102.
「へへへ、頭は生きている内に使わんとなww」
そう言ってお頭が腹巻から出して来た物は・・・・そう、間違いなくあたしが竜王様から頂いた『ダイナ・マイト』だった。
「えっ!?それって、、、どこから持って来たの?」
「ふっ、前回使った時にな、ちょこっとくすねておいたんだ。きっと使う事もあるだろうって思ってな。なんたって不幸体質のお前と関わってしまったんだ、万全の備えはせんとな」
なによ、それ。なにげにヒドクない?
「そ それでどうやるのよ。腹に巻いてある程度の数じゃあ到底足りないわよ?」
「へっ、なにもこいつで地縛霊を全部叩こうだなんて思っちゃいねえさ。切っ掛けになればいいんだよ。こいつに火を付けて群れの中に放り込めば・・・なにか起こるだろうよ。みてなっ!」
そう言うと、咥えていた葉巻で火を点けて、掛け声と共に力一杯放り投げた。
だが、飛距離は十分なのだが、コントロールが・・・いまいちだった。
投げられた『ダイナ・マイト』は、地縛霊からは大きく逸れて、ゴーレムの集団の真ん中に飛び込んだ。
「にげろーっ!!」とお頭が叫ぶと同時に、爆発が起こり十数体のゴーレムが吹き飛び、砂に帰った。
「駄目じゃーん、大して効果なかったじゃーん」
ほらあ、言わんこっちゃない。どうするのよーっ。とにかく逃げなくっちゃ。
「うぐっ、、、なに立ち止まっているのよ!早く逃げないと・・・」
なに?なぜ振り返ったまま立ち止まっているのよぉ?おかげでぶつかってしまったじゃあないのよお。
お頭は立ち止まって、森の方を見たまま動かない。
「ちょっと、お頭ぁ・・・なにを」
「見ろよ、賭けに勝ったみたいだぞ」
「え?」
あたしも振り返って森の方を見てみた。
あら。統率のとれていたゴーレム達がざわついている?
それまで、一心不乱にあたしの後を付いて来たゴーレムが一斉に森の方に、いや地縛霊の方に向き直っている?
「え?なんで?」
「ははは、お前さん泥人形に振られたなww」
「どういう事?」
「以前言ってただろう、あの泥人形は相手の力の強弱を感知する能力があるってよ。それで、自分達にとってより脅威の大きい方に向かって行くって」
「ああ、そう言えばそうだったわね。なるほどねぇ・・・・って、それってあたしよりもあの地縛霊の方が力があるって事?脅威って事ぉ?あたし、霊に負けてるの?」
「いいじゃあねえかよ。当初の狙い通りだろうが。面倒を引き受けてくれるんだから、泥人形に感謝しなくちゃな」
「うーっ、なんか複雑。相打ちになってくれればと思ってはいたんだけど、、、力関係までは考えていなかったわ」
「少しは頭使おうな」
そう言って、あたしはお頭の巨大な手で頭をわしわしされてしまった。
うううううううううう・・・・・。
そんなやり取りをしていると、前方で小競り合いが始まったとおもったら、目が潰れんばかりの閃光と、一瞬遅れて腹に響く爆発音がして、あたしは思わず耳を塞いだ。
爆発のした方を見ると、そこはまあるく空白地帯となっていた。おそらく周囲に居たゴーレムを道ずれに地縛霊が自爆した後なのだろう。
今の爆発で敵の侵入を察知したのだろう、森の奥から青白いもやもや、地縛霊の集団がわらわらと現れた。
多くの仲間を吹き飛ばされたゴーレムの方も、地縛霊を最大の脅威と認識したのだろう。あたし達には目もくれず、地縛霊に向かって突進して行った。
辺り一面、爆発音と爆風と目も開けられない位の砂埃でまさに阿鼻叫喚そのものだった。
さすがに堪らなくなり、その場から離れようとしたら、お頭に声を掛けられた。
「おい、泥人形の奴ら劣勢だぞ。もっと援軍送らないとやばいんでないか?」
確かに、爆発の度に半径十メートトルの範囲に居るゴーレムが吹き飛んでいるので、だいぶ数が減って来ていた。
ようし!あたしはゴーレムの剣を完全に鞘から抜き去り、高々と掲げた。
「さあ!無敵の我がゴーレム軍団よ、地縛霊を完全にこの世から消滅させるのだっ!突撃ぃ~っ!!」
言ってから、ちょっと恥ずかしかったが、今はどうでもいい。ぶわっと大量発生したゴーレム達は、あたしの命令一下合体しつつ地縛霊に向かって突撃して行った。
まあ、あたしの命令で突撃したのではないのだろうが、あたしは気分が良かったのでそんな事はどうでも良かった。
「どさくさに紛れて何言ってるんだよ」と言うお頭の言葉も、今のあたしには届かなかった。
あたしは森から少し離れ、小高い丘の上でゴーレムの増援を調節しながら戦況を観察していた。今やゴーレム軍団は劣勢ではなくなったのだが、まだ森の周囲では爆発が間断なく続いている。
「あの地縛霊、いったい何体居るわけぇ?次から次へと出て来るわよ?」
「そうだな、いつまでも付き合って居ても仕方が無いか。聖女のねーちゃんの隊列も既に通り過ぎたし、そろそろ我々も後を追った方がいいな。ああ、泥人形は出したままにしろよ。霊に付いて来られても迷惑だからな」
「うん、わかったわ」
その後、あたし達は森を迂回しつつエレノア様の馬車を追う事となった。
途中、みんなとも無事合流出来た。
「姐さん、なんか途中から連中が仲違いはじめたみたいなんですけど、何かしたんですか?」
アドラーの観察眼は相変わらず鋭い。ちゃんと見ていた様だ。
「あたしは、なにもしてないわ。お頭が機転を利かせてくれただけよ」
癪だけど本当の事だからしょうがない。今回は助かったのは事実。素直に感謝している。なのに・・・
「ほぉ~、どうしたんだ?なにか悪い物でも食ったんか?やけに素直じゃねーかよww」
「あたしは、いつだって素直ですっ!!!」
ほんんっと、いつも一言多いんだから!
しばらく進んだ所で、もう安全だろうと判断したあたしはゴーレムの剣をしまった。
ほんと、今回は助けて貰ったわ。敵対している時は、なんて嫌な奴だって思っていたけど、こうしてみるとなかなか使えるんだなぁ。
「姐さん、あのゴーレム、まるで姐さんの忠実な僕みたいやなぁ。なんか健気で愛着わいてきーへんか?ww」
「あ、愛着ってねぇ、そんな事考えた事ないわよぉ」
ほんと、この大変な時になに考えているんやら、今時の若い娘の考える事はわからないわあ。
やがて見違える程短くなったエレノア様の車列に追い付いた。
列が短くなったのと、不要な馬車を置いて来た際、馬を切り離して従者が乗って来たのも相まって、エレノア様の周りはおびただしい数の馬に囲まれていて近くに寄れなくなっていた。
これはこれで、良い防御になっているのでは?などと思ってしまった。
貴金属や家具、衣類を積んだ大量の馬車を放置した際、何人かの聖騎士が残って遠方から監視していたそうだが、立ち去った直後から有象無象の者達が馬車に群がり、獲物の争奪戦を繰り広げていたそうだった。今はそんな事をしている暇は無いだろうに・・・。
だが、どうせそういう輩は言っても素直に聞きはしないだろうし、あたし達にはエレノア様の護衛という任務があるので構っても居られない。後は彼らの運に期待しよう。
それから二日ほど平和な時間が過ぎた。
転移門のあるムラからの報告によると、新たに整備した空飛ぶ船は無事新大陸に向けてよたよた飛び立つ事が出来たらしい。また転移門の前は・・・それは凄まじいほどの状況になっているそうだ。
その状況の元凶は・・・有力貴族達らしかった。
有力貴族達は、完全武装に身を固めた直轄の兵を大勢連れて来ており、領主を初めとして主要貴族達も領民を武力で蹴散らしながら自分達が優先的に門に入って行ったらしかった。
当然、金銀財宝もたんまり持って来ており、当然領民よりその莫大な荷物の転送が優先される事になり、領民はいつになっても門に入れない。そうこうしている内に別の貴族集団が到着してしまい、転移門の前では血で血を洗う転移門争奪戦になってしまっている有様だそうだ。
貴族達が我先にと転移を争った結果、貴族双方及び領民にも死傷者も多数出ているそうだ。早くエレノア様をお連れしないと・・・。
いったいなにをやっているんだ。順番に並んで仲良く門に入る事が出来ないのか?人はこの様な事態に遭遇するとこんなにも浅ましくなるものなのだろうか、情けない。
一般の領民が新大陸に転移出来ないとどんな事になるか貴族共はわかっているのか?
自分達で農作業しないといけない事になるのに、あいつら出来ると思っているのだろうか?
更に悪い事は続くもので、王都からの偵察員の報告によると、王都からカーン伯爵が派遣したと思われる軍勢が進発したとの事だった。
まだ、目的地及び目的は不明ではあるが、こちらに向かって来ているのは間違いないとの事だった。
兵力は・・・騎馬隊を含む沢山だそうだ。とりあえず軍勢が出て来たので取り急ぎ第一報を知らせに来たとの事だった。詳しい数は第二報で知らせて来るそうだ。
さあて困った。もし騎馬隊が先行して来たなら、村に到着する前に出くわしちゃうかな?
「どうした?」
何かを察したのか、お頭が寄って来た。
「うん、とうとうカーン伯爵が軍勢出して来たみたい」
「来たか!それで、数は?」
「たくさん・・・」
「なんだ、そりゃあ?子供の使いかぁ?」
だよねー、うん、あたしもそう思ったさ。
「あのねー、取り敢えず一報を入れて来ただけなので数は後からなんだって」
「そうか、問題はどこで出くわすかだな。平地では出くわしたくはないもんだが」
「あのぉ・・・」
その時、三人の聖騎士がおずおずと声を掛けて来た。
それは、まだ十代とおぼしき若い騎士達だった。
「まずいです。非常にまずいです」
「まずいです。本当にまずいです」
「まずいです。かなりまずいです」
なんだあぁ~?
「おいっ、兄ちゃん達、単刀直入に言ってくれや。それじゃわからんぞ」
戸惑っているあたしに代わってお頭が問い質してくれた。
「自分達はこの辺りが地元なのです。ですから、判るのです、このまま行くと、ムラに到着する前に必ず伯爵の軍と接触すると」
「おそらく、彼らとは好意的接触とはならないのですよね?でしたら、ここは一旦退避すべきかと愚考するものであります」
「今なら、まだ間に合います。地の利はこちらに有りますれば、即断されるのが最善の判断ではないかと、ご無礼を承知で意見具申させて頂きました」
う~ん、確かにムラに着く前に、奴らと接触するのはまずい・・・か。
悩むなぁ・・・
「おい、どうするよ?この戦力で伯爵の軍と接触するのはまずいぞ」
「わかってるわよ。ねえあなた?地元って言ってたわよね?伯爵の軍と出会わずに、避難出来る所を知っているの?」
聞かれた聖騎士団のお兄ちゃんは、意見が却下されると思っていたのだろうか?声を掛けるとぱああぁっと表情が明るくなった。
「お任せ下さい。最高の避難所を知っております!」
「あらぁ、最高の避難場所?どこかしら?」
彼は馬上で大きく胸を逸らしてこう言った。
「イルクートであります!」
「いる・くうと?いるくうとって、あのイルクート?今から進路変更して間に合うの?」
「はい!あのイルクートであります。あの城塞都市は防備が盤石であります。あそこなら少数の兵でもある程度なら持ち堪えられます。我々が持ち堪えている間に、聖女様をお逃がしになれば良いかと。今から直ぐに進路変更してイルクートの北からのコースをとれば、連中と同じ位には到着出来るかと思います」
「おいっ!小僧っ!同時じゃあやばいんじゃねえかよ」
お頭が真顔で怒鳴ると、流石に怖い。騎士達が一瞬でびびってしまった。
あたしは精一杯の笑顔で優しく聞いた。
「同時に到着しても大丈夫なのかな?」
彼らのリーダー格と思われる青年が、ビビったまま勇気を振り絞って発言して来た。
「だ 大丈夫で ありまちゅ。 あ、いえあります。彼らは西門からやって来ます。我々は北門でちょっと距離がありますので見付からずに入る事が出来ます」
するとリーダーの後ろに居た騎士も発言する。
「現在、イルクートには聖騎士団の精鋭部隊が駐留しております。早馬で彼らと急ぎ連絡を取り、伯爵の軍の注意を向こうに逸らして置いて貰えれば完璧です」
思わず、お頭が呟いた声が聞こえた。
「あの爺いとガキの集団が精鋭だと?」
「しーっ、そんな事いわないの!」
お頭を咎めたが、どこ吹く風だった。
ここは他にいい案もないし、この案に乗っかるしかないわね。
「分かったわ。至急進路を変更してイルクートに向かいます。あなたは早馬を出して頂戴。話し合いで時間を稼いで頂戴と。あたし達が着くまで決して戦ってはいけないと厳命する様に。命令の発信は・・・聖騎士団団長にしておいてね。責任はあたしがとるから。急いで頂戴」
行動方針が決まれば、後は早かった。
各々が自分の役目を理解していて、みんなきびきびと命令をこなしていった。
「姐さん、当然うちらはおとりよね?」
「いや、こっちは戦力が圧倒的に少ねえんだ、分散するよりもイルクートに集中して攻城戦に引きずり込んだ方がいい!爺さんとガキだけじゃあまともに防御もできんぞ」
「ガキだと戦力にならへんのんか?やったら、うちらもガキやから戦力外やな。ほなら、うちらが抜けても構わへんな?」
「誰がおまえ達が戦力外だって言ったよ?お前らは例外だ。こんな時に屁理屈こねんでくれよ!」
「でしたら、私達はおとりとしてもお役に立てるって事でよろしいですわね?」
口が立つアドラーに流石のお頭も次のセリフに詰まってしまった様だった。
「はいはい、時間がもったいないわ。あたしがポーリン達について行くから、お頭はエレノア様をイルクートに避難させて頂戴。そして、隙を見てムラにお連れするのよ、お願いね」
後の事をお頭に委ねて、あたし達は車列から離れた。
こちらの脚は走竜だから、なにかあっても逃げ切れるから大丈夫だ・・・そう自分に言い聞かせて伯爵軍の来るであろう方向に歩を進めた。