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近づく者には、人にでも魔物にでも災いが降り注ぐ疫病神と噂される聖女様と、その護衛に抜擢された15歳のじゃじゃ馬少女の織りなす物語です。
聖騎士見習い予定の少女シャルロッテが、ドラゴンをも倒す聖女様の護衛として初めての任に就く所から物語は始まります。
ここは、広大なロディニア大陸に数多くある小国の一つ、シュトラウス大公国です。(小国なのに大公国とは、、、なんて突っ込まないでね)その王宮からさほど離れていない小高い丘の上には、それ程豪華ではないものの見る人が皆ため息をつくくらい立派な佇まいの大きなお屋敷が御座います。このお話しはこの大きなお屋敷から始まります。
このお屋敷は、レンガ造りの大きな屋敷の他にもいく棟もの建物が立ち並び、よく手入れをされた庭園と大きな池があり、敷地内には森も広がっておりその周囲は高さ五メートルにもなる堅固な塀で囲まれており、屋敷というよりもちょっとした要塞と言っても良い造りをしているのでございます。屋敷内のいたる所ではこの国の聖騎士達の卵が鍛錬している姿も見受けられます。聖騎士候補はここで寝泊りしながら体を鍛え、正式な聖騎士を目指します。
そう、このお屋敷はシュトラウス大公国聖騎士団の団長兼国軍総司令官を務めるリンクシュタット侯爵家当主のお館なのです。当主であるシユルツ・フォン・リンクシュタット侯爵はここ数日は公務の為王宮であるイグニス宮殿に詰めたままでありました。この様なことは珍しい事では無く、年の半分は家に帰れないそうであります。
と、言ってもブラック企業な訳ではなく仕事熱心な侯爵が自らの意思で王宮に残っている事が多いそうであります。
それと言うのも、この国は大陸有数のアダマンタイト鉱山を所有しており、隣国であるパンゲア帝国が常に鉱山を虎視眈々(こしたんたん)と狙っており、たえずちょっかいを出して来ているのでその度に王宮で対策に追われるのであります。
このシュトラウス大公国は、東西に長いひょうたんの様な形をしております。元々は東西に広がる楕円形の国土を有していたのですが、国の東の端にあるアダマンタイト鉱山を狙ってパンゲア帝国が南北から圧力を強めて来た為、鉱山との間が細くくびれてしまったのです。
現在に至るまで、強大な軍事力を持つパンゲア帝国の力をもってしても鉱山奪取が出来ないのは、鉱山には極秘の守り神の存在があるようです。かつて何年にもわたり何回も侵攻を試みたパンゲア帝国でしたが、延べ一千万人以上もの軍勢を繰り出したものの奪取出来ず、逆に四百万を超える損害を出してしまい這う這うの体で逃げ帰ったとか。それ以来、直接的な攻撃を控え、鉱山からの輸送ルートを出来るだけ圧迫する戦術に変えたそうです。それも、あまり近づくと被害が出るので、ある程度までしか近寄って来ないとか。
パンゲア帝国側は大損害を出したもののその原因が今もって判明できず、しきりに鉱山に間者を送り込んで守り神の存在を探っているようですが、誰も帰って来ないので未だに謎が解けないようです。
そこで、鉱山でなくシュトラウス大公国内にも間者を派遣したものの、この守り神の事は、国の最高機密となっており一部の者しか知らされておりませんでした。なので、間者がいくら探っても一向に謎は解けないのでした。
シュトラウス大公国は、アダマンタイト鉱石とその加工品、それと農作物の輸出で潤っている穏やかな国で、パンゲア帝国以外とは友好的な関係を築けているようです。気候も温暖で、穏やかな国民性も相まって大陸でも最も住みやすい国と言われております。
この国には代々聖女を輩出しているリンデンバーグ家があり、国民の心の拠り所となっております。現在は、十八歳になったエレノア・ド・リンデンバームが聖女としてパレス・ブラン(白の宮殿)と呼ばれる宮殿にてお勤めをしておられます。当代の聖女様の能力は癒しの聖女様と言われる事から分かる様に国民をその力で病から救ったり、聖水を作ったりする事が出来、悩み相談の国民も後を絶ちません。
話をリンクシュタット侯爵家に戻しましょう。侯爵家には子供が四人おり、跡取りである長男のラングは父の後を継ぐべく騎士団にて二十六歳の若さでブラウ中隊の中隊長を任されています。次男のマイヤーは二十四歳で国軍に所属し、三〇六騎兵師団にて中隊長をしております。ちなみに、騎士団と国軍では騎士団の方が一段序列が上となります。
二十三歳になる長女のジェーンは聖女様の元で花嫁修業を兼ねてお仕えしており、白の宮殿で暮らしております。そして、本物語の主人公である次女のシャルロッテは今年めでたく十五歳になり、まもなく聖騎士見習いとして騎士団預かりとなる事になっております。
シャルロッテは、兄妹の中で一番武芸の素養が有り毎日聖騎士団の若い団員を相手に剣の修練に余念がないのでありました。最近では、若手では相手にならず、中隊長クラスが相手をするようになりましたが、それでも三本に一本は取られる始末。騎士団の中でも跳ねっ返りで有名ですが、栗色のロングヘアーを無造作に束ねて木刀を片手に歩く姿と子猫の様なくりっとした大きな茶色の目、おまけに明るく気さくな性格なのでは誰からも好かれ、みんなのアイドルのような存在で可愛がられておりました。
この日も先程まで暴れ熊ことブルーノ中隊長に稽古をつけて貰っておりました。稽古が終わり喉が渇いたので水分補給の為にお屋敷に帰って来た所からお話しが始まります。
「マーサぁ、喉が渇いたぁ~、冷たい物ちょーだい」
そう叫ぶと、汗まみれのまま玄関ホールの脇に置いてあるソファーに倒れ込んだ。
「まあまあ、ロッテお嬢様帰ってそうそうの第一声が飲み物ちょーだいなんですか?そんなだからみんなからボウヤって言われるんですよ?」
侍女長のマーサはシャルロッテが生まれた時から母親の様に見守って来たこともあり、この位の事では動じる事も無く平然と対応していた。
「だってぇ」
「はい、はい、お嬢様のお好きな、レモネードを用意してありますよ。キンキンに冷えてますからね」
笑いながらレモネードを差し出すマーサはもう慣れたものだった。
「わーいっ!!だから、マーサだああああいすきいいいいいっ!!」
受け取るや否や、全力で飲み切るシャルロッテを見つめながら苦笑いとともに思わずため息が出る母親代わりのマーサだった。
もう、十五歳にもなるのに困ったものね。健康なのはいいんですけどねぇ。
「はーっ、生き返るわぁ」
「落ち着きましたら、シャワーで汗を流してくださいませね。汗臭いですよ」
くんくんと腕の匂いを嗅いだシャルロッテは胸を張って答えるのだった。
「この位なら近くに寄らなければ分からないわ。まだ大丈夫っ!」
「シャルロッテ・フォン・リンクシュタットお嬢様っ!!」
マーサがフルネームで呼ぶ時は、雷が落ちる一歩手前だと知っているシャルロッテは首を引っ込めながらシャワールームに向かって駆け出していた、マーサの雷も織り込み済みであった。ま、これも日常のじゃれ合いと言えなくも無かったのだが。
「本当に、いつになったら女らしくおなりになるのやら。わたしだって、いつまでも元気じゃないんですから・・・」
マーサの呟きは誰の耳にも入らずそよ風とともにロビーに流れ消えて行った。口では怒っていても、その目は実の娘を見る様などこか優しさに溢れているのだった。
そんなマーサの耳に微かに馬の駆けて来る音が聞こえて来た。今日は来客の予定は無かったはず。だとしたら火急の早馬かしらと訝しみながらホールから玄関ポーチに出たマーサの目には、玄関前に設置されている大噴水をぐるっと回りこんで駆けて来る一頭の馬が目に入った。
「あれは、王宮の早馬ね」
そう判断したマーサは、急ぎ足で玄関ポーチの階段を降りて早馬の元へ駆け寄った。
「これは、マーサ殿お久しぶりです」
馬上から声を掛けて来た者は、王宮勤務の国軍の制服を着た明るくややオレンジがかった髪の毛と人懐っこい笑顔が印象の青年だった。
「あら、ノーマン様お久しぶりですね。王宮の仕事には慣れましたか?」
たかが侍女長ごときが王宮勤めの兵士と対等に会話をするなんて と、思われた方もいらっしゃると思いますが、なんと、この侍女長のマーサは若い頃聖騎士団に所属をしおり、『蒼き稲妻』と当時の聖騎士団では恐れられた存在でした。引退する際、リンクシュタット侯爵家当主のシュルツに乞われて指導教官兼侍女長として屋敷に残ったのだった。事実、このノーマン少尉も軍に入隊した当時、このマーサにこてんぱんにやられた思い出したくない過去があった。
「いやぁ、頑張ってはいるのですが、まだまだマーサ殿の足元にも及びません。いったいいつになったら越えられるのか不安でありますよ。はっはっはっ」
何のてらいもなく頭を掻きながら、そう言い放つ青年を見上げながら、まだまだ先は長いわねと心の中で呟くマーサであった。
「で、今日はどうしたのかしら?」
いきなり核心を突かれたノーマン少尉は、あっと一言叫び、自分の任務を思い出してマーサに告げた。
「マーサ殿、シャルロッテ様はおいでであろうか?大急ぎで王宮にお連れする様お父上様、リンクシュタット侯爵様から仰せつかって参りました」
そこまで一気にまくし立てると、ふーっと一息ついた。
「あら、ロッテ様はいましがたシャワーを浴びに行かれましたので、直ぐに出て参りますよ。お嬢様はカラスの行水ですからね、ほほほほ。玄関ホールでお待ちになって下さいませ、その間にお嬢様の馬の用意をさせましょう」
「かたじけない、そうさせて頂きます」
そう言うと、さっと愛馬のファイクから飛び降り、迎えに出た侍女に手綱を預けて玄関の階段を登りながら、暑そうに兜を脱いで大きく深呼吸をしたのだった。季節はまだ春とはいえ、兜を被って居るとそれなりに暑いのだった、
ホールのソファーに腰を掛けて、侍女の用意した冷たく冷えた地元のお茶を一気に喉に流し込んだ。熱く火照った体に冷たいお茶は格別であった。冷たい飲み物は体を冷やすとかお腹を下すとか言われてもいるが、この若者は特に気にも留めていない様であった。
次女がお代わりを持って来てくれたので、有難く頂戴しようと口を付けた所で侍女長殿の悲鳴が館内に響き渡ったので思わず吹き出してしまった。
ノーマン少尉はグラスを侍女に渡すと、反射的に声のする方、そう、シャワールームへとダッシュしていた。館の配置は修行時代にはしばらく滞在していたので頭の中に入っていた。廊下を何度も曲がりシャワールームの前に到着した少尉は更衣室に飛び込み、その奥に有るシャワールームと更衣室を隔てているシャワーカーテンに手を掛けた。
「ごめんっ!」
短く叫ぶと、カーテンを一気に 開けた!
そこには、あられもない姿のシャルロッテが うずくまって おらず
残念!と思ったのか思わなかったのか分からないが、そこには誰もおらず、ふとシャワールームの奥にある換気の為の小窓を見ると、そこによじ登っている侍女長の後ろ姿が目に映った。
「なっ!」
侍女長殿は振り向きもせず、そのまま窓から飛び出したのだが、飛び出しざまに一言
「ロッテお嬢様が脱走なされましたっ!!」
「えっ? 脱走!? 誰が!? どこから!? 何のため!?」
事態が呑み込めなくて茫然自失しているノーマン少尉に対して当家の侍女達は慣れたもので、実に落ち着いていた。
「ノーマン様!ぼーっとされている暇はございませんよ!お急ぎ下さいませ」
「えっ!?あ、ああ。何だか良く分らないが、わかった」
そう言うと大きな体を無理やり小さく畳んで窓から出たノーマン少尉は、前方を走っている侍女長の後ろ姿を見付け後を追って走り出した。走り出したのだが、妙な違和感を覚えた。何故なら、前方を走っている侍女長の右手に、いつの間にか、何故なのか、どうやったのか、木刀を握りしめていたのだった。
侍女長は、森の手前の芝生の広場まで走ったらおもむろに立ち止まった。追い付いたノーマン少尉は侍女長に詰め寄った。
「マーサ殿っ!何立ち止まっているのですかっ!早く見付けないと」
ノーマン少尉に詰め寄られても、侍女長のマーサは揺ぎ無く落ち着いて森を見つめたままでその姿は自信に満ち溢れている様だった。
すると、背後から複数の足音が近寄ってくるのに気が付いた。振り返ってみると数人の侍女が手に手に何やら抱えて走り寄って来るのが見える。
「なんだ、あれは?」
駆け寄って来た侍女達は、まるで日常のルーチンワークをこなすかの様に淡々と作業を進め、あっという間にテーブルが組み立てられ、その上には地図?そう、このリンクシュタット侯爵家の見取り図の様だった。この地図上に大きなピンが立てられている、どうやら現在地?の様だ。
「何だ、この状況は?これじゃあまるで野戦指揮本部じゃないか。マーサ殿っ、これはいったい!?」
ことなげもない様に微笑む侍女長は地図に両手を突き、うんうんと頷きながら驚く事を言い出した。
「お嬢様は、度々この様に脱走なされるのです。その度に使用人をはじめ聖騎士の方々が振り回されます。そこで、効率よく捜索する為、又訓練にもなる為この様な緊急事態発生時には強権を発動する事になったのです」
「き 強権って・・・」
「これは、お館様のご了承も得ております。強権発動時には、この屋敷内の全ての権限がわたくしに集約されます。聖騎士団の各中隊長もわたくしの指揮下に入ります」
「マーサ殿が最高指揮官 て事なんですか?」
「はい、強権発動時にこのお屋敷内に居る者全てに適用されるのです。例え宰相閣下でもです」
「そ そんなばかな・・・」
「事実です。この話が出た時は、丁度御前会議の時であり、話を聞いた国王様がそれは面白いと大変乗り気だったそうで、それならわしも指揮下に入らんといかんな と言う話になったとか、国王様が指揮下にお入りになるならば自分も入らない訳にはいけないと宰相様も言いだして、何故か国を挙げての決まりとなったそうです」
「あわあわあわ・・・」
このとんでも発言に、ノーマン少尉は、言葉もでなかった。気が付くと、背後には聖騎士団の兵士が集合しておりその軽装備から伝令役である事が見て取れる。
「各小隊、配置に就きました。ご指示をお願いします!」
代表格と思われる兵士が直立不動で報告をする。まるで、野戦指揮所の様相を呈してきて、ノーマン少尉は、頭が痛くなって来た。
「アイリスとカクタス小隊は裏庭、オリヴィエは中庭、クロクスは東側庭園、ロリエは西側庭園、プリムラとナルシスは城壁辺縁、ビオレッタ、シルエラ、バンブー、カメリア、ローゼ、ウーヴァは森の中、パーム、ウィロー、リラは予備部隊として玄関前にて待機。各小隊、連絡は密に。対象発見時には速やかに報告。OK?」
「「「「「「了解しました」」」」」」
敬礼をすると、それぞれの持ち場に駆け出していった。まさに、戦場だ・・・
確かに、このお屋敷には訓練中の聖騎士の部隊が駐留しているから、訓練には丁度良いとは思うのだが、、、いいのか?侯爵令嬢が脱走して、聖騎士総出で山狩りなどと・・・
世間体にも、まずくはないのか?高貴なお方達のする事は理解できん。おっかあぁ、おらぁ家に帰りたくなっただよぉぉ。故郷の野山がなつかしいだよぉ。
どうしていいのか分からず、ただ茫然と成り行きを見守っていたノーマン少尉であった。
しばらく呆然としていたが、はたと自分の任務を思い出した。
「マーサ殿、いったいどの位かかるのであろうか?急いでお嬢様を王宮にお連れしないとならないのだが・・・」
「そうねぇ、前回は日暮れまでかかったから、今回もそれなりに覚悟をしないといけないかも知れませんわねぇ。段々、逃げ方も巧妙になって来ていますから、ま、夕食でもお食べになってゆっくりお待ちになって下さいな」
「夕食って、まだ昼前ですぞっ!?そんなにかかったら私が閣下に叱られてしまいますっ!」
もう、涙目になっているノーマン少尉だった。しかし、それに対して野戦本部の司令官殿は落ち着いたもので、屋敷の地図とにらめっこしたまま鼻歌を歌っていた。
「ノーマン様、午前中は動きは無いと思いますよ。さ、お茶でもお飲みになってゆっくりと報告をお待ち下さいませ」
侍女からお茶を勧められ、思わずアルミ製と思われる野戦用のコップを受け取り、しげしげと中に入ったお茶を眺めていると、伝令が一人駆けて来た。
「中庭、対象発見できず!」
「うん。一旦捜索した場所は安全だからと対象が潜り込む事もあります。もう一回巡回したら裏庭の部隊に合流、捜索に協力しなさい。それが終わったら、もう一度中庭を確認する事もわすれずにね」
「はっ!了解しました。裏庭の部隊に合流します!」
そう言うと、乱れた呼吸のまま再び走って行った。
お嬢様をお迎えに行く楽な仕事だと思って喜んでいたのだが、とんだ貧乏くじだ。思い返せば怪しい事だらけだった。こんなおいしい仕事をなんで後輩の自分に譲ってくれたのか?馬の支度をしているとみんな声を掛けてくれたのだが、何でこんな短距離の任務なのに、頑張れよだとか、幸運を祈るよだとか、夜ご飯はいらないよな?だとか、今夜の巡回は代わってやるからなだとか、今となってみれば、どれも不自然な声掛けだった。そうか、みんな知っていて自分の事を笑っていたんだな!ちくしょう、腹の立つ!帰ったら覚えていろよ、あいつらめ!
「ふふふ、どうなされましたかノーマン様。怖いお顔をされていますよ」
「マーサ殿、こんな事はしょっちゅうあるのですか?」
「いえいえ、そんなしょっちゅうじゃあありませんよ。ほんの月に一回程度ですわ、ほほほ」
「・・・十分しょっちゅうじゃあないですかぁ」
そんなやり取りをしている間にも、次々に伝令がやってきては目撃情報を報告して次の指示を貰って帰って行く。地図上には各部隊の現在位置を示すピンが立てられていき、そのピンを見ながら対象の足跡を追っていく指揮官殿。お昼を過ぎたが一向に事態が収束する気配が見えて来ない。
「おかしい、これだけ目撃情報が入って来ているのに、決定的な情報が上がって来ない。と言うか、目撃情報が多すぎる。わざと見つかる様に動いているのか?最新の目撃情報が森の東側に集中しているのも気になる」
確かに部隊位置を示すピンが森の東側に集まって来て居る。どこかから警備の目をそらす為に森に追手を集めている様にも見える。でも、それがどこなのかは自分には分からない。
その時、指揮官殿は、女性だけで組織されている部隊、リラ小隊の伝令に何か耳打ちをし、その伝令は玄関に向かって走って行った。その駆けて行く後ろ姿を見ながら、指揮官殿はふふふと声を漏らした。
「考えたわね。そういう事だったにね。ノーマン様、意外と早く決着がつくかもしれませんわ」
「えっ!?そうなんですか?」
「森の東側に目撃情報が集中したのは、兵を屋敷から引き離したいから。みんなが森に集中すれば屋敷は無防備になる。そうなったら一番安全な場所は・・・自分の部屋」
「あっ!なるほど、そうだったのかぁ。全然分かりませんでしたよ」
それから二時間後、屋敷から女性の伝令が駆けて来た。
「報告っ!お嬢様確保しました。自室にお戻りになられた所を室内で待機していたリラ小隊が捕獲いたしました」
「うむ、ご苦労!これにて作戦終了っ!ただちに撤退。日常業務に推移せよ!解散っ!!」
宣言から五分後には設置された資材は跡形も無く片づけられ元の芝生に戻っていた。凄い組織力だ。
侍女長に戻ったマーサと連れ立って屋敷に戻ったノーマン少尉は、その足でシャルロッテの自室に向かった。
ドアの外にはリラ小隊の女性聖騎士が見張りをしていた。中に入ると、リラ小隊の面々に囲まれたシャルロッテがベッドに腰かけて足をぶらぶらさせていた。
「上手くいくとおもったんだけどなぁ」
全然悪びれる様子も無くにこにこしている。
「詰めが甘う御座います。あの様にあからさまに森に兵を誘えば、何かあると気が付きますよ」
叱って居る感じではなく、指導している様だった。いいのか?それで。
「でも、本当の目的がこの部屋でなかったとは気が付かなかったでしょ?」
にやにやしながら、挑戦的に言い放つシャルロッテに、マーサは眉をひそめた。どうやら真の目的には気が付かなかったのかも知れない。
「兵を森に集めたまでは上手くいったんだけど、玄関前から予備の兵を動かされなかったのが敗因かな?あそこにあった鞍のついた馬で館の外に出るのが今回の目的だったんだもん。ざーんねーん」
「確かに、そこまでは読めませんでした。それはさておき、たたちに正装にお着換え下さいませ、このノーマン少尉と王宮に行って貰います」
「えーっ!なんで王宮にぃ?」
「お父上様から大至急お連れする様にと仰せつかりました。緊急事態が生じたとしかお聞きしておりませんが」
「緊急事態ですって?なにぼやぼやしてんのよっ!直ぐに支度をしますっ!」
言うが早いか、まだノーマン少尉が居るのにシャツを脱ぎ始めたシャルロッテ。周りが大パニック。いや、大パニックなのはノーマン少尉だけで、侍女に手を引かれて早々に部屋から追い出されてしまった。侍女たちは粛々と何事も無かった様に着替えを進めていた。
きっかり五分後、バンッ!という音と共にドアが開かれ、聖騎士の正装に身を包んだシャルロッテがそこに立っていた。
「行くわよっ!ノーマン少尉とやら」
そう言うやいなや廊下を駆け出して行った。慌てたノーマン少尉はよろめきながらその後を追って行った。
玄関に着くと、もう既にお嬢様は馬に飛び乗り走り出そうとしていた。
これはいかんと、ノーマン少尉も愛馬のファイクにさっそうと飛び乗・・・れず、もたもたと這い上がった。エスコートするべき対象は、既に門を出ようとしている。
すかさず追っていったのだが、、、、王宮へと続くなだらかな斜面を滑る様に駆け降りて行く。早いっ!
とにかく早いっ! これが十五の女の子の走りか?こちらも、特に乗馬が下手な訳ではないのだが、、、信じられない事に追い付けない。付いて行くので精一杯で徐々に引き離されつつある。まじかっ!何故追い付けない?そうか、馬だ!馬の能力の差だ、そうに違いない、馬のせいで追い付けないんだ。
そう呟きながら、必死に馬の背にしがみつくノーマン少尉。戻ったら、もっと真剣に乗馬の訓練をするぞと誓うのであった。
ほどなく城下に広がる王都の街並みが迫ってきたが、シャルロッテは速度を落とす事も無く突入して行った。街の入り口では、警備の兵が驚いて制止しようとしていたが、軽々とその頭上を飛び越えて街中に入って行く。乗り手だけで無く馬もじゃじゃ馬だったのか!などと思いながらも、引き離される訳にもいかず、ノーマン少尉も飛び越え・・・は無理なので、警備兵の脇のわずかな隙間に馬ごと突入して行った。当然、警備兵はなにやら叫んでいたが、もう既に遥か後方で、何を言って居たのかは分からないが、ありったけの罵詈雑言であるのは間違いないだろう。後でお小言を覚悟しないといけないなと思いながら前方を見ると、もう姫様の姿は人波の彼方に消えてしまっていて見えない。目の前に広がっているのは、広いメインストリートの石畳の上に大勢の市民が馬を避ける為に逃げ惑ったあげく倒れ込んでいる情景であった。
申し訳ないと思いつつも、いまさら速度は落とせないのでそのまま突っ込んで行く。倒れ込んだ市民達は再び襲って来た災害に、悲鳴をあげながら逃げ惑う事しか出来なかった。国軍に入って、様々な訓練をこなして来たが、こんな恐ろしい経験は始めてだった。愛馬ファイクもさぞや怖いのであろう、首の周りがしっとりと汗ばんでいる、冷や汗なのだろうか。
街並みを抜け、王宮の正門前に着くと、既にシャルロッテはおらず、走って来た馬だけが荒い息をしながら衛兵に手綱を引かれている。その脇にファイクを止め、衛兵に声を掛けた。
「はあはあ、お嬢 様 は? はあはあひいひい」
「大変だったなぁ、お嬢様ならもうとっくに中に入っていかれたぞ はははは」
それを聞いて安心したせいなのか、そのまま馬からずり落ちる様に落馬してしまったノーマン少尉は、石畳の上ではあはあと荒い息をしていた。
「もぅ、もう嫌だ。もう二度とやらんぞ、こんな役目わっ!二度とやるもんか はあはあ」
周りを取り囲んだ衛兵達は、みんなにやにやしながら見下ろしている。今回の犠牲者であるノーマン少尉の事を。
そんな時、ふいに野太い声が遥か上の方からしたが、ノーマン少尉は下を向いて過呼吸の最中だったので気が付かなかった。
「なんて恰好しているんだ!ここは王宮の正門前だぞ、さっさとどかんかっ!」
そう言われた瞬間、首っ玉を掴まれて空中に浮かんでいた。声の主は、身の丈ニメートル、体重百キロを超える筋骨隆々の巨漢だった。一見戦闘職の様にもみえるが、、、というか、そうとしか見えないが、彼は、国民からの苦情を解決する部署の責任者でれっきとしたデスクワークを主な仕事の文官だった。
「うわっ、ビックリしたぁ、誰かと思えばエリック室長じゃないですかぁ」
「おまえさんに仕事を持って来てやったぞ、喜べ」
にこにことノーマン少尉を摘まみ上げたまま、のしのしと王宮に入って行く。
「と とにかく、一旦降ろしてもらえませんでしょうか?滅茶苦茶恥ずかしいのですが。そもそも仕事ってなんなんですか?」
「ふっ、後始末だよ。城下を馬で暴走したろ?けが人やら、器物損傷やら、苦情と損害賠償の訴えが山の様に来ているんだよ。ま、半年は無給を覚悟しろよ。取り敢えずは、責任を持って始末書の山を片づけていってくれよな」
「そ そんなぁ。暴走したのはお嬢様ですよおぉ、何で自分が?」
「じゃあ、自分で上申してみるか?国軍総司令官閣下に。俺は嫌だぞ」
そうニヤッと笑ったエリック室長の顔は、悪そう ではなく、まさに悪人の顔、いや極悪人も逃げ出す顔であった。ノーマン程度が太刀打ち出来る相手ではなかった。
彼に出来るのは、己の不幸を呪うだけだった。
聖女様は疫病神?
始まりました。
まだ三作目と経験値不足の為、どんな内容になるのか心配ではありますが、精一杯書いて参ります。
拙い語彙力で書き上げて参りますので、暖かく見守って下さりますように。