第16話 Memory 4
目覚め――
ゆっくりとまぶたを開けると、わたしを覗き込むようにして見る6つの目がった。
女の子が2人に男の子が1人……
「あっ! 気づいた~?」
「あたし、お母さん呼んでくるね!」
「おれも行くよぉ」
――お母さん……?
上体を起こし今の自分の状況を確認する。どうやらわたしはベッドの上で眠っていたようだ。
「起きてだいじょぶなの~?」
小さな女の子が間延びした口調で話しかけてくる。どうやら心配してくれているみたいだ。女の子の言葉に対して大丈夫だよと答えて周囲に目を向けた。
明らかに知らない場所。
わたしはシェルターに避難していたはずで、そのあと――
部屋の掃出し窓が目に入った。外は雨が降っていて暗く、室内は電気が点いている。そのためガラスは鏡のようになって室内の様子を反射している。
ベッドの上で上体を起こして座るわたし……わたしのはず……だけどわたしじゃない人がそこに映っていて……
はっとして布団を捲って自分の体を確認する。シェルターにいたときと服が違っている。それからなんとなくだけど体に違和感がある。手足が長くなったような……
「せい、ちょう……?」
「せ~ちょ~?」
女の子がオウム返しして首を傾げる。
「お母さん呼んできたよ! あとお父さんも!」
さっき部屋を出ていった女の子と男の子が大人の人を連れて戻ってきたようだ。連れられてきた2人は50代後半くらいの男女。
「今から大事な話があるから部屋を出てなさい」
男の人が、ベッドの上のわたしを認めると、子どもたちにそう言って聞かせた。
子どもたちは素直に従って部屋を出ていって、部屋には男の人と女の人が残った。
「何があったの? あなた家の庭で倒れてたのよ」
女の人がベッドの脇に腰掛け心配そうに尋ねてくる。
「庭で……」
何を言っていいかわからなかった。ここがどこなのかもわからないし、優しそうに見える2人だけど、この2人が殲滅派と繋がっている可能性だってある。うかつに高位生命体の話はできない。だいたい、自分の体に起こった異変だって理解ができてない。
わたしが何も言えずにいると、今度は男の人がわたしに話しかけてきた。
「こんな雨の中倒れているなんて変だと思ってね。……その、もしかして何かあったんじゃないかと心配してたんだよ」
「そうよ。着ている服もなんだかサイズが合ってなかったみたいだし……。もしかして、その……変な事件に巻き込まれたんじゃないかって思ってたのよ」
事件……
この状況――わたしの身に起きたことのすべてが事件と言える。でも、自分の体の異変については考えてもわからないから保留だ。それよりまず確認しなくちゃいけないことは――
「あの……ここって、どこなんですか?」
「ここかい? ここは養護施設だよ」
養護施設――
確か身寄りのない人を保護して育てる施設のことだったはず。つまりわたしは保護施設の外のどこかにある養護施設の庭で倒れてたということだ。
「ねぇ? どうしてそんなことを聞くの? もしかして記憶がないとか、それともどこか遠くから来たの?」女の人が悲しそうな目で尋ねてくる。「あ、ごめんなさいね。なにか事情があるなら無理に話さなくていのよ。私たちはそういう事情のある子をたくさん見てきたから。――ね、あなた」
そう言って男の人を見た。男の人はああそうだと力強くうなずいて、
「それに、もし君さえよければだけど、好きなだけここにいても構わないよ」
と、にっこりと微笑んだ。
「ええ、そうよ」
女の人もまたわたしに笑顔を向ける。
「え――」
その申し出は、こちらとしては願ってもいないものだった。ずっと施設の中で育ってきたわたしには、当然ながら外の世界に頼れる人なんかいない。
何も話さない――話せないわたしにここにいればいいと言ってくれる2人。
「ぅ……」
自然と涙が出た――
これまで暴力を振るわれたり口汚い言葉を吐かれて泣いたことはあった。けど、人にやさしくされて涙をながすのは初めてだった。
「あらっ、大丈夫なの? もしかしてどこか痛む?」
女の人がまた心配そうにわたしに尋ねてくる。
わたしは首を左右に振った。一度でもこの人たちが悪い人じゃないかと疑ったことを恥じた。
――こんなに優しい人たちが殲滅派であるはずがない。
涙がますますあふれてくる。
「ぅれ、し……くて……。やさしく……された、こ、と……なくて――」
泣きながら絞り出した。たしかに義勝さんはわたしに優しくしてくれたけど、例えるなら彼の優しさは事務的な優しさだった。だけどこの2人の優しさは人間味のある温かな優しさだ。
「あらあら、そうなの……」
女の人がわたしの頭を優しく胸に抱く。落ち着かせるように背中を優しく叩く。物心ついた頃から両親のいなかったわたしは母親というものを知らない。
だけど――
お母さんってこんな感じなんだと思う。
女の人の胸で泣きながら、わたしは大切なことを2人に伝えなきゃと思った。
「ふる……い……で、すぅ――」
「えぇ!?」
男の人の驚く声が聞こえる。
「――い、いやぁ……まいったな。確かに築うん十年も経ってるけど、いきなりそれを指摘されるなんてなぁ……あっはっは」
その笑いは苦笑いなのは明らかだった。
だけどそうじゃない――
「ちが……です。な、まえ……わた、しの――。わたしの、名前。古井……梓です」
わたしは自分の名前を告げた。
古井梓――それがわたしの名前だ。
すると男の人は「ああ、そうか」と自分の勘違いに気づき本気で笑いだした。つられるように女の人も笑いだした。そしてわたしも、なんだかおかしくなってきて泣きながら笑った……
部屋は3人の笑い声に満たされた。
…………
わたしは養護施設の一員として迎えられることになった。つい最近里親に出された女の子がいるということで、そのままになっていた部屋をわたしが使うことになった。それから、とても重要なことが発覚した。
わたしの身に起こったことは、体が成長したことだけではなく、過去の世界に跳ばされてしまったみたいだった。あのとき少年が暴走させた能力は時間を操る能力だと誰かが言っていた。だからわたしは過去に跳ばされた。そして体も成長してしまった。詳しい原理はわからないけど、そう思うことにした。
跳ばされてきたこの時代は、わたしがいた時代からおよそ60年くらい前の時代だった。
わたしのような高位生命体がいた保護施設には、わたしたちのような存在を殲滅派から守ることとは別にもう1つの役割があった。それは特殊な能力を消去する方法を研究する機関としての役割だ。
保護派の人たちは、いつかわたしたちの体から特殊能力に関わる機能を取り除き、普通の人間として社会に復帰できるようにと考えていた。そのため保護施設内では外の世界に出たときに困らないようにと様々なことを教えられた。
だから外の世界に出ても大丈夫だ……と思ってたんだけど――
過去の世界でもその知識が通用するのかというと、世の中そんなに甘くはないみたいだった。それでも、この時代での生活はとても楽しく毎日がとても充実していた。あの地獄のような日々から考えればどんな小さな幸せも最高の幸せだった。
そんなある日、事件は起こった。
庭で子どもたちと一緒に遊んでいた際に走り回る子どもたちの内の1人が立てかけてあった木材に足をつまずき、そのまま倒れてきた木材の下敷きになりそうになった。
わたしは咄嗟に届くはずのない距離にある木材に向かって手を伸ばした。すると、木材は物理に反した不自然な動きを見せ子どもをかわすように地面に散らばった。わたしの能力――念動力と呼ばれる力。離れた場所にある物を手を触れずに動かす力。
下敷きになりそうになった子どもは、何事もなかったかのようにケラケラと笑いだす。ほかの2人の子も一緒になって笑っていた。どうやら誰も気が付いてないみたいだった。
けど――
わたしは伸ばしていた手を顔に寄せじっと見つめる。この時代で能力を使ったのは初めてだった。そもそも、もといた時代でもあまり使った試しはない。
――みんなとは違う存在……
この瞬間、わたしは自分のがこの時代に跳ばされたことの意味を考えるようになった……




