豆腐
豆腐
ある日、舞介が平助を呼んだ。母屋と渡り廊下でつながっている道場からである。
「先生、お呼びですか?」あれ以来、生意気な平助も舞介の技にはすっかり心服していた。
「これを斬ってみよ」舞介が言った。
見ると、布を敷いたまな板の上に、一升枡ほどの豆腐が乗っている。
「豆腐・・・ですか?」
「そうじゃ、豆腐じゃ」
「豆腐など、誰だって斬れるじゃ無いですか、先生は俺をからかっているのですか!」平助が口を尖らせる。
「さにあらず」舞介は笑っている。「しからば、儂が先に斬ってみせよう」
舞介は、道場にあった試し斬り用のなまくら刀をもって来て台の前に立った。「とっ!」と言った時には舞介の刀は、すでに鞘に納まっていた。
「桶の水に浸けてみよ」舞介が言った。
平助が豆腐を水に浸けると、真ん中にスッと水が入って二つになった。
「今度はお主の番だ」舞介は平助に刀を渡した。
「やっ!」平助が斬った。
「水に浸けよ」
平助が水に浸けると、ぐずぐずと水を吸って斬り口に泡が立つ。
「えっ!」平助が絶句する。
「もう一度やってみよ」
「はい!」
何度やっても同じである、平助は呆然となった。
「柔らかいものを斬る事が、いかに難しいか分かったであろう」
「は・い・・」
「今日の晩飯は冷奴だ。たらふく食えるぞ、あはははははは・・・」
舞介は、愉快そうに笑って道場を出て行った。
晩飯の時、弁千代が言った。「平助、お前の斬った豆腐は美味く無い」
平助は唇を噛んでうな垂れた。
「ほんに、斬り方でこんなに味が違うと思いませなんだ」婆様が舞介を見て言った。
「刺身と同じ事でしょう。一流の料理人の切った刺身は、同じ魚でも美味い」
平助は顔を上げて舞介を睨んだ。「先生、教えて下さい。どうすれば先生のように斬れますか?」舞介はにっこり笑ってこう言った。「斬れる太刀筋で斬れば良い」