【異世界洗顔無双】聖女召喚に巻き込まれて放置されたので異世界の毛穴詰まりを駆逐します
赤信号だ。
足を止めて今日の、いや、日付が変わったから昨日から今日にかけての仕事で出て来た問題点をぼんやりと検討する。
ふと手元のスマフォを見れば、明日の天気は雨らしい。そういえば洗濯物が溜まっていたから、明日、いや、今日は洗濯して部屋干ししてから出ないといけない。何連勤だったっけ?今日は四時間寝られるかも?
電子音を鳴らしながらスマフォの明るい画面を覗き込みながら私の横を進んでいく誰かの姿が目の端を過ぎる。
『プファアアアアア!!!』
「危ないっ!」
咄嗟に動いた体に鈍い音が響いた。
ーーーーーー
一瞬、真っ白になった視界が色付いた時、私は状況が全く理解出来なかった。以前、海外旅行で行ったドイツの城の中の様な場所に、これまたゴシックロマン映画の様な格好をしたカラフルな髪色の人が沢山。その沢山の人に私ともう一人、グレーのブレザーを着た女子高生っぽい女の子が囲まれている。
「なにこれ?どこここ?」
「ええええ?何これ?意味わかんない。あ、やだ、マジイケメンの王子様みたいなのいるし、草。え?なになに?え?はぁ?マジわけわからんし」
女子高生(仮)が女子高生(仮)が言うところのマジイケメン王子様と会話を始めているのだけれど、何を言っているのかさっぱりわからない。ホニャホニャホニャホニャ言っている。
気がつけば、女子高生(仮)を囲んだゴシックな人々が大盛り上がりに盛り上がり、偶にへたり込んだままの私につまらないものを見る様な視線がチラチラと向けられているのだけれど、いやほんとに何これ?
「客人様、こちらにどうぞなさい」
「え?私?」
「はい」
「言葉が分かるの?」
「過去まで幾つか日本から客人がおいでになりますれば、言葉を守りお話伝える者としております」
たった一人、私に近付いて来ておかしな日本語で声を掛けて来たのは、映画だったらエキストラといった感じの目立たない顔をした中年の男性で、深緑の長いコートを着ている。
「ご説明致しますですから、こちらにどうぞのおいでなさい」
やっぱり日本語がおかしい。けれど、この人しか言葉が通じない。女子高生は人垣にのまれちゃっているし。
ここはローディニア大陸の神聖ルドビア皇国という、規模はともかく数千年前から古代女神ロージナを祀って続く国だそうで、国に災厄が降りかかる度に、ロージナに祈祷して異世界の客人を招いて問題解決に力を借りて乗り越えて来たらしい。本当に数千年続いているかはちょっと疑わしいけれど、そこは突っ込んでも仕方が無いので放っておく。
やって来る客人は何故か日本人限定。正確には、黒髪黒目の顔が地味な平たい顔で、若くて元気な男女何か一名らしいのだけれど、さて、数千年前から祈祷という名の誘拐実行をしていたとしたら、旧石器時代よりも前でそれこそ博物館に展示されているなんとか人レベルになるんだけれど、それだとこの国の災厄を解決出来ると思えないのだけれど。
うーん、でもまあ、女神に祈祷してっていう胡散臭い儀式で誘拐するのだから、そこをクリア出来る独自のシステムがあるのかも知れない。
今回は国内で猛威を振るう疫病治癒が出来る聖女を召喚したとの事。巻き込まれた私には欠片ほどの力も無いらしい。
そんな訳でたった一人、歴史の重みを感じるといえばカッコイイけれど、実際はボロくて小さいロジーナ神殿の祈祷の間とやらに取り残されている。ぽつん。
召喚の間とやらから連れ出され、移動先の狭い部屋で鎧を着た人達に監視されながら深緑のオッサンにファンタジー映画みたいな話を聞かされて、分かれと言われて分かる訳もなく、パニックに陥って暴れたら手足を拘束された上で頑丈な馬車に放り込まれて、したり顔で乗り込んで来た深緑のオッサンに再度話を聞かされて、ガタガタと揺られる事どのくらいか、いつの間にか寝ていたのか気絶したのか、気が付けばこの神殿に到着。拘束を解かれて「これのロジーナ神殿です。女神様に祈祷して啓示されるのもあります。では、使えぬ異世界の客人、ごきげんさようならでございます」と置いていかれた。
余りにも身勝手な話に、取り敢えず叫び、罵り、手足をバタバタさせたものの、馬車を降ろされた時にチラリと見えた周囲に人家は無く、助けも期待出来ないので無駄なエネルギーを使うのは止める事にした。
とはいえ、誘拐の黒幕である女神とやらに助けてって祈るのは嫌だ。言葉も通じない分、誘拐犯の「命乞いをしたら殺さないでやるよ」ってやつより酷い。ふざけんな。
『聞こえますか?』
頭に声が響くと共に、神殿のボロい女神像から私に向かってスポットライトみたいな光がパァッとあたる。像の前に同じ見た目のホログラムっぽいのが浮かんだ。
『私は女神ロジーナ。異世界の客人よ、私の言葉を受け止めるのです』
「はああああ?この誘拐犯があああああ!ふざけんな!ふざけんな!ふざけんなっ!何よ、てめえんとこの災厄はてめえんとこで何とかしなさいよっ!女神の力で異世界人を呼べるんなら、その力をこの世界の平和に使ええええええええ!」
『その様におっしゃられても、その様な力は持っていませんので』
「使えないカスタマーセンターかっ⁉︎ 私に話しかける力があるんなら私を日本に戻せっ!」
『それが出来ませんので。代わりに貴方の望むものを与えましょう。この世界のバランスを崩さないものなら何でも良いですよ』
なんだそれはあああ!ああ?勝手に呼び出して、実は間違えてました、これあげるから許してごめーん、とでも⁉︎
使えない女神とのやり取りで、日本には戻れない事、あの女子高生(仮)が祈祷で召喚された聖女だという事、ルドビア皇国では疫病が流行っていて聖女の祈祷で治療が出来る事、私は女子高生の召喚に巻き込まれたのでイレギュラーな存在だという事、過去にも巻き込まれ被害はあり、みんな諦めて一生暮らせる財産を望んだり、庇護してくれる相手との出会いを望んだりしたらしい事が分かった。
聖女は召喚された時点で女神の加護を受け、ローディニア大陸内の全ての言語を読み書き出来るし、状況に馴染む力が与えられるらしい。だからあの女子高生は囲まれた連中と会話が成立し、それが出来ない私は聖女ではないと判断された。
つまりだ、あの深緑はイレギュラーがあった場合の対応係で、その為に日本語をわざわざ覚えていたって事よね。ご苦労様でした。でもね、だったら最後まで世話してくれても良いのにね。今迄の要らない客人はルドビアにとって全く役に立たなかったらしいので、帰れない役立たずは女神にお任せって事になるらしい。いい加減だよね。
「じゃあ、分かった。思い付いた効果付き洗顔料を出す力を頂戴」
『は?』
「だから、思い付いた効果付き洗顔料を出す力を頂戴。それと、思い付いた効果付き全身洗える石鹸を出す力」
『はぁ?』
七五三滝 譲羽二十八歳独身、化粧品会社の研究員で現在洗顔料の開発担当。当社比小鼻の毛穴詰まり解消効果が五割アップを望める新製品の完成目前でデスマーチ、全日休みは一切無い連勤と寝不足で判断力が低下して、スマフォ女子高生の信号無視に巻き込まれてしまった可哀想な私。
元に戻れないのなら、夢の洗顔料を出しながら生きていく。自分ながらに正気を失っていると思うけど、だってさ、さっきのあの恐ろしいゴシックロマン連中、全員厚化粧だったんだよ。深緑のオッサンや鎧の連中はスッピンだったけどイチゴ鼻だった。許すまじ角栓、許すまじイチゴ鼻。
何度も『本当にそれで良いのですか?』と聞く女神に、半ばヤケになって「帰してくれないんならお肌ツルツルの世界にしてやる!」と啖呵を切った。凄く残念な子を見る様な目で、『言語の読み書きも出来る様にしましたから、もし本当に困った時は神殿で祈るのですよ?』とか言って来て、何だかそれも腹が立つ。意思疎通は出来て当然だから!しましたからとか恩着せがましくするな。
念じると、右手からコロンコロンと固形石鹸が、左手からニュルニュルと洗顔料が出る事を確認して、最後のオマケに一番近い人里に送って貰った。取り敢えず村外れの物置っぽい小屋に入り込んで、気が済むまで寝る事にした。おやすみなさい。
ーーーーーー
「そこなお嬢さん、私を信じて、この泡で顔を洗ってごらん」
少々変態風味であるが、村の井戸にやって来た若いお嬢さんに泡立てた洗顔料を差し出す。
「あ、貴方は?黒い髪に黒い目?異世界の客人様ですか?」
ルドビアには黒髪黒目は存在しないらしい。過去の客人の子孫も結婚相手の色で生まれるから、分かりやすくて便利なアイコンになっている。そして、客人はルドビアに幸せを齎す存在だと認識されているので、変態風味に迫っても逃げられたりしないようだ。
たっぷり寝たから気分もスッキリ。角栓退治はこの村から。
「角栓を憎む客人、七五三滝です。さあ、この泡で顔を洗ってごらん」
あっという間に人が集まり、集団で顔を洗い出す。客観的にみてはダメだ。キチガイ集会になってしまう。これはそう、洗顔料のテスト!公開テスト!
村人達の鼻は角栓ガッチガチだった。レディやマダム達はちまちまとお金を貯めて、行商人から白粉を買って塗るらしい。良くない、良くないですぞ。若いうちは白粉もふんわりヌーディースッピンメイクが可愛いのですぞ。
「何だか顔色が良くなったわ!」
「鼻の汚れが薄くなったぞ!」
「ほっぺがしっとりしているわ!」
「思春期男子から青春のシンボルが消滅したぞ!」
「アブラギッシュだった夫が爽やかに!」
「シュメティキ様、ありがとうございます」
「七五三滝です。この洗顔料で朝晩顔を洗えば、もっとツルツルモチモチになるでしょう」
「聖女シュメティキ様!これで疫病が防げるのですね!」
「残念ながら私は聖女ではありません。通りすがりの召喚巻き込まれ七五三滝です」
「あ、あの、稀に召喚に巻き込まれて現れるという役立たずの客人と呼ばれる?」
「ちょっと、失礼だよ!シュメティキ様は素晴らしい力をお持ちじゃないか!」
「でも疫病の祈祷はして貰えないんだよね」
そうだよね、怖いよね、疫病。せめて私の出来る範囲で疫病予防をしよう。そうしよう。
「祈祷は出来ませんが、疫病の予防には生水を飲まない、料理に良く火を通す、そして清潔が有効です。この全身用固形石鹸を使うのです。毎日入浴出来れば良いのですが、こちらの水事情は知りませんので、最低限うがい手洗いを小まめにすれば感染リスクはグッと低下します」
村の集会場に大きなツボを幾つか置いて洗顔料をなみなみと注ぎ、清潔な布の上に固形石鹸包みの山を数個作った。それとふき取りには清潔な布を使う様に念押し。
最初の村を起点に街や村を訪ねて洗顔料と固形石鹸を広めていけば、うるツヤが増えていく。ああ、やり甲斐が半端無い。
「あの、こちらに美の聖女シュメティキ様がいらっしゃるとお聞きしたのですが」
「七五三滝です。聖女ではなく巻き込まれ七五三滝です」
「私はこの地方を治めるベッフェル伯爵家の騎士、ドリュー・ブルードと申します。我が主人がシュメティキ様をお招きしたく、私が遣わされました。どうか伯爵家においでいただけますでしょうか?」
「シュメティキではなく七五三滝です。ええと、もしかして、捕まったり?」
「いえいえ、異世界の客人を捕縛など有り得ません」
神殿に護送された時のボロ馬車とは比べ物にならない位、快適な馬車で連れて行かれたベッフェル伯爵家で、長年の厚化粧でお肌がボロボロになった伯爵夫人と令嬢に大歓迎された。
「朝晩の丁寧な洗顔、睡眠をしっかりとり、栄養バランスを摂るのです。悪い所を塗って隠せば、更なる悪化を招きます。健康な肌は毎日の積み重ねです」
野菜嫌いというお嬢様向けに色々な調理方法をコックに教え、正しい洗顔方法と入浴方法を説明する。次いでに男性陣もツルピカに。アブラギッシュな角栓野郎どもは嫌われますぞ。
それと手洗いうがい疫病対策。治療はあの女子高生(仮)に任せるとして、今出来る予防法を広めるのは大切だ。だってほら、私も罹ったら嫌だし。
「シュメティキ様、この素晴らしい石鹸を伯爵領から売り出しても宜しいですか?勿論、売り上げはきちんとお支払い致します。我が国は肌トラブルは化粧で隠すしか方法が有りませんでしたが、悪化するばかりなのです」
「シュメティキでは無く七五三滝です。化粧は綺麗な地肌を飾り美しさを高める物。角栓撲滅、うがい手洗い、健康うるツヤ!」
「「「「「健康うるツヤ!」」」」」
何度言っても私の名前はシュメティキになってしまうらしい。
ベッフェル伯爵家は大きな販売網を持った商会と呼ばれる会社に出資する株主みたいな仕事をしていた。その商会では、化粧品関連は扱っていなかったけれど、流通はしっかりしているから『聖女と共にやって来た客人印の石鹸』を様子を見ながら売り出した。
「どうせなら効果的な洗顔をして欲しいんだよね」
可愛い瓶に詰めた洗顔料と可愛い箱に入れた石鹸を運ぶ馬車に乗り込んで、商会の店頭で実演販売をすると飛ぶように売れた。女子高生(仮)聖女も治療を進めているらしい。頑張れ聖女。私が罹患しないように。
◇◆◇◆◇
「シュメティキという客人のせいで、我が領地の莫大な収入源である化粧品の売り上げがガタ落ちだ」
「肌トラブルは厚化粧で隠すもの。領地で採れる化粧品原料は原価が殆ど掛からないから、塗れば塗るほど儲かるというのに!」
「子飼いの暗殺者を送り込もう。シュメティキに戦闘能力は無いらしい」
「ふふふ、あの鬱陶しいウル艶とやらもここまでだ!」
◇◆◇◆◇
にゅるすぺーーーーーーん!!!ゴガッ!!!
「ツルツル罠に掛かったわ!捕まえて!」
最近、伯爵家に私宛に化粧品会社の人達からのクレームや言いがかりや嫌がらせの手紙が届く様になって、警戒して警備兵を雇ってくれたので、自分でも出来る対策として侵入経路となりそうな所に洗顔料を撒いておいた甲斐があった。
捕まえた暗殺者は若い女性っぽいけれど厚塗り化粧で元の顔が分からない。
「ふふふふふ、貴女の素顔を白日の元に晒してくれるわ!」
「や、やめてえええええ!くっ、こ、殺せ!素顔を晒す辱めを受ける位ならっ!うっ!ぷっ!泡がっ!口にっ!不味いっ!目がっ!目がああああ!」
「目と口を閉じないから……」
「うわああああ!はっ!これが私⁉︎ 」
「そう、まだまだ化粧荒れが酷いけれど、しっとりしているでしょう?一週間も正しい洗顔をすれば、若いのだから肌も健康になるでしょう」
「わ、私は間違っていたのね?シュメティキ様、これからは護衛として貴女を守ります!」
「七五三滝です。少なくとも発音は間違っています」
ウルつや改心。素晴らしい。
ーーーーーー
「あの、貴女がシュメティキ様ですか?私は皇国騎士のシュレイト・クラウシュと申します」
「シュメティキではなく七五三滝です」
「これは大変失礼致しました。レディシメタキ、どうか、ご無礼をお許し下さい」
なっ⁉︎ 七五三滝を発音出来るだと⁉︎ この世界で七五三滝と呼ばれるのを諦めていたのに。
クラウシュさんは二十代半ば位だろうか。紺色のショートヘアに透き通った薄荷色の瞳。切長の一重瞼と薄い唇はシュッとしていて素敵なのだけれど、顔や服から覗く腕が赤く腫れていて痛痒そうで見ていて辛い。
「いいえ、ルドビアの方々は七五三滝の発音が出来ないみたいで、一応名乗ってはいたのですが呼んで貰えるとは思っていませんでしたから、気にしていません」
「なんと心の広い。名前は個人を示す大切なもの。正しく呼ばれないとは本当にお辛かったかと思います」
「大丈夫ですよ、クラウシュ様に呼ばれましたし。お肌の相談ですか?」
「はい。炎症や化膿が酷く、仕事にも支障をきたして休暇をとって治療していたのですが、レディシメタキの石鹸を使ったらかなり回復致しました。もっと回復する為の方法があれば教えて頂きたく図々しくもお訪ね致しました」
「肌に合った石鹸に変えて正しい洗顔と入浴、安定した睡眠と栄養バランスを意識した食事を摂れば今より症状を軽くする事が出来ると思います。クラウシュ様用の石鹸を用意しましょう」
アトピー性皮膚炎と思われるクラウシュ様を完治させる事は出来ないけれど、きちんとした対処をすれば日常生活に支障の無い程度に回復出来た。ルドビアにも色々な素材の保湿剤があったので洗顔後の保湿もバッチリ。
「レディシメタキ、どうか私の敬意と感謝を受けていただき、貴女の事を守らせていただけませんか?」
「クラウシュ様は騎士なのだから、皇国を守る仕事に戻らないといけないんでしょ?」
「ユーズィア姉様の疫病予防対策は皇王陛下に認められていますから、国内が落ち着いたら一代男爵位を叙爵されるってお父様に聞いていませんか?だから、ちゃんとお守りする様にって言われてますよ?伯爵家の警備兵だけより、クラウシュ卿に守っていただければ万全では無いでしょうか?」
「そうですか!早速、騎士団で許可を取って来ます!」
「いや、それは有難いんだけれど、ユーズィアじゃなくて譲羽だから!」
ベッフェル伯爵令嬢からとんでも無い事実が!私の知らない所で要らん客人から使える客人に?おおっぴらに守って貰えないのがちょっと悲しいけれどね!
ーーーーーー
にゅるすてえええええええええん!ガスッ!!!
「ぎゃー!」
「レディシメタキ、しっかり固定しました!
「ゴシゴシしてくれるわ!」
「これが私⁉︎ 」
にゅるすぱあああああああああん!ボスッ!!!
「ぎゃあああああ!」
「今度はガチムチマッチョです!お任せ下さい!」
「やめろおおお!」
「筋肉だけでなく角栓までガッチガチね!洗浄力最強!」
「こ、これが俺⁉︎ 」
三人目の暗殺者を倒し、ルドビア皇国にジワジワと洗顔料と洗顔が広まっていた。そっちは良いんだけれど、私の命を狙っている黒幕が分からないのが怖い。ベッフェル伯爵とクラウシュさんが頑張って調査してくれているから、兎に角頑張って欲しい。私の平安とウル艶生活の為に。
◇◆◇◆◇
七五三滝曰く召喚女子高生(仮)聖女こと、渡空世 梨里杏は苛々していた。
「何で面倒で危ないとこでお祈り頑張ってるリリより、シュメティキとか言うよく分かんない名前のババアが人気なわけ?」
梨里杏は偏差値が可愛らしく少しばかり制服を改造しても許される自由度の高い高校に通う女子高生だった。スクールカーストは本人判定で上の中、小動物系可愛い顔を神業メイクで盛って、陽キャグループの二番手で楽しい毎日を送っていた。表向きは。
梨里杏の父は行方不明で、母は恋愛体質の水商売。殆ど家に居ない母だけれど、お小遣いは沢山貰えたし、趣味のメイクに使える用具も化粧品もいっぱいあって、気が付いたらモテモテ陽キャになっていたものの、放任育児状態だったせいで強い承認欲求を心の奥底に持っている。もっとモテたい。もっと認められたい。もっとチヤホヤされたい。
リアルで友達と会っている時間以外は依存しているSNSにべったり。いつでもどこでもスマフォ、フマフォ。そうして、周囲を見ていなかったせいで、交通事故に遭ってしまった。梨里杏は自分が赤信号を無視した事について、これっぽっちも反省していない。車側が青だろうがなんだろうが、歩行者がいたら止まるべきなのだ。自分は被害者だ。
でも、今回は許してあげた。だって、梨里杏を最高にチヤホヤしてくれる世界に来れたから。なのに。
「何よ、病気の予防ってぇ。梨里杏がお祈りしてあげたら病気治るんじゃん。だったらそれでいいじゃん。何で手ェ洗うだけで感謝されてんの、あのババア
遠くに住んでるから梨里杏に会えないって文句を言ってないで、こっちにくればいいじゃん
大体、何でナチュラルメイクを流行らせようとしてる訳?意味分かんないし。イケメンがメイクするのが普通の世界なんだから、それでいいじゃん。角栓とか綺麗な方が良いから、ババアの石鹸は貰うけど、その後メイク盛るのは自由だしぃ。
人気泥棒とか許せないし。マジ邪魔」
「リリアム様、宜しければお悩みを解消しましょうか?」
「え?マジで?貴女何なの?メイドでしょ?」
「私は化粧品を扱う貴族の一族です。あの憎きシュメティキが現れてから、厚化粧派の力が弱っているのです。リリアム様が聖女として、同じ世界からやって来たシュメティキを城に呼び寄せて下されば、我が一族が排除致します」
「呼ばないとダメなの?田舎にいるんでしょ?そこでボコしちゃった方が早くない?」
「シュメティキの周りには多くの護衛がついています。城でリリアム様に会うのなら、王都での護衛も数人程度に減らせますし、謁見となれば聖女ではない客人は平民扱いで単身か後見者一人での参内になります」
「ふーん。良くわかんないけど、リリが我慢してシュメティキを呼べば良いのね?」
「はい。後は我々が片付けます」
◇◆◇◆◇
ベッフェル伯爵経由でお手紙を貰った。女子高生(仮)が私に会いたいらしい。
「女子高生(仮)じゃなくて、本物の女子高生だったのね」
高級そうな便箋に所々猫耳やら尻尾やら『にゃー』の吹き出しがついた丸文字で、遊びに来てねと言った内容が書かれている。書かれているのだけれど。宛先がね。
「誰がシュメティキか⁈ それとこれ何て読むの?わくせ?とわよ?りりあん?」
「レディユズハ、聖女はレディの名前を知らないのですから、そう怒らないで。それに俺だけがレディの名前を正しく言える栄誉を、どれだけ嬉しく思っている事か。俺の気持ちがレディユズハに全て伝わるのなら、心臓を抉り出して捧げても良いと思っています」
「抉り出さないで下さい、プリーズ」
暗殺者三人の後から、ちまちました嫌がらせや、時々現れる何にでも反対したがる一定数の連中による『石鹸毒派閥』の邪魔はあるものの、大きなトラブルも無く、ルドビア皇国ウル艶作戦は順調に広がっている。疫病対策の清潔生活もいい感じだ。
無駄に戦闘能力が高いシュレイトさんも暇なのか、長年の苦しみを解消した女神だと言って私にぐいぐい迫って来るのが少し困る。シュッとした美形に迫られると、28年彼氏無しの社畜はどうしていいのか分からないのですよ。それに、話をしているうちに年下の26歳って分かったし。年下かー、さっぱり分からない。
分からないけれど、当たり前の様に手のあちこちにちゅっちゅして来るし、周りもそれを当たり前みたいに気にしていないし、挙句伯爵のお嬢さんまで「ユーズィア姉様はクラウシュ卿と結婚されますよね」と確定で聞いて来るし。
「気軽に心臓抉り出すとか言っちゃう人とはちょっとねえ」
「おや、気に入りませんか?では腕を「何か嫌な予感がするので止めて下さい、お願いします」、そうですか?では何があってもお守りします」
「それぐらいでお願いします」
何かタッカイハードルがちょっと下がっただけで、凄く安心しちゃうみたいになっていないかな、私。詐欺師?これってば詐欺師のやり口じゃない?いつの間にか名前で呼ばれているし、こっちも名前で呼んでるし!
ジト目でシュレイトさんを見れば、『そんな表情も可愛いらしい』とか言われた。こちとらアラサー様やぞ。
ーーーーーー
「死ね!異世界の悪魔シュメティキ!」
ぎゃああああああ。
お城の謁見の間。王様達に見守られて、女子高生(確定)とご対面した次の瞬間、左右に立っていた騎士?複数が襲いかかって来た。
「シュメティキじゃなくて七五三滝ですぅ!」
「ユズハ、今、そこじゃない!けどまあ、絶好調の俺に任せてくれ!俺のユズハに手を出す奴は全員殺す!」
「どさくさに紛れて呼び捨てにしないでえええ!それと俺のじゃないし、血塗れ惨殺スプラッタ嫌ああああ!」
無駄にシュッとした一重爽やかイケメンは、私のダメ惨殺宣言を聞いて、抜いた剣を鞘に戻してそれを振り回して手当たり次第敵をボコす!ボコす!ボコす!
無駄に強い。あ、ベッフェル伯爵だ!
「伯爵うー!ブルードさーん!ここですぅ!」
広間の外で待機していたベッフェル伯爵とブルードさんが纏める伯爵麾下の騎士達が、戦闘に加わった。王様達は王座の近くで近衛騎士団とやらに守られているし、女子高生も王子様に保護されているから大丈夫そう。
「ユズハ、伯爵とブルード卿が居なくても、俺一人で守れるから!」
「いやそんな事言われても。戦力多い方が嬉しいし」
「俺と伯爵とどっちが好きだ?」
「意味分からん」
ガッツリと腰に手をまわされた状態で、ぶんぶん振り回されている私にそんな質問されても。うええええ。ちょっと気持ち悪い。振り回されすぎて、酔った。
「ユズハ⁉︎ ユズハ大丈夫か⁉︎ どこかやられたか⁉︎ 」
「き゛ほ゛ち゛わ゛る゛い゛ぃぃぃぃ」
「なっ⁉︎ よくも俺のユズハを!!!」
俺のユズハじゃないし、犯人お前だし。突っ込みたいけど、口を開けたら情熱が溢れ出ちゃう!虹色のキラキラ情熱があああ!
「クラウシュ卿、ユーズィア嬢を離してあげなさい」
「俺のユズハなので大丈夫です」
「分かった、クラウシュ卿のユーズィア嬢で良いから、腹部を圧迫されたせいで具合が悪くなった様だ。離してあげなさい」
だ、だから、俺のでも無いし、外野までシュレイトさんの勝手な所有権宣言を認めないでいただき……、うえぇぇぇぇぇ……。ああ、気持ち悪ぅいいいいい。
ーーーーーー
目が覚めて一番最初に見たのは、涙を湛えた薄荷色の瞳。
「ユズハ!大丈夫か⁈ すまないっ!ユズハの脆弱さを忘れていた!」
取り敢えず頭を一発殴ってやろうと思ってヘロヘロと振り上げた手を、両手で優しく包み込まれて手の平にちゅうされた。解せぬ。
「い……」
「い?胃か?痛いのか?イチゴが食べたいのか?」
「い、一発殴らせて」
「分かった」
理由も聞かずに殴らせてくれるらしい。涙目でしょぼんとしたシュレイトさんは反省中のシベリアンハスキーみたいだ。
ーーーーーー
翌々日、改めて王様達に謁見した。不貞腐れた顔をした女子高生を守る様に、厚化粧王子が寄り添っている。
気持ち悪さで私が気を失った後、ベッフェル伯爵が私への襲撃や、石鹸による肌の改善、清潔による疫病予防の効果を王様、ここでは皇王って名前だそうで、その皇王と宰相と大臣達に話してくれて、徹夜で会議をしたんだとか。
それで詳しい調査は後でしっかりやるとして、分かっている人達は牢屋へ、疫病の治療も大切だけれどそれ以前に出来る予防対策も国をあげて敢行すると決まったとの事。看病からの感染とか多いし、女子高生のお祈りは視界に入る程度の広さしか効かないんだって。だから感染の速度を抑えられる対策は絶対必要。うんうん。
それから、女子高生が悪い貴族と組んだ理由も聞き取りで判明した。放任育児からの愛情不足で表面上は楽しく人付き合いをしていても、寂しい思いをずっとしていた彼女が、急に聖女としてみんなに愛され必要とされ大切されて凄く嬉しくて幸せで、なのにそれを奪わると思っておかしくなっちゃったとか。辛いのは分かるけど、こっちは命を狙われたからなー。どうしてやろうか。
「客人シュメティキ殿には本当に悪い事をした。心より謝罪する。聖女では無いという理由で虐げた我が国に対して、恨むどころか持てる知恵を惜しみなく使って疫病を防いでくれた事、皇国民の代表として余から最上の感謝を捧げたい。今後、同様の事が起きない様に法を制定し記録を残す事を約束しよう」
「本人に無許可の召喚自体が大問題だと思うんですけどね、そして私はシュメティキではなく七五三滝です」
誘拐ダメ絶対を主張したら、豪華な杖を持った爺様が出て来て『女神の召喚に応じる日本人は辛い思いをし追い詰められている方に限定されています。ですので、皇国を救っていただく代わりに幸せになっていただける様、全力でサポートして参ります。今後は、召喚に巻き込まれた客人も大切に致します』と頭を下げられてしまった。
うーん、そっかー、デスマ社畜生活に麻痺していたのか、辛いとは思っていなかったけれど慢性の肩こりと偏頭痛と眩暈と過呼吸がこっち来たらかなり軽くなったもんなー。仕事は凄く面白かったんだけれど。
「もう!みんなシュメティキシュメティキって煩いのよっ!リリが聖女でしょ!ババアなんか要らないっ!」
「はあ?シュメティキじゃなくて七五三滝ですけど⁉︎ 病気の予防の基本のうがい手洗い綺麗な水確保をサボって、女子高生のくせに顔にべったりメイクしているワクセリリアン何かに要らないとか言われたくありませんっ!」
「違うもん!リリは渡空世 梨里杏ですぅ!わくせなんて変な名前じゃありませんっ!」
「どう読んだってりりあんでしょうが!」
「リリアム、賢者シュメティキ様に謝るんだ」
「ひっどーい!王子はリリの味方でしょう⁉︎ 」
「シュメティキ様が治療の行き渡らない地域の疫病予防をしてくださったのに、邪魔だからと言って佞臣と手を組んで命を狙ったのは事実だよ。聖女じゃ無かったら処刑だったんだ」
ふふふふふふ。ごめんなさいも言えない女子高生ワクワクリリアン、幾ら辛く寂しい生活をしていたとしても私の命を狙うとは許せん!
「シュレイトさん、ワクワクリリアンを確保!」
「きゃあああ、タスケテェ!」
「リリアムっ!賢者シュメティキ様っリリアムは悪い子じゃ無いんです!私はリリアムを心から愛しています!リリアムの間違いは私の間違いです!どうか、どうかお許しを!罰なら私が受けます!」
「息子よ、賢者シュメティキの気の済む様にしていただくのだ。賢者は聖女の命を取ることはしないと仰っておられる」
「ふふふふふふふ、シュメティキではなく七五三滝ですが、まあいいでしょう!命は取らないが角栓は取る!そして王子!安心するがいい!次はお前をゴシゴシしてやるっ!」
「ユズハ!俺は!俺だけは愛するユズハをシメタキと呼べる!」
「出でよ!もこもこ泡!女子高生のメガ盛りメイクをリフトオフ!」
「きゃああああ!つけまがあああ!取れちゃう!取れちゃうってば!接着剤が残り少ないから付けっぱなしにしてるのにいいいい!」
「間違ったメイクは悪!化粧品研究者として、正しい洗顔!正しいメイク!正しいクレンジング!正しい保湿!ふははははは!」
「その悪い顔も可愛いぞ!ユズハ!」
「リ、リリアムの顔が変わった⁉︎ いや、これが本当のリリアム⁉︎ 化粧をしていたリリアムはとても美しかったが、素顔のリリアムは繊細で可憐で愛らしい!」
「女子高生に見惚れている王子!次はお前だっ!」
「俺も!俺も洗って欲しい!」
「シュレイトさんは自分でどうぞ!」
「抑える係だけとか、寂しくて死ぬぞ⁉︎ 」
この後、皇王様も皇妃様も、大臣たちも気が済むまでゴシゴシした。
ーーーーーー
「しらたきパイセンはリリのお姉様なんですー!おじさんは近付かないで下さいー!」
「しらたきじゃなくて七五三滝です」
「ユズハは俺の婚約者だ!それにユズハは俺より歳上だからな!ユズハが姉なら俺は兄だ!」
「ナチュラルメイクのリリアムの透き通る様な肌と薔薇色の唇に、私は吸い寄せられてしまうよ」
「王子、それ、正解。体質に問題がなければ、若いだけで肌は綺麗。ウル艶の次は、皮膚に負担の少ない化粧品を広めますよ!」
「しらたきパイセン、つけまは?つけまは?」
「しらたき言うな、リリアン女子高生」
「ユズハ、俺はずっとシメタキユズハに愛を捧げるからな!」
「デカ犬騎士ウザーい。お姉様に寄んないでよ、暑苦しい」
「リリアム、そんなのに構っていないで、私の事だけを瞳に映しておくれ」
「ふふっ、リリ、王子の事愛してるー」
結局、癒しの聖女と予防の賢者のセットでルドビア皇国を巡る事になりました。
梨里杏の護衛名目で着いてきた王子がやたらと甘いセリフを吐くので、聞こえるだけで胸焼けがしそうです。そんな王子に17歳の梨里杏は、日本では未成年で親に庇護される年齢だとよーく言い聞かせました。22歳の王子に歳上の責任としてお互いがきちんと気持ちを話し合える健全なお付き合いをお願いしたら、横で話を聞いてた梨里杏が『リリもう大人だしシラタキウザい』と文句を言っていたのに、『リリの事心配してくれてるー!好きぴ!』と抱きつかれた。命を狙う程嫌いから、好きとは解せぬ。
とはいえ、歳下の梨里杏が辛い思いをしていたのなら、お姉さんとして聞いて差し上げたい。決して、聖女の力で肩こりを筆頭に体調不良を回復してくれるからではない。色々話していくうちに、彼女の危うさを少しでも解消してあげられたらと思った。決して、気軽に命を狙って来て怖いからでは無い。でも、命は一つなので狙わないでいただきたい。
シュレイトさんは『レイと呼んでくれ』と煩いので、クラウシュ様呼びに戻した瞬間大木をパンチで倒したので、これはこれで酷いと思います。今まで告白された事が無いので、先ずはお友達からと言ったら『心の距離が離れた!』とショックを受けていましたが、数分後には復活して『愛』の大安売りをして来ました。ベタベタ触らないでというお願いを聞いてくれて一安心だと思ったのですが、ちょっぴり寂しい気もします。今まで、恋愛に縁が無かったのですが、もしかするともしかするかも知れない。
インターネット閲覧中にやたらと出てくる、角栓関係のCMにイライラしてやった。後悔はしてない。