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弥勒の拳エピソード0  作者: 真桑瓜
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東京駅

東京駅




舞介は三十数年ぶりに東京に帰って来た。

東京がまだ江戸と言われていた時代を知っている舞介にとって、今の東京は別世界である。

折しも、辰野金吾たつのきんごらが設計した東京駅が竣工した年とあって、その様変わりは舞介の想像を絶するものがあった。

また、第一次世界大戦が勃発し、陸軍司令官、神尾光臣かみおみつおみ中将凱旋イベントが行われた年でもあり、東京駅の賑わいは尋常では無かった。

舞介は駅構内の人混みを縫って歩いた。単衣ひとえの着流しの裾をからげ、ステテコを履いて唐草の風呂敷を持った姿は、お上りさん以外の何者でもない。

その時、男が舞介にぶつかって来た。「おっと、危ねえ!どこ見て歩ってやんでい、この田舎者、気をつけろい!」どう見ても堅気には見えない男だ。

舞介は、スッと男に接近した。

「痛ててててて!何しやがんでい!」

男は、舞介に逆手を取られ呻いた。

「今、ったものを返してもらおう」舞介は鷹揚に言った。

その瞬間、一人の男が舞介の横をすり抜け人混みに消えて行った。

「な、何を証拠に・・・うう」

「逃げられたか・・・」舞介は男の手を離した。

「おうおうおう、俺っちが何したって言うんだ、このサンピン!」男は舞介に捻られていた手を抑えて叫んだ。

「もう良い、行け」

「何を!人に恥をかかせておいてその態度は何だ!タダじゃおかねえ、覚悟しろ」

人混みが割れて、二人を遠巻きにする。

見物人の中から悲鳴が上がった。男が懐から匕首あいくちを出して構えたのだ。

舞介は風呂敷包をぶら下げたまま突っ立っている。

「危ねえぞ!お上り、逃げっちまいな!」立ち止まって見ていた男が叫ぶ。

しかし舞介は動かない。

「野郎!舐めやがって!」男が躰ごと突っかけてきた。

匕首が舞介に触れようとした瞬間、男が宙に舞った。どこをどうしたのか、男は背中を強打して呻いている。舞介の手には匕首が握られていた。

「待て待て待て!何をしておる!」改札の方から若い巡査が駆けて来て叫んだ。「神妙にしろ!」巡査は舞介にサーベルを突きつける。床に倒れていた男は、いつの間にか消えていた。


「スリにあった」舞介は言った。

「その匕首は何だ!」

「その男から奪った」

「黙れ!言い訳なら交番で聞く、匕首を捨てろ!」

舞介は匕首を投げ捨てた。巡査はサーベルを舞介に突きつけたまま匕首を拾う。

「一緒に来い!」巡査は舞介を交番に連行して行った。



交番には、舞介と同年輩の巡査が一人、机に向かって書類を書いていた。

「三上、どうした?」その巡査が言った。若い巡査の上司であろう。

「構内で匕首を持って騒いでいた男を捕まえました」三上と呼ばれた巡査が得意げに答える。

「またか、最近はそう言った輩が多くなって困る、適当に事情を聴いておけ」年配の巡査は興味を失ったように、また書類に目を落とした。


舞介は、一連の経過を説明したが三上は疑いを解かなかった。

「じゃ、その男は何処に行ったのだ!」三上は居丈高に訊いた。

「逃げたのであろう。仲間もいたようじゃ」舞介は答えた。「目撃者に聞いてみるが良い、まだあの辺にいるであろう」

「そんな暇人、今時おるものか!」自分の落ち度を指摘された三上は、舞介の荷物に目をつけた。「んっ、その荷物は何だ、不審な形をしておるが?・・・開けてみろ!」

舞介はゆっくりと風呂敷を解いた。

「わっ!刀ではないか。そのような物騒なものを持ってうろつくとは、ますます怪しい奴!」三上は勝ち誇ったように叫んだ。


その時、書類に目を落としていた年配の巡査がゆっくりと顔を上げ舞介を見つめた。

「伊藤?もしかして伊藤舞介ではないか?」

「そうじゃが、お主は?」怪訝な顔で舞介が問い返す。

「おお!やはり伊藤か!俺だ、浦川だ!浦川一だよ」老巡査は興奮した態で舞介に迫った。

舞介はしばらくその巡査を凝視していた。

「浦川、浦川か!」舞介も驚愕した。「久し振りじゃのう!」

「そうじゃ、あの田原坂から三十三年も経った」

浦川と名乗った巡査は、田原坂の戦いで生き残った警察抜刀隊の一人であった。

「何をしておった、いきなりいなくなったので皆心配しておったのだぞ」

「うむ、北海道で開拓の仕事をな」舞介は簡単に答えた。

「そうかぁ、それは苦労したろうなぁ」浦川は舞介の労を労うように言った。「その刀は、薩摩の弾丸を斬った刀か?」

「そうじゃ。これだけは手放せんかった」

「当たり前だ、その刀は田原坂の伝説だぞ!」

三上巡査は、呆気にとられて二人のやり取りを聞いていた。

「三上、何をしておる!茶だ、茶を出さんか!」浦川は若い巡査を叱咤した。

「ハッ!ただいま!」三上は弾かれたように敬礼をして、交番の奥へ飛んで行った。



その夜舞介は、久しぶりに浦川と酒を酌み交わした。

「伊藤、これからどうするつもりだ?」

「うむ、困った。のんびりと武術でも教えて余生を送るつもりじゃったが、持ち金をあらかた擦られてしもうたからのう」言葉とは裏腹に、舞介は笑っていた。

「そうか・・・その男は多分、近頃東京で勢力を伸ばしてきたスリ集団の一味だ。金は戻ってくるまい」

「で、あろうな」舞介は、ちり紙一枚損したような顔はしていなかった。

「どうだ、隊長を頼ってみては」浦川が言った。

「隊長?」舞介が首を傾げる。

「警察抜刀隊の隊長、無門弁千代殿だ」

「おお、懐かしいのう。しかし、儂など覚えてはおられまい」

「何を言う。お前がいなくなって、一番心配しておられたのはあの方だ。尋ねて行って安心させてあげるが良かろう」

「どこにおられるのじゃ?」

「九州の福岡に柳川というところがある。今はそこにおられる筈だ」

「しかし、儂は無一文じゃ。そこまで行く路銀が無い」

「それくらい俺がなんとかする」

「いや、金を借りるのは心苦しい・・・そうじゃ、職を紹介してくれ。警察官のお前なら造作も無かろう。天涯孤独の身、急ぐ旅ではない」

「お安い御用だ」浦川は胸を叩いた。

「頼む。金が貯まったら、改めて隊長にご挨拶に行くとしよう」

「そうしろ、その方が俺も安心だ。そうと決まったら今夜は飲み明かそう、今日は俺の奢りだ」

「済まんな」舞介も嬉しそうに笑っている。

二人は、旧交を温めながら、またゆっくりと飲み始めた。







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