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リドル ― Trilogy ―  作者: 桜木樹
第三章 the answer
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第8話 Master riddle 3

「結論を言えば彼は犯人ではなかった。警察があらぬ疑いをかけなければ彼も悩みを抱えることはなかっただろう。そうなれば私も彼の悩みを聞くことはなかった」


 遺憾ながら警察に属しているすべての人間の行動理念が正義に基づいているわけではない。そのことは十分理解している。だが、今さらたらればの話をしたところでどうなるわけでもない。


「警察に非があったことは認めるよ。ただそれがあったとしても、その古井ってヤツは子どもだろ? 子どもにリドルを変えてしまうだけの力があるとは思えんが」


「先程も言ったが、当時は子どもだったというだけの話だ。リドルに入ってからの彼は、日を追うごとにめきめきとその頭角を現していった……そして手腕だけじゃなくカリスマ性も備えてた」


「カリスマねぇ……」


 この男がここに置き去りにされたってことが古井翔という男のカリスマ性を物語っていた。なにせこいつと一緒にここに残ったヤツが1人もいないんだから、つまりはそういうことだ。


「今リドルを動かしているのは彼だ」


「だろうな。今のあんたの話を聞けば大方予想できる。……でだ、話を戻して悪いが、さっきあんたはゲームをすることが目的じゃないって言ったよな? だったらリドルの本当の目的ってのはなんだ?」


「目的か……」男はコップの水を一口飲んで溜めを作る。「……私の目的は人を『しんか』させることだ」


「進化だぁ!? 何を言ってるんだお前は――」


 男がすっと手を前に出して俺を制す。そして「少しだけ昔話をしよう」と自分の過去を語りだした。


 ――


 私は昔、リドルを立ち上げる前は手品師だったんだよ。特に“すりかえ”と呼ばれる技を得意としていた。

 木彫りの鳩に命を吹き込むと称して本物の鳩にすり替えたり、枯れた花をよみがえらせると言って、咲いている花とすり替えたりといった具合だ。


 あるとき、いつものようにマジックショーを終えてファンとの交流を行っていたときだった。私のもとにひとりの女の子がやって来た。女の子は私に猫のぬいぐるみを差し出してこう言ったんだ。


「わたしは本物の猫がほしいからこの猫を動くようにしてほしい」とね。


 その瞬間、私は自分のやっていたことの愚かさを悟った。


 大人は手品というものを理解している。そこには確かにタネや仕掛けが存在し、それが魔法のように見える裏には弛まぬ努力がそんざいしていることを。


 だが子どもは純粋だ。そんな大人の事情など知るはずがない。


 言っておくが私は子どもを騙すつもりなどなかった、だが結果的に騙していたんだ。そのときの私は女の子に何も言えなかった。私が何も言えずにいると、女の子の母親がやってきて私に「すいませんと」頭を下げてそそくさと子どもを連れてどこかへ去っていった。


 頭を下げなければいけないのは私の方だったのに……


 このことが私の転機となった。それ以来私は手品に対するモチベーションを維持できなくなっていた。


 そんなときだった。


 私は偶然『しんかろん』というものに出会った。ここで言う『しんかろん』とは進むに化けるではなく神に化けると書く『神化論』だ。


 それによると、人はいずれ神になるのだそうだ。人間は神になるための過程の存在であり、このまま進化を続けることで特殊な力を使えるようになったり寿命が長くなったりと――それはまるで神話で語られる神そのもののようになるのだと……


 私はこれだと思った。もし私に本当に命なきものに命を吹き込む力があれば、あのときの女の子の願いに対して素直に応えられたはずだと思った。


 そして、私はリドルという組織を立ち上げたんだ……


 ――


 男の語る話はにわかには信じがたいものだった。


「勘弁してくれよ……なんでそんなとんでもな理論を信じようと思ったんだよ」


「確かに普通に考えればとんでもな考えかもしれん。だが、この世には神話というものが数多く残されていて、それによれば神が人を作ったとされている。世界中にいる多くの人間がそれを信じているんだ。私がそれを信じることは決して異常ではないと思うが?」


「まぁな。信仰ってのは人それぞれだしな。――で、その神化論とかいうやつと人殺しのゲームがどう繋がるんだ?」


「先程も言ったが昔はそのようなゲームを行ってはいなかったんだよ」


「じゃあ、あんたはどうやって、その神化とやらを実現しようとしたんだ?」


「私が着目したのは、人間の怒りや憎しみといった感情と、窮地に追いやられたときに発揮する潜在能力だ」


 窮地に追いやられたときに発揮する潜在能力というのは、火事場の底力とか窮鼠なんちゃらというあれのことだろう。


「つまりあれか? お前は人間を怒らせたり憎しみを抱かせたり、ときに窮地に追い込んだりして能力を目覚めさせようとしたってことか? そんな簡単なことで特殊な力に目覚めるんなら今頃この世は能力者だら――」


「ちょっと待ってください!?」


 突然背後で佐藤が大声を張り上げる。俺はその声に驚いて反射的に振り返った。


「んだよ、急に! ビックリするだろうが!」


「す、すみません。ただ……さっき彼は()()()()()()()()()()()()()()()()って言っていたのを思い出して。それってつまり……そういうことですよね?」


 そう言って佐藤が男に確認する。


「まさか――!?」


 佐藤が何を言いたいのか理解できた俺も、男の方に向き直った。


「君の想像通りだよ」


 男はニヤリと唇を歪めた。


「は、はあ?」「本当ですかそれ!?」


 俺と佐藤が同時に声を出していた。困惑する俺とは逆に佐藤はどこか好奇心に満ちていた。


「ちょっと待て! SFじゃねぇんだぞ。真面目に話せ!」


 俺は男に睨みを利かせる。しかし、男は怯むことなくこう続けた。


「残念なのはその女性――“ウサミアヤメ”は私の実験によって能力に目覚めたわけではなく、街で偶然出会っただけの人物だということだ」


「特殊な力を使える人間が偶然街にいただと!? そんな馬鹿な話が――」


 男が俺の言葉を遮るようにして話を続ける。


「彼女は人の記憶を操ることができる能力を持っている。――もちろん最初は疑った。だが元マジシャンの私を以ってしても彼女の能力が手品ではないことを認めざるを得なかった」男は一旦コップの水を飲んで再び口を開く。「彼女の能力というのは、相手が忘れているはずの記憶を呼び戻したり、逆に記憶の奥底に封印して忘れさせたりできるそうだ。さらには記憶の重ね合わせ――例えば、電車の中にいる記憶と街中(まちなか)で犬に追いかけられる記憶があったとする。この2つを重ねて電車の中で犬に追いかけられる記憶を作り出す――といったことができるそうだ」


 俺はまだ半信半疑だった。というか、いきなりそんな事言われても普通は「そうなんですか」と簡単にいくわけがない。


 それに、俺には男の話を疑っている理由ってのがある。それは、男の言う記憶の操作ってのは催眠療法のことなんじゃないかってことだ。そいつを使えば、本人さえも忘れてしまっている記憶を呼び起こしたりできる。実際俺は捜査の一環で催眠療法に立ち会ったこともある。もちろん催眠によって得た発言というのは、証言や証拠としては使えない。しかし、その言葉をもとに捜査を進めることはできる。実際にそうやって事件が解決されたこともある。今の男の話を聞いて思ったのはそれだ。


 特殊な能力なんかなくたって記憶を操作することは可能な世の中だってことだ。男が最後に語った記憶の重ね合わせができるという話は聞いたことがないが、俺が知らないだけで可能なのかもしれない。


 俺は喉の渇きを癒そうと、コップの水を飲む。


「しかも、その女性はこうも言っていたよ。『私は未来から来た』とな……」


「んぐゥ――」水が喉につっかえた。タイミングがずれていたら間違いなく吹き出していたところだ。「未来から来ただぁ!? ふざけたことばっか言ってると――」


 男の顔は真剣そのもので、とても冗談や戯言を言っているふうには見えなかった。


「ほんと……かよ……」


 完全に俺の理解の範疇を越えていた。

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