもやするわぁ」

 しばし辺りが静寂に包まれた。


 素っ頓狂な声が静寂を破ったのはそんな時だった。

「ああぁっ、そういう事なんだあぁ。わかっちゃったぁ」


 全員の視線が、その声の発生源であるアドラーに集中した。

「どうしたの、アドラー?なにがわかったって?」

「ああ、姐さん、目的がわかっちゃったんですよぉ。連中の目的は聖女様じゃあないんですよ」

「でも、報告では・・・」

「そうですよお嬢さん、間違いなく標的は聖女様なのですよ。命令書も確認しましたし・・・」

「ああ、そうじゃないの。標的と目的は必ずしも一致しないのよ」

「それは、一体どういう事なのでしょうか?」

 さぞや偵察員の頭の上には大量のハテナマークが浮かんでいる事だろう。


「確かに、派遣軍の標的は聖女様かも知れない。でも、伯爵の真の目的は聖女様確保じゃあなかったのよ」

「「「「「真の目的ぃ?」」」」」

「うん、もしね伯爵が全軍でもってシルヴァーナ要塞を攻めたとして、要塞はどうなると思います?」

「そりゃあ、お父様達も全軍で立ちはだかるわよ」

「そうですよね。ましてや要塞に対しての攻城戦になります。双方大きな痛手を受ける事は間違いないと思いますし、基本攻城戦を仕掛けるのなら攻める側は守備側の三倍の戦力が必要になるのが道理です。更に、そんな激戦なのです、転移門が無事である保証はどこにもないですよね?」

「あっ・・・」

「伯爵が大軍を送れば、護る側も大軍で護ります。リスクが大きいですよね。じゃあ、もし伯爵が動かないとなったら?」

「なるほど・・・守備側もそんなに厳重に防衛はしないか」


「でもよ、アド、もしそうだったら影武者立ててこっちに来させてもええんとちゃうか?」

「それはわからないわよ、私は伯爵じゃあないもん。あくまでも仮定の話しよ」

「仮説としては有り得そうな話しだけど、ひとつ疑問があるわ。わざわざ大軍を動かさなくてもいいのでは?王都でじっとしてても良いのでは?」

「ええ、それでも良いと思いますが、要塞の近くに大軍が居るよりも、主戦力がこちらに来て王都ががら空きになった方が要塞側が油断し易いと考えたら?」

「それも一理あるわね。それで、油断させてどうしようって言うのかしら?」

「あくまで仮説ですが、私だったら農民に扮して転移門をくぐりますが。主要の配下も同じ様にして別れて別々に転移門を目指したら・・・楽に転移門を越えられるかと思います」

 なんだか、アドラーに後光が射している様にみえたのは気のせいだろうか?


「ほなら、今こっちに押し寄せて来よる二十万の軍勢は?あいつらは何しに来たん?」

「うーん、、、捨てゴマ?  かな?もしくは人減らし・・・」

「人減らしぃぃっ!?」

「うん、あんなに居ても、向こうの転移門が溢れるでしょ?だったら、要塞側に油断させつつ、人質も確保して、あわよくばこちらの転移門から避難させようとか・・・」

「捨て駒かいな。よくもまあ考えるもんやな」

 吐き捨てる様に言うポーリンだった。

「人を物としか見ていないから出来る発想なんだね」

 メイもあきれ顔だ。

「なんかさぁ、一生懸命に仕えていたのに、最後は捨て駒なんて、見ていて哀れねぇ」

 なにやらもぐもぐしながらクレアも呟いている。


 あわれ と言うか みじめ と言うか ぶざま と言うか なさけない と言うか、とにかく可哀想ではある。

「姐さん、連中の事どないします?見逃さはる訳やあらしまへんよね?」」

「そりゃあ無理や。じゃあなくって無理よ。見逃したらエレノア様に危害を加えられる恐れが、、、と言うか間違いなく危害が及ぶわね」

「ほなら・・・」

「うん、一度だけチャンスをあげようと思うのよ」

「チャンスでっか?」

「そう、ここに来たのは本人の意志ではなく上からの命令だから仕方が無いとして、これからの人生は本人の意志で決めて貰おうと思う」

「選択肢を与える  って事ですね?」

 さすがアドラーは聡い、こちらの意図を正確に汲み取ってくれる。

「そうよ、武器を捨てて我々と共に整然と新天地を目指すか、あくまでも命令を遂行するか・・・」


「もし、聞く耳を持たなかったら?」

 クレアの質問はもっともだった。

「そりゃあ、、、うちと姐さんの必殺の剣で薙ぎ払うまでよ。当たり前やん」

 鼻息の荒いポーリンに苦笑いしながら、あたしは静かにみんなに最終決定を告げた。

「非人道的と言われるかもしれないけど、あたし達には時間の余裕がないの。一回警告を発するので精一杯よ。それで聞き入れない場合は、『神の一撃』により、自らの愚かな判断を後悔して貰う事になるでしょう」

 みんな、神妙な面持ちで聞いている。そして、静かに頷いていた。

「連中の正確な進路は把握出来ているのかしら?」

 あたしは振り向いて、後方に控えている偵察員に尋ねた。

「はい、進路を変えずに真っ直ぐに進んで来るのでしたら、恐らく明日の昼前頃には今いるこの丘前方二キロロ辺りを通ると思われます」

「そう、わかったわ。明日の昼に、この場所で迎え撃つ事にします」

 あたしは、はっきりと静かにそうみんなに伝えた。


 慌てたのは偵察員だった。

「お お待ち下さい。正気なのですかっ?相手は騎馬中心の二十万超えの軍なのですよ。こんな見晴らしの良い草原に出て行ったら身を隠す事も逃げる事も出来ず包囲殲滅させられてしまいますっ!」

 まあ、彼の言い分も真っ当な事だった。あたし達が普通の女子供六人だったのなら・・・。

 だが、あたし達は普通じゃあなかった。ある意味、異常だったからこんな作戦も思い付けたのだ。

 あたしには竜王様から頂いた魔剣がある。ポーリンの力も日に日に増大してきている。何も恐れる事はない。

 そうだ、あたし達は無敵だ。


「心配はいらないわ。あたし達には奥の手があるから。それより槍、手に入る?」

「槍で御座いますか?それなら、直ぐにでもご用意出来ますが・・・何本ほどご用意すれば?」

「なぁに、一本でいいの。直ぐにお願い。なるべく長い奴ね」

「はっ、承知」

 そう言うと、さっとどこかに走って行った。


「姐さん、どないするつもりなん?」

「うん、さっきも言ったけど、無駄な殺生はなるべくしたくないから、一回だけ説得しようと思うの。問題は接触の方法ね」

「そやね、のこのこ出て行ったら囲まれて一巻の終わりやねんな」

「そう。だからね、まずは走竜で連中の元へ走るのよ。奴らから見える所でうろうろしていたら、必ず興味を示すはず」

「なるほど、そうですね。こちらが少人数だったら向こうも少数の偵察隊を出して接触を図って来る事でしょうね」

 うんうん、アドラーはちゃんと理解してくれてるわ。

「そこで、用意して貰った槍に手紙を付けて地面にぶっ刺して、あたし達は逃げる」

「なるほど。それで奴らは槍に付けてある手紙に気が付いて持ち帰る・・と言う訳ですね」

「そうよ。どう?いい考えでしょ?」

「あんばいよう行くかはわからへんけど、こちらは足が速いよって捕まらんやろうから、やってみてもええかもしらへんな」



 全員の賛同が得られたので、あたしは用意した手紙を槍に括り付け、ポーリンの後ろに乗って出発した。

 ポーリンが前なのは、、、、あたしより走竜の扱いが上手いからだ。

 槍には、目立つ様にとメイが派手な色の長い布を結び付けてくれたので、走竜が速度をあげるにつれ、ばたばたとはためいて鬱陶しい事この上なかったが、我慢した。

 他のみんなは、馬車で少し遅れて付いて来ている。


 森を出発してから直ぐに日は落ちて真っ暗になったが夜半過ぎまでそのまま走って、近くにあった小さな林の中で食事を摂り仮眠した。夜間の警戒は馬車の四人が交代で担当した。

 夜明け少し前に起き出したあたし達は、朝食もそこそこに進撃を開始した。

 ここまで、避難民には一切出くわさなかった。みんな無事転移門に向かってくれたのだと思いたかった。

 しばらく走ったのだが、未だに伯爵軍は見えて来なかった。

 報告だと、もう出くわしてもいいはずなのだが・・・。

 まさか、コースを変えてしまったのだろうか?

 段々と焦りと不安でどうかなってしまいそうで、進路を変えようか迷いだしたその時、ポーリンの声で現実に引き戻された。

「姐さん、あれっ!」

 そう言うと、ポーリンは走竜を停止させた。


 ポーリンの肩越しに前方を見ると地平線の彼方に、無数の煙が立ち昇っているのが見えた。

「姐さん、あれ、朝食の煙とちゃいまっか?」

「うん、そうだね。きっとそうだ。にしても、不用心だなぁ、まぁこんな所で襲われるなんて思っても居ないんだろうね」

「二十万の大軍勢やから、安心しきってるんやろね」


 あたしは、馬車には近くの小さな森で待機して貰い、更に前進した。

 全く遮る物の無い草原なので、視界は良好ですぐに進行を止めている大軍団が地平線上に見えてきた。

 あの無数の炊煙から、恐らく朝食を摂っているのだろう。


 あたし達は速度を落とし、いつ気が付くかなとどきどきしながらゆっくりと近寄って行った。

 だが、兵士一人一人の動きがわかる距離に近づいても反応が無かった。

 完全に油断している?それともやる気が無く、だらけているのか?

 周囲に対しての警戒は皆無の感じだった。正規の軍隊がそれでいいのか?

 ああ、だから捨て駒にされたのかあって、一人で納得してしまったあたしが居た。


「姐さん、なんかやる気なさげでんなぁ、どないしまっか?」

「どないも何も、気付いてもらわんと話にもならんわなあ。ひとつ派手に走り回って見るかね」

「あいよー」

 そう言うと、ポーリンは一気に距離を詰めて行った。

「わかっていると思うけど、弓の射程には入らない様に気を付けてよぉ~」

「わかってるってww」

 なぜかポーリンは嬉しそうだった。


 その段階になって、やっとこちらに気が付いたと見え、なにやらざわざわし始めたのがこちらから見て取れた。

 立ち上がってこちらを指差して騒いで居る兵も多数見られたので、なんとか目的は果たせたかなと一安心した。

「そろそろ逃げまっか?」

「もう少し、もうちょい待って。逃げるのは、確実に向こうが追って来てからね」


 だが、そんな事は心配無用だった。

「姐さんっ、うぞうぞ出て来よった」

 前方を見ると、確かに十数騎の兵が走り寄って来るのが見えた。

 よし、喰いついた。

 あたしは、すかさず持っていた槍を地面に刺した。

 結びつけられた鮮やかな赤い布が風にたなびいている。

 これなら、見落とす事は無いだろう。

「お待たせ!逃げるわよ!ただ、一気に引き離さないで徐々に引き離してね」


 そもそものポテンシャルが違い過ぎるのだ、馬と走竜とでは。

 本気で逃げたら一瞬で逃げ切ってしまうから、彼らも早々に追撃を諦めてしまうだろう。

 追いつきそうで追い付けない、それがベストなのだ。と、あたしは思っている。

 もっとも、弓兵がおらず、剣と槍ばっかりだから出来る事ではあるのだが。


 連中はなにか叫びながら追って来ているが、そんなの無視してあたし達は逃げる。

 振り返って徐々に小さくなっていく敵兵を見ていると、どうやらあたし達の居た所に到達したみたいだった。

 槍に括り付けておいた手紙に気が付いたみたいで、槍を掲げながら一騎が戻って行き、残りが追跡を続行するつもりみたいだった。


 よし!第一段階終了。

「いいわよ、撤収します。帰るわよ」

「ほーい、楽な作戦やったわねー」

「そだね。でも、これからが大事よ。あいつら、ちゃーんと正しい選択出来るかなぁ」

「無理っ!!」

 即答だったww。

「ありえへんよお。あいつらにそんな頭ないやん。無理ゆーたらあきまへんよ」

「たしかに」

 ふたりして大笑いしてしまった。


 みんなの所に戻って、作戦は上手く行って、敵に手紙を渡せた事を報告した。

「それでは、敵の中に潜入させてある配下の者に繋ぎをつけて、どの様な判断を下したのか探らせましょう」

 偵察員は、すかさず次の一手を進言して来た。

「大丈夫?危なくない?」

「はは、われわれの仕事で安全なものなど御座いません」

「うーん、確かにそう言われたらそうね。わかったわ、宜しくお願いしますね。ただし、任務遂行よりも自身の命を大事にする様に徹底して頂戴。いいかしら?」

「はっ、ご配慮心より感謝致します。ではっ」

 そう言い残すと、何処かに走って行った。


「連中が視界に入るのは、まだ先の事だろうから、交代で休憩しましょ」

「そうですね、何もなければ恐らくお昼過ぎには接敵するでしょう。その時、どんな判断を下して居るか楽しみです」

 アドラーは相変わらず冷静に状況分析をしているようだった。

「姐さん、お手紙にはなんて書いたのぉ?」

 おやつを食べ終えたミリーが袖で口を拭きながら聞いて来た。

「ミリー、袖で口を拭かないっ!」

 メイに注意されて、ミリーはばつが悪そうだった。

「簡単に言うとね、あんた達はへたれだから大人しく降参しなさいって書いたのよ」

「姐さん、簡単過ぎや」

「あはは、必要な事はちゃんと書いたから大丈夫  だといいなあってねww」

「もう、姐さんってば・・・」


 そうしてあたし達は数時間の休憩となった。



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