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弥勒の拳エピソード0  作者: 真桑瓜
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尊厳

尊厳



舞介が、札幌農学校の用務員になってから一年後、志村鉄一の妻、操が身罷みまかった。

その一年後、妻の後を追うようにひっそりと鉄一が死んだ。

鉄一の娘が発見した時には、鉄一は囲炉裏の側で刀を抱いて事切れていた。

折からの吹雪で破れた鎧窓からは、雪が振り込み鉄一の躰に積もっていたという。

葬儀の席で舞介は、人々の鉄一の非業の死を哀れむ声を聴いた。

しかし舞介は知っている、鉄一が不幸では無かった事を。


「人は死ぬ時に、何故家族や親族に見守られて死ぬ事を望むのか、儂にはさっぱりわからん。飼い猫でさえ死ぬ時は姿を隠す。人生最後の瞬間を自分だけのものにする贅沢さを、人は忘れてしもうたのか?この貴重な時間を、枕元で、やれ葬式はどうするの、遺産の分配はどうするの、などと親族が話すのを聞かされる方が余程不幸ではないか。

なに?人は何をなすべきかじゃと?そんな事は欲の皮の突っ張った人間に任せておけば良い。人は生まれて生きて死ねば成功だ。人の為になる事を、一つでも出来れば大成功じゃよ。クラーク先生は『大志を抱け』と言ったそうじゃが、有名になって名を残したところで何になる。歴史は名もなき庶民によって作られるのじゃ。舞介、これは儂の遺言じゃと思うて聞いてくれよ」

操の葬儀の後、鉄一は確かにそう言ったのだ。


「おかげで命拾いしました」そう言って舞介は、鉄一から預かった脇差を娘に返した。


舞介は、開拓使が廃止される明治十五年まで、札幌農学校の用務員を務めた。

その後、三十年余り、妻帯もせず北海道奥地の開拓村を回り、測量や農作物の品種改良の技術を教え、西洋心理学による開拓民の心理的援助にも務めたのである。

舞介は、操や鉄一との約束を裏切る事は無かった。


そして、明治も終わろうとするその年、舞介は北海道から姿を消した。




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