居候
居候
「あの後、中村半次郎は西郷と共に城山で戦死したので決着はつけられなかったよ」弁千代は懐かしそうに当時を振り返って舞介に言った。
「私は北海道で、熊や狼を相手にしておりました。しかし何と言っても一番の強敵は凍てついた大地でありました」舞介も、自分の数奇な運命を、面白おかしく弁千代に語って聞かせた。
二人は夕食の後、座敷で酒を酌み交わしながら、田原坂以後の出来事を語り合った。妻は台所へと引っ込み、平助はすでに床に就いている。
「そうか、苦労したのだな」舞介に酌をしながら弁千代が呟く。
「いえ、私は自分の思うように生きて来たのです、後悔はありません」
「これからどうするつもりだ?」
「余生は、武術を教えて過ごしたいと思っております」舞介は、東京で浦川に言った言葉を繰り返した。
「しかし、武術だけでは食って行けまい」
「田舎の村で良いのです。自給自足で生きて行けます。その傍に村人に武術の手解きをして・・・」「しかし、田舎は閉鎖的だぞ。他所者を受け入れるかどうか・・・」
「それは北海道で実験済みです。人の懐に入るコツは武術と同じでしょう」
「う〜ん、それはそうだが・・・」弁千代が唸る。
「どこか適当な土地を教えていただければ、あとは自分でやります」舞介は、暖かい九州の地で人生を終えることが出来れば望外の幸せだった。
弁千代は、腕組みをしてしばらく無言で考えていた。「まあ待て。俺に考えがある。一年間だけ俺の家に留まってくれんか?」
「居候・・・ですか?」舞介は意外な顔をした。
「そうだ、その間、孫に居合を仕込んで欲しいのだ」
「居合ならば、隊長の方が・・・」
「いや、そうではない。孫から話は聞いた、川でお前さんがやった事を」
「ああ、なんともお恥ずかしい限りです」
「実は、儂も試した事がある」
「何を?」
「川で魚を斬ってみた」
「それで?」
「見事に真っ二つになったよ」
「ははあ・・・」
「あとで拾うのが大変じゃった。半身を拾っている間に、残りの半分が流れて行きおってな、結局半分しか回収できなんだ」弁千代は笑った。「俺は、お前さんのように効率的には出来ん」
「それで、私にお孫さんを教えよと?」
「そうじゃ、奴は見所がある。最高の師に就かせたいのじゃ」
舞介は盃の酒を舐めた。「そういう事なら一年間だけお引き受けいたしましょう」盃を置いてそう答える。
「そうか、有難い!その代わりお前さんの身の振り方は儂が考える。任せてくれるか?」
「どうぞ良しなに」
「鈴、鈴、伊藤殿が平助の師を引き受けてくれたぞ。礼を言うが良い!」弁千代は台所に向かって妻を呼んだ。
「あれ、それは望外の幸せ。そう言う事なら、今宵は久し振りに三味線なと弾いてお聞かせ致しましょう」
「ははは、昔を思い出すのぅ」
それから舞介は一部屋を充てがわれ、一年間平助の面倒をみる事になった。