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聖女様は疫病神?  作者: 黒みゆき
10/168

10.

 朝食が終わったシャルロッテは、もうじき監視当番が明けるメアリーの元に行った。

 昨日の事を謝りに?いや、それは昨夜散々嫌味を言われながら終わった。

 今日のシャルロッテは、昨日とは違って居た(当社比?)

 十分に休養を取ったので、昨日みたいに無様に剣技で負けるはずは無い、あれは長い旅路で疲れて居たからだ。そう思っていた。

 監視は、二階にある屋根裏部屋で行っていた。

 屋根裏部屋には、南北に小窓が有るので、そこからこっそりと外を監視するのだった。


「メアリー さん、交代に来ました」

 窓の片隅から体を隠す様にして下界を監視していたメアリーはこちらも見ずに答えた。

「ん?交代の時間までまだ十分あるぞ」

 表を見ていて良く時間が分かるもんだ。

 いついかなる時にも時間を把握しておくのは、裏の仕事をする者にとっては基本中の基本なのだが、シャルロッテは、当然その様な事は知らない。

「その十分で、昨日の雪辱戦がしたい」

 頭を下げるのは物凄く抵抗があったが、背に腹は代えられなかった。


「ふん、あれだけ一方的にやられたのにまだ力の差に気が付かないか。ま、その根性だけは認めてやろう」

 メアリーは、立ち上がって部屋の隅に置いてあった薪を手にした。

「五分だけだ」

 よっしゃあ!今日こそは。

 シャルロッテは、剣を構えた。

 が、メアリーは剣を構えるでもなく、ため息をついていた。

「ん?」

「お前は、山で猿か狼にでも育てられたのか?」

「なっ、何をっ!」

「監視をしている最中の人間の時間をむりやり奪っておいて、礼儀も知らんのかと言っている」

「貴族様のお嬢様と言うのは、どこまで尊大なのだ?そんなに偉いのか?」

 シャルロッテは、頭を殴られた位の衝撃を受けた。あたしが尊大?いや、そんな事は無いはずだ。

「尊大で無いのなら、ただの礼儀知らずだったか」

 そっちの方が近いかなと、一瞬頭の隅で思ったが、肯定する訳にはいかなかった。

「も 申し訳ありませぬ。大切なお時間を頂きまして感謝しております。無礼は平に陳謝致します。なにとぞお相手をお願い致したく・・・」

 ひたすら謝るしかなかった。

「もう良い。時間がもったいない、さっさとかかって来なさい」


 かっきり十分後、シャルロッテは、床の上に這いつくばって居た。

 昨日と同じく四度目の敗北だった。

 まったく歯が立たず惨敗だった。当然と言えば当然だった。たかが見習いと伝説の聖騎士、勝負になろうはずも無いのだが、持ち前の負けん気だけは天下無敵だった。

 しょげる事も無く、次こそはと再戦に燃えていた。世間は”身の程知らず”と言うが、シャルロッテの辞書にはその様な単語は載っていなかった。

 次こそは!次こそは!頭の中は、それだけだった。

「時間だ。手を抜かずしっかり監視しろよ」

 そう言うと、メアリーは階段を降りて行った。

 

 今日も朝から良い天気で山からの風も気持ちよかった。

 お昼前に、例のイシワータ商会の会長が大先生を連れて謝罪に来たが、監視の最中だったので相手をしないで済んだのは幸いだった。

 話をしているとこっちの頭が変になりそうだよ。担当を外してくれないかなぁ。

 しかし、何がいけなかったんだろう。あたしがあんなに一方的にやられるなんて。もっと意表を突かないといけないのだろうか?

 あたしの一撃はことごとく躱されているんだから、攻め込む速度が足りないのは分って居る。もっと早く突っ込まないといけない。

 知らず知らずの内に立ち上がって打ち込みの型をとっていた。

 もっと早く!もっと鋭く!もっと!もっと!

 こんなんじゃ駄目だ、もっと早く!もっと・・・

 しばらくすると全身に汗が滲んできた。

 もっと早く踏み出せ!もっと速くだ!知らず知らずの内に床が悲鳴を上げていた。

 すると突然に怒声が降って来た。

「何をやっているのかっ!監視を放り投げてどういうつもりなのかっ!」

 怒りの形相のメアリーだった。

「あ、いえ、監視はきちんと・・・」

 思わず言い訳をしてしまった。それが余計に火に油を注いでしまった。

「きちんとしているのなら、こちらに接近して来るあの人間の報告が何故無い!」

「えっ?」

 窓から外を覗くと、遠方より坂道を登って来る人影が見える。あ、あれは・・・

「あの歩き方は、只者では無い。どこかで見た気がするが相当の手練れだぞ」

「あれは、洞窟にアナスタシア様をお救いに行った時に一緒に居たアウラです。味方です」

 すると一団と表情が厳しくなった。

「味方ならいいと言う訳にはいかない。もし、あれが敵だったら完全に後手に回っていたぞ。場合によってはアナ様の避難が遅れてお命を危険に晒した可能性すらあった」

「あ・・・」

「帰れ!食事も満足に出来なければ、監視すら出来ない。そんな奴はここに居る価値はない。邪魔だ!我々の迷惑でしかない。執事殿とタレスが居ればいい。お前はさっさと王都に帰れ!今直ぐだ、いいな」

 そうまくし立てると下に降りて行ってしまった。

 あたしはと言うと、只立ち尽くすのみだった。頭が真っ白になってここに来て二回目のフリーズだった。

 あまりの事に涙すら出なかった。それだけショックだった。

「お嬢様、お支度の方はいかがいたしましょうか?」

「へ?」

 振り向くとジェイが立っていた。

「今直ぐ帰れとのご指示でしたが」

 お おまえは主が帰れって言われているのに、フォローもしてくれないのか?

「僭越ながら、お嬢様がメアリー様に勝つには何十年もの年月が必要と思われます。ましてや今の様に対抗意識丸出しでは対等にやり合うのは永遠に不可能で御座います」

「な お前はそんなにあたしが劣っていると言うのか!」

 あたしは、怒りの為に手足がわなわなと震えてきた。そんなあたしの気持ちを知っているのかいないのか、ジェイの答えは耳を疑うものだった。

「はい。正確にはお嬢様が劣っているのではなく、メアリー様の能力がずば抜けて優れていらっしゃるのです」

「そ そんな訳 そんな訳あろうはずが・・・」

「では、お嬢様は仮に十人の私が居たとして、一対十で戦って勝てると思いますでしょうか?」

「そ 一人だって勝てないのに、そんなの無理に決まっているじゃない、何言ってるのよ。そんな事出来る人なんか居る訳ないじゃない」

「それを出来るのが、メアリー様で御座います。私が十人居ても勝てる気がいたしません」

「何で?何でなの?たかが聖騎士団の中隊長ふぜいが」

「たかが?ふぜい?お嬢様、階級や身分で相手を決め付けてはなりません。それを言うのならお嬢様もたかが見習いふぜいと言われてしまいますよ。お嬢様はエルンスト・ガトーというお名前をお聞きした事はおありでしょうか?」

「エルンスト・ガトー?あの伝説にもなった聖騎士のエルンスト?」

「はい、我が国最強の騎士で御座いました」

「それがどうしたのよ?」

「お嬢様は、エルンスト・ガトー殿とやりあって勝てるとお思いでしょうか?」

「そ、そんなのはなから無理に決まっているでしょうに、ジェイ、頭は大丈夫?」

「大丈夫で御座います。いえ、お嬢様がエルンスト殿に勝とうとむきになっておられましたので」

「何それ?意味分からないんですけど?」

「エルンスト殿にはエルンスト殿の再来とも言われたお孫さんがおられました。大変な才能の持ち主でいらっしゃられてエルンスト殿も五本に一本は取られるとか」

「それ・・・話だけ聞いた事がある。突如失踪されたとか」

「それは事実ではありません。彼女は失踪では無く、裏の任務に就く為に姿をお隠しになられたのです」

「だから、それがどうしたのよ?え?彼女?」

「彼女の名前は、メアリーアン・ショウジニー。通り名は『疾風迅雷のメアリーアン』今年十八歳におなりで御座います」

「えっ!?それって、まさか?」

「はい、あのメアリー様で御座います。お嬢様がいくら頑張っても勝てる相手では御座いません。さ、支度をいたしましょう」

 常に平常運転のジェイだった。


 支度を終えて一階に降りると、メアリーとアウラが話をしていた。

「支度は終わった?今、話したんだが、アウラ嬢はあんたについて行くそうだ。執事殿とタレスは護衛に残ってもらう。話は以上よ」

「わかりました。短い間ですがお世話になりました」

 事ここに至っては、もう出来る事はなかった。

 挨拶を済まして修道院を後にした。


 きっと何かで使うだろうから馬車は残して行く。だから、アウラの用意した馬でベルクヴェルクを離れた。

 後ろ髪を引かれないと言えば嘘になるが、しょうがない。あたしは役立たずだったのだから。

 それよりも、これからどうしよう。王都に帰るに帰れないし、アナスタシア様の元にも居られないし。

「お嬢、何があったかは知らないけれど、これからどうします?」

 ふいにアウラに話し掛けられた。

「それなのよねぇ。どうしようかなぁ」

「あ、それだったらうちに来ませんか?大歓迎ですよ」

 アウラは本気な表情で覗き込んで来る。

「うさぎの手?そうねぇ、それもいいかもね。でも、今は出来る事をやっておきたい。力を貸してくれる?」

「あっ、はい、勿論ですよ。何でも力になりますから言って下さい」

 なんか、目がキラキラしてるし。

「このまま、市街地に行くわよ」

「えっ?市街地にですかあ?」

「そう、出て行けとは言われたけど、警護をするなとは言われていないわ。だから、街で情報集めをして、怪しい奴の侵入を監視するの。どこか貸家を借りられないかしら?」

「なるほどー、お嬢もなかなかの悪ですねぇ」

「どこが悪なのよぉ、失礼しちゃうわねぇ」

「仮住まいでしたら、いい物件があるのでそちらにご案内しますね」

「うん、助かるわ」

 修道院からなだらかな坂道を下って街道に出たら右折して市街地に向かった。

 市街地に入って直ぐの街はずれの斜面にある結構大きな屋敷の前でアウラは停まった。

 おいおい、こんな大きな屋敷を借りる程のお金なんかないぞ。

「どうです?いいでしょ」

 アウラ、鼻の穴が広がっているよ(笑)

「いいんだけど、もっと安い所でいいよお。お金は節約しなきゃだし」

「やだなぁ、お嬢からお金なんて頂けないですよ。それに、ここの二階からなら修道院を監視し易いし、入り口が何か所もあるから、人が出入りしても目立たないし、人手が欲しい時にも大勢待機できるし、ね?いい物件でしょ?」

 そう言いながら、アウラはかつて知ったるなんとやらで、さっさと屋敷の中へ入って行った。

 あたしも、ゆっくりと周りのロケーションを確認しつつ門をくぐった。

 確かに、門の中にはかなりの大きさの広場があり大勢が来ても大丈夫そうだった。元は豪商の屋敷だったんだろうか?

「お嬢~っ!」

 あ、アウラが正面入り口の所で呼んでいる。ん?なんか大勢居る?

 馬を正面入り口の脇に停めると、使用人らしき少年が飛んで来て馬を引き取った。

 階段を上がると玄関ホール前にメイドさんらしき女性が一列に並んで出迎えてくれている。

「みんな、こちらは今日から暫くここの主人となる伯爵家ご令嬢であらせられられるシャルロッテ様だ。くれぐれも粗相の無いように仕えてくれよ」

 慣れない言葉を使ったアウラが、しどろもどろになっていたが、メイドさん達は慣れたものだった。

「ようこそお越し下さりました。わたくし達がお世話をさせて頂きます。メイド長のエミリーと申します。御用の際は、なんなりとお申し付け下さいませ」

「「「「「「「宜しくお願い致します」」」」」」」

 へぇ、こんな地方なのに、良く教育がされているのね。

「あ、あまり固くならなくてもいいわ。そんなにうるさい事いわないから。それより、突然でごめんなさいね、色々とご迷惑を掛けますけどよろしく」

「勿体ないお言葉で御座います。精一杯お仕えさせて頂きます。クレアさん、お姫様を一号室へご案内して差し上げて頂戴。アイラさんお荷物をお持ちして」

 テキパキと指示を出すメイド長のエミリーさん、それなりにお歳は召されている様だけど、きっと名の有る家でメイドをされていたんだろうなぁ。

 などと感心して見ていると、声を掛けられた。クレアさんだったっけか。白と黒を基調としたメイド服が良く似合っていた。

「姫様、さ、こちらで御座います。階段は滑りやすくなっておりますれば、お気をつけて下さいませ」

 うーん、姫様だなんてこそばゆい事この上ないんですけど。

 二階に用意されたあたしの部屋に案内されると、飲み物が運ばれて来た。喉を潤して一息入れた頃アウラがやって来た。

「お嬢、これからどうしますかい?」

 あたしは窓から庭を見下ろしながら考えた。

「そうねぇ、取り敢えずこの屋敷を散策しようかしら」


 アウラを伴って屋敷内を歩き回ってみたがどこを見ても調度品が一級品揃いなのには驚いた。

 働いている人数も、何でこんなに多いの?あたしが急遽来なければ、使用人だけしか居ないはずなのに、見た感じ三十人以上は居るようだった。

 厨房をみたら食材も人材も豊富で、都市の大きなレストランと言ってもおかしくはない陣容だった。

「ねぇ、何で食材も人材も豊富なの?ここ、使用人以外に誰か居るの?一階には身分の高くなさそうな人がうろうろしているけど、支配階級の人は見掛けないわよ?」

「お目が高いですね。ここは、我々うさぎの手の保養所を兼ねているんです。ある程度任務に就くとご褒美にここで休暇が取れるんですよ。ああ、二階は貴賓室だから上がっては来ませんからご安心下さい」

「へえぇぇ」

「休暇で来ている者には、この屋敷の警護の義務も発生するので、専属の護衛を雇わなくてもいいので、お得なんです」

「お得ねぇ。でも、結構経費が掛かるんじゃあないの?」

「その点は、国から経費として頂いているので大丈夫です。もし、足りない時でも盗賊狩りをして連中の持っていた資産を取り上げて処分して換金しているので、資金は豊富なんです」

 国営の山賊かと思っていたけど、国営の追いはぎもやっていたんだ。手広く商売しているのねぇ。

 中庭に出てみると庭園の様な立派な庭もあるし、練兵場の様な広場もあって、なんか不思議な雰囲気を醸し出していた。

「ここ、普通の屋敷にしては塀が異様に立派にみえるんだけど?まるで要塞みたい」

 前を歩いていたアウラは振り返ると、不思議そうな顔をしていた。

「へ?そうですよ、ここは要人の保護とかしますから要塞と同等の備えをしているんですよ。さらわれたり、奴隷商人に売られた人も匿うんですよ」

「そうなの?」

「はい、最近は軍備をしている奴隷商人も居ますから、連中と戦争になったりした時に役に立ちますね。その為市街地から離れた所にあるんですよ、市民に迷惑が掛からない様にですね」

 なんちゅー所だよ、ここは。

「ああ、そうでした。お嬢、情報が届いてましたよ」

 振り返るとアウラが二枚の紙切れを持っていた。

「情報?そんな物どこに届くのよ?」

「屋敷の地下に情報分析室と言うのがあって、そこに大陸中の情報が集まって来て、分析・検討されているんです。その内容によっては王都にも届けられるんですよ」

「何それ、凄いわね。王都にだってそんな機関無いわよ」

「お嬢の御父上様のアイデアなんです」

「初めて聞いたわ、聖騎士団ってそんな事もやっているの?。で?どんな情報が届いているの?」

 驚いていると、ふいに後ろから声を掛けられた。

「恐れながら、実際にお越し頂きご自身で情報の判断をされるのがベストかと・・・」

 振り返ると、中肉中背で・・・うーん、何て云うんだろう、何の特徴も無いというか、人混みに紛れたら分らなくなりそうな影の薄そうな男の人が立っていた。

「初めてお目に掛かります。シュトラウス情報調査室(S.I.I)で室長をしております、トッド・ウイリアムスと申します。以後お見知りおきを」

「あ、は、はい。宜しくお願いします」

「では、こちらにおいでください。ご案内致します。アウラ嬢もいらっしゃい」

「いいの?わーい!」

 アウラは喜んでいるが、そんなに喜ぶ所なの?なんか、堅苦しそうなんだけど。

 トッド氏はくるっと振り返るとすたすたと歩いて行く。

 ここは?厨房?我が家の厨房に匹敵する位に大きな厨房を横目に見て更に奥に歩いて行く。

「何日もこもりっきりになる事もありますので、食事や飲み物の差し入れがし易い様に厨房の近くに御座います。また、指令室は厨房と一体で耐火建築になっておりますので、万が一建物の地上部が焼け落ちても生存性が格段に高くなっております。ま、そうなる前に、秘密の通路で屋敷の外に避難しますのでご安心下さい」

 厨房の更に奥に行くと、そこは更衣室になっていた。中に入るとロッカーが壁一面に並んでいた。

 奥には衝立ついたてが立っておりその奥が覗けない様になっていた。トッド氏は迷わず衝立の奥に入って行くと、そこはシャワー室だった。

 シャワーの個室が五個、ほかには掃除用具入れのロッカーが三つ。三つ?多くない?

 ロッカーにはそれぞれ、鳥、魚、花の絵が描かれていた。

「本日は花の日で御座います」

 そう言うと、一番右の花の絵の描いてあるドアを開けた。当然というか、掃除用具が入っている何の変哲もないロッカーだ。

 すると、おもむろにバケツに放り込んであるモップを横の壁のフックに掛け直した。

 まあなんていう事でしょう。モップの重さでフックが下に下がると同時に、正面の壁がするすると上に上がって行くではないですか。

 その奥は、下に続く階段になっていた。どういう仕掛けなのか、途中に数か所灯りが灯った。

「さ、どうぞ続いて下さい。足元にはお気をつけて下さい」

 一階層分降りると正面にドアが現れ行き止まりになっていた。なるほど、正面のドアが開くんだなと思って居ると、三メートル程手前で立ち止まり、右手にある灯りを上に持ち上げた。

 すると右の石壁がゴトリと音をたてて引っ込んで横にスライドした。そこには又ドアが現れた。ドアノブは見当たらなかったが、ドアの下部に有る窪みに足を差し込むと正面のドアは向こう側に開いて辺りは眩しい光に包まれた。

「ようこそ、S.I.I中央情報処理センターへ」

 そこには百人は入れるであろう巨大な空間が広がっていて、多くの職員が働いていた。なるほど、大きな厨房に大量の食材が必要な訳ね。

「この施設は王室ではなく、聖騎士団直轄となっていて、国内外に限らず大陸におけるあらゆる情報の収集・集約・分析・評価を日夜行っております」

 トッド氏は何かの発表でもするかの様に淡々と説明をしてくれている。

「情報収拾はあたし達うさぎの手もやっているんだよー」

 アウラは誇らしげだった。

「帝国の動向は勿論の事、アナスタシア様の特異スキルの研究もここで行っております」

「へぇ、そんな事もやっているんだ」

「はい、まだほとんどが謎に包まれておりますが、分ってきている事も御座います。先日の大量の糞の爆撃はスキル発動の結果であると報告が来ております」

「!!!!!!!!!!」

 なっ!分って居るなら対策を講じてよおおおおおおっ!!!!

 真っ赤になって憤慨しているあたしを尻目に、部屋の中央のテーブルに置かれている巨大な地図の元へ歩いていくと紙の束を掴み上げた。

「こちらの地図をご覧ください」

 その地図は、五メートル四方はあるかという大きさのテーブルの上一杯に広げられていた。

「見てお分かりと思いますが、我が国の地図になります。ここが、今居ります、ベルクヴェルクです」

「ベルクヴェルクの山は大陸でも貴重なアダマンタイトの発掘場となっており、このベルクヴェルクはその鉱山で栄えている街で我が国の命綱でもあります。東は険しいベルクヴェルクの山々が連なっています。北にはアドソン湖があり湖を超えてかなりの数のパンゲア帝国軍が駐留しております。南は小さいですがパンゲア共和国が存在しており、まさに一触即発の火薬庫になっております」

「ちょと待って?いくつか突っ込み所があるんだけど、帝国が湖を越えて攻め寄せて来ているのに、何故我が国も軍を集めて対応しないの?これじゃ一方的にやられるだけじゃない」

「それが政治と言う物なのです。我が軍も兵を集めて対抗したとしても、帝国の五分の一も集まりません。すなわち、軍を集めても勝てないので集めないのです」

「そんなバカな話ってある?そもそそも、実際には持ち応えているじゃない」

「それは、我が国が軍を配備しないのならパンゲア側もこれ以上侵攻しないと言う条約を結んでいるからです」

「何それ?随分勝手な言い分じゃない。準備が出来たら、いつでも侵略して来るって事でしょ?」

「そうですね、でも実際の所アナスタシア様のおかげをもちまして侵攻出来ないのですよ。現在の地点から侵攻すると多大な損害を出すので動けない。でも、その間に防備を固められたら再度侵攻する際に都合が悪い。そこで、先程の条約を申し出てきたのです。その間に原因を調べて排除しようとしている事は分かっていますが、我々には受け入れるしかなかったのです」

「むううう、じゃあ南に有るパンゲア共和国だっけ?それは何?攻めて来ないの?」

「共和国は、現在の所中立を保っております」

「パンゲアなんでしょ?」

「はい、帝国の皇帝バンクロフト三十四世の弟にあたるビルハルツ侯爵が治めている小国ですね。兄とは違い争い事が嫌いなので国を出て自分の国を創建されたそうですね」

「大丈夫なの?」

「皇帝から再三侵攻する様に督促されておりますが、今まで一度も動いておりませんので、取り敢えずは大丈夫でしょう。万が一に備えて厳重な監視はしております」

 なんか、それぞれに思惑があって複雑に絡み合っているのね。

「それでですね、今問題になっているのは国の外でなくて国内の勢力の動向なのですよ」

「国内の?そんな事、聞いて無いわよ!」

「はい、まだ疑いの段階なので公にはしておりません。ここの所帝国からの工作員の潜入が顕著になって来ておりまして、アナスタシア様を探っているのかと思いきや、『東夷』なる謎の魔導士について探っているようでして、かの魔導士が強大な魔法で帝国の侵攻を防いでいるとの怪情報も飛び交っております」

 東夷! あたしは思わずアウラと顔を見合わせてしまった。

「どうも、噂の出所がサリチアからというのと、帝国と同時にサリチアも内偵を出して来たのが気になりまして。おや?何かご存じの事でもおありですか?」

 ご存じも何も・・・ねぇ。アウラを見ると挙動不審になってるしー。

「えーと、トッドさん。その『東夷』って、ここに来る途中に接触して来た帝国の工作員に教えた架空の名前・・なんですよ」

「おや、そうなんですか?だとすると、話が繋がりますな。帝国がサリチアに教えたって事で決まりですな。何故教えたのか?」 

 あたしとアウラは顔を見合わせて同時に叫んでいた。

「仲間だからっ!」

「正解・・・なんでしょうね。おそらく、帝国に協力して鉱山を奪取出来た暁には、利益をいくらか分け与えるとでも言われたのでしょう。確かに帝国に付いた方が安泰でしょうからねぇ」

「信じられないっ!」

「まあ、良い悪いは別にして、有り得る選択肢ではあります。サリチアのベイカー男爵は今までの悪事が露呈しつつあって、このままでは所領没収は時間の問題ですから寝返ってもおかしくは無いでしょう。問題は、ベイカーの後ろ盾のカーン伯爵です。もし、カーン伯爵もつるんでいるとしたら事は簡単にはいきません」

 どういう事なの?とアウラを見たけれど、肩をすぼめるばかりだった。

「地図をご覧下さい。サリチアのベイカー男爵とイルクートのカーン伯爵が帝国と組んで一斉蜂起したら、ベルクヴェルクの鉱山だけでなく国の東側四分の一が持って行かれてしまいます」

「それって・・・・」

「はい、大変深刻な事態です。いかがいたしましょう?」


「いかがって・・・そんな事、子供に聞かないでよぉ」

「冗談です」

「笑えないわよ、その冗談。本当にどうするの?策はあるんでしょうね?あるのよね?当然あるわよね?」

 あ、目を逸らした。

「今まで、何やっていたの?最悪の事態を想定して対策は練っていなかったの?」

「えー、こほん。最悪と言う事態はそうそう起こる事は無い訳で、そういう事に時間を割くよりは実際に起こりうる事の検証の方を優先していまして・・・」

 取って付けた様な子供みたいな言い訳している暇があるんなら真剣に考えなさいよ!

 なんて、気の弱いあたしは言えなかった。

「実際に起こりうる事の検証の方を優先ですって?実際に起こっているわよね?ねえ、起こっているわよね?どうするの?」

「い いや、その。ここは、アナスタシア様を先頭に押し出してその呪われたスキルにおすがりするしか方法はなく・・・」

 駄目だこりゃ。

「ねえ、アウラ」

「はい」

「うさぎの手って、帝国相手は無理としても、伯爵軍相手なら戦う事って、出来るの?」

「うーん、戦う事は可能ですけどもぉ、壊滅してしまいますよ?その位戦力差がありますから」

 真っ向から戦っても勝ち目は無い  と。なら、正々堂々と後ろから闇討ちしか無いか・・・。

「トッドさん、それとなく噂を流すのって得意かしら?それと、偽の命令書の作製なんかも」

 不意に話を振られてどぎまぎしているトッド氏だけど、この位はして貰わないと存在価値   無いわよ?

「噂・・・ですか?どの範囲で誰に向かって流すので?それに偽の命令書・・・ですか」


 なんか、とんでもない事態になっちゃったけど、女は度胸!やるっきゃない。

 引っ搔き回せるだけ引っ掻き回してやるわよ。

 駄目だったら・・・・みんなして夜逃げして山賊になりゃあいいだけの事。ごめんね、父上。


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